第九海路 発進! ダイシャーク!
「つまりなんだ。その海賊たちはこちらの戦力として考えていいのだな」
タイミングを見計らい通信をしてきた新井に、クリスタは事の顛末を伝えた。アルタたちは敵が旗艦としているパイレーツスパイトの奪還のため、鬼丸への助力を申し出た。
「ならば丁度よい」
そう言い、新井は八型を経由して西の島にあるとある地点の座標を送ってきた。
「新しい任務だ。内容はこの島の自警団シャークフォースの支援及びカイナ島の防衛だ。島に用意してある陸戦が三機ほどそこに余っているらしい。人工知能は搭載していないから人手が多い方がありがたい。複数人で操縦すれば海の勝手知りたる君達海賊にも使えるだろう。ロックは解除しておいた。ただ八型は使えない。徒歩で行ってくれ」
その後新井の声は遠ざかった。何やら海賊をそのまま海に投げ入れるなど指示を出していた。
「兄ちゃんたちの上司、マフィアかなんか? 」
やはりアルタの口調は崩れる。
話し合いの結果、鬼丸、クリスタで一機、アルタとその手下であるベクタ、シータ、デルタの四人で一機、エリー、フォーク、グローウォーム、ハルカスで一機。ジェイクはここに残り、動きが鈍ったコルセアの護衛を務める。
はじめは各機三人態勢で残りをコルセアの護衛に就かせる計画だったが、鬼丸とクリスタは本物の海賊に恐怖し同乗を拒否。さらにコルセアの舐めるな、の一言で、この編成に決まった。
九人の海賊とともに鬼丸とクリスタは指定された座標へと向かう。道中襲い掛かる海賊を巻くために、鬼丸達はある作戦を実行した。それは……。
「し、死にたくない! 許してくれ」
「キリキリ歩かんかいガキぃ」
泣きわめきながら両手を頭の上に回した鬼丸とクリスタが先行し、その後ろに銃を構えたアルタたちが歩く。こうすることにより、襲ってくる海賊はいない。むしろ皆道を開けてくれる。
「ねえ鬼丸、アタシ達、何か大切なものを失っている気がするのだけれども」
小さな声で鬼丸にクリスタが囁く。
「クリスタ、考えたら負けだ」
そこは先日島民たちが隠れていた洞窟に似ていた。ただ唯一違う点としては、入り口に鎖が掛かっており、鮫のマークの警告看板がついていた。
一行はその鎖をまたぎ、奥へと進む。洞窟の中には、多くの足音と天井から垂れる雫の音が反響する幻想的な空間だ。
一本道の両脇には大きな水たまりがある。位置的に海とつながっていてもおかしくはない。そこにいる誰もが、原理こそわからないものの、その青白く発光している水中に魅了された。
「まるで財宝じゃないか。キャプテンにも見せてやりたいもんだ」
アルタがそう呟いたのと同時刻、先行している鬼丸の足音が軽くなる。
先ほどまでとは打って変わってそこは、人工物が多く、はっきりとした照明で照らされた清潔感のある空間である。
「アニメ好きな八型が喜びそう……まるで秘密基地ね」
クリスタの言葉通り、そこはまるで秘密基地のようだった。
クレーンに赤いランプ。至るところの端には黒と黄色の警告線。これを秘密基地と呼ばずして何と呼ぶか。
「おい兄ちゃん、あの嬢ちゃんって相当の切れ者かい?」
アルタの手下、フォークが鬼丸に声をかける。当のクリスタはこの場所を隅々まで観察している。
「ここへ来るなり何の躊躇もなく色々見に行ったじゃないか。普通少しは警戒しない?」
「多分知らないことだらけで落ち着かないだけだと思う。アイツは知らないことを嫌うからな」
そんな会話をしていると、施設内部に新井の声が響く。
「着いたな。右側の水路を見ておけ」
この施設、中央に様々な機械や番号の書いてある足場があり、その両脇に先ほどの水たまりに繋がる水路が流れている。その水路に、波が立ち、大きな音とともに三つの影が浮上する。
その音はあまりにも骨に染みる。その為誰もが地震と思い、姿勢を低くする。
「おいクリスタ、そんなとこ突っ立てないで伏せろ。危ないぞ!」
クリスタは頑なにしゃがもうとはしない。その波を、目を見開いて眺める。まるで何かを待つように。
「お、おいなんだアレ!」
フォークが声を出し、ある一点を指さす。皆の視線はその一点に集められた。
碧き境界を突き破るそれは、飛沫の中から姿を見せる。
「そう、それこそがこのカイナ島独自の陸戦……いや、海上及び海中専用潜航戦闘機、海戦! その名をダイシャーク!」
ダイシャークはその名に恥じず、巨大な鮫を模した形をしていた。他の陸戦にある足はなく、代わりに後方と前方にそれぞれ四機のスクリューを搭載している。先端は尖っており、容赦なく水と敵を切るだろう。
挨拶と言わんばかりに、その海の無法者は大きく口を開ける。その状態をもってしても、八型の体格には劣る。しかしそこには、白く光り、敵をかみ砕く無慈悲な鋭い三角錐が無数に存在していた。
「入り口は口にもある。既にシャークフォースが戦闘海域に向かっている。合流し指示を仰げ。指揮権はシャークフォース隊長に一任してある」
新井の言葉と同時に、二機目、三機目のダイシャークが浮上する。それぞれ先頭から翠、黒、そして紅のカラーリングが施されている。番号は漢数字で三、五、六と達筆な字で機体外装に直接書かれている。四号機がないのは縁起の問題だろうか。
「イカすじゃねぇか。気に入ったぜ、ダイシャーク!」
新たな力を前に、歓声をあげる海賊たち。そんな中、鬼丸の手が何者かに力強く引っ張られる。
急いで鬼丸が力の主を見ると、そこには真顔のクリスタがいた。
「なんだよ急に。ちょっと痛かったぞ」
「ごめんなさい。それより鬼丸、見たところ六号機のスペックが一番高そうよ」
いつにもなく早口で鬼丸に伝えるクリスタ。
「お前本当すごいな。見ただけで機体スペック把握とか、技術部でも主席狙えるレベルだぞ。まあそれなら六号機はアルタたちに乗ってもらおう」
鬼丸は陸戦の扱いに関しての絶対的自信がある。それに今回も同乗者はクリスタである。たとえ機体スペックが低くても十分戦えると考えたのだろう。しかし、クリスタは更に早口でまくし立てる。
「いえ、六号機に彼らは役不足もいい所だわ。アタシ達で乗りましょう」
顔色は一切変えない。
「そうか。お前がそう言うならそうするか」
若干の疑問を抱きながら、鬼丸はアルタに声をかける。
「アルタ! 俺たちはこの紅いのにするぜ」
「おうよ。殿は任せた」
三号機はアルタ隊、エリー隊は五号機に乗り込んだ。
「さ、行こう鬼丸」
清々しい顔をしたクリスタが鮫の口に飲み込まれる。鬼丸もそのあとを追いかける。
「基本操作は以上だ。何か質問はあるか?」
ダイシャーク内で行われた新井による操艦入門通信講座は滞りなく終了した。途中主な攻撃方法が体当たりと牙でのかみ砕きと判明したタイミングで、海賊たちから拍手喝采が起こった。
「そうそれ。ミサイルやらビームやらより、そういうのがいいんだよ」
「中々粋な機体じゃないか」
「設計者は武勇にあふれた猛将に違いない」
その時、六号機では、別の大騒ぎが起こっていた。
「ねえ鬼丸、これ見て」
新井の説明を機体内に置いてあったマニュアルと照らし合わせていたクリスタが、人差し指で鬼丸を突きその一部分を提示してくる。
「なになに……開発主任、新井 源治……フ、フフフ」
決壊した。そしてその波は下を向いて我慢をしていたクリスタにも到達する。
あんな難しい顔をした男が開発した機体に対する評価が、正反対のものであったため、彼らの笑いの壺を刺激した。
二人は椅子を叩き、必死に笑いをこらえる。幸いこの未来を予知したクリスタがマイクをミュートにしているため、新井には気が付かれてはいない。
「あの~楽しそうにしているところ悪いんですけど、ウチのこと忘れてない?」
二人が六号機に乗って少しした後、八型がアクセスをしてきた。なんでも電線を伝ってきたとかなんとか。
「ごめんごめん。いやー笑った笑った。そういえばよく俺たちが乗ってる機体がわかったな」
「ああ、それ本部長が教えてくれましたから」
二人を心配して、八型に助言をしてくれるあたり、新井は二人のことを悪くは思っていないのだろう。
「鬼丸、しっかりついて来いよ」
先頭の三号機が、唸り声をあげながら潜航を開始する。ついで五号機の姿も消える。
「鬼丸、アタシ達も行くわよ」
下げ舵いっぱい。赤い鮫は、青い世界に沈む。
「エンジン始動。鬼丸紅蓮」
「クリスタ・リヒテンシュタイン」
「「出る!」」
狭い水路を飛ばすわけにはいかないため、クリスタは推進力を抑え目にした。しかしその状態でも、水中移動速度は八型と肩を並べる。
「は、速い」
そのスピードに二人が気付いた時、既に大海原へと漕ぎ出していた。
「不味い。被弾した。一号機、二号機はどうなっている」
マリンスーツに身を包んだ二枚目の男が指示を出す。
「一号機、被害甚大! 戦線を離脱しています。二号機、浸水被害、黄に移行。浮上します」
この男が乗っているのは零号機であり、彼こそがシャークフォース隊長鮫島である。
カイナ島沖では、海賊とシャークフォースの艦隊戦が行われていた。木造船に対して有利を取れていたシャークフォースだったが、数の暴力の前に少しずつ押されていた。
「このままじゃジリ貧だ。新井の言っていた頼れる援軍はまだか!」
船内の壁を力強く叩く鮫島。その音に、乗組員全員が委縮してしまう。
海賊どもの砲撃は一層激しくなり、そこは今朝までの平和な青い海とは打って変わって、血と炎が燃える赤い海になっていた。
それはまるで……。
「あの時みたいだな……」
「面白いじゃない。相手は違うけれど、いいリベンジにはなりそうね」
零号機のモニターに、三つの艦影が映る。
「三号機、五号機及び六号機、戦闘海域への到着を確認! 援軍です!!」
キレのある声が、希望を告げる。その声を、鮫島は聞き逃さなかった。
「来たか! 二号機は一号機の戦線離脱を支援せよ。ここは俺たちと友軍で対処をする」
その指示を合図に、反転をし、島に向かう一号機と二号機。二機の間には不自然な波が立つ。
「お二人とも。お気をつけて。ウチも可能な限りサポートはする」
その波は、背びれを模した刃によって切り裂かれる。
「頼むぜ、八型。おいクリスタ! この戦力差、どうにかなるか?」
口元の魚雷発射管扉が、鬼丸の操作に批准して開閉を繰りかえす。
「向こうはこっちの速力に追い付けないから主砲で叩いてきそうね」
「白兵戦は?」
いつも通り、操作をしながらの会話はお手の物だ。
「こっちが潜水できる以上それはないんじゃない? それにこのハッチ、想像以上に堅そうよ」
操縦はクリスタが行っている。機体手前で座りながら武装を操作する鬼丸のすぐ後ろで、操舵輪と速度変化レバーに手を掛けている。その迷いのない堂々としたクリスタの姿は、堅実な元帥を思わせる貫禄がある。
「ところで八型さん。何故先ほどから浮上しているのかしら? アタシは深度そのままって言わなかったかしら?」
深度調整は、八型が遠隔操作で行う。そして現在は上げ舵である。
「何故ってそりゃ名乗りなり決め台詞をガツンと決めるためですよ!」
そうして、真っ赤な海に赤い機体だけが浮上した。その機体に、海賊も、島民もくぎ付けであった。
「前回やってないんですから、今回こそカッコいいの頼みますよ二人とも!」
その言葉とともに、機体上部にあるサブハッチが勢いよく開く。
「クリスタ、こりゃ……」
「やるしかなさそうね」
頭を抱えて溜息を着く二人は仕方なしにハッチから甲板に出た。海賊たちの攻撃の手が緩んだのは興味があったからだろう。事実この間に、一号機と二号機、そして海岸での手負いの島民が撤退することが出来た。
「浮上したのは友軍機、その六号機です!」
艦内でそれを見ていた鮫島には、理解が出来なかった。自ら弾幕の矢面に立ち、月夜をバックに腕を組む赤と青の鬼の存在が!
島民たちには見えなかった。暗い海から浮上したのがダイシャークなのはわかるが、その上の二対の影が何なのかは逆光によって見えなかった!
突如として島中の電極が消灯し、たいまつの朧気な光に包まれる。
「照らせぇ。俺ら黄泉の海賊団の前で抜けたマネしやがった奴らをあぶり出せ!」
口々に海賊たちが言う。そうして奴らは船に搭載された照明塔で、浮上先を照らす。それはまるで、追いつめられた大怪盗に当てられたサーチライトのように。またはヒーローを映し出すスポットライトの光のように。
海賊の照射に合わせて、規則的に島の電極が点滅を繰り返す。
「新井本部長、島の発電所が何者かによってハッキングを受けています」
本部で一人、島全体への指示を出していた新井のもとに、隼人が飛び込んでくる。しかし新井は表情を変えない。
「気にするな。おおかたあの八型モドキの仕業だろう」
「八型……てことはあそこにいるの、紅蓮か?」
そう言い、隼人は月夜を見上げる。
「さあ、舞台は整えました。声もはっきり拡声しますよ」
流石の二人も、目の前の海賊船に対しての恐怖はある。ただ、それを押し殺し、勇ましく敵艦隊を指さし叫ぶ。
「民間軍事企業ヴァルハラ特命本部所属、クリスタ・リヒテンシュタイン!」
「同じく鬼丸 紅蓮」
「これより他者からの略奪のみに特化した貴方たちに、頭突き以外の頭の使い方を教えてあげる。感謝しなさい」
「まあそういうことだ。今のうちに隔壁全部下ろしときな」
鬼丸のそれは、事実上轟沈をさせる宣言である。二人は、息を腹に、肺に回し、声を合わせてそれを放出する。それに合わせ、ダイシャークも大きな口を開け月光の下、激昂する。
「俺を!」
「アタシを!」
「そしてウチを!」
「「「なめんじゃねぇぞ、海賊風情が!」」」
その怒りに、決意に、見栄に意地に海が呼応し荒波を立てる。




