第三十八空路 2 対面
鬼丸達が艦内へ向かった後のコックピットは、静寂に包まれていた。気絶していた隼人と大将は意識を回復させたが、八型改から状況説明を受け、瞳を閉じた。
曰く、仕事が出来たら起こしてくれ。
そしてなぜか寝ようとせず、コックピットからの脱出を企てていたヘルは、寝ぼけたコルセアに捕まり、そのまま抱き枕にされていた。
初めの方は抵抗し、脱出しようとしていたが、次第に瞼が降りてきて、しまいには寝込んでしまっていた。
そしてもう一人。誰にも気づかれることなくこのコックピット内で瞼を閉じているものがいる。
(紅蓮さん……まだッスか? そろそろココ、苦しくなってきて……)
ーーー
「少しは落ち着いたらどう? さっきからキョロキョロと、みっともないわよ」
「いや、何か大切なことを忘れている気がして……」
清潔感溢れる男によって小さな部屋に通された二人。鋼の軍艦の中では異彩を放つ、アンティークな家具が詰め込まれたそこを見て、二人は応接室だということを理解した。
扉から見て奥の、長く柔らかいソファーに腰を掛けたタイミングで鬼丸は、自分が何かを忘れていることを思い出したが、それが何かまでは思い出せなかった。その違和感を払拭するため、そしてこの部屋自体にある、言葉に出来ない異質さの正体に関する手がかりを探すために、視線を休みなしに動かしていた。
「忘れるくらいなら、最初からそこまで重要じゃないんじゃない?」
「こればっかりはそうとも言い切れないような……」
そんな会話をしている間に、年期の入った扉が音を立てて開かれる。先ほどの男と共に部屋へ入ってきたのは、岩石のようにゴツゴツとした顔をしている男、CEOオーマである。
オーマの顔を見るなり、反射的に立ち上がり敬礼を行うクリスタにつられ、少し遅れながらも彼女に倣い敬礼をする鬼丸。新人研修の際に一日で叩きこまれた所作を思い出し、視線を真正面へと向ける。
その二人を、オーマは何も言わずに睨みつける。その目力は睨んだだけで人一人を殺せるだけの気迫を持ち合わせながらも、それを目の奥に隠している。
「民間軍事会社ヴァルハラ特命本部所属、クリスタ・リヒテンシュタイン」
「同じく、鬼丸紅蓮」
抑揚をつけることなく自分たちの所属を告げる二人。そうでもしないと、オーマの放つオーラと目力に、石化されそうであった。
「ヴァルハラ代表取締役社長、オーマだ。かけてくれ」
ゆっくりと、乾いた唇を動かすオーマに促され、椅子に腰かける。
その後、フィリップと名乗った清潔感溢れる男が三人の前に紅茶を用意した。男はそれが終わると、かけていた眼鏡の位置を直した後に部屋を後にした。
「私に交渉を持ち掛けてきた男は何処だ。君達とは、声がまるで違う」
そう問われた鬼丸は、自身の端末を持ち出し机の上へと置く。
『声だけで失礼します。ヴァルハラ特命本部長、新井源治です』
「特命本部……カイナの生き残りか。良くここがわかったな」
『腕の良い協力者のお陰です』
端末から目を離したオーマは、鬼丸へ視線を送ると、声を少しだけ柔らかくする。
「何があったのか、聞かせてくれるか」
「……以上です。あの……CEO?」
開口一番、人に化けて本部へと侵入していたゴッドアップルの話をした所から既に、オーマの顔は曇っていた。何とか信頼を得ようとしたクリスタと新井が、所々助け船を出すが、悲しいことにそれら全てが悉く、オーマの顔を曇らせた。
「……普段から私は、社員の小さな行動や企画、方針などには首を突っ込まないようにしていたのだが、今後は改める必要がありそうだ」
視線を落とし、少しだけ後悔したような顔をした後にオーマは続ける。
「つまり君達は、人工知能に命を預けながら戦っていた、ということか? 正直、何処から問いただせば良いのかわからないが……」
手を膝の上で組み、自分の疑問を不安視するオーマ。鬼丸達の戦いは、その全てが空前絶後で摩訶不思議。およそおとぎ話や神話レベルで整合性や現実性がない。
「そう解釈してもらって構いません」
「その人工知能が、君達を殺害することは考えなかったのか」
「出来るなら既にしていると思います。事実、八型改の機転に俺達は何度も救われています」
「……あまりに不確実だ」
そう呟いた後、その言葉を否定するかのように、
「あるいは、シンギュラリティ……」
と端切れの悪い発言を続けるオーマ。その後、意を決したように視線を上げる。
「その、八型改と今、会話をすることは、可能なのか?」
「可能ですが……」
少しだけ緊張した様子を見せるオーマに、不信感が隠しきれない鬼丸。つい先ほどまで、表情を大きく変えるようなことはなかった男が、いきなり頼りない声色と表情をしたことが、どうしても気になってしまう。
「済まない、取り乱した。ただ、あまりにも想像のつかないことだったのでな」
『人工知能が人類に味方することが、そんなに妙ですか?』
その部屋に響いたのは、少しだけ怒りの籠った八型改の声である。
「今の、かね?」
黙って首を縦に振る鬼丸とクリスタ。
『ハイハイ。ウチがご指名のヴリュンヒルド八型改ですよ。もういいですか?』
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
再び、焦りの色を見せるオーマ。
「コレは、本当に、人類の敵ではないのか? なぜコイツ等に味方する」
話している間に落ち着きを取り戻したオーマの質問に、八型改は面倒くさそうに答える。
『人間は本当にその質問が好きですね。どうせウチが何言っても信じそうにない顔してるのが、また厄介なんですよね』
『モドキ! 言葉を選べ! 不利益を被るのは鬼丸達だぞ』
端末の向こうで繰り広げられる、コントのような異質なやり取りに、冷静さを取り戻したオーマは顔色一つ変えない。
対してクリスタと鬼丸の表情が、みるみるうちに苦痛に歪んでいく。一刻も早くこの場から去りたい。言葉に出さなくても、二人の気持ちは一致していた。
『ハイハイ。ウチがそうしたいから、そうしてるだけですわよ。お頭の固い軍人のお代表取締役にもわかるように言うなら、使命だからですわよ。大体、初対面の相手にコレとか言う相手に尽くす礼節なんて、これっぽっちも持ち合わせてないんですけどね』
「……謝罪する。もう少し、無機質な存在かと思っていたのだが」
しかしその目は言葉とは裏腹に、怒りを帯びていたように見えた。
「その、CEO。コイツの発言はーー」
その視線に反応した鬼丸が、咄嗟にフォローをしようとした瞬間、部屋の中にサイレンが響き渡る。
「ッ……。好機ね。行くわよ八型改! 言いたいことは行動で示しなさい!」
聞いたことのない種類のサイレンであったが、それが敵襲であることは、扉越しに聞こえてくる声でわかった。
飛び上がるように立ち上がった鬼丸とクリスタは部屋を後にしようと立ち上がり、扉を開けた。
「その必要は、ない」
しかし、扉の先には拳銃を構え、涼しい顔で立っているフィリップがいた。
『え? 嘘! いつの間に!!』
「どうした⁉」
八型改が発した奇声の原因、それは……。
『なんか、ウチ、凄く狙われてませんか?』
「君が動けば、見張りの判断で発砲出来るようになっている。動かないことを薦めよう」
ゆっくりと腰をあげるオーマに鬼丸は、鋭い視線を送る。
「どういうことだ、社長サンよ」
「君達が出る必要はない。ただ、それだけだ」




