第三十八空路 1 着艦
「いいか、絶対だぞ。勝手なマネをしたら解体どころじゃすまないからな憶えておけモドキ」
「うるさいですね。ウチだってそれぐらい弁えてますよ」
出発直前、鬼丸たちが数日分の食糧をコックピットの空スペースへ運び込んでいる間に、新井と八型改の親子喧嘩が行われていた。と言っても、新井が繰り返し勝手なマネをしないよう八型改に言い聞かせ、彼女はそれに適当な返事をしていた。
「ねえ鬼丸。アンタのとこの足元にあるこの箱、何?」
「ん? 秘密兵器の数々」
無論、箱の中身は昨日のうちに潜り込んでいた黛ユナである。
「例えば?」
作業をしながらの問いかけであったため、不信感というよりかは単純な疑問で質問をしているように見られる。
「辞書とか長編小説とか」
「成程、キル用の荷物ね……こっちは準備出来たわよ」
「こっちも今終わった所だ。後は八型改、お前次第だ」
「だそうなので、もう行きますね」
「大体貴様は……まあいいか」
話を遮られた新井だったが、すぐにその場から離れた。それを確認すると、鬼丸がヘルを起こし、飛行の準備に移る。
周囲に埃が舞い、新井やトマス、鮫島など見送りに来た面々の目を霞める。
「それでは皆さん、行ってきます! 次にこの地に足を着ける時は、全てが終わっているでしょう! このヴリュンヒルド八型改に、ご期待くださいませ!」
「発進!」
中指と人差し指で、カイナ島へ別れを告げる八型改。それは搭乗者全員の総意を反映したものであった。
「気をつけろよ~」
「頼んだぞ、若いの!」
皆、口々に小さくなっていく鋼の巨人へと声をかける。そして、この男も。
「大体貴様は、私の作った……私の娘なのだから、無事でいてくれよ」
そう言い残し、白衣の男は胸ポケットから煙草を取り出すと、ドッグ入り口のゴミ箱へと投げ入れた。
ーーー
「……見えた! この船ね」
あまりに不自然なほどに発達した雲に突っ込んだ鬼丸の目に、大きな鋼の壁が写る。一見すると普通の船とは変わらないが、やはりと言った所か、それは宙に浮いており、前進する様子も、後退する様子も見えない。
甲板に目をやると、マスクを着けた二人の男がこちらを見ており、一人が船の中へと慌てて入る様子が伺える。
「これ、不味いんじゃないか?」
鬼丸が火器系統のチェックを始めようとした時、通信が入る。新井からである。
「本部長! すみません。勘違いされて多分交戦になる」
『その必要はない。おいモドキ、口を貸せ』
そう告げると、新井の声が機体の外からも反響して聞こえ始めた。
『こちらはヴァルハラ特命本部本部長、新井だ。着艦を求める。繰り返す、こちらは――』
すると、先程艦内へ戻った男が、多くの人間を引き連れ甲板へと戻ってきた。その全員は、ヴァルハラの制服に似た服を纏い、小銃の照準を八型改へと向けている。その様子に驚いた隼人と大将は、緊張感がピークに達し気絶した。
『そちらの責任者と話がしたい。こちらは特命本部である』
その間も、八型改は空中にて制止しており、そこへ小銃を向ける乗組員たちの表情が緩むことはなかった。
「おい八型改、向こうの音拾えるか?」
「やってみますね」
コックピット内に響き渡る、殺気を帯びた呼吸音。そのどれもが、引き金を引くことをためらいそうもない。
「ここで持ち出すってことは、ただの小銃ではなさそうね」
「ああ。何が弾頭に込められてるかわかったもんじゃない。当たったら最後だと思った方が良さそうだな」
鬼丸がつばを飲み込むと、足元の箱が小刻みに揺れたが、緊張感の中、それを気に留めるものはいない。
「酒田、万一発砲されたら、すぐ避けて」
「任せな。アンタらを死なせたりはしないさ」
その間にも、新井は淡々と声を発し続ける。しかし彼らが気を緩める様子はない。その時、
「騒がしい。何があった」
その重々しい声が響くと、小銃を構えていた人々は、目標から銃口をずらさないまま、左右に別れた。
「モーセかよ……てか待て、あのオッサンは」
一歩一歩、まるで巨人が歩くかのような威厳を感じさせる男の顔は、岩石のようで、それでいて目の奥が計り知れないほど深く、黒い。短く黒い髪と髭は、真っ赤なコートに良く映える。
『貴方は……』
「ご苦労、特命本部の諸君。私がヴァルハラCEO、オーマである」
ーーー
「では、こちらでお待ちください」
一行は、オーマの許可により艦中腹にある臨時格納庫へと誘導された。八型改を、カイナ島のドッグよりも狭い空間へと停止させると、爽やかな顔をした、清潔感の溢れる男が小さな部屋へと案内をした。
「我はここに残っても構わないか? どうにも頭が痛い……ついでにこ奴らも動けないだろう」
八型改を降りる際に、ヘルは隼人と大将に視線を見る。そしてその意思確認をする為、鬼丸へとその目を移す。
「構いませんよ。代表者の方さえ来ていただければ」
「そうか。なら昼寝でもさせてもらおう」
あくびをしながらコックピットへ戻るヘルを見て、コルセアが口を開く。
「どーせ難しい話なら、アタシはいらないだろ。クリスタ、任せた」
そう言いコックピット内へと戻る。その様子に、ヘルが嫌そうな顔をした気がしたが、鬼丸はそのまま見なかったことにした。
時を現在に戻し、部屋の中にはクリスタと鬼丸だけ。二人が持っていた端末には、意識をこちらに移した八型改と、端末経由でモニタリングと指示を行うためにスタンバイしている新井の目がある。
全員の緊張が高まる中、部屋の扉は開かれる。




