第三十七空路 前夜
「所で、空中艦で生活するってどんな感じなんだ?」
「別に海上艦と勝手は変わりませんよ。差と言ったら装備なしで船から降りたら死ぬ所くらいですかね」
六日後、鬼丸達の離陸まで一日を切った。あれからヘルを中心に、ワイルドハントへの移動準備が着々と進められていた。初めは眉間に皺を寄せていた新井も、現在では渋々ながらもヘルを手伝っている。
目的地が空の上ということもあり、移動可能人数は絞られる。八型改を運用することを考慮し、鬼丸、クリスタ、コルセア、そしてキルの四人はすんなりと決まった。
そして整備員として隼人、万が一の事態を考慮し新井の三人が選出された。
「……もしかして怒ってるか?」
「そんなことありませんよ」
「ッスが抜けてる……やっぱり怒ってるよな」
空中艦なら自分が、と意気揚々と名乗りを上げたユナであったが、彼が付いていった所で何かできる訳ではないと新井に一蹴された。
「もう一人ぐらい乗せても、いいじゃないッスか」
「万一を考えて、余裕を持たせるとあれでギリギリなんだと」
八型改の肩に腰を掛け、ドッグから月を眺める鬼丸。空を飛ぶワイルドハントに乗り込むという話が持ち上がってから、彼は毎日のようにこうして夜空を眺めている。
そして彼の足元で横になるユナ。
「向こうじゃ陸戦は基本的に空飛ぶんで、苦しいと思うッス」
「そうか。三百六十度警戒すんのは、骨が折れそうだ」
夜風が沈黙の間を駆け抜ける。壁に染み付いた油の匂いが、潮風と混じって鼻につくが、不思議とそれは苦にならない。
新井との交渉に失敗し、カイナ島への残留が受け入れられなかったユナはその足で、ヘルの元へと向かった。何とかして自分も連れて行って欲しいと。しかしヘルもそれを断った。
「……そういえば前、キルの事を数字で呼んでいたけど……」
「その空飛ぶ陸戦に乗っていたのが彼女……だと思ったんッスが、人違いっぽかったッス……少し愚痴っていいッスか?」
黙って頷く鬼丸を確認すると、ユナは語り始めた。
「一目惚れだったんッス。ヴァルハラからの支援部隊として来た彼女、一度しか会ってない上にカメラ越し。赤く、後ろで纏められた髪と、ナイフのように鋭い声、それが俺の知っているキー1010010111101011なんッス」
その特徴の多くは、今現在のヘルと一致していた。
「味方のフレンドリーファイアで墜落した所を見て、正直正気は保てなかったッス。目の前の戦闘無視して墜落地点を調べたんッス。そしたら……」
「驚くほど何もない海域が見つかった、と」
「あとはご存じの通り。赤城から飛び降りてここに至る。そんなとこッス。正直、あそこでオッサンが俺を戦場から遠ざけてなかったら、無駄死にしてたかもッス。まあ自分の力に酔っていたって所もあるッスが」
「それは……」
あまりにも大胆な発言にたじろいでしまう鬼丸は、声にならない音を漏らす。
「それと……紅蓮さんにも感謝してるッス」
「そうか……俺⁉」
鬼丸は驚き、自分の足の間から下にいるユナを見る。彼の目には恥じらいの色はなく、ただ純粋に鬼丸を見つめていた。
「最初にペンギン呼ばわりされた時はイラっとしましたが、紅蓮さんが俺のことを海軍の人間だって証明してくれたから俺は今こうやって風を浴びられるんッス」
彼の服に見覚えがあった鬼丸の、ちょっとした挑発がなければ、ユナは今頃どうなっていたかわからない。少なくとも今のように自由な身ではなかっただろう。
「だからそんな紅蓮さんと一緒に戦いたくて……役に、立ちたくて。多分、仲間って呼べる、初めての人だったから……もう一人は、嫌なんッス」
「仲間、か」
そう漏らすと、目を瞑り、何かを考え込む鬼丸。少しして、少しだけ口角を上げると、口を開く。
「それならコイツにも言ってくれ。あん時にコイツが情報をくれなきゃ……ちょっと待てよ。おい八型改」
鬼丸は自分が腰を掛けている八型改を二回、軽く叩く。
「呼びましたか? すみません少し情報の整理をしてたもので」
「もしかしてお前、海軍のデータ、不正に覗いただろう?」
「……いやですね。そんなことある訳ないじゃないですかアハハ」
乾いた笑いが疑惑を確信に変える。そもそも何故鬼丸もクリスタも知らない艦の名前を、彼女が知っているのか、もっと早い段階で疑問に持つべきであったと後悔する頃には、彼女の雨あられのような弁明が始まった。
「ちょっと、ホントちょっとだけです。ただ鬼丸クンともっと仲良くなりたいな~、共通の話題欲しいな~、なんて思ってた時に、見つけちゃって。それで、偶然見れちゃって……」
「……向こうに着いたらそれとなく、セキュリティの強化でも進言してみるか」
「紅蓮さん、本当に……」
そう溜息をついた鬼丸はロープを下ろし、滑り降りるように八型改の肩から降りる。
「お休みですか?」
「明日は早いからな。寝るよ。二人ともおやすみ。それからユナ」
鬼丸は最後に、振り返る。
「俺の椅子の調整、最後に頼むわ。仲間として、最後にな。それと足元が少し不安定だ。箱かなんか置いといてくれ。人一人入りそうな大きさのがいいな」
その夜、八型改には一つの箱が持ち込まれた。




