第三十二海路 10 神秘の島の海賊達
「ずいぶんと言ってくれるな。ならアイツらはさしずめ、獄卒艦隊ってとこか?」
鬼丸が指を指した方向から、最後の頼みがやってきた。
「木造船一隻が増援に来たところで、どうということもない! 降服勧告は受けなかった者と受け取るぞ人間ども!」
荒々しく波を掻き分け海を進むのは、海賊を忌み嫌うことを意味する船、パイレーツスパイト。総舵輪を握るアルタは、荒々しく自身の存在を鬼丸達に示す。
「待たせたな鬼丸! 俺達が来たからには、百人力だ」
取り舵一杯。ジャックマークⅡと距離をとった状態での大会頭を行い、船腹を見せたそれは、砲門を各自の判断で開く。
その大砲から発射されるのは砲弾ではなく、イナバ百式のアンカーであった。それらは鬼丸達を囲んでいた陸戦をショートさせ、動きを一時的に停止させる。
「今! 包囲を抜けます!」
八型改の判断で包囲から脱出したことに腹を立てるジャックマークⅡの周囲に、再び陸戦たちが集結する。
「ええい役立たずどもを寄こしやがって! その体、死ぬまで使え!!」
「……陸の奴らもこっちに来たか。コハクやダーヴィンも見える。ずいぶんと壮観じゃないか」
敵の数は依然変わっていない。コハクのように、遠距離からの攻撃が可能な陸戦たちが、八型改とパイレーツスパイト目掛けて攻撃の準備を始める絶望的状況の中、鬼丸は口角を上げる。
「艦隊って言ったろ。数ならこっちが上だ!」
敵の攻撃は全て、目標を逸らしパイレーツスパイト後方へ水のカーテンを作る。それを突き破るように、船首にアンカーと発射装置を引っ付けた小型船が、次々と現れパイレーツスパイトの周りを取り囲む。
「ヴァルハラのボウズ! お前だけにカッコつけさせはしないぞ!」
「わたくしたちの島ですもの。当然ですわ」
そこにはアンカーの狙いを定める島の老人たちが、島の子供たちと相乗りする形で続々と現れた。
「な、何なんだコイツ等!!」
ゴッドアップルの疑問に、老若男女問わず口を揃えて名乗りをあげる。
「我らこそ、この島に住み、この島を守る者たち!」
「聞いて驚け見て逃げ出せ!!」
「お前らなんか、儂の操艦技術でイチコロよ」
しまりの悪い口上にしびれを切らせたアルタが、拡声器を片手に持つ。
「あ、あー。聞こえますか鉄くず諸君。俺達は、この島を守るために立ち上がった、カイナ海賊団だ! この島でコイツ等と戦ったこと、後悔させてやるよ。神秘の島の海賊は、一味違うぜ~」
―――
鬼丸がクリスタの事を初めて“相棒”と呼んだその瞬間から、ダーヴィンの襲撃があった昨日まで時間を遡る。
場所はカイナ島中心部の広間。各島の代表者や鮫島、ライフライン整備などの担当者が一同に会する定例会議が開かれていた。
「先ほど陸戦の襲撃があった時は、どうしたものかと」
定例会議開始数時間前、この島にダーヴィンの一団がやってきた。汗を拭きとる素振りをとるのはキノ島代表者である老人。
顔に皺を蓄えた代表者たちは皆頷き、賛同の意を示す。しかし島全体を統治する権力者である婆やは、表情を一切変えずに話を聞き続ける。
「いや~。ヴァルハラの彼らが迅速に対応してくれたお陰です。シャークフォースが民営じゃなくて良かったと、しみじみ思いますね」
苦笑いで放った鮫島の言葉は、野外ライトに照らされた広場に静寂をもたらす。本人にとっては抱腹絶倒の自虐だったにも関わらず、笑う人は誰一人としていない。
「いやあ鮫島さん。ワシらはいつも感謝してるんですよ。この島を守るのは、よそ者ではなく貴方方シャークフォースだって」
「陸戦? だったか。どうしても操作が難しくてなぁ」
農業用や工業用は手足のように扱う彼らが、ただ矢面に立ちたくないがためにそう発言していることくらい、鮫島も知っている。それを言及しようものなら、自分の居場所はこの広大な海そのものとなり、二度と陸を拝めなくなるために、ただただ、拳を握り耐えることしか出来ない。
「それをあの若造どもが出しゃばりおって。喋る珍妙な陸戦に、真っ赤な髪の女なんて、まるで悪魔じゃないか!」
「奴らが来てからというもの、陸戦の襲撃も増えましたし。もしや、奴らが悪の陸戦の親玉かも知れぬぞ!」
「いやぁ、それは違うんじゃないでしょうか?」
死を覚悟した。これから自分に降り注ぐ災難は、村八分ならぬ島八分。
自分の前にシャークフォースの隊長を務めていた男は、本土からの護衛を要請しようとしていた。それがこの島の逆鱗に触れたのか、彼をそれ以降見ていない。
だからと言って、鬼丸達の事を何も知ろうとしなかった人間の放つ言葉を、否定せず首を縦に振ることは出来ない。
自分よりも明らかに若い青年たちが、逃げ延びた先というだけで縁もゆかりもないこの土地を、必死に守っている。
「鮫島さん?」
ゆっくりと、聞き返すような言い方で圧をかけてくる老人たち。この島が、その悪魔の気分次第で地獄になり得ることを、彼らはまだ知らない。
見たいものは見て、見たくないものには蓋をして老眼のせいにする。きっと誰かがやってくれると。この島での誰かが、ドが付くほどのお人よしだっただけで今まで成立していたそれが、崩れさる日はすぐそこである。
「い、意外にですね、襲撃ペースは年々増えているんですよ」
「それの何が違うのです?」
明らかに、口調が強い。
「それは別に、彼らが来たから増えた減ったとかじゃないんです」
嘘である。鬼丸達が来てから、この島に迫る脅威の数が明らかに増えていることは、明らかであるが、それをここで言う訳には行かない。
「鮫島さんがそう言うのなら、そうなのでしょう。しかしですよ。しかし、その襲撃、シャークフォースだけで何とかなりませんか?」
問二。自分たちの非力さを証明せよ。シャークフォースに誇りを持っている鮫島にとってこの問題は、あまりにも難解であった。
「そうはいかないんですよ。このまま敵の襲撃頻度が増えれば、確実に限界が来ます」
「そこを何とかしていただくのが、貴方達の仕事でしょう?」
一人の老婆が口を開く。この手の相手は、会話を議論ではなく、自分の考えの押し付けに使うために、話し合いは不可能に近い。
ここで鮫島、全員に聞こえないように小さく舌打ちをする。彼だって聖人君子ではない。元は普遍的な悪ガキだ。
悪ガキと呼ばれるためには、いくつかの条件がある。鮫島のように夜に窓ガラスを割るなどという古典的かつ壮大な方法でなくても、単に大人たちの言うこと、約束を破り続けるだけでも、立派な悪ガキとして成立する条件足りうる。
そう、今この集会を物陰から盗み聞きしているマリンと、その友人相助のように。
「ちょっと待って! キルちゃんだって頑張ってるんだよ!!」
ふいに物陰から立ち上がり、声をあげたのはマリンであった。
「バカお前! 隠れろ」
必死に引き留めようとする相助だが、彼女の意思は硬く、引き留める彼を引きづりながら広場の中心へと躍り出る。
「またお前かみなしご!! また婆やの孫振り回しおって、恥を知れ!」
「それはこっちの言葉だよ!」
キノ島代表者の怒りに、必死に喰らい付くマリンであったが、他の老人たちに取り押さえられその場から遠ざけられる。
「ちょっと皆さん、相手は子供ですよ。いくらこの会議が子供禁制のものだからって、もう少し優しく」
鮫島が、頭に血が上った彼らをいさめるが、皆聞く耳を持たず、マリンとの格闘へ発展していた。
その混乱を、婆やの声が押さえつける。
「待ちな! 相助アンタだね。マリンを連れてきたのは」
会場はざわめいた。会議では口数の少ない婆やが口を開いたこと。そして彼女の孫である相助が、みなしごのマリンをこの場に連れてきたという事実に。
「……バレたか」
事実確認がとれた瞬間、皆マリンから手を離し、元居た席へと戻る。
「マリン。言いたいことがあるなら言ってみな」
婆やに頷くと、マリンは自分が見てきたものを、老人たちに訴えた。
それらは主にキルについてであり、自分と同じような少女が、命を懸けてこの島を守っているということを、感情任せに熱弁する。
しかしこの老木どもは、そんなものでは動かされない。
「だからどうした。そもそもよそ者が、この島の土を踏むこと自体、許されないんだ」
「でも、でもだって……」
強く反論し返され、涙を流すマリンの前に、威嚇をするような顔で相助が割って入る。
「なんでだよ! それでも大人かよ!」
皆、視線を逸らし少年の投げかけには答えない。代わりに、ダイナマイトのような轟音が答える。
「相助! それは大人ではなく老人だ! 無理して理解を得ようとしても無駄だぞ!」
空気をわきまえない轟音は、戦闘を終えたばかりの親方であった。
「親方の……おじさん?」
あまりにも大きすぎるその声に、マリンの涙は引っ込んだ。
「ずいぶん情けねぇじゃないか。なあ隼人」
「全くです。少しは紅蓮の度胸を見習ったらどうですか?」
「アレの度胸はどちらかと言うと、ノリと勢い、と言った所だろう。全く」
その後ろからは、大将、隼人、そして新井が連なっていた。マリンの姿を視界に捉えた新井は、おもむろに携帯灰皿を取り出し煙草の火を消した。
「おやおや皆さんおそろいで。夜のピクニックかなんかか?」
ニヤニヤと顔に皺を寄せる婆やは立ち上がり、彼らの元へと足を運ぶ。
「先生ならまだしも、力技でメシ食ってる親方に言われて、アンタらは悔しくないのかい?」
杖を振り回し、その場にいる全員に問いかける。
「ちょっと婆や、それ酷くないですか? 俺達を、自分の島も守れない腰抜けと比較するとか!」
腰抜け、に力を入れ、そして下を向く老人たちを一瞥する。
「ガキであろうが青年であろうが大人であろうが、この島を守ろうとする思いは同じはずだぜ。そこによそ者だとか老人だとか、関係ないと思うな」
「そうそう。それによそ者だなんだ言ったら俺達三人、紅蓮たちと一緒にいなくなりますよ」
後から来た皆は、それぞれの言葉に同意をして、そして冗談に笑いあう。一方老人たちはどうだろうか。未だに下を向き続けているだけではないか。
「……やしい」
相助は、自分の足元近くから、何かを叩くような音が聞こえ、その方向を見てみると、先程まで自分たちに敵意を向けていた老人の一人、キノ島代表者が、何かブツブツといいながら地面を叩いている様子が目に入る。
「悔しい……」
そうしてその老人は、火山が噴火をするように声を荒げながら立ち上がる。
「ワシだってなぁ! この島を守りたいんじゃ! このワシの手で! 奴らヴァルハラには感謝しているさ。しかしそれ以上に」
「「「悔しい!!」」」
最後の一言は、その場にいる代表者ら全員が口を揃えたものであった。皆おもむろに立ち上がると、顔を見合わせる。
「どうやら、皆気持ちは同じであったようだな。よそ者がどうこう言う決まりもないのに、自分たちの無力さから逃げる口述にしとっただけだ」
日之出島代表者は、通信機を使い、島の全員を叩き起こす。
「でも、それも今日でおしまいですわ! わたくし達でこの島を、守りましょう!」
ミナ島の老婆も同様に、島民を集結させ始める。
「水を差すようで悪いんだけど、俺達がどうこう出来るのかね? ……あいや俺は戦うぞ。例え武器がなくたって、ゲートボールのクラブで」
日之入島の初老の男性の心配は、事前に解決されている。
「その心配は!」
「アリマセーン!」
その声の方向を、皆が目を凝らしてみると、そこにはパイレーツスパイトから手を振るアルタと、トマスの姿があった。そして彼らに続く形で大量の小型船が波を作る。
「役者も、兵器も揃った。後は仕上げの改造だけだよ。気ィ張んな、カイナのバカども」
婆やの金歯が、暗闇を不適に照らす。
ここまで読んでくださりありがとうございます! この作品が面白ければブックマーク、感想やコメントを何卒宜しくお願い致します。




