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鋼女神話アサルトアイロニー  作者: ハルキューレ
海上編第一部~海賊領域~
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第六海路 漂流地点

 鬼丸は、ベッドの上で目が覚める。そこは見たことのない部屋だった。ヴァルハラの自室と違い、前時代的な部屋だ。明らかな木造なその部屋の窓から、雲一つない晴天が広がり、カモメの鳴き声と風が心地いい。


「起きたか」


 奥の部屋から、グラスを持った眼鏡の男が現れた。その面影に、毎朝顔を合わせていた存在を重ねてしまう。


「ん? 私の顔に何かついているか?」


「いや、知り合いと似てたもんだから」


「なら他人の空似だ。私は君と面識はない」


 そう言いながら、この部屋と不釣り合いにモダンでシンプルな椅子に座る。


「色々聞きたいことはあるが、とりあえず外に出てみるといい。仲間が心配していたぞ」


 そういい、グラスの黒い液体を男は流し込む。この男はなぜか部屋の中で白衣を着ている。

 鬼丸はその言葉に従い、部屋を出る。


「彼女と合流したら戻ってこい。話がある」

「アンタは?」


「その辺に関しても帰ってきたら説明する。とにかく今は外に出ろ。自分がおかれている状況も、それで少しはわかるだろう」


 厄介払いされている気がした鬼丸は、焦って部屋を出る。

 外はとてもまぶしかった。日差しは強いが、心地の良い潮風のお陰で過ごしやすそうだ。

 一歩を踏み出した鬼丸は、違和感に気付く。体のバランスが取りづらい。足元に目をやると、そこは微かに揺れていた。

時々突き上げるような軽い衝撃が足に来る。そこは地面とは呼べず、不揃いな木々によって構成されているためにいかだの上のようだ。そんな床が一面青世界に浮いている。


「ようやくお目覚め? さぞいい夢でも見ていたのかしら?」


 聞き覚えのある声がする。この女、クリスタは炎も似合うが海も似合う。多分山でも川でも宇宙でも。そんな彼女がイタズラな笑顔で鬼丸の顔を覗き込む。


「……おはよう」


 とりあえずの挨拶だ。いざという時ほど、たった一つの挨拶が心に染みる。


「おはよう。アンタからしてくるとは思わなかった」 


 目を丸くして驚くクリスタ。


「酷くないか、それ?」


「それはそうと、アンタ、あの胡散臭そうなおっさんにあった? 多分あの人がアタシ達を助けてくれたんだろうけど……」


 胡散臭いかどうかは個人の見解だが、多分さっきの人だろう。


「なんか合流したら戻ってこいだと。行こうぜ」


 鬼丸はそう言うと振り返り、その扉に手を掛ける。そこで初めて分かったが、さっきまでいた部屋は、一階建てで、天井はトタン屋根で出来ていた。




「先に言っておく。お前たちの仲間らしい眼帯女は隣の部屋で寝ている。気絶寸前のところで踏ん張っていたようだ。あと一時間ほど処置が遅ければ、彼女は生きていなかっただろう」


 先ほどの男が、椅子の背もたれに身を預けながら鬼丸とクリスタに語る。その表情は先ほどよりも不機嫌そうだった。


「ありがとうごさいます。仲間を救っていただいて」


 クリスタの感謝に仲間、か……と呟き何かを考えたその男は背もたれの反動を利用して立ち上がる。


「なら聞くが……」


 そう言い男は鬼丸とクリスタの背後に回り、ヤシの葉で作られたカーテンを開けた。


「君達のことを仲間だとのたまうこの陸戦はなんだ! 見るからに七型だが、何故ここに入ることが出来た? 電磁結界はどうしたのだ?」


「あ、鬼丸君にクリスタちゃん。おはようございます」


 男が声を張り上げた先、そこには窓一面に収まりきらないヴリュンヒルド八型の姿があった。


「そこの人ったらひどいんですよ。何度言ってもウチのことを七型って呼んで直さないんです!」


 八型は視覚カメラを水色に点灯させた。


「あれって、感情表現のつもりなのかしら?」


「まあ、アイツなりに考えた結果だろう」


 クリスタの小さな問に、適当な回を返す鬼丸。


「なら聞くが、君が八型なら何故喋っている? お前がそうやって答えている時点で、それは紛れもない七型! よってスクラップにする!」

「た、助けて二人とも。完璧すぎるロジックで反論できない! ウチこのままじゃぺったんこになっちゃう。第一世代型の装甲もびっくりのペラペラになっちゃいます!」


 この男の言う通り、自主的に会話が出来ている時点で人工知能を搭載していない八型ではない。しかし彼女は紛れもない八型だ。


「ちょっと待ってくれおっさん」


 男と窓の間に、両手を広げて割って入る鬼丸に、男は眉間にしわを寄せ一喝した。


「私はおっさんではない! まだ二十五だ! しかも今日から!」


「お、おめでとうございます」


 咄嗟に祝う鬼丸。余談だが、誕生日が夏休みなどの休みに被っていると、子供時代はとても惨めになる。

 我に返り、その男は咳払いをした。


「失礼、取り乱した。で、これはなんの真似だ?」


 鬼丸はそのまま、昨日起きたことをおおざっぱに話した。ところどころ男の顔が曇る。


「……以上です。これでそこの陸戦が八型であることも理解できるはずです」


「本部が……爆発? 人工知能が人間に化けていた? 攻撃の反動でここまで飛んできただと? お前たち正気か? いや、いっそのこと小説家にでもなったらどうだ?」


 額に手を置いた男が笑いながら話す。


「信じていただけませんか?」


 胸に手を当て自分たちの潔白を訴えるクリスタ。だがそこは果たして胸と呼んでよいのだろうか? それこそ第一世代もびっくりだ。


「私にエクスカリバーを探せと言っているようなものだぞ」 


 わかりにくいが、それはほぼ不可能なことを意味していた。クリスタの眉が下がり、鬼丸は肩を落とした。


「と、言いたい所だが私も気になる点がいくつかある。それを調べてからでも遅くはないだろう。ついてこい。それから自分を八型だと思い込んでいる七型はそこから動くなよ」


「ひどい! とにかく二人とも、気を付けて」


 目を赤く点灯させた八型に、二人が声をかける。


「うん、行ってきます」


「コルセアのこと、頼んだぜ」




 眼鏡の男を先頭に、その後ろを二人が並んで歩く。そこに地面はやはりなく、木で出来た橋が海の上に廊下のように各建物に広がっていて、リゾート地を彷彿とさせる。


「いくつか質問をよろしいかしら? えっと……」


「新井 源治」


 新井はぶっきらぼうに答える。


「新井さん、なぜ貴方がヴリュンヒルド八型について知っているの? あれはヴァルハラ内部のトップシークレットのはずよ」


 新井は背中を向けたまま答える。世間に出回っているのは七型までである。そのキャッチコピーは、ヴリュンヒルド最後にして最高の一品。


「開発関係者、とだけ言っておこう」


「ではもう一つ、ここはどこなのですか?」


「その質問は後程、答えるとしよう」


 一つの建物の前で足を止める新井。


「こちらからも質問だ。この建物に見覚えはあるか?」


 入口には看板があり、滲んだ文字で何かが書いてある。

 首を横に振った二人を見て、だろうなとこぼしながらその建物のドアを新井が開ける。

 そこは外と打って変わって、とても近未来的な空間が広がっていた。そこはまるで……。


「ヴァルハラのようだ。そう言いたげだな。ここはヴァルハラの持っていた支部の一つだ。造りが似ているのは当然だろう」


 広くはないが、通信ぐらいは出来そうだ。


「君達が来る前から、本部との連絡が途絶えた。……やはりつながらない。ちょっと待ってろ」


 新井は中腰のまま作業を続ける。室内の気温が上がり始める。


「本部から一番近いウラジオストクに連絡を入れてみたが返答はない。奴め、本格的に動いてきたな」


「奴って、ゴッドアップルのこと知ってるのか?」

「ああ、私はヤツに対抗するためにここに居る。どうやら君達を多少は信用してもよさそうだ。全く、本部の事実上機能停止が信用材料とは」


 そうして新井が向き直る。


「ヴァルハラ特命本部長として命じる。……お前ら、名前は?」


 言い始めの勢いが、そこで弱まる。


「鬼丸紅蓮だ。こっちはクリスタ・リヒテンシュタイン」


 親指で指されたクリスタが少しむっとした後、軽く会釈した。


「本部との通信が途絶えたこと、またゴッドアップルと名乗る人工知能の活動開始により、現時刻をもって緊急事態社則を適用。これに基づき、ここカイナ支部を特命本部とする。鬼丸紅蓮、クリスタ・リヒテンシュタイン。両名にはこの特命本部への移動を命じる。時刻は現時刻、ジャスト十二時だ!」


 咄嗟に敬礼をする二人だが、部屋があまり広くないので自然と敬礼の角度が急になる。


「って流れで飲まれたけど特命本部って聞いたことあるか?」


「アタシも初耳よ」


 敬礼をしたまま二人が戸惑う。それに気付いた新井は、通信機器の電源を落とし、ドアを開ける。


「無理もない。詳細も、存在も知られてはいけないからな。とにかくメシだ。ついてこい」



 

 新井に案内されたのは、海鮮丼屋だ。


「新井本部長? 俺ら急いで出てきたから一文無しなんだが」


「気にするな。ここは社食だと思って気軽に利用するといい」


 そういい、腕寿司と書いてある暖簾をわけて新井が店に入る。


「ラッシャイ……なんだ新井か。後ろの二人は見ない顔だが……その制服」


 鬼丸とクリスタを交互に見る大将らしき人は少し考えたあと、新井に何か耳打ちをした。


「そのまさかだ。さっき特命本部を開設した」


「とうとうその時が……んで? その二人は?」


「本部の生き残りだ。あり得ないがな」


 その言葉を聞いた大将は、腰を抜かした。その音に気付いたのか、奥から一人の男が出てきた。その男の服装は大将らしき人と同じ、言うなれば板前スタイルだ。


「大将、大丈夫か……お、お前は」


 その男は、鬼丸の顔を見ると硬直した。そしてそれは鬼丸も同じである。


「隼人……お前隼人か!」


「ああそうだ紅蓮! 久しぶりだな」


 穢れのない、そして熱いものが二人の間に充満する。


「ああ、隼人の同室の! とにかく、今日は一旦店じまいだな。隼人、ここ三人に賄いデラックスだ」


「あいよ、紅蓮! また後でな」


「おう」 


 喜怒哀楽に関しては人並み以上の鬼丸だが、この時の笑顔はいつも以上のものだった。


「誰? 今の」


「研修初期に同室だった技術部志望の奴だ。でもなんでここに?」


 そう言うと、暖簾を下げた大将が言う。


「なんでって坊主、ここがヴァルハラカイナ支部の技術部だからだ」


 それを聞くと、鬼丸はテンションの高い返しをした。


「じゃあアイツは夢を叶えたんだな」




 五分後、一つの机には鬼丸、クリスタ、新井に加えて大将と隼人の姿があった。


「食べながらでいいから聞いてくれ。さっきも話した通り、ゴッドアップルが動き出した。我々の最終目標はこれの削除だが……」 


 そこには一心不乱に巨大な海鮮丼をかきこむ鬼丸とクリスタの姿があった。いつもならクリスタはこんな行儀の悪い食べ方をしない。


「紅蓮お前、見ないうちにたくましくなったな」


 その姿に、煤けた顔を見た隼人が苦笑いをする。

 咳払いをして注目を集める新井。


「ここはどこか、という話だが、一言で言うなら世間と隔離された島だ。来るべき闘いの時に備えてヴァルハラが買い上げ、世間から秘匿し続けたいわば神秘の島。名前をカイナ島という。場所については九州と沖縄の中間と思ってもらって構わない」


 口に海の幸をかきこんだ鬼丸は、それを一気に飲み込んだ。


「じゃあ何か? 俺らは本州から陸戦で飛んできたことになるのか? どんな冗談だよ全く」 


 本州。ヴァルハラは人工知能を相手にしているため情報の多くを秘匿している。正確な位置情報もそれに漏れていない。


「ようやく私の気持ちがわかったか」


 溜息を深くついた新井が続ける。


「我々はまずこの地でゴッドアップルに関する情報と戦力を可能な限り揃える。幸いここは近づけなければ発見できない。それに加えて人工知能をはじく結界が張ってあるのだが……」


 八型はそれを楽々潜り抜けてこの島にたどり着いた。


「あの機体は一度ばらすべきか……あの機体と言えば、跳躍の影響だろうが、各部がひどくやられている。修理も必要だろう」


 新井は顔をどんどん曇らせていく。


「ええい。どうして本部はこんなガキどもを寄こしたんだ。そもそも人手が足りなすぎる。更に言えば機体も、金も、オペレーターも職員も。何もかもだ!」


 そう、何もかも足りない。


「金がなきゃ、修理は出来ないよなぁ。いくらここが陸戦産業の中心だからって、金がなきゃなぁ」


 顎を触りながら唸る大将も、曇った顔をしていた。


「陸戦産業って言いましたが、それらしい施設は見られませんが……」


 周囲を見渡してクリスタが聞く。


「ん? ああ、ここは受付みたいなものだから、本格的なのは隣の島だ」 


 鬼丸とクリスタの頭の上に疑問符が浮かぶ。


「このカイナ島は、小さな島々が集まって出来上がっているんだ。ヴァルハラ本部の各機能をいくつかの島に分けたと考えてくれ。ここが中心の島。本部や病院があるんだ」


 見かねた隼人が説明を入れる。


「その口ぶりだと、島全体が社所属みたいだな」


 軽い口ぶりで鬼丸は言う。しかしこれは地雷であった。


「そうとも行かねぇんだ。坊主。ここには無関係の住民もいる。なんでも買い上げるときにどうしても退去をしなかったらしい」


 つまりここは本州が縮小された世界だ。民間と軍は、どこにいってもわかり合えない。


「まあ基本互いに必要以上の干渉を避けているから救われている所もあるがな」


 思い空気が店に流れ込む。それを打ち破るサイレンが島中に鳴り響く。


「な、何の音だ! 」 


 取り乱し周囲を見回す隼人と大将。


「襲撃警報? 面倒な時に……」


 新井は勢いよく椅子を立ち、鬼丸とクリスタに指示を飛ばそうとする。


「鬼丸、クリスタ、敵襲だ……いない?」


 閉まっていたはずの店の扉から、冷たい風が流れ込む。


「本州は襲撃が多いと聞いていたが、これほどなのか? 上官の命令を聞く前に出撃準備出来るほど、彼らは戦闘に慣れている!」



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