幕間 着水地点
漁師の朝は早い。日の出の前から沖に出る。
ここは島から漁船で三十分の漁場。いつも通り、仕掛けた網を引き揚げる。
「よいしょっと。もっと速く巻き取れないもんかね」
溜息交じりのその声は、カモメの声とモーター音にかき消された。
「ん? 今日はやけに手ごたえがあるな。久々の大漁だ! 海賊神様に感謝だ」
そう言い、漁師は海面に近づく網を見る。深い青に、一点の銀塊が見える。しかし今日は、それに加えて。
「な、なんだアレ。なんでこんなものが……り、陸戦だ! とにかく先生に相談だ」
その物体はロープで陸まで牽引された。
―――
「おじさん、この陸戦なんて名前? スッゴイ大きい! 」
港にはうわさを聞いた大勢の島民が集まり、件の巨人を一目見ようと海に身を乗り出していた。ここの島民の多くが、アロハシャツを着ている。
「俺もこんなもん見たことねえよ。今朝漁に出たときに見つけてな。シャークフォースにも牽引を手伝ってもらったんだ」
島民の視線の先には、下半身を海中に沈めたヴリュンヒルド八型の姿があった。
「はいはいどいたどいた。婆やと先生のお通りだよ!」
するとその島民の海を杖でかき分ける老婆と、スーツの上に白衣を着た、浮いた存在の男が来た。島民はその声を聞くなり。
「婆やだ……先生もいる」
などと口々に言いながら身を引く。
太陽が昇り始め、港のアスファルトは熱を帯びる。
「とうとう来たか」
先生と呼ばれた白衣の男は眼鏡をかけると眉間にしわを寄せてつぶやく。
「じゃあなんだ? とうとうここでも人工知能とのドンパチが始まるのかい。血が騒ぐねぇ」
婆やは手に持っている杖を剣に見立てて架空の敵と対峙し、カッカッカと笑う。
「いきなり本隊は来ないだろう。まだ時間はある」
そう言いヴリュンヒルド八型の外壁に飛び乗ると、ハッチ周辺を二、三回ノックをする。すると、聞きなれない声がした。
「ヴリュンヒルド八型、起動開始、そして三人しかいないけど総員起こし! 起きて皆、朝だよ。ウチ、朝はバイオ燃料派なの。皆は?」
ざわつく。その声は、とても機械的だった。
「……先生が女の子の声だした……」
一人、男がつぶやく。
「先生のお声、可愛い」
小さな女の子が大きな声で言う。はばかることなく。
本人も理解が追い付いていないようで、理解に時間がかかっていた。
少しして、その男は更に眉間にしわを寄せて怒鳴る。
「今のが私の声な訳が無いだろう。少しは考えろド低能ども」
周囲が凍り付く。まあこの島は年中熱いため、ちょうどいいくらいだ。
「あれ、皆意外とお寝坊さん? ダメだよ。という訳でいきなり最終奥義、太陽光と書いてサンシャインが目覚ましビーム!」
その言葉の途中から、ヴリュンヒルド八型のハッチが開き始め、白衣の男はバランスを崩し海に落ちる。
「何が、起きているというのか」
再び理解が追い付いていないようだ。自身が濡れたことに気が付いた彼はとても不機嫌そうな顔をする。
ハッチが開き、中には三人の人間が寝ていることが確認出来る。ここの島民とは違って、肌は日に焼けていない。
一人は眼帯を、一人は青い髪を、そしてもう一人は赤い髪をしていた。




