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教室〈1〉

 


 そして、僕は玄関に到着する。

 何度目の到着だろう。感慨深いなんて事はないけど、こっからが本番。気を引き締めていかなくちゃ。

「ありゃ、朝から気合入ってるね?」

「そうかな?」

「あは、いきなりだったのに驚かないんだね」

 振り返れば、見覚えのある女の子がいた。

 くりくりっとした大きな目。明るい茶髪、ちょっと短い髪の毛。社交的、活発的な雰囲気を持ち合わせているような、そんな子だ。僕とは性別から何まで真逆の位置に存在している。

 新学期がスタートして一ヵ月ちょっと。ゴールデンウィークを過ぎて、仲の良いクラスメートの顔と名前が完全に一致する時期。

 残念ながら、僕はまだクラスの半分どころか、四分の一程度しか把握していなかったりする。そして目の前の彼女の名前を、僕は最初の一文字だって知らなかった、筈だった。でも今は知っている。彼女の名前はどうにか覚えている。

「まあね」

 僕は曖昧にして笑っておく。まあ、君とは何回も会っていますから。

「それじゃ行こうか」

「え、え? あ、まっ、待ってよー!」

 靴箱まで足早に進むと、女の子は慌てて追いかけてくる。

「ね、ねえっ、あたしの名前は知ってるよね!?」

「知ってるってば」

 僕は、スチール製の中棚が付いたシューズボックスの前に立った。一般的な、どこにでもある靴箱である。そこの、自分のネームプレートが差してある扉から上靴を取り出して、運動靴と履き変えた。

 そうしている間も、名前を呼んでだとか、教室まで一緒に行こうだとか喚いている。女の子は実にかしましい。朝一番からコンタクトを取るには遠慮したいタイプである。

 いつもの僕なら、それじゃあね、なんて言いつつ軽く無視して行くのだが。

「早く履き替えて教室に行こうよ、舞子さん」

「ふえっ?」

 女の子改め、舞子さんはまん丸の目を見開かせ、僕を穴が空くほど見つめていた。

「名前、覚えててくれたの?」

「クラスメートじゃないか」

 さも当然だよと言わんばかりに心にもない事を言う僕。

「あは、ちょっと嬉しいかも。だって君、全然人の名前覚えないんだもん」

 良く分かってらっしゃる。興味がなかったからなあ。こんな事にでもならない限り、舞子眞惟子の名前は僕の脳にインプットされなかっただろう。

「ちょっと待ってね、靴履き替えるから」

 僕は黙って頷く。

 見ると、舞子さんは素早い動きで運動靴の紐を解き、上履きの紐を結んでいた。

 視線を玄関口に移すと見覚えのある坊主頭が目に入る。いつもここで大立ち回りを演じる片割れの丸坊主と出会うんだな。

「終わったー!」

「ん」

 舞子さんは楽しそうに立ち上がった。何が彼女を楽しくさせているのか、僕には分からない。

「じゃ、行こう」

「うんうんっ」

 こうして、僕はこの後に起こるであろう少年バット事件から逃れる事に成功した。



 舞子さんと一緒に教室まで行き、少しの雑談の後、予鈴が鳴った。

 同時に、僕の鼓動も高鳴る。ここからだ。もうすぐしたら、未知の領域に入る。

 廊下に目を遣ると、背の高いシルエットが窓ガラスに映った。先生が、来る。

「……良し」

 小声で呟き、僕は一瞬だけグラウンド側に視線を移した。

 先生が教室に入ってくると、クラスの人たちはお喋りを止めて前を向く。

 先生は出席簿を教卓の上に広げて、教室の様子を窺っている。

「……今日も全員出席か?」

 自主性を重んじているようで重んじていない高等学校の生徒は誰も先生の問い掛けに答えない。

 あの、うるさくて仕方がない舞子さんも、そんなものどこ吹く風で廊下に目を向けていたり。

「ん、ああ、野球部がいないな」

 あの二人の事だ。

「……まあ良い。今朝は伝えるべき事項もない。それではホームルームは終わりだ」

 職務怠慢とも思える短さで朝礼を済ませると、先生は出席簿を畳む。

 畳んで、僕らに背を向けた。教室のドアに手を掛け、乱暴とも言える手付きで開ける。

 来る。

 ここだ。このタイミングしか有り得ない。

 僕は誰にも気付かれないように、自然な動きを意識してグラウンド側に目を向け、何となく、と言った具合に体を向けた。

 どこから来るのか分かっていて、いつ来るのかも分かってさえいれば。

 白球が、目に飛び込んでくる。

 僕は耳を塞ぐ事をこらえ、目を瞑る事を我慢した。

 ――ガシャーンッ!

 来たっ。

「きゃあっ!」

 誰かが叫んだ。気にしていられるか。

 僕の全神経は飛び込んでくるボールにだけ集中している。

 頭だ。頭に向かってくる。

 だからっ――!



 結果から言おう。

 僕は野球部員が打ち込んだボールを避ける事に成功した。やったね僕。

 もしかしたらちょっとぐらい髪の毛を掠めていったかもしれないが、頭を下げて、体を捻じ曲げて。とにかくボールは僕に当たらなかったのである。僕は死ななかったのだ。新しい展開。これは大きな一歩と呼べるのではないだろうか。

「いやあああああっ!」

 だけど。

「先生っ! 明石(あかし)さんが! 明石さんが!」

「嘘……嘘っ嘘っ!」

 うん、お察しの通りさ。

 僕じゃない人が死んでた。

 その人はどうやら頭を打って、そのまま椅子からずり落ちて、今も動かない。って言うか、ほああ! 血が出てる! 僕が死んだ時もこんな感じだったのか。凄い嫌だ。

 しばしの間、思考停止に陥ってしまう。えーと、どうしてこんな事になったんだっけ?

 確か、えーと、僕がボールを避けて……ああ、何だ話は簡単じゃないか。僕が避けたボールが、隣にいた人の頭にぶち当たっただけの話だったらしい。あはは、簡単簡単。

 やばいんじゃないのか。

 ねえ、これってやばいよ。やばいよね? 僕が死ぬのはともかく、他の人が死ぬのはちょっとまずいんじゃないのか。

 うわー、しかも罪悪感が僕を襲い始めたぞ。ボールを避けなければ、この、えーと、誰だっけ。ああ、明石さんって人が死ぬ必要はなかったのに。

 僕が想定外の事態におろおろとしている間も、教室内は騒乱に包まれていた。

 うつ伏せになった明石さんからの頭からはとめどなく血が流れ、クラスメートたちは先生を呼びに行ったり泣き崩れたり呆然と立ち尽くしたり悲鳴を上げ続けたり飛んできたボールに怒りをぶつけたり僕に怒りをぶつけたりしている人もいた。

「お、おおおおお前のせいだぞ、せいなんだぞ!」

「え?」

 教室内が、しんと静まる。

 自然、声の主とその矛先の僕へ注目が集まってしまった。

 ちょっと待って。何だって僕が怒りをぶつけられなきゃならないんだ?

「お、おおお前が、おおお前がボールをよ、よよよ避けなきゃ良かったんだ!」

 小太りの男子生徒が(多分クラスメートだろう)やけにどもりながら僕に近付いてくる。何だか不穏なものを感じ、後ろに下がった。

「ちょ、ちょっと待ってよ。何で僕のせいなの?」

「い、いいい言ってるだろお! お前がよ、避けなきゃあ、ああ明石さんは死なずに済んだんだあ!」

 いや、その通りなんだけどさ。そしたら僕が死んじゃうじゃないか。

 僕は適当に弁解を試みたが、小太りの彼は聞く耳を持ってくれない。

 まずい展開になってきた。クラスメートたちの狂騒はある程度まで収束したが、僕らを遠巻きに眺め、新たなトラブルの火種を揉み消そうとせず、かと言って勢いを増そうともせず、ひたすらに見ているだけである。日和見主義ここにきわまれり。助けて!

「お、お、おおおお前さええ! お前さえ、い、いいいなかったらあああ!」

「ええっ!?」

 小太りの生徒は制服のポケットから物騒なものを取り出した。

 現物を見た事はなかったが、禍々しい雰囲気のそれは一目瞭然、バタフライナイフと言う奴である。

 まさか、まさかまさかまさかまさか。

 まさかそんな痛そうなモノで僕に襲い掛かろうと言うのでは。

「つ、つつつつつみきちゃああああん!」

 誰だそいつ!

 小太りの男子生徒は意外と機敏だった。僕が思っていたよりもスピーディに接近を試みて、そしてその試みは成功する。

 僕は彼に圧し掛かられ、床へ頭を強かにぶつけた。何とかして脱出しようとするが、体重差では敵わない。

「ぼ、ぼぼぼぼぼくが仇をとってあげるからああああ!」

「うわああああああ!」

 誰だ。

 このクラスに問題児がいないって言ったのは。

 いるじゃないか。これ見よがしに存在していたんじゃないか。

 ああ、これからはもう少し他人に興味を持とうかな。

 そんな事を考えている内、僕の人生は完全に、終わっていた。



「リアルに殺された気分はどうだ?」

 目が覚めた僕は、死後の世界にいた。

「車やらバットやら。まあ、今までにお前が死ぬのは事故だったケースが殆どだったんだけどよ、こう、なんつーの? 人間からうわーって殺されるのは初めてなんじゃねーの?」

「……殺されて、気分、良いと思いますか?」

「オレ、殺された事ねーもん。知るわきゃねーじゃん」

 まあ、その通りと言えばその通りなのだけれど。

 僕はお腹の辺りを恐る恐る摩る。ああ、良かった。傷跡の一つもない。痛みもない。死んだって実感を感じられないのはどうかと思っていたのだけれど、痛いのよりはよっぽどマシである。

「安心しろ。ちゃんと刺される前のお前にしてあっからよ」

 そう、僕は刺されて死んだのだ。

 名も知らぬ小太りの男子生徒に馬乗りの憂き目に遭い、バタフライナイフで体をどっすんどっすん何度も何度も刺され貫かれ死んだのだ。

「僕、人から恨みを買わないように生きてきたのに……」

「ぎゃはははっ、何だよそれ? つっまんねー生き方だなあ、おい」

 余計なお世話である。

「まあ、惜しかったな。ボールは紙一重で避けてたんだけどよ、今回は隣の奴の事も考えないお前の責任だぜ。ぎゃははは、汝の隣人を愛せよってな」

「死神のくせに」

 しかし、死神さんの言にも一理ある。僕はクラスメートの事を何一つ理解しちゃいなかったのだ。あんな危険人物を野放しにしている世界にも問題はあると思うが、あんな分かりやすい人物を理解出来ていなかった僕に、大いに非があると見て良いだろう。

 さて、とりあえずは考えようか。

「僕の代わり――と言っては何ですが。僕の代わりに死んだ人はいったいどんな人でした?」

 死神さんは腕を組んで胡坐をかく。

「そんなのオレに聞くんじゃねーよ。お前の方が詳しいに決まってんだろ」

「僕の性質、あなたも分かってますよね」

「……なーんか言い方が気に入らねーけど、ま、そうだろな。お前が他人に気を配れる、つーか他人を他人と認識するような奴なら、こんな事にはなってねーし」

 酷い言い草だ。

「良く分かんねーけど、お前の隣に座ってた奴だぜ? 思い出せねーのかよ」

「うーん」

 そう言われても、隣に座ってるだけの人を気にする理由がなかったからなあ。

「えーと、前髪パッツンでした」

「あはは、お前馬鹿なんだ」

 失敬な!

「だったらもっとマシな事を言えっつーの」

「名前は、あやかし、じゃなくて明石だったかな。下の名前は分かりませんけど」

 明石さん、か。悪い事をしたかな。けど、次のチャレンジの時には自分が一度死んでしまったって(正確には死んでない事になるんだろうけど)事にも気付いてないだろうし。まあ、良いや。

「次からはちゃんと確認しときますよ」

 問題なのは明石さんじゃない。被害者じゃない。加害者だ。

「で、僕を殺したあの小太りは誰でしょうか?」

「それもオレに聞くのかよ。知るかボケ」

「冷たいなあ」

 死神さんは鼻で笑う。彼女の鼻は髪の毛に隠れていて見えてないのだけど。

「まあ、そいつに関しちゃ名前も何も知らなくて良いだろ。知っとくべきだったのは、そいつがお前を殺す。この一点だけで充分だ」

 そりゃそうだ。彼の名前や好みを知ったところでどうしようもない。

 いや、本当にそうなのか?

「あの、って言うか何で僕はその人に殺されたんですか?」

「はああああ? お前自分の事だろうがよ!」

 口調こそ僕を突き放すぐらいにきつかったが、何だかんだで死神さんはノートをめくり、今回の死因を確認してくれている。

「えーと、だな。まず凶器はあのバタフライナイフって奴だ。んでもって……」

「んでもって、なんですか?」

「どうやら、その前髪パッツン女が死んだからお前が殺されたみてーだな」

 意味が分からない。いつの間に。なんだって僕と前髪パッツン――もとい明石さんとが、運命共同体になっているんだ。

「連鎖して死ぬとか消えるとか。僕はテトリスですか」

「って言うよりぷよぷよって感じだけどな」

 何だか悪意を感じるぞ。

「僕は明石さんって人とは初対面です。彼女とは話した事も一度だってない。彼女が死んだからって僕が死ぬ理由はどこにもない筈です」

 ああ、厳密に言えば初対面ではないのかな。

「そうじゃなくてだな、パッツンが死んだから、あのクソデブがお前を殺したんだよ。オレの言ってる事がまだ分かんねーか?」

 さっぱりです。それよりパッツンってあだ名が気になります。

「ああ、もう。仕方ねーな。あのデブが何言ったか思い出してみろ」

 彼が何を言ったのか? えーと、えーと、えーと。

「――お前のせいだって言われたような」

「おー、そうだよ。覚えてんじゃん。じゃ、他には?」

「お前がボールを避けなければ明石さんは死ななかったとも」

「ちっげーよドアホ! お前の脳みそはダチョウより軽いのか!」

 そんな事言ったらダチョウに失礼だろ! 彼らは足が速いんだ!

 あっ、違う。今の言い方だと僕がダチョウより馬鹿みたいじゃないか!

「ダチョウより賢いって言い張るんなら証明してみせろ。おらっ、腐れデブは、何を、お前に、言いましたか?」

 くっ、馬鹿にされている。良いさ、証明してやろうじゃないか。思い出してやろうじゃないか。一言一句間違いナシにババーンと答えてやろうじゃないかっ。

「つ、つつつつつみきちゃああああん!」

「誰だそいつ! 違うっ! それじゃねーよダチョウ男!」

 ダチョウ男…………。

「確かにお前のせいでパッツンが死んだとも言ってたけどよ、あの豚男はこうも言ったんだ。『仇をとる』ってな」

 ダチョウと豚なら、どっちの方がマシなんだろう。

「話聞いてんのか?」

「聞いてますよ。仇をとるって事は、そうですね。明石さんと小太りの彼は何か、ただならぬ関係だったのではないでしょうか」

 どうやら僕は彼の恋人である明石さんを死なせた一因を担っているらしい(小太りから見れば、百パーセント僕が殺したって事になってるだろうけど)。それならば、まあ、彼が凶行に及んでしまったのにも無理はないだろう。赤の他人ならともかく、誰だって目の前で恋人やら家族が死んで、尚、犯人が目の前にいたのなら怒るのも無理はない。

 しかし、死神さんは首を横に振り、ぎゃはははと下品に笑う。

「ちげーよ。お前もうちょい周りの目を見て生きろって。単純に考えろよ、誰と誰が付き合ってるって?」

「ですから、小太り君と明石さんが……」

「はっ! 有り得ないっ、有り得ないな!」

 どうしてこんな自信満々に言い切れるんだろ。ちょっと見習いたい。

「付き合ってないって証拠はあるんですか?」

「お前、あの豚野郎の顔を思い出してみろ」

 どんどん扱いが悪くなっていくな、彼(クソデブ→腐れデブ→豚男→豚野郎)。

 顔、顔、顔ねえ。難しい注文だなあ。

「うーん、あんまり覚えてないんですけど。何か、まだ春だってのに汗まみれだった気がします」

「おー、それで良いや。お前さ、常に汗かいてる奴と付き合いたいと思うか?」

 そんなの分からない。

「ええい面倒だな、じゃあ言ってやるよ。あの豚はすっげえ不細工だったんだよ!」

 な、なんだってー!?

「大きなお世話だと思いますけど」

「馬鹿だなあ、オレならかっちょいー奴と付き合いたい。女なら不細工より美形と付き合いたい。あのパッツンだって豚を選ぶくらいなら死を選ぶだろうよ」

 言い過ぎじゃないのか、この人。

「中身が良かったって場合もありますよ」

「アホかお前。ポケットにナイフ忍ばせてる男の性格が良いとでも思ってんのかよ?」

「中高生ってのは、そういうアウトローな部分に惹かれるんじゃないんですか?」

「惹かれねーよ、引くわむしろ。つーか轢くわ」

 僕が引くわ。

「つーかだな、不良だ何だっつってもよ、結局はお前顔なんだよ。顔の良い奴はナイフを持ってたって煙草吸ってたって酒飲んでたってウンコしたって何したって許されるけど、不細工は息をするのも許されねーんだ」

「……あ、じゃあ僕は少なくとも不細工じゃないんですね」

 わー、ちょっと嬉しいかも。だって生きて良いよって言われてるみたいなもんじゃないか。

「うん、そうだな。お前は不細工じゃない。美形でもない。つーか不細工でも美形でもなんでもない」

 なんて言われようだ。泣きたくなるぞ。

 まあ、僕は自分で言うのもなんだが、恋愛感情の機微には疎い。ここは死神さんの意見を尊重すべきだろう。彼女の熱弁からすると、どうやら経験豊富そうだからな。

「分かりましたよ。小太り君が明石さんと付き合っていないと認めます。でも、ならどうして彼はあんなに怒ったんですか?」

「そりゃアレだろ。パッツンが好きだったんだろ。一方的な片思いって奴だ。いやー、身の程知れっての、なあ?」

 僕は否定も肯定もしなかった。

「はあ、じゃあ、僕はボールを避けるだけじゃ駄目なんですね」

「そうみたいだな」

 ボールを避けるだけじゃ隣の明石さんに当たって小太り君に殺されてしまう。いや、抵抗すれば逃げられるかもしれないが、生き返っても次の日からどうしようもない展開に追い込まれてしまうぞ。

 その時点で、アウトだ。僕にとっては望ましくない。あくまで、平穏無事に過ごしたい。

「つまり、僕がボールを避け、尚且つ明石さんにも避けてもらわなければいけないんですね」

「うーん、ま、そういう事じゃねーの?」

 どうしよう。僕は記憶を持ち越せるのだけど、明石さんはそうもいかない。

「避けるんじゃなくて、受け止めるとか」

「へー、お前そんな事出来んの?」

 出来ません。避けるので精一杯でございます。

「……ふーん。じゃあ、アレだな。かっちょいー事してみるか?」

「かっちょいー事って?」

 ――へへん。

 死神さんは不敵に笑うと、僕の胸を軽く殴った。

「ヒーローみたいな事やろーぜ」

「……ヒーロー?」

「おー、そうだよ。ほら、ボールが来たらバッて助けてやるんだよ、身を挺してさ」

 は? な、何を言ってるんだ、この人。

「嫌ですよ、恥ずかしい」

「じゃあどーやって助けんだよ?」

「別に、そんなドラマチックに助けなくても良いでしょう。例えば、そうですね、手紙か何かを回して注意を促すとか」

 僕の意見を、死神さんは豪快に笑い飛ばす。

「馬鹿かお前っ、手紙にはなんて書くんだよ? もーすぐボールが飛んでくるから気を付けてくださいってか? ぎゃははは、誰が信じんだよ!」

 言ってる事には腹が立つ。だけど、正論だ。

 僕なら絶対に無視するだろうな。そんなサイコな奴。

「じゃあ、どうすれば……」

「言ってんだろーが、言葉じゃ簡単には無理だっつーの。だったらお前が無理矢理助けるしかねーだろが。それか、お前何か、あのパッツン女に怪しまれないよう説明出来るってのかよ?」

 ごめんなさい。無理です。

「じゃあやるしかねーな! やるしかねーよなあ!」

「嬉しそうですね……」

「だって面白そうだもんよ。良いねー、期待してんぜヒーロー!」

 他人事だと思って凄い好き勝手に言ってるよ、この人。

 ……しかし、ヒーローと言う言葉と役割に乗せられつつあるのも確かである。

 僕は今まで一人で空回って死にまくっていたからなあ。少々人恋し、かったりもする。

 独りは平気だ。だけど独りで居続けるのは平気じゃない。

「まあ、たまには人の為に動くのも良いかもしれませんね」

 結局、明石さんを助ければ自分の為になるのだし。情けは人の為ならず、だ。

「おっ、良いね。その意気だぜ」

 死神さんに乗せられてる感は否めないが、どうせやるしかないんだろうしなあ。

「やりますよ」

「いーい返事だ。おっしゃ、行っとくか」

 やる事は分かっている。

 今まで通りに教室まで行き、ボールを避ける、これだけだ。そのついでに明石さんを助ける、と言うより、彼女が命を落とす事なく僕がボールを避ければ良い。

 具体的にどうすれば良いのかは考えていないが、まあ、問題ないだろう。可能性や確率は知らないが、幾つかの方法を思い付いている。試せば良いだけだ。何度だって死ねて何度だって生き返れるのだから、彼女には悪いけど僕に付き合ってもらおう。うん、それで良いや。

「お願いします」

「お願いされた」

 やがて、意識が飛んでいく。

 世界が巻き戻っていく。

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