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 疑問に思ったのは死因だ。

 死神さんの話が本当なら(彼女の目的上、嘘を吐くメリットは感じられないから恐らく本当なのだろうが)前回の僕はどうやら、心臓病で死んだらしい。ここ笑うとこ。

 産んでくれた両親に誓って言うけども、僕は健康体だ。別段気にした事はないけれど、必要以上に健康ってものを気にした事はないけれど。

 僕もそうだし、僕の家族もお酒は飲まない。煙草も吸わない。お菓子やジャンクフードも滅多に食べない。高校生だから通学と体育の授業で適度な運動もしている。

 だから、幾ら突発性だとか急性だとか言われても納得いかない。有り体に言えばクソ食らえ、という奴だ。

 眠っていただけなのに心臓病になるか? そんなのっておかしいだろう。

 次に、野球部員の奇行。

 付き合っていた(この点については諸説あるだろうが、僕は舞子さん説を押す)彼女を取られて、バットを持ち出して喧嘩をする。まあ、なくはないかもしれない。

 だけどエキサイトしたからって普通、グラウンドまで行って喧嘩の続きをするのか? あまつさえ、ボールをバットで打って喧嘩の道具に使うか?

 僕なら行かない。使わない。殆どの人は行かないだろうし、使わないだろう。

 だけど事実としてそれは起こった。

 心臓病だって起こった。ボールだって飛んできた。

 仕方ない。事実として認めざるを得ないだろう。

 だから僕は一つの結論を下した。

 普通ならば、有り得ない。

 本当に、僕の世界が普通ならば。

「そう、普通じゃないんだ」

 繰り返される世界。時間の巻き戻される世界。死んだ者が、再び現れる世界。どう考えたって普通じゃない。そしてその世界を普通じゃなくしてしまったのは他ならぬ僕なのだろう。

 死神さんは言っていた。

 生き返りチャレンジの為に、僕の為に、そして強いて言うならば死神さん自身の為に時間を巻き戻す行為は有り得てはいけない事なのである。

 運命、因果、時間。

 本来ならば変えられない、変えてはいけないモノに手を付けるのは許されない。

 では、誰が許さない? 決まっている。世界だ。世界そのものがそれを許さない。

 ――世界に喧嘩を売っているようなものなんだ。

 では、誰が売っている? 決まっている。僕だ。僕が喧嘩を売っている。

 この世界に住まう僕が、住まわせてもらっている世界に喧嘩を売っているのだ。

 僕はこれまでに何度も死んでいる。車、植木鉢、バットにボール、心臓の病に殺されている。……本当にそうなのか?

 では、誰が僕を殺す? 決まっている。世界だ。僕を許さない世界が僕を殺しているのだ。

 変えてはいけない、絶対に触れてはいけない世界の急所、絶対の不文律に触れてしまった僕を消そうとしている。そうとしか考えられない。

 運命の修正。因果の訂正。時間の矯正。

 何だって良い。言葉を幾ら重ね、尽くしても、つまりはそういう事なのだろうから。

 正しく、正しく世界を元の姿に戻すべく、僕なんかが想像し切れない、想像してもいけないような大きな力が働いているんだ。

 僕に歪められた世界を、何かが戻そうとしている。

 いや、これ以上言葉を重ねるのはよそう。

 分かっているのは、僕が生き返る為には二十四時間平々凡々と過ごす事なんかじゃない。そんな簡単な話じゃなかった。生き延びなくちゃいけない。

 そう、これは喧嘩――いや、殺し合いだ。

 ループする狂った世界。

 世界が、その世界を終わらせる為に僕を殺し切るか、殺されても殺されても諦めずに、僕が、世界を殺し切るか。

 そう、それだけの話だったんだ。

 良いさ。喧嘩すらした事のない僕が、階段をすっ飛ばして倫理をぶっ飛ばしていきなり殺し合いを挑もうとしている。良いじゃないか。退屈しないで済む。実に楽しそうじゃないか。

 それに、僕は既に死んだ身なんだ。今更死ぬのなんて……怖い、けど、怖くない。そう、いつ諦めたって良いんだ。リスクは、正直に言おう。ほぼ、ない。僕には失うものが殆どない。だが、リターンは大きい。想像以上に大きい。二度目の生だけで充分だと言うのに、僕には到底抱え切れないほどの充足感、充実感、満足感――ええい。とにかく、僕は誇れるんだ。

 僕が生き返れる事になったならば、それ即ち、世界との勝負に勝った事になるんだから。



 そんな事を言っていた割に、やっている事は今までと変わらなかった。

 目覚ましの鳴る五分前に目を覚まし、八時十分には家を出て、車を避け、植木鉢を避け、もう一度車を避けて、舞子さんの名前を呼ぶ。

 何故か? その理由は、世界である。僕はなるべく世界のご機嫌を損ねないようにする必要があった。多分、前回僕が心臓病、と言うか病気で死んだのは、そうしないと僕が死なないからだと世界が判断したからだろう。あのまま家に引き篭もっていれば、事故には遭わないし、まあ、ボールだってそうそう飛んでこないから。外に出るよりは比較的安全に時間の経過を期待出来る。

 だから、僕は原因不明の奇病に冒されたんだ。

 ループしている世界では、僕の行動が何らかの鍵となっている。

 僕が同じ行動を取っていれば、いつだって同じように進み、同じように僕は死ぬ。

 死を回避する為には、恐らく最低限の変化しか許されていないのだ。



「ありゃ、また死んじまったのか?」

「……ちょっと、粘り過ぎちゃいました」



 一度でクリア出来るとは、流石に思っていなかった。

 二度目なら、まあ大丈夫だと思っていた。

 三度目なら、いけるだろうと思っていた。

 四度目なら、もう大丈夫だと思っていた。

 五度目なら、六度目なら、七度目なら、八度目なら、九度目なら、十度目なら、十一度目なら、十二度目なら、十三度目なら、十四度目なら、十五度目なら、十六度目なら――数えるのは、途中で止めた。

 何度も何度も挑戦して、色々な行動を試し、様々な場所へ出向き、世界の器を測った。



「おい、二度目の車忘れてんじゃねーぞ」

「わざとです」



 死神さんが律儀にも僕の挑戦回数を数えていてくれたお陰で、百回を超えたのは覚えている。

 その甲斐あってか、僕の貧弱な記憶力も徐々に上がっていった。と言うより、適応、順応、とにかく慣れていったのである。

 何度も何度も同じ事を繰り返したせいか、ある程度の災難ならヒントなしでも思い出せるようになり、最初よりも断然簡単にクリア出来るようになった。



「まさか家が崩れるとはなー」



 たまには失敗もあるけれど。僕、まだ元気です。

 


 でも僕は諦めなかったんだ。

 そしてその結果、僕は、遂に……!

「全然駄目じゃん」

 全然駄目だった。

「努力とやる気は認めるけどな。なんつーの? あんまし結び付いてねーっつうか」

 空回りしているらしかった。

 僕は真っ白な世界に目を細めながら、四肢をゆっくりと伸ばしていく。

「何度目の挑戦でしたっけ」

「さっきので二百超えたぜ、ひゅー、おめでとう」

 心が篭ってないなあ。

「うーん。僕、一つ気付いた事があるんですけど」

「おー、何だよ。言ってみな」

「どうやら、あの続きからやり直してみた方が良いような気がしてきました」

「遅っ!」

 どうやら、僕の行動にも間違いというものはあるらしい。

 例えば、僕が十時までに家を出なければ病気が発症して死亡。

 例えば、僕が電車に乗ってどこかへ行こうとすれば脱線して死亡(時間は関係なかった)。

 例えば、僕が八時二十五分にコンビニに寄れば店の看板が落ちてきて死亡。

 例えば、僕が朝食にトーストではなくバナナを食べたら急性の食中毒に罹って死亡。

 例えば、例えば、例えば、例えば。

 即ち、僕の世界で、僕には無限とも思える行動、選択肢が用意されているのだが、死に直結する、いわゆるデッドエンド直行の噴飯ものも用意されているのであった。

「合掌、ちーん」

 黙れ死神。

 とにかく、僕は良く生き返って、良く死んだ。実に健やかである。死ね。

「とりあえず、ボールを避けてみます」

「えーっと、どのボール? 野球部の朝練見に行ったらフェンス越えて飛んできたボール?」

「違います。教室のガラスを割って飛んできたボールです」

「ああ、お前が上半身裸で教室を走り回ってた時のボールか」

「あの時は仕方なかったでしょうが! 大体、あのヒントをくれたのは死神さんでしょう」

「そうだっけ? じゃあ、いつ飛んできたボールだよ」

「最初の方の奴ですよ。ほら、その、僕が諦めかけた時の……」

「おー、そんな事もあったっけ。じゃあ早速行ってみるか」

 待って待って待ってってば!

「あの時の事を思い出してみますから」

「あー? んな事しても無駄じゃねーの?」

「……ボールがどこから、いつ飛んでくるのかさえ分かっていれば、のろまな僕にだって避けられますよ」

「そいつはどうかな。お前って未だにトロイんだもん」

 うううううるさいうるさいうるさいっ。

 えーと、確かあの時は……。

 車を避けて、植木鉢を避けて、車を避けて、舞子さんの名前呼んで、教室に入って古典の予習をして、先生が入ってきて、野球部の二人がいない事を確認して、先生が出て行って――。

 ――ここだ。

 ここでボールが飛んできたんだ。

 良し、そうと分かれば怖くないぞ。

「おーい、考えは纏まったか?」

「ええ、じゃ、いつも通りお願いします」

「……もう、ヒントは要らねーのか」

 うーん。まあ、今のところは大丈夫かな。

「大丈夫です」

「そっか」

 死神さんは少し残念そうだった。そんなに僕の体に落書きしたいのか。



 まあ、何はともあれ。

 僕はまた世界に喧嘩を売りに行く訳だった。

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