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ゴール



 目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。

 僕はゆっくりと身を起こし、布団を跳ね除けベッドから立ち上がる。何とはなしに部屋をぐるりと見渡してみた。

 ……記憶は、ある。前回での死後の世界の出来事は、目を瞑れば思い出せる。チャレンジは続いているのだ。ならば、決まっている。



 車を避け、植木鉢を避け、もう一度車を避ける。学校まではもうすぐだ。もうすぐ、彼女と会える。

 思えば、今思い返せばとんでもなく長い長いチャレンジだったように感じる。それも、もう終わり。これで終わり。今回で終わりになるだろう。泣いても笑っても、誰が死んでも誰が殺されても、もうチャンスはない。

 最後に残された時間。最期に繋がる時間。それは今日、今、この時なのだろう。

「……気負っておられるようですね」

 僕の横に背の低い誰かが立った。

「そう見えちゃうか……」

「超かっこいい先輩が見えてますから、ご心配なく」

 ここで素直にお礼を言える奴がかっこいいのだと、僕は思う。

「……ところで超かっこいい先輩、答えは出ましたか?」

 一瞬だけ言葉に詰まった。ずっと待っていてくれたのかと。まだ覚えていてくれたのかと。

「ああ、ありがとう」

「……嬉しい事だとは思うのですが、先輩の出した答えとは、私の望んでいた答えではないんですね」

「ご――――そうだな。だから、本当にありがとう七篠」

 一度言い掛けた言葉を引っ込める。今は、謝罪など不要だ。



 靴箱まで来たが、彼女はいない。まだ来ていないのか、来るつもりがないのか。どちらにせよ、僕に出来るのは待つ事だけである。

 ……チャレンジはクリアしたい。その為に、伝える言葉がある。

 あの時も、あの時からそうだった。やはり、彼女は鍵だったのである。チャレンジをクリアする為に必要な存在だったのだ。

 だけど、今は違うような気がする。確かに、僕はチャレンジをクリアしたい。でも、その為に伝えるんじゃない。僕がそうしたいから、そうするだけなんだ。

「あ……」

 だから、こちらに歩いてくる彼女を見つけた瞬間、僕の心は躍っていた。僕の足は動いていた。ぱくぱくと、口は勝手に開いている。


「――――好きです!」


 時間が、世界が止まったような気がした。

 駆け出した僕の横を過ぎ去る人も、立ち止まる人もいた。皆、こっちを見ているのだろうが、僕の目には入らない。視界に映るのはただ一人、彼女だけで良い。

「……あ、は?」

「ずっと、好きでした!」

 通すべきものはとっくに気付いていた。決まっていたから決められなかった。既に出ていたから答えを出せなかった。

「舞子眞唯子さんっ、好きです!」

 ただ、忘れていたんだ。ずっと逃げていた。伝えなきゃいけない事だったのに、怖くてたまらなかった。

 だけど、もう終わり。

「出会った時から好きでしたーーっ!」

 今までの人生で、この僕の冴えない十七年間で、かつてこれほどまでに大きな声を上げて、これほどまでに注目されて、こんなにまで熱くなった事があるだろうか。断言出来る、ない、と。

「ちょ、ちょっと……」

「何これ? 何なのこれ?」

「うわー、マジで。ドラマじゃん」

「コクられたん誰? 舞子? 舞子さんが?」

「つーかアイツ誰だよ」

「知らねー」

 少し、休憩。まだまだ伝えられていない事がある。言葉がある。が、息が続かない。極度の緊張で、心臓が痛い。

「あは、は。君、何言ってるのかな?」

 舞子さんは笑っていたが、その笑顔はぎこちないものに見えた。

「馬鹿なの? こんな、こんなとこで言わないよね、普通」

「……馬鹿で良いよ。普通じゃなくても構わない」

 君に思いを伝えられると言うのならば、僕は何になろうと気にはしない。

「舞子さん、僕は……」

 足を一歩踏み出す。

「ちっ、近付かないで!」

 舞子さんが一歩退く。

「一体何のつもり? あは、見くびらないで欲しいな。あたしだってそこまで頭は悪くないんだよ。君はチャレンジをクリアしたいんだ。だから何か考えてる」

「違う! 僕はただ君にっ!」

「近付かないでってばあ!」

「あ……」

 僕に背を向け、舞子さんは走り出してしまった。と言うか逃げ出してしまった。校門に向かったのではなく、校舎に向かって一目散に駆けていく。

「あー、ふられてやんの」

「え、え、もうおしまい?」

「朝から笑えたわー、行こうぜ、もうチャイム鳴るし」

 取り残された僕をよそに、生徒たちはぞろぞろと歩き始めた。

 僕は、走り出した。

「おー、まだ諦めてねえぜあいつ」

「走れ走れー」

「あははは、頑張りなよー!」

「おいっ、何かこっちでもすげーぞ! 野球部がガチでチャンバラやってる!」

「マジかよそっちの方が面白そうじゃん!」



 しまった。見失った。もう予鈴は鳴っているし、早く見つけなきゃ。

「くそっ、どこに行ったんだ……」

 校舎の中まで来たのだが、舞子さんの足は思った以上に速い。こっちの方に来たのだろうけど、階段を上ったのか、それともどこかの教室に隠れているのか、はたまた……。

「まるで悪役じゃないの」

「あ、明石さん」

 途方に暮れていた僕のもとに明石さんが姿を見せる。彼女は呆れた風に溜め息を吐いた。

「とてもじゃないけど、好きな女の子を追い掛けている風には見えないわね。組織の秘密が詰まったフロッピーを持ち逃げした裏切り者を追い掛けている雰囲気よ、あなた」

 やけに具体的だったが、そうか。僕はそんなに必死な様子に見えるのか。

「見てたし、聞いてたわよさっきの」

「……そう」

「色々言いたい事はあるんだけど、あんた馬鹿じゃない? あんな状況で告白されたらどんな女の子だって逃げ出すか怒り出すわよ」

 吐き捨てるように。

「否定はしないよ」

「されてたまるもんですか。何よ、アレがあんたの決めた事だっての?」

「否定はしないでよ」

 明石さんはさっきよりももっと深く、もっと長い息を吐く。

「……するもんですか」

 優しい声で、そう言ってくれた。

「ありがとう。あの、明石さん、僕にはやらなきゃならない事が残ってるから」

 どこに行ったのか分からないけど、舞子さんを見つけなくちゃいけない。

「待ちなさい」

「一秒だって惜しいんだけど」

「ちゃんと決めたのね?」

 頷く。

「私も、一つ決めた事があるの」

「……何を?」

 尋ねると、明石さんは首を振って答えを拒んだ。ただ、嬉しそうに、悲しそうに笑む。

「舞子さんは上に行ったわ。多分、屋上までの踊り場に隠れてるんだと思う」

「ありがとう」

 短く言うと、僕は再び走り出した。



 そこにはすぐ辿り着けた。階段を一気に駆け上がってきたから体が重い。息が辛い。

「……あ」

 だけど、彼女にはまた会えた。

「……委員長に教えてもらったんでしょ」

「うん」

「そっか。あは、そう、なんだ」

 舞子さんは三角座りしたままで僕を見上げる。涙目になっている彼女に少なからず動揺した。

「そんなに、嫌だったんだ」

 気持ちが急速に萎んでいく。意気が急激に萎えていく。

「うん。君なんて大っ嫌い。顔も見たくない」

「ごめん。でも、僕は君が好きなんだ」

「だから何? 返事でも欲しいの? ならあげるよ、さっきもあげたけど、私は君が嫌い。はい、終わり」

「返事まで求めてなかったけど、ショックだったかな。僕、初めてだったから」

 舞子さんが小首を傾げた。くそう、可愛い。

「告白したのが? ……ふん、小学生じゃないんだから」

「や、じゃなくて、誰かを好きになったのが初めてって意味だったり」

「……は?」

 誰かを、だけじゃなくて何かを好きになったのが初めてでもある。

「あは、冗談だよね? 高校生にもなって、初恋がそんな……」

「舞子さんは僕なんかに興味なかったと思うから知らないよね。僕、いつも一人だったんだ。嫌だとも思わなかったし、苦痛に感じてなかった。何かに興味を持てなかったから」

「でも今は違うじゃない。君には……委員長や、可愛い後輩がいる」

 明石さんと七篠の事か。

「いるよ。だけど、好きなのは君なんだ」

「嘘だ」

「明石さんも七篠も嫌いじゃない。だけど、好きなのは君だ。僕が好きなのは君だけなんだ。明石つみきより、七篠歩より、他の人より誰よりも、僕は舞子眞唯子さんが好きなんだ」

「……す、好き好き言い過ぎじゃないかな……」

 う。安っぽく聞こえてしまっただろうか。

「これって、チャレンジをクリアする為の作戦?」

「チャレンジはクリアしたいよ。だけど、それとこれとは話が別なんだ。クリアする前に、僕はどうしても伝えたかったんだよ」

「……あ、あたしに好きだって?」

 そう。むしろ、チャレンジをクリアするよりも重要な事に感じる。

「僕はきっと、あの時から舞子さんを好きになってたんだと思う。不器用だし、素直じゃないから気付けなかったんだけど」

「あの、時……?」

「初めて会った、あの時から」

「……その、あたしも――」

 舞子さんが何か言おうとして口を小さく開けた時、彼女の声を掻き消すように一時間目開始を告げるチャイムが鳴った。邪魔だ。早く、鳴り終われ。

「いたぞー!」

「え?」

 僕と舞子さんは顔を見合わせる。

「こっちだこっち!」

 どたどたと、不躾な足音と無粋な蛮声が聞こえた。

 踊り場から顔を覗かせれば、こちらを指差して走ってくる者が数人。先生たちだ。何だろう、何かあったのかな。

「ど、どうしたのかな?」

「さあ、分かんない」

 恐らく、授業になってもやってこない僕らを探し回っていたのだろう。仕方ない、続きは休み時間にでも……。

「確保っ、確保ー!」

「え?」

 ぐいっと袖を引っ張られ、そのままうつ伏せの体勢にひっくり返される。突然の事に僕は対応出来ず、何度も瞬きを繰り返して現状の確認に努めようとした。

「もう心配要らないからね。ほら、こっちに来て落ち着こうか」

「ええぃ、婦女子を人気のないところにまで追い詰めて! 貴様、神聖な学び舎で尊い存在である女子に暴行しようとするとはっ!」

 何? 何これ? 何が起こってるの?

「涙まで流して……可哀想に。こいつにはきっちりと罰を与えるから、舞子さんは何も考えずに授業を受けていらっしゃい、ね?」

「え、えと、先生、あ、あは、あたしは……」

「僕は何もやってないですって!」

「良いからこっち来い犯罪者が! その汚い口からひり出される汚物の如き言葉など聞く耳持たん!」

 誤解だ! 誤解過ぎる!

 あ、いや、舞子さんを追っ掛け回して泣かせてしまったのは事実だけど。

「話ぐらい聞いてくださいっ」

「おいっ、生徒指導室に連行だ!」

 ぎゃー! だから少しは僕の話を!



 今、何時間目だったっけ。

 机の上に用意された原稿用紙と鉛筆と消しゴム。それから、辞書。これらと睨めっこを始めてから、えーと、どうやら三時間は経過している。

「…………」

 生徒指導室。つまりこの部屋に連れ込まれてから三時間。何とかこちらの言い分を聞いてくれたのと、舞子さんが弁解してくれた事もあって極刑は免れたが、それでも学校内の生徒、教師を騒がせた(勝手に騒いでいただけだろうとも思うが)事は事実。反省文を書くまで今日はここから出られない、らしい。

 そこは仕方ない。しょうがない。甘んじて受け入れよう。が、少々息が詰まる。何故なら、ここに連れて来られているのは僕だけじゃないからだ。ちらりと、両隣を盗み見る。坊主頭の男子生徒が二人。野球部の敷島君と山崎君だ。忘れていたが、彼らも靴箱から運動場まで派手に立ち回った挙句、先生たちに捕まっていたのである。

 しかし、喧嘩している二人を同室にするとは。こっちは良い迷惑である。溜め息一つ吐く事も許されない、そんな雰囲気では肩が凝って仕方ない。が、同時に彼らに対してちょっとした親近感と言うか、連帯感を覚えている。恋愛沙汰で刃傷沙汰なんて正気の沙汰とは思えなかったが、今になって、少しぐらいは彼らの気持ちも分かるのだ。



 結局、僕が解放されたのは七時間目、本日の授業が全て終わってから、更に先の事であった。

「……今、何時なんだろ」

 陽はとっくに落ち切り、辺りは真っ暗。部活動も終わり、学校内に残っている生徒なんか一人もいないだろう。靴を履き替え、僕は外の空気を全身に浴びる。

「今は八時前ね」

「あ、ありがと……って、え?」

 声のした方に振り向くと、手をひらひらと振る明石さん。その隣にはすっかり疲れた様子の七篠がいた。

「こんな時間までどうしたの?」

「……それはこちらの台詞です。先輩が生徒指導室に連れて行かれたと聞いたので、私たちは心配して待ってたんですよ」

 そ、そうだったのか。こんな時間まで待たせてしまって、何だか申し訳ない。

「ま、どっちかって言うとあんたよりもあんたの身を心配してたんだけどね。あんな事しといてチャレンジをミスるなんてかっこ悪いったらない。でしょ?」

「仰る通りだよ」

「……こんな事言ってますけど、さっきまでの明石先輩の落ち着きのなさったらなかったですね。多分、あと数分でも先輩が出てこなかったら部屋へ殴り込みに入ってましたよ」

 明石さんは何も言わない。顔を真っ赤にして七篠を睨み付けるだけだ。

「……とにかく、先輩、お疲れ様でした」

「うん。ありがとう」

 それじゃ、帰ろうか。

「って、あれ? 二人とも、帰らないの?」

 僕は歩き出すが、二人は立ち尽くしたままである。前みたいに家まで来ないのか?

「とりあえず、あんたの無事を確認したかっただけだからね」

「……ええ。今日は自分の家に帰ります」

「でも、何か起こったら……」

 皆ばらばらだと、フォローも何もないじゃないか。

「ま、そん時はそん時ね」

「そんな適当な……」

「……先輩」

 七篠が強い調子で言葉を区切る。

「先輩が鈍いのは充分理解しています。が、私たちの気持ちを少しぐらい察してください。今日は、今回ぐらいは一人でいたいんです」

「たちって、一緒くたにされるのは気に入らないけど。そうね、ほら、良いから帰りなさいよ」

「……ん、分かった。それじゃあ、また」

 正直、良く分かっていなかったが、そうした方が良いのだと思い直した。

 僕は、自宅までの道のりを歩いている内、何故だか涙を流していた。



 チャレンジが終わるのは、今日の午前零時。つまり、明日になればチャレンジはクリア、と言う扱いになる。

「……三十分か」

 さっきから殆ど何もしていない。何もする気力がない。ベッドに寝転びながら、時計の針が進むのを眺めるだけだ。

 あと三十分でクリアだと言うのに、感慨など浮かばない。多分、いや、きっとやり残した事があるせいだ。残念だと思わない。多分、いや、きっと彼女は来てくれるだろうから。



 残り時間は十分あるかないかだろう。いても立ってもいられなくなった僕は、意味もないのに家の外に出る。

 寒くはない。雲一つない真っ黒い空に、月だけがぽつんと寂しく浮かんでいる。

「あは、寂しい夜だね」

 来て、くれたか。いや、待っていてくれたのだろう。僕がこうして、一人で姿を現すのを。

「こんばんは、舞子さん」

 僕の隣に舞子さんが並んだ。彼女はリュックサックを背負い、制服のまま。

「知ってる? あと十分も経たない内にチャレンジは終わるんだ。世界は、ループをしなくても済むんだ」

「知ってる。けど、君こそ知ってる? 分かってる?」

 何を。

「あは、今、ここにはあたしと君しかいないんだよ。助けてくれる人なんていない。君さえ殺せば、世界はまたループするんだ」

「だろうね」

「じゃあ、どうしてノコノコとあたしの前に出てきたのかな。どうして、もう一度あたしと出会ったのかな」

「舞子さん、好きだ」

「――っ! あたしは好きじゃない。君の事なんて……」

 構わない。幾ら嫌われたって、憎まれたって、もう良い。伝えられたから、もう良いんだ。

「多分、僕はチャレンジをクリアしなくても良いとさえ思ってるんだ」

 舞子さんがリュックサックを下ろす。彼女の手には、鈍く煌めく刃物が握られていた。

「勝手だね。巻き込んでおいて、終わらせて」

「君のお陰で僕はここまで頑張れた。君の笑顔が、声が、全部が、僕を支えてくれてたんだ」

「そんなつもり、なかった。あたしはただ……」

「良いんだ。僕が勝手に思い込んでた事なんだから」

 馬鹿みたいな話だ。憎まれるような、それこそ殺されるような事をしておいて。

「あたしは君を殺した。殺し続けたんだよ?」

「それでも、好きなんだ。どうしても、好きだとしか思えない」

 舞子さんが手を振り上げる。

「あたしに、そんな資格はないんだ」

「……一つ、チャレンジが終わる前に聞きたい事があるんだ」

 返事は待たない。

「君が巻き込まれたのは、靴箱で野球部二人の喧嘩を僕と一緒に見ていた時だったよね。それまでは、何も知らなかったし、関係がなかった筈だよ」

「それが、どうしたの」

「どうして、あの時僕に声を掛けてくれたの?」

 彼女はにっこりと笑って、自らの喉元に刃を突き付けた。

「舞子、さん?」

 少しでも腕がぶれれば、切っ先は彼女の柔らかな肉を貫くだろう。

「あは、は。お願いだから、邪魔はしないで」

「……やめるんだ。今更、そんな事する理由なんて」

「あるの。あたしだって、本当は君の事嫌いじゃなかった。けど、ループに巻き込まれて、その犯人が君だって分かって、同じような思いをしていた筈なのに――君には、委員長たちがいた」

 舞子さんを止められない。涙は流れるままに、情動は溢れるままに。少しでも僕が動けば、彼女は躊躇なく自身を――。

「悔しかったし、何だか空しくなっちゃった。本当は、あたしだって君の隣にいられた筈なのにね」

「いるよ。君は、僕の隣に」

「いないっ、いちゃ駄目なの! あたしみたいな奴は、君みたいな人の近くにいちゃいけないんだ!」

 そんな事はない。なのに、そう言いたいのに、僕は舞子さんに気圧されていた。

「あたし、最低なんだ。君をいっぱい殺したし、邪魔もした。どうせ隣にいるのが無理なら、せめてずっと……この世界が終わらなければ良いって思ってたんだよ? だから、ごめんね。君はずっと頑張ってたのに。でもこれで終わらせるから。あたし、もう、君の邪魔はしない、からっ」

「舞子さんっ!」 

 手を伸ばす。

 やけに、動きが遅く感じた。世界が止まって見えた。

 舞子さんは、刃を――。


「人ってのはさー」


 どすん。

 からん。

 舞子さんが崩れ落ち、ナイフが彼女の手から零れ落ちる。

「弱いんだよな。どーしよーもなく、あっけねーほどに。だからこそ頑張るんじゃねーかなって、オレは思うんだ」

 顔を覆い隠すほど長い金髪。僕を覆い隠すほど長い体。無地の黒いTシャツと、ジーンズ。

「オレは頑張ってる奴が好きだ。だから、そいつの邪魔をする奴は嫌いだ」

 見間違える筈はない。だが、ここにいる事は間違いだ。

「……あ、どう、して……」

「暇だったんだよ。あー、それよかチャレンジクリアまで、あと一分ってトコか。ちっと早いがよ、お前には一足先に言っとくわ。良く頑張ったな、おめでとう」

 どうして、どうして。

 あなたが、死神さんがここに……?

「とりあえず、こいつは連れてくわ」

 いつもと同じ調子で、死神さんは屈託なく笑う。何故だか、彼女は舞子さんを抱き抱えた。

「連れてくって、どこに、ですか?」

「お前なら分かるだろ。罪を犯した人間は、罰を受けなきゃなんねー。罰を受けるには、しかるべきトコに行くのが筋ってもんだ」

 ま、さか。まさか……!

「舞子さんをどうするつもりですか……!」

「そんな怒るなよ。何、ちっと痛い目見てもらうだけだ。その痛みがどんだけ続くのかはオレだって知らないけどな」

「彼女から手を離してください」

「だから怒るなって。話なら向こうでも聞いてやっからよ。ほら、そろそろ……」

 強く、心臓が跳ねる。

 意識が、徐々に鈍り始める。

 これは、この兆候は。

「良かったな。今日はもう、終わりだ。お前らは明日ってのを手に入れたんだよ」

「……まいこ、さん……」

 僕は、彼女を救わなければなかったのに。僕たちだけチャレンジをクリアしても、意味なんかないのに。

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