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スタート!!



 空が白い。地面が白い。世界が白い。むしろ白しかない。そもそも、天と地の境界線なんて見えやしない。分かる筈ない。どこまで行っても真っ白だ。

「はっ、はあっ……」

 この世界からは温度が感じられない。暑くもないし寒くもない。暖かくもなければ涼しくもない。だが、走っていれば熱くもなる。汗が服にへばり付いて気持ち悪い。

「はあ、はっ……」

 しかし止まれない。一度でも止まってしまえば、もう二度と走り出せない予感がしている。目印も何もないような空間では距離感が掴めないし、方角だってさっぱりだ。現に、こうして走っている間も不安が付き纏っている。果たして、僕は本当にまっすぐ進めているのだろうか、と。

 それでも、進むしかない。走るしかない。例えその先に何があるとしても、なかったとしても。

 多分、意味などないのだろう。こういった行為に意味を求める事自体がナンセンスで、そんなのを考えている僕は本当に矮小な存在なのである。

 でも、やっぱり考えてしまう。時間の感覚も麻痺しつつある状況で、どこまで進んだのかすら分からない状態なのだ。縋るように、祈るように、意味を求めてしまう。結果を望んでしまう。

「馬鹿め」

 誰も罵ってくれないのなら、自分で自分を馬鹿にするしかない。

 いっそ、何も考えられないほどに疲弊してしまえば良い。ただ走るだけなら、何も考えないで済む筈だろうに。それでも僕は考えてしまうんだ。



 駄目だ。きつい。無理に近い。限界だ。

 どれだけ走れば良いんだ。どれだけ進めば許される。ゴールの見えない事がこんなに辛いだなんて思いもしなかった。

 その点、チャレンジはまだマシだったのだろう。いつ終わるのか分からなかったが、それでも確実に終わりは存在していたのだから。今はどうだ。スタートしたのは良いが終わりなんてないぞ、ゴールなんてない。

 ……ゴールがない、か。

 それを言うなら、彼女はどうなのだろう。何も知らないまま、分からないままにループする世界へ投げ出されたあの人は、何を思っていたのだろう。

 辛かった、苦しかった、悲しかった。

 一言で表する事が出来るなら、表してしまうなら、表されてしまうのならば……どんなに空しい事だろう。多分、一言で済ませては駄目なのだ。彼女の場合、僕に、死ぬまで恨み辛みを吐き続ける権利がある。僕には、死ぬまで彼女のそれを背負わなければならない義務があるのだろう。

「――――」

 だから、なのか?

 彼女の事を考えていたからなのか?

 幻が、見える。

 真っ白い筈の世界に、黒い丘のようなものが見えた。確かに、見えた。幻でないなら、アレはなんだ。

 ゆっくりと、それでも確実に歩を進めていく。距離感なんてものは相変わらずはっきりしないが、蜃気楼が起こるような条件下ではない。一歩進めば、その分それに近付いていく。

「……自転車?」

 ようやく、丘の正体が見えた。

 自転車だけじゃない。あの丘は、そういったもので出来ている。ざっとあげてみても、テレビ、冷蔵庫、雑誌、ペットボトル……とにかく、色んなものが積み上げられていた。

 しかし、これはなんだ。正体が見えても尚、見えないものがある。

 どうして、この世界にこんなものがある。どうして、あっち側のものが存在するんだ。

 もしかして、これが死神さんの言っていた意味なのか? これが僕にとってのゴールなのか? だとすれば、あまりにも侘しく、寂しい。

「へえ」

 がらくたの丘にまた一歩近付いた時だった。

「来たんだ」

 僕以外の、誰かの声が聞こえたのは。

 明石さん? 違う。

 七篠? 違う。

「……そうか。ここに、いたのか」

「あは、久しぶりだね」

 がらくたで出来た丘の頂上、器用にもそこに立っていたのは――。

「――舞子、さん」

 見間違える筈はないだろう。そこにいたのは、舞子眞唯子その人だ。

 何もおかしくはない。不思議ではない。彼女がイレギュラーである以上、この世界のどこかにはいた筈なのだから。

 ……くそ。

 どうやら、僕は死神さんに踊らされ――走らされていたらしい。こうして、大した準備も出来ないままにここで対面するとは、夢にも思わなかったぞ。

「こっちで会うのは初めてだね」

「出来れば会いたくはなかったんだけどね。こっち限定で厄介な人もいるし」

「あは、死神さんって人の事?」

「知ってるの?」

「君たちの話を聞いてたから、ねっ」

 何メートルぐらいあるのだろう。三か、四、もっと上か。舞子さんは推定四メートルほどの高さもある丘から飛び降りた。足を痛めたりしないか心配になったけど、彼女は余裕たっぷりに微笑み掛けてくる。

「痛い」

「だろうね」

 やっぱり。

「あは、ちょっと無理しちゃった。でもやっぱりアレだね、悪役は高いところに上って格好付けてナンボだよね」

「君が悪役?」

「魔性の女役ってとこでどうかな?」

 うわー、自分で言っちゃうかー。

「ちょっと痛いね」

「ちょっとで済むの?」

「ごめん、かなり……」

「にしても、良くここが分かったね」

 いやー、何も分からないまま走ってきただけなんだけど。

「まっすぐ、君のところまで走ってきただけだよ」

「……ちょっと痛いね」

「ちょっとで済ませてくれる?」

「ごめん、無理」

 僕も格好付けたかったのだけど、やっぱり似合わないらしい。

「あは、痛い同士だね」

「だね」

「あ、座る? ほら、あっちにはソファとかあるんだよ」

 何でもあるんだな。どっから持ってきたのだろう。

「ねえ、これってさ、この世界に落ちてたの?」

「ん? 違うよ、私が持ってきたの」

 持ってきた?

「あは、言ってなかったっけ。多分、私にだけ出来る事だと思うんだけどね。向こうからこっちに来る時、その時に私が持ってたり、身に着けてたものはこっちに来ちゃうの。要するにコピー出来ちゃうんだよね」

 なん……だと?

 なんて驚いてみせるが、そもそもイレギュラーである舞子さんは僕たちとは違うルールで動いているし、動かされているのだ。

「その様子だと、君たちは無理みたいだね」

 もう一度、がらくたの丘を見上げてみる。舞子さんの言葉が嘘だとしても、この丘を作り上げたのは事実だ。彼女が何らかの手段、方法を以ってしてやり遂げた。

「ああ、だからテロリストの時に装備が集まってたのか」

 銃が一丁だけだったとしても、コピー出来るって話が本当ならある程度数は集まるだろうし。

「出し入れは自由なの? 向こうからこっちにって事は、ここにあるものを向こうに持って行ったり……」

「うーん、そうなんだけどね。ほら、私は向こうに行くタイミングも、こっちに戻されるタイミングも掴めないんだよね」

「あー……」

 だから、ここにあるものはこんなにもバラバラなのか。

「最近はリュックサックを背負う事にしてるんだー」

「その中に詰め込んだものも?」

「うんうん、一緒に持ってけるんだ。やー、便利だよねー文明の利器様様だよ」

 今更だけど、すっごくずるい。羨ましい。そんな事が出来たなら、チャレンジは色々と楽に、もっとスムーズに進んでいただろうに。

「で?」

「え?」

 舞子さんはくるりと回り、僕よりも一足先にソファへと座った。制服姿だからスカートがふわりと翻る。足を組んで、指を組んでこちらを見据える所作には風格と言うか、えもいわれぬ貫禄があった。

「で、君はどうしてここまで来たのかな?」

「どうしてって……」

 どうしてだろう。

「用事でもあったのかな?」

 用事、か。あると言えばあるのだろうか、やっぱり。

「舞子さん、僕はチャレンジを諦めるつもりがないんだ」

 違うんだ。

 本当は全部揃っていたんだと思う。

「……へえ、知ってるよ?」

「多分、僕はまっすぐ歩いていなかったんだろうね」

 人間ってのは、死神さんみたいな規格外の存在からすりゃ弱いモノにしか見えないんだろう。近道しようとして痛い目見たり、寄り道してて自分を見失ったり。

「まっすぐ?」

 死神さんからは通せと言われた。

 明石さんからは決めろと言われた。

 七篠からは答えを出せと言われた。

「そう、まっすぐ」

 無理だったんだそんなの。最初から、諦めてしかるべきものだったんだ。

 何故なら、僕は既に知っていたからだ。

 何を通すのか、何を決めるのか、何を出すのか。

 全て、分かっている。

 当たり前過ぎて言葉にするのが難しかったに過ぎない。

「あは、悪いけど、君がまっすぐ歩いているようには見えないよ。だって、君は歩く事すらしていなかったじゃない。流されるまま流されて、何も頑張っていなかったじゃない」

「違う、僕を惑わさないでくれ。僕は、頑張ってるんだよ」

 僕はただ、チャレンジをクリアしたかった。クリアするだけで良かったんだ。それが、色んな人と出会って、話して、分かったつもりになって、得意げになって――寄り道していたんだろう、僕は。だが、その出会いを不必要だったとは思わない。無駄だとは言わせない。

 真実、僕は舞子さんを助けたかったのだろう。救いたかったのだろう。自分のせいで酷い目に遭わせてしまったからじゃない。彼女が好きなんだ。だから、どうにかしてやりたい。その気持ちが強過ぎたんだと、今になって気付く。舞子さんをループする世界から救い出せる方法なんて、結局は一つ。そして、僕が出すべき答えは、決めるべき事柄は、通すべきものは――。

「僕はチャレンジをクリアする。それだけだ。それだけだったんだよ、最初から」

「良く分からないけど、妙に悟ったような顔してるね。ちょっと気に入らないかな」

 舞子さんは立ち上がり、その辺に転がっていた金属バットを拾い上げた。

「私ね、さっき気付いた事があるんだ。向こうで死んじゃったらこっちには戻ってこられるよね。でも、こっちでも死んじゃったらどうなるのかな? ねえ、どうなると思う?」

「……どうにもならないらしいよ。ただ、ここで朽ち果てるだけ。僕はそう聞いた」

「あは、あはは! 教えてくれるんだ、へえ、そんなイイ事を私に教えても平気なんだ!?」

 金属バットが向こうを指す。

「だったら私もイイ事教えてあげる。気付かないかな、私たちの後ろ」

 後ろ? と、言われても僕の正面だ。舞子さんの持ってきたもの以外には何も……。

「……それ、は……?」

 それは、大き過ぎて見えなかったのだろう。僕たちのいる向こう側、空に、地に、黒い線が走っていた。宙に描かれた黒い曲線、この世界全てを飲み込むような白い穴がある。これは、一体なんだ?

「あは、穴だよ」

「……見れば分かるよ。その穴は、どこに通じているの?」

 いや、考えるまでもない。

「どこだと思う?」

 多分、向こう側だ。あの穴は向こう側に繋がっている。世界が止まり、巻き戻った今、僕が死んだ日に繋がっている。あの日の、あの朝に。初めて車に轢かれてしまう、あの日に繋がっている筈だ。確信はない。確証なんてない。だけど、おぼろげながら分かるんだ。

 意味なら、あったのだと。

 死神さんは舞子さんの居場所を知っていたに違いない。だけど、僕と彼女を――チャレンジャーとイレギュラーをこの世界で、この世とあの世の境目なんて不安定極まりない場所で会わせたくなかったんだろう。

 認めて、くれたんだ。いや、諦めてくれたのかもな。

 死神さんはチャレンジをクリアさせたがっていた。だから、僕には舞子さんが邪魔だと考えていたに違いない。そんな彼女が、こんな、こんなお膳立てをしてくれている。

「私はね、知ってるんだけど無理なんだ。あっちには行けない。自分の意思だけじゃ向こうには行けないんだ」

「だから?」

「悔しいんだよね。腹立たしいんだよね。私は一人でこんなにも苦しい目に遭ってるのに、君たちは仲良く仲睦まじく楽しそうにループを繰り返してる。……だから、もう良いんだ」

 にっこりと、そんな音が聞こえてくるかと思うほどに眩しい笑顔。

「私は君を殺したい。殺して、殺して、ずーっとループを続けるんだ。そうして、私の痛みの一兆分の一でも知ってくれれば満足なの」

「僕はチャレンジをクリアしたい。ループなんて、もう要らない」

「じゃ、簡単だね」

 舞子さんは巨大な穴をバットでもう一度示した。

「私は無理だけど、君ならあそこに入れると思うよ。もう一度、私に向こうで殺されて、無駄に世界を繰り返したいならね」

「君はそれを阻止したい。僕がループを終わらせる為に、もう一度世界を繰り返すのなら」

「あは、正解。話は早いよね? だから……」

 故に。

「私は」

 僕は。

「君を」

 君を。

「ここで――――っ!」

 状況は一目瞭然。舞子さんがバットで僕を殴ろうとしている。彼女の狙いが僕を殺す事にあるからだ。

 なら僕は? 抵抗するのか? しないのか? 逃げ出すのか? 逃げ出さないのか?

 どれも違う。答えは一つ。走るのみだ。

「向かって……っ!?」

 舞子さんが顔を強張らせる。しかし、隙は一瞬たりとも生まれない筈。彼女がバットを振り下ろす、横に薙ぐ。それだけで貧弱極まりない僕は呆気なく簡単に倒れてボコボコにされて殺される。

「……先輩伏せてっ」

 僕のものでも、舞子さんのものでもない声が聞こえたところで驚きはしない。背後からの声に従い、僕はバットを避けるべく地に転がった。このままでは良い的になるのがオチだろうな。このまま、何もなければ。

「こっの……!」

「……遅いですね」

 ああ、そうだ。そうだよな、こいつはいつだって颯爽と、疾風の如く現れて僕を助けてくれる。

「お怪我は?」

 バットは空すら切れなかったらしい。高く、美しく上がった足に受け止められ、行き場を失くしたままだ。立ち上がった僕は振り返り、救いの主に笑顔を作る。来ると信じていた訳ではないが……気を抜くと泣いてしまいそうだったからだ。

「ないよ。ないけど、来るのが遅かったじゃないか」

「……行くと約束した覚えはありませんから」

「君まで、どうしてここにっ」

 舞子さんが苛立ちを隠し切れていない。予想外の乱入者に、彼女の心はさぞかし千々に乱れている事だろうな。

「……どうして? 舞子眞唯子さん、あなたは何を見てきたんですか? 何度繰り返してきたと言うのですか? 舐めないでくださいイレギュラー。答えは一つきり、私が(・・)七篠歩だからです(・・・・・・・・)

 全く答えになっていないが妙に様になっている。

「行ってください、先輩。私には良く分かりませんが、先輩には行くべき場所が、やるべき事があるのでしょう? 時間なら稼いでみせます。さあ、先輩」

「七篠、ありがとう」

 本当は言いたい事がたくさんある。本当に言いたかった事は他にある。だけど、今は。

「邪魔しないでよっ!」

「……足の力は腕の三倍っ!」

 走り出す。背後からは鈍い音が聞こえた。だけど、立ち止まる訳には――。

「ぎゃふんっ」

「うわああっ!?」

 背中に何か当たった! 痛い! やばい! 決意虚しく一秒経たずに立ち止まらされる。

 振り向くと、僕の足元に七篠が転がっていた。……おい。

「……先輩、あいつやりますよ。四天王の中でも最速の私が地に臥すハメになるとは……」

「馬鹿じゃねえの」

 さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しだよ。僕、今までで一番頑張ってたし、何かこう、例えばの話主人公って感じだったのに。

「逃がさないからっ」

「どうするんだよ!? 時間を稼いでくれるって言ったじゃないか!」

 とにかく走り出す。逃げるんじゃない。前に向かって走っているだけだ。

「……心配いりません」

 僕の隣に七篠が並ぶ。薄く、笑う。

「時間なら稼いでみせますよ。あの女の足、止めてみせます」

「どうやって!?」

 叫んだ直後、前方に何かが落ちた。僕の、すぐ前、そこに。また止まらざるを得ない。じゃないと僕死んじゃう。落ちてきた、降ってきたのはゴルフクラブだ。舞子さんが投げたのだろうか。そう思って振り返るのだが、どうやら違っていたらしい。舞子さんも立ち止まっており、見上げていた。あの黒い丘を。がらくたの山を。

「……時間なら稼ぎますよ、私たちが」

「なるほどね……」

 流石と言うべきか、何と言うか、出方を見誤らない人である。

「へえ、あは、あはは、そっかそっか。皆来てたって訳? ……下りてよ。下りてよっ、そこから下りてよっ!」

 舞子さんが喚いた。バットを地面に叩き付け、丘を強く睨み付ける。

 否、丘の上に立つ者を睨み付けているのだ。

「ここからの景色はたまらないわね」

 上に立つ、嫌でも目立つその人物を。

「私は見下ろす愚民どもを。私を見上げる愚民ども。上に立つってのは、やっぱり気持ちが良いわね。そっちの気分はどうかしら?」

 雑音も何もないとはいえ、離れた場所からなのに良く通る声だなあ。

「楽しそう」

「……楽しそうですね」

 だが、やはり彼女には良く似合う。

「明石ぃ……っ!」

「こんなところで会うなんて偶然ね。こんにちは、舞子さん。ご機嫌はいかがかしら?」

「出たー、出たよ委員長スマイル」

「……挑発しまくってますね」

 明石つみきには、その位置こそが相応しい。

「そこにいるのは、そこにいて良いのはあたし(・・・)だったのにぃ!」

「決めるのは私よ、あんたじゃない!」

 舞子さんが丘へと駆け出す。今しかない。

「七篠、明石さんを頼む」

「……共倒れってのが一番都合が良さそうなんですけど、ま、仕方ありませんね」

 僕は前へ、七篠は後ろに向かって走り出す。

 ……ありがとうと、言いたかった。これが最後だと決めて振り向くと、丘が少しずつ崩れていくのが見える。明石さんが天辺にあるものを無茶苦茶に蹴り飛ばし、投げ飛ばしているのだ。すっごい楽しそうに見えたのは気のせいではあるまい。

「――――っ!」

 声は届いていない。でも、もしも思いと言うものが届くのなら、

『とっとと行け、愚鈍』

 彼女がこちらに向けて手を振っていたのは、僕の気のせいではないのだろう。



 意味ならば、目的地ならば見えている。

 だが、遠い。あまりにも遠い。遠近感も何もかもぐちゃぐちゃだ。正直、体力と呼べるようなものは殆ど残っちゃいない。いつまで走っても届く気がしない。いつまで走れば、あそこに辿り着けるのだろう。

 一ミリだって近付いている気がしない。実は、本当は穴なんかなくて、向こう側に通じる出入り口なんか存在しないんじゃないか。実は、僕は走ってなんかいなくて、本当はとっくの昔にバットの餌食になっていたのではないか。七篠や明石さんは助けになんて来ていなくて…………ああ、駄目だ。分かっちゃいるのに、思考はどうしてもマイナスにいってしまう。あんなに助けられたのに、あんなに思ったのに、僕は、僕はこう、いつも、どうして。

「本当、駄目だよなお前は」

 はい、駄目です。

「あんだけ発破掛けてやったってのによ、まーだウジウジ悩んでやがる」

 ごめんなさい。

「パッツンもチビもお前を助けた。早くしなきゃ、あいつら死んじまうかもしれねーんだぞ。あいつらの気持ちを無駄にする気か?」

 しません。したくありません。

「……ラストチャンスだ。時間ってのはさ、有限でなくちゃいけねー。こっちの世界での記憶も引き継いじまう以上、プッツン女は本気になって躍起になってくるだろーな。ぎゃは、そーなるよーに仕向けちまったんだけど」

 感謝しています。

「出来るか?」

「出来ます」

 光が見える。少しずつ、穴に近付いているのが分かった。

「そっか」

「そうです」

 ありがとうございます。

「おら、いっちまえ」

「いってきます」

 強く、だけど優しい。そんな力で背中を押された気がした。

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