食堂〈4〉
やっぱり、明石さんには謝っておいた方が良いんだろうか。
なんて、窓ガラスにダンボールをはめ込んでいる彼女を見て、そう思った。二時間目が終わり、三時間目は僕の好きな数学。尤も、途中で抜け出して中華さんの暴走を止めなければならないのだが、それには明石さんの協力が不可欠である。むしろ彼女でないと止められない。
でも、なあ。とてもじゃないが、協力してくれるとは思わない。実験室に行ってくれるのかどうか尋ねてみれば良いんだろうけど、もしも嫌、とか言われたらどうしよう。そもそも返事をくれるだろうか。無視されそう。
なんでこんな事になったんだろうなあ。僕が悪いのか? 僕は何をしたら良かったんだ? 全然分からない。ただ、頬杖を突いて目を閉じるだけだ。そうして時間が過ぎるのを待って、口を開けて結果が出るのを待っている。
「や、いつもより暗い顔してるね。何か嫌な事でもあったのかな?」
君のせいでもあるんだよ、なんて言えない僕は優しくない。顔を上げて舞子さんに向き直る。
「まあね。嫌ではないけど、考えなくちゃならない事ばかりで参るよ」
「あは、人間は考えるアシモフだからね。良い事だと思うよ。だって、そうしてる間は人間だって事なんだから」
良い事言ってる気はするが、モフは必要ない。
「……君が色々話してくれたら、もう少しマシな顔になれるんだけどね」
「んー、じゃあ質問に答えてあげようか?」
「え、本当に?」
「私も色々考えたんだけど、やっぱりこっちには情報が足りないかなーって。ただ君たちの邪魔をするだけじゃ後々困るかもしれないし。あは、私だってこの状況が続くのは嫌だもん」
だったら大人しくしてくれ。しかし、そうか。舞子さんはイレギュラー。死神さんみたいなナビゲーターから正規の説明を受けた訳じゃない。手探りでこの世界を生きてきたんだ。その、探る場所にも限度があるのだろう。言わば、話を聞きたいのはお互い様だったらしい。
「初めからそう言ってくれれば助かったのに」
「ふふふ、人生ってのは何が起こるか分からないのだよ。時にはデンジャラスに、時にはエキセントリックに、時にはビューティフォーに!」
うわー楽しそう。
「でも、三時間目が始まっちゃうね」
「ん、授業に出なければ良いんじゃない? もう飽きるほど聞いたんだしね」
「いや、サボるのはちょっと……」
「あは、やっぱりそう言うと思った。君は、いつだって君らしいね」
薄く微笑むと、彼女は唇に指を当てて考え込む素振りを見せた。
「なら、やっぱり昼休みが良いかな。あは、そんな顔しないでよ。今度は殺したりしないからさー」
「……そりゃどうも」
三時間目が始まっても、明石さんとは会話どころか、目を合わせる事すら出来なかった。
やがて、いつもなら授業を抜け出す時間に近付く。そろそろ明石さんが倒れたりして仮病を装うんだけど。
だけど……。
「はーあ」
明石さんがわざとらしく呟き、溜め息を吐く。と、彼女は椅子から乱暴に立ち上がり、何も言わずに教室を出ていった。
…………え?
僕だけじゃなく、クラスメートも先生もぽかんとしている。そりゃそうだ。成績優秀品行方正完全無欠の委員長が授業を抜け出したのだから。普通なら有り得ない。彼女なら、こんな事しない。
「あ、明石さん……?」
「え、何、トイレ? サボり、なの?」
「つ、つつつみきちゃんがふふ、不良になっちゃった……」
「お、おいっ、明石!」
ざわめきは静まらない。生徒は好き勝手に喋り、先生は明石さんを連れ戻しに教室を出ていく。
皆訳が分からない様子だ。
……多分僕へのあてつけだろうな。お前なんかいらない。一人でどうにかするからお前は来るな。ってところか。
「……はぁ……」
何だか、気が重い。ずっと重い。
「あは、びっくりしたねー」
「うん……そうだね」
って、普通にやってきた舞子さんと普通に会話してしまった。
「明石さん、どこに行ったんだろうね?」
「分かってるんでしょ」
「あは、大体はね」
舞子さんは主のいなくなった椅子にちゃっかりと座り、置いてあったシャープペンシルをくるくると指で回す。
「前に、二回か三回ぐらいすっごい爆発が起こったじゃない? アレ、君たちがやったんでしょ?」
「や、まあ、一回目はそうだと言えばそうなんだけど。それには原因があったと言うか、何と言うか」
中華さんのせいなんだけど、流石に彼女の事を告げるのは躊躇われた。
「明石さんは爆発が起こるのを防ぎに行ったんだと思う」
そうでないと困る。
「ふーん、いつもは君と一緒に行ってたのにね。やっぱり喧嘩したんじゃないの?」
喧嘩しているぐらいならまだ良い。こっちが一方的に無視されているんだから、喧嘩したくても出来ないのである。
ま、今回のフラグについて言えば明石さんに任せるしかない。僕が一人で行ったところで中華さんは聞く耳すら持ってくれないだろう。二人仲良く爆発するのがオチである。
「あは、喧嘩してたんなら色々と大変だよね。次の実験の時、明石さんと同じ班じゃない。無視されたり硫酸掛けられたりアルコールランプでじわじわと焦がされたりしちゃうんじゃない?」
彼女はそんな猟奇的な人じゃ……人だった。
四時間目が始まった。つまり、明石さんは中華さんの説得に成功したのだろう。勿論、合否を本人に聞く事は出来ない。彼女は先ほど授業を抜けたのにも関わらず、気にした素振りを見せず淡々と作業を進めている。周りの人も恐ろしいのか声すらまともに掛けられていない。
僕はと言えばマッチを擦るのに精一杯である。中々火が点かなくて困る。何故なら明石さんに睨まれているからだ。超恐い。
待ちに待った昼休みがやってきた。
「さっ、君は何食べる?」
「えーと、何にしようかな」
こないだは親子丼だったから、次はご飯ものより麺類が食べたい。ラーメン、そば、うどん、どれにしようかな。
「うどんで良いよね、一緒に買っとくから席取っといてね。おばちゃーん、けつねうどん二つー!」
「あっ、ちょっ」
舞子さんは威勢良く声を張ると、人込みに紛れて見えなくなってしまう。僕はラーメンが良かったのに。まあ、仕方ない。ここは言われた通りに席をキープしておこう。折角話をしてくれる、聞いてくれると言うんだ。ご機嫌は損ねない方が良さそう。
と言う訳で、食堂でも一番端の目立たない席を見つけてそこで待つ事にした。暫くの間何も考えずぼーっとしていると、舞子さんが危なげな足取りでこっちに来るのが見えた。
「へいお待ちっ。あは、端っこなんだね」
「こういう席は嫌い?」
「ザリガニっぽくてやだな」
ザリガニ? 良く分からないけど、今からする話は他人に聞かれたくないから仕方ない。
「さ、食べよう食べよう。お腹が空いては戦は出来ないからねー」
「あはは、戦いってそんな大げさな……」
「ん、何言ってるの? 戦いだよ、決まってるじゃない」
「……僕は、君と戦いたくなんかないんだけどな」
舞子さんは僕の目を覗き込むようにして見つめる。気恥ずかしいが、ここで目を反らしたら駄目な気がした。
「話、しよっか」
やがて彼女はそう言うと、コップの水を飲み干してしまう。
「ね、ね、私考えたんだけど、お互いが聞きたい事を聞いてたら面倒じゃないかな? だからね、一問一答で代わりばんこに質問に答えていく形式はどうかな?」
「僕が君に質問したら、次は君が僕に質問する。それを繰り返していくって事?」
「うんうんっ、あ、でもどうしてもっって質問の答えにパスは一回だけ認めちゃおうかな」
ま、それなら公平っぽいし、言いたくない事には一回だけパスが出来る。ふーん、ならここは舞子さんの指定した条件に則るべきだろう。僕は頷き、彼女は笑った。
「じゃ、先攻後攻決めるじゃんけんしよう」
「えっと、勝ったら先攻?」
「勝った方がどっちか選べるっ」
舞子さんは腕をぐるぐると回して気合を入れている。高がじゃんけん、何を気負う事があろうか。
「それじゃ、じゃん、けん……」
「……ぽいっ!」
彼女は眉根を寄せて僕をじっとりと睨む。舞子さんがパーで僕がチョキ。
「じゃあ、先攻をもらうよ」
「あは、レディーファーストって知ってるかな?」
「僕は男女差別しない主義なんだ」
さて、何から聞こう。何を聞こう。今更だが、少し考える必要があるな。お互いにパスが一回使えるのだから、本当に知りたい事を聞く前に舞子さんにはパスを使っていてもらいたい。
「あは、どしたの? 何でも答えてあげるよ」
そうは言うが、パスというルールを提示した以上、彼女にも答えたくない事がある筈だ。まずは牽制程度と言うか、無難なところを。
「舞子さん、君は本当に同じ一日を繰り返してるの?」
「うん。あれ、それって前も言ったよね?」
うん、聞いたよ。
「様子見って感じなのかな? そいじゃ、次は私の番だね。ふふ、何を聞こうかなー」
舞子さんは割り箸で丼を叩きながら、窓の外へと視線を移した。
「じゃあね、君の好きな食べ物は何?」
「……は?」
「は、じゃなくて、好きな食べ物だよ」
いやいや、どうしてこの期に及んで好物を言わなくちゃならないんだ? もっとこう、核心を突くようなものを期待していたんだけど。でも、こんな質問でパスを使う訳にはいかないだろう。
「うどんが好きかな」
「絶対嘘だ」
「や、嘘じゃないんだけど。僕、好きな食べ物とか特にないし」
好き嫌いがないのは良い事と言う人もいるけれど、本当に好きなものも、嫌いなものもないのは案外退屈な人生だと、僕は思う。
「むう、じゃ、また君の番ね」
「君がテロリスト以外に立てたフラグを教えて欲しいんだけど」
「ふら、フラグ? フラグって何?」
ああ、そうか。僕らチャレンジャーは当たり前みたいに使っていたけど、舞子さんからしたら何の事か分からないのは当然だろう。
「死亡フラグのフラグだよ。僕らが死んだ時の理由、原因なんかを指してる」
「あは、なるほどなるほど。何だかゲームみたいだね」
「……まあね」
「私はね、テロリスト以外にはー」
テロリストに関して何も言わないのは、やはり彼女が仕組んだ事だからなのだろう。否定をしないってのは、それを僕が知っていてもいなくてもどうでも良いって事なのかもしれない。
「君たちを部室で爆発させたのとー、君の家で絞めちゃった事ぐらいかな。うん、私ってば意外と大人しいね」
「テロリストに比べると随分荒っぽかったね」
「あは、アレも荒っぽかったと思うよ。頑張って仕込んだんだけど、所詮は人間一人の力と頭じゃない? まさか、ああまで上手く事が運ぶとは思ってなかったけど」
それは多分、舞子さんのせいだけじゃない。テロリストなんて馬鹿げたフラグが発生したのは世界のせいでもあるだろう。世界を歪ませた僕、チャレンジャーを修正する為になら世界は味方してくれる。上手く事が運ぶに決まっている。
僕は今こうして舞子さんと直接対峙している訳だけど、彼女の背後にはもっと大きなモノもいる。間接的には、最終的にはやはり世界との意地のぶつかり合い、我慢比べなのだ。
「ところで、君が持ってた武器について聞きたいんだけど」
「おっとっと! ダメダメっ、君のターンは終わったんだから次は私のターンだよ。そだね、君はさ、どんな場所が好き?」
またか。
「あのさ、こんな質問に意味があるのかな。もっと、この状況を打破出来るような質問があるんじゃないの?」
すると、舞子さんは僕を見て微笑んだ。
「打破? 変な事言うんだね。それよりさ、何でも質問に答えるって約束したじゃない。嫌ならパスを使っても良いんだけどなー」
「……人の少ない場所は好きだよ。あくまで、どちらかと言えば」
更に言えばどっちでも良い。
「人が全くいない、じゃなくて?」
うん。自分以外に人が全くいない場所だと、少し不安になる。ただでさえ自分自身の存在が希薄なんだ。自分ってのを感じられない。だから、誰かがいて初めて自分もそこにいるのだと認識、実感出来る。
「騒がしいのは嫌いだけど、静か過ぎるのも好きじゃないんだ」
「私は好きだけどな、人がいっぱいいるところ。遊園地とかさ、ベンチに座ってるだけでも楽しくなってる! って感じしない?」
生憎、遊園地には行った事が殆どないし、行きたいとも思わない。
「それじゃさっきの質問。舞子さんって、普通の高校生だよね? テロリストに渡すような武器をどこから調達したのか不思議で仕方ないんだ。教えてくれないかな」
「うーん、面倒な質問だなー。三行じゃ説明が終わらないかも。長くなるからきちーんと相槌打ってよね」
了解しました。とりあえず僕は頷いてみせる。
「保健の先生、知ってるよね? 君ってあそこの常連さんだもん。でも、あの人の趣味までは知ってた?」
「いや、知らない」
知ろうと思わない。知りたくない。
「あの人ってね、すっごいマニアさんなんだよ。色々危ないもの持ってるんだー」
「色々……?」
「あは、気付いたかな?」
マニア……そうか、そういう事か。なるほど、舞子さんはやはり普通の高校生、拳銃や手榴弾を入手出来る筈がない。金もコネもない。だが、彼女にはなくても別の人間にそれがあれば……。
「武器は先生からもらった。いや、奪ったのかな」
「人聞きが悪いよぅ。私はただ借りてたんだから」
銃砲刀剣類所持等取締法、だったかな。恐らく、あの先生は諸々の武器を所持する為の許可を得ていなかったのだろう。舞子さんにその事を嗅ぎ付けられ、弱みを握られたに違いない。
「貸してくれなきゃ警察に突き出すぞって、そう言って借りたのかい?」
「まるで脅迫だねって言いたいのかな?」
「さあね」
やっと納得出来た。テロリストに渡す為の物資は、全て保健の先生が用意していたものだったのだ。しかし、大の大人ともあろう者が気付かないものなのだろうか。罪が露見するのを恐れ、新たな罪を重ねるという愚考には。
「でも、そんな事をどうやって……」
知ったのか。あるいは知っていたのか。言い掛けて気付く。次は舞子さんの番なのだと。
「あは、良く出来ました。そんなにガツガツしちゃダメだよ。君は肉食系でも草食系でもないんだからね。無食系なんだからさあ」
響きが嫌過ぎる。
「休みの日は何してるか教えてちょうだいっ」
何をしてるかと言われても。休日どころか平日にも、何もしていないっちゃあ何もしていない。でも、そのまま答えても舞子さんのお気には召さないだろう。
「本を読んでるのが多いかな。気が向けば古本屋まで行く事もあるよ。本当にたまにだけどね」
「漫画とかも読むの?」
「本に関しても好き嫌いはないからね」
漫画の次に小説を読んだり、百科事典を読んだ事もあったっけ。
「……僕の番で良いかな?」
「ん、良いよ」
さて、質問の内容にもそろそろ気を配っていくべきだろう。狙うのは一度の問いで幾つかの答えが得られるような、そんな質問。
「舞子さん、君はこの世界に関してどこまで掴んでるのかな」
彼女はうどんを啜るのをやめ、ペン回しの要領でお箸を回す。
「随分と広い質問だね。この世界って言うと、同じ一日を繰り返す面白い状況の事で良いのかな?」
面白いときたか。
「別に良いんだけどさ、何だかずるい質問じゃない?」
「え、そうかな?」
舞子さんはくすくすと笑ってから、そうだよと呟いた。
「んー、何から話せば良いのかな」
「最初からで構わないよ。ああ、長くなっても大丈夫だから」
「……やっぱり、ずるい。パスしよっかなー」
「パスしたら、次も同じような質問をするから大丈夫」
「ずるいなあ……」
ずるくないずるくない。と言うか、このルールがザルだっただけである。
「そうだね、最初は意味が分からなかったかな。朝起きて、学校に行って――君とで出会って。何だか眠くなって……真っ白いところで目が覚めたんだ」
「うん」
「あは、死んじゃったのかと思った。けどね、また眠くなって目が覚めたら、今度はうちのベッドだったの」
やはり、舞子さんも死後の世界を体験していたのか。
「訳が分からないままテレビを点けたら、前と同じ内容、日付の番組。同じ内容の新聞紙。夢だと思って学校に行ったら、また眠くなって……」
今更ながら、本当に今更ながら罪悪感が僕を襲う。今謝っても、到底許されるような事ではない。舞子さんをこんな目に遭わせたのは死神さんのミスかもしれない。だが、事の発端は結局のところ僕なのだ。悪いのは、僕だ。
「何回か繰り返している内に、これは夢じゃないんだって気が付いて、どうしたらここから抜け出せるんだろうとか、色々考えてたんだけどー」
「けど?」
「やっと、見付けたんだよね」
彼女は僕に満面の笑みを向ける。
「君を。君を見つけたんだ」
ずしりと重く圧し掛かる。
ぐさりと深く突き刺さる。
「何一つ変わらない世界の中で、私と君だけが違う行動を取ってたんだ。最初に靴箱で会った時を覚えてる?」
ああ、ああ、あの時の事は今でも覚えている。
「うん。あの時はまだ、その、舞子さんは……」
「あは、こんな事になるとは思ってなかったかな。君に話し掛けたのは、何と言うか、気紛れ、かな?」
その気紛れのお陰で僕は救われ、舞子さんは巻き込まれた。
「あの頃が懐かしいね。何も気にしないで、普通の生活を送れていた頃が」
「……言ってくれれば、良かったのに」
自分も同じだと、ループしていると言ってくれれば、そうすれば力になれたかもしれない。手を取り合えていたのかもしれない。
でも、全ては過ぎた事なんだ。終わってしまったのを掘り返しても、どうしようもない。
「あは、言えると思う?」
「笑われるのが嫌だった?」
「だけなら、まだ良いよ。君はね、私の希望だったんだよ? いつ終わってくれるか分からない。長い長ーい繰り返しの中で、君だけが私と同じような思いを味わっている、かも、しれなかった。君がいたから、私もぎりぎりで耐えられたんだよ?」
舞子さんは一度言葉を区切り、深く息を吐いた。
「でも、もしも君がそうじゃなかったら? 私の勘違いだったら? 繰り返しているのが私だけだったら? 君に、馬鹿だと笑われて拒絶されるのが怖かった」
残念ながら、彼女の気持ちは分からない。拒絶されるのも、受け入れられるのも僕にとっては瑣末な事なのだから。それでも、舞子さんの苦悩は分かるつもりだ。
「まだ、遅くないんじゃないかな」
だから、無駄だと分かっていても、そんな言葉が口を突いて出てしまう。
「……もう、遅いんだと思うよ」
だから、彼女の答えも予想通りのもので。それでも、答えを聞いて沈む心がある訳で。
「私はね、多分、君たちを許せないと思うんだ」
「僕、たち……?」
「私は君を恨んでないよ。こんな世界に突き落とされたけど、君の事を恨んでない」
だったら、どうして……!
「私が恨んでるのは、憎いのは……!」
身を引き裂きながら、残った何かを全て振り絞るかのように彼女は声を作り、僕を見遣る。
「お前はっ……!」
「――っ!?」
油断していた。
さしもの舞子さんも気が緩んでいたのだろう。僕に注意を向け過ぎていたのだろう。
「やめろっ!」
「先輩から離れろ!」
声を上げるも、彼女は止まらない。
七篠歩は、止まらない。
彼女の振り上げた何かは、舞子さんの頭を――。