イレギュラー
美味しそうに湯気を立たせている親子丼には、中々手を付けられなかった。さっきから妙に喉が渇いて水ばかり飲んでいる。
「あは、どしたの? 食べないの?」
とりあえずは場を用意出来た。食堂でうろうろとしていた舞子さんに声を掛ける事に成功し、一緒に昼食を食べる事にも成功した。万事快調。その筈なのだけれど。
「ん、うん、食べるよ」
「それにしてもー、君から話し掛けてくれるなんて珍しい事もあるんだね。と言うかと言うか初めてだったかも。んー、生きてて良かった」
「大げさだなあ」
「すっごいレアだよ、まるでテツキョジンみたい。会ってもすぐ逃げられちゃうところとかそっくり」
僕はモンスターか。
舞子さんは美味しそうにラーメンを啜る。その様子を見て、僕も割り箸を二つに割った。うん、とにかくお腹を満たしながら話をする事にしよう。
「ところでさ、君は何か用事でもあったのかな。ほら、君って用もなしに誰かには声掛けなさそうじゃない」
まあ、そりゃそう思うよな。滅多に、と言うか今日までに一度だってまともに話した事ない異性に近寄られたら警戒の一つや二つするのが当然だろう。
「んー、大した用ではないんだけどさ。ちょっと話でもしようかなって」
「あは、何それ。あ、もしかして私に興味津々、デートのつもりだったりしてー?」
危ない危ない、ご飯を噴き出すところだった。
「いや、そんなつもりはなかったんだけど」
「そなの? でもでも、普通は私の事が好きなのかなーっ、とか思っちゃうよ。もう、罪作りなんだから」
う、そういうものか。
あれ? 舞子さんって僕の事を、ああっ、じゃなくて話をしなきゃ。軌道修正軌道修正。
「……あのさ、本当に大した事じゃないんだけど、聞いても良い、かな?」
「うん、良いよぅ。何でも聞いちゃって、身長体重スリーサイズでも答えちゃうよー」
うおっ男らしい。でも普通は、答えないよなあ。抜けてる、のか? その、ネジとか。
「出来れば笑ったりして欲しくはないんだけど」
「うんうん、らじゃー」
「もしかしたらの話なんだけど、舞子さんは……同じ一日を繰り返してないかな?」
「……?」
言ってしまった。が、彼女は目を丸くしてきょとんとしている。実に正常な反応だ。
「う、あの、わ、忘れて。やっぱり今のは忘れて……」
まずい、顔から火が出るとはこんな感じなのか。うわー、うわーっ。
「あ、あははっ、き、君ってさ、面白い事も言えるんだね。教室とかじゃいっつも表情変えないのに。あは、今の何? 漫画かドラマの台詞?」
大笑いされてます。穴があったら入りたい。そんでもって土を被せて埋めて欲しい。生れてすみません。
「……忘れてってば」
「ここ最近で一番衝撃的な台詞だったかも。ダメダメ、当分は忘れないよ」
尚も収まらないのか、舞子さんは俯いてくすくすと笑みを零している。意地悪。
ま、でも、久しぶりに安心した。特に動揺してもいないし、この様子だと彼女はシロ。イレギュラーとは全くの無縁だろう。
でも、同時にがっかりもしてしまった。舞子さんでもないのなら、誰が犯人なのか。また、一からのスタートである。
「……ふうっ、ちょっと収まった。ごめんごめん、私って笑い上戸だからさ」
「良いよ。こっちこそ変な事言ってごめんね」
「んー、じゃあね、お詫びに私の話も聞いてよ」
「ああ、それくらいならお安い御用だよ」
僕は箸を置いてコップに手を伸ばす。
「ちゃあんと聞いてよー、居眠りとかしたら嫌だからね?」
はいはい。
「遅いよ」
目の前にいた彼女が立ち上がり、
「……?」
僕の胸に固く、尖ったものを突き立てていた。これが何かを理解するよりも、これは何かと問うよりも先に舞子さんはそれを引き抜く。
「あれ?」
胸が痛い。どうしてなのか。考えるまでもない。
「舞子、さん?」
突き立てられたのが刃物なのだから痛いに決まっている。
「ど、して……?」
「あは、さすがだね。全然動じてない」
「――っ!?」
二度、三度と柄を叩かれた。その分、深く刃は突き刺さる。
誰かが叫んだ。近くにいた女子生徒かもしれない。
「……また、会ってね」
舞子さんが呟いた。
胸が、痛い。
目を開けたくない。
何も見たくはない。
このまま、ずっと何も見えなければ良い。
「おい、起きろよ」
うるさい、話し掛けるな。そっとしておいてくれ。
「寝たふりしても無駄だっての、おらっ」
腹を……殴るな。どうしていつもこうなんだよ、この死神は。
「……起きますよ」
上体を起こすのだが、やけに体が重い気がした。いや、気が重いのか。
「死因発表といくか。ドラムロールもスポットライトもなくて地味だけどよ、お前っぽくて良いよな」
「別に言わなくても良いですよ。それに、どうせやるなら明石さんたちが起きてからでも……」
「起きてるわよ」
後ろから無愛想な声。振り向く勇気は、ない。
「怒ってる?」
「さ、どうかしらね。ただ、体を起こす気にはならないわ。どっかの誰かが勝手な事したせいで疲れてるの」
怒ってるじゃないか。
「……私からも、今は何か言うつもりはありません」
今は、か。顔を見なくても分かる。七篠もやはり気を悪くしているらしい。
全員が全員、誰とも顔を合わせようとしない(死神さんにはいつもの事だろうけど)中、死神さんはノートを開く。
「死んだのはこいつ。死因は刃物による刺殺。殺したのはあいつだ。あの、ネジが緩んでそーな馬鹿女だよ」
好意的に思っている人が馬鹿と罵られているが、似たような事を僕も思っていたので言い返さない。
「舞子、眞唯子ね」
「……それが、次回に死すべき罪人の名前ですか。あゆ、覚えた」
何があゆか。
「今までにはないパターンだったな。カマ掛けた時の様子から見ても、イレギュラーはこいつで決まりだろーよ」
前回、舞子さんと食事をしていてもあんな事態にはならなかった。僕は殺されなかった。
ああ、あーあ、やっぱり。やっぱりそうなんだ。こうなるんだ。いやいや、覚悟していたつもりだけど、これは……。
「お前らがどーすっかは知らねーがよ、オレには二つぐらいしかこの先が思い付かねーな」
死神さんはノートを閉じ、僕たちを見据える。
「一つは舞子、イレギュラーを無視してチャレンジをクリアするって感じかしら? クリア寸前までいったんだし、とにかく、逃げ回って時間を稼ぐ」
「……性に合いませんね。やられる前にやるのが良いと思いますよ。こっちは何度も殺されているんですから、私は一刻も早くあの女をぶちのめしたいです」
「ちょっと待てよ七篠。そんな事は出来ない。させないぞ。それじゃあ今までやってきたのが水の泡だ」
僕は全てを投げ出して遮二無二チャレンジをクリアする気はない。明日からも今までと同じように過ごしたいんだ。人の生き死にが関わる事態は避けるべき、真っ平ごめんである。
「……先輩にはクリアする意志がないんですか? 生き返りたくないんですか?」
「そこまで言ってないだろ。僕はただ必要以上に波風立てたくないんだ」
「波風ならもう立っています。先輩にそのつもりがなくても、嵐は向こうからやってきますよ」
「じゃあ逃げれば良い。舞子さんのペースに付き合う必要はないんだ。無視してチャレンジをクリアすれば……」
言い掛けた時、明石さんと目が合ってしまう。無理に決まっているじゃない。彼女はそう言っているんだと錯覚した。
「ま、オレの言いたい事はそんな感じだ。無視するか、黙らせるか。分かってるたあ思うが、あの手の女はしつこいぜ」
知らないよ。
「でも、僕は……」
僕のせいで舞子さんはああなった。それだけじゃない、彼女が好きなんだ。だから、何か出来るなら……。
「あんたさ、やっぱり舞子眞唯子が好きなの?」
「え?」
尋ねられ、変な声が喉から出ていった。僕は明石さんへ振り返る。
「好きって言われても、その、どうなんだろう」
「隠してるつもりはなさそうだし、あんたにそんな器用な芸当が出来るとも思っちゃいないけどね。やっぱ、違うのよ」
「違うって、何が?」
「あんたの、私たちに対する態度と舞子さんのそれが、よ。少なくとも、あんたはあの子と話している時、自然に笑ってるように見えたわ」
言葉に詰まる。こんな展開は生まれて初めてだ。
「自分では分からないんだけど、明石さんには、確かにそう見えたの?」
彼女は少し躊躇い、それでも頷いてくれる。
「ええ。ずっと見てたもの」
「……っ」
そう言って、明石さんは笑う。笑うのだ。
――ずっと、ね。
くそ、何だか重たく聞こえてしまう。
「かもしれない。僕は、舞子さんが……」
「……待ってください」
僕はバランスを崩してしまった。七篠が、制服を引っ張っているからだ。
「何を?」
「……それ以上言わないでください」
なんだこれ。今僕は、後輩の女子から涙混じりに訴えられている。顔は見られない。彼女が後ろにいるからじゃない。僕が前を向いているからでもない。
「……私、先輩の事が好きです」
聞いた。聞かせてもらったよ。
「初めて会った時から、ずっと。死ぬまで、ずっと好きです。死んでも、好きなんです」
雰囲気が、空気が重たい。固い。
死神さんも明石さんもこちらを見ようとしない。ああ、だろうな。僕だってそうするだろうさ。
「……駄目なんですか? こんなに好きだと言っても先輩は、私を好きになってくれないんですか?」
「やめろ。やめてくれよ。僕はお前を嫌いだと思ってない。それだけじゃ駄目なのか?」
「どうして、私じゃないんですか。舞子って人は先輩の事を好きだと思っているんですか? 言ってくれたんですか? 私は、私は、言いました」
「七篠、僕の事はお前が一番良く分かってる筈だろ。母さんよりも、父さんよりも、この世界の誰よりもお前が一番僕を分かってる。だから、分かるだろ」
「……先輩は他の人を見ないでください。思わないでください。どうして、私を好きでいてくれないんですか?」
話が通じない。ここで七篠を突き放すのは簡単だ。手酷く扱ってやれば、それで済む。だけど、違う。僕はそういう事を望んでいる訳じゃない。
「おい、いつまでも少女漫画みてーな事やってねーで決めろ。お前はどうするんだ? どうしたいんだ? イレギュラーを無視してチャレンジに行くのか、それとも黙らせるのか。選べ。選ぶんだよ」
死神さんが僕の肩を掴む。跡が残りそうなほど、強く。
「……話をします。舞子さんと」
「はあ!? あんた、あんたって本当に愚鈍ね! 今更、話し合いでどうこう出来る訳ないじゃないのよ……っ」
いや、余地はある。隙間はまだ残っている。
あの時、僕を殺した時に舞子さんは言ったんだ。
また会って、と。
彼女がまた僕を殺したいのか、何をしたいのか分からない。だけど、何もしないままチャレンジを終わらせる事は出来ない。
「時間をください。僕はまた死ぬかも、いや、死ぬと思う。だけど、舞子さんと話したいんだ」
「……先輩! どうして、どうして分かってくれないんですか!?」
制服を破きそうな勢いで七篠は迫る。退けるかよ。
「七篠、お願いだ。もう少しだけ僕に時間をくれ」
「……やだ、やだやだやだやだっ! だって、そんなっ」
駄目だ。ごめん。
「死神さん、もう一度やらせてください」
「いやオレはいーけどよ、あー、マジでいーのか?」
死神さんはちらっと七篠を見る(多分)。愚図る七篠に遠慮しているのだろうか。
「駄目、絶対に駄目! 先輩はあの女と会っちゃ駄目なんです!」
「お願いします」
「ちょっとあんた、そりゃないんじゃないの? 幾らなんでも七篠さんが……」
分かってる。分かってるんだ。
「お願い、します」
もう一度、頭を下げる。死神さんが深く息を吐くと、意識は次第に、薄れていく。
目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。
そう、いつもの事だ。
体を起こして、学校に行く準備をして、家を出る。
だけど、ここからは、今回からはいつも通りいくとは限らない。
明石さんと七篠の同意を得られないまま、殆ど無理矢理な形でチャレンジを再開したのだ。彼女たちにはもう、二度と協力を請えないかもな。
ただ、僕は前と同じように動くだけだ。それ以外、今の僕には思い付かない。何をして良いのか、何をすれば良いのか、分からないんだから。
「…………っ」
一瞬の出来事だった。
学校前、二つ目の信号が青になるのを待っていた時だった。
「……認めませんから」
僕の隣に背の低い女子生徒が並ぶ。
並んだそいつは、正面から僕に抱き着いた。きゅっ、とかじゃない。思い切りぎゅっ、である。
「うわー、マジでー」
「アレってさ、七篠さんじゃない?」
「え? 陸上部の? うわ、大人しそうな子だと思ってたのに」
「相手誰々!? あ、あー、びみょー」
あの、皆見てるんだけど。痛い、痛い。視線が痛い。一番痛いのは僕らだけど。
「……最近の高校生はこれぐらい普通です。だから、先輩も普通にしててください」
「いや、無理です」
思わず敬語。
「頼むから、離してくれ」
力じゃ七篠には敵わない。さっきからこれ以上ないくらい力を込めて抵抗しているのだけど、びくともしない。
「……では、とりあえず青になるまで。今のところはこれくらいで許してあげましょう」
「今のところは……?」
「ええ、今のところは」
恥ずかしい。死ぬほど。死んだ方がマシなくらい恥ずかしい。その筈なんだけど、どこか安心している自分がいた。
靴箱で七篠と別れた後、僕は好奇の視線に耐えながら靴を履き替えていた。ざわざわと、ひそひそと、時にはくすくす、と。
と言うか、これ波風立ってるんじゃないのかな。どうしよう、でもやり直してもあいつならまたやりかねない。それどころか、もっとえげつない事を仕掛けてきそうだ。
やばい、気が重い。足が重い。
「あは、朝から大変だったねー」
肩が震えた。
心臓が喉から飛び出してしまいそうだった。
楽しそうな声、特徴的な笑い声に振り向く。
「……やあ、おはよう」
「うんうん、おはようっ、今日も良い天気だねっ」
「そう、だね」
気を付けてはいたのだけど、ぎこちなくなってしまった。どうしても、彼女の、舞子さんの顔をまともに見られない。
「見てたよー、君も隅に置けないね。すっごい熱々とろけるチーズもとろけちゃうくらいに抱き合ってたねー」
「あ、はは、見てたんだ」
どうして、こんなにもいつも通りなんだろう。まるで、前回の事が悪い夢なんじゃないかって、そう思ってしまう。
「確か、あの子って一年の七篠さんだよね?」
舞子さんは素早く靴を履き替えると、僕の隣に並んだ。
「君と仲、良いんだ?」
「ただの幼馴染だよ。良くも悪くもない」
「割に、嬉しそうに見えたんだけどな」
否定も肯定もしない。
「ねえ、舞子さん」
「あはっ、言わないから」
え?
「やっと見つけてもらったんだもん。ね、もう少し遊ぼうよ?」
背筋を冷たいものが走った。鳥肌が立ち、僕は咄嗟に腕を摩る。
「私に聞きたい事色々あるよね? けど、言わない」
「舞子、さん。その、僕は……」
「あは、聞かない。聞いてあげない。ほら、教室に行こ。遅れちゃうよ?」
いっそ悪い夢なら良かった。彼女がこう言っている以上、決まりなのだろう。やっぱり、イレギュラーは舞子眞唯子なんだ、と。
教室に着いてから、舞子さんは自分の席に座ったきりこちらへ意識を向けてくる事はなかった。有り体に言えば無視されている。弄ばれている。
ついでに言えば、明石さんにも無視されていた。当然の結果だろう。机も心なしか距離を離され、彼女は僕の方を一切見ようともしない。近くの女子とお喋りに花を咲かせている。
まあ、別段無視されるのは苦痛じゃない。今まではこうやって一人でいたのが当たり前だったのだ。なんて、今更取り繕ってるみたいだな。
一人でいた時、何をしていたんだっけか。溜め息を吐きそうになるが、堪えて教科書を捲る。どこのページも、殆ど頭に入っていて面白みは感じられなかった。
一時間目が終わり、二時間目が始まる。慣れたもので、針の穴に糸を通すのも苦ではなくなっていた。それでも、隣の明石さんよりは作業の速度が遅い。と言うか彼女が早過ぎるのだ。課題を提出しに行く明石さんを横目で見ながら、僕はちくちくと手縫いを繰り返していく。
「退屈そうだね」
と、顔を上げると、隣に舞子さんが座っていた。明石さんが席を立った隙を狙っていたのだろうか。
「そうでもないよ」
「あは、いつもなら明石さんにやってもらってるのにね。どしたの、喧嘩でもしたのかな?」
僕は答えない。何も言わない。
舞子さんは持っている針を指で器用に遊ばせる。
「…………っ」
その時、戻ってきた明石さんが舞子さんに気付く。僅かだが目を見開き、驚いているようにも見えた。席を取られていたのに驚いているんじゃない。その相手に驚いているのだ。
「あは、ごめんごめん。席、取っちゃったね。すぐに退くから」
「……良いわよ、座ってて。私は舞子さんの席を借りるわね」
明石さんはにこやかに舞子さんを押し留めた。その笑顔は、どこかぎこちないものではあったけれど。
「あは、明石さんって本当に優しいよねー」
どこかで見た事のあるやり取り。だけど、前と同じようなやり取りではない。僕らはもう知っている。分かっている。
明石さんはチャレンジャーで、舞子さんはイレギュラー。
お互いが、そう認識しているのだ。敵同士、なのだと。それを知っていて尚、舞子さんは僕たちに近付く。挑発しているのか、それとも他に理由があるのだろうか。
「舞子さん、話をさせて欲しいんだけど」
「うん? 良いよ良いよー、どんどん話しちゃいなよ。私は聞かないけど」
そう言って、舞子さんは課題に取り掛かった。何回も、何十回も繰り返した作業なのだろう。明石さんに劣りこそすれ、彼女も滑らかな動きで糸を布に縫い込んでいく。
「早いね」
「何度も繰り返し繰り返しやってきたから。あは、気が狂っちゃいそうだよね」
「……恨んでる、よね」
「あは、恨むって何を、かな? それとも、誰を、かな」
もうとっくに分かっている筈だろうに、舞子さんはとぼけたように笑う。あるいは、こちらが試されているのだろうか。
「僕をだよ」
彼女は作業の手を止め、僕をじっと見据えた。
「私は君を恨んでなんかいないよ。恨んでるのは、この状況を引き起こした人」
「だから、それが僕なんだよ」
「……あはは、私には良く分からないなー」
「君は、何をどうしたいんだ……?」
目の前に殺したいほど憎んでいる奴がいる。なのに、舞子さんは……。
「二時間目、もうすぐ終わるね」
「舞子さんっ」
「あは、しつこい男の子は嫌われちゃうよ?」
僕の手をひらりと避けると、彼女は軽い足取りで教卓へと向かう。本当に、何が起きているのか。この先何が起こるのか予想が付かない。
でも、確かな予感はある。もう、チャレンジは終わってしまうんだと、僕はその時、そう思ったんだ。