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吊り橋



 目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。

 そう、いつもの事だ。

 体を起こして、学校に行く準備をして、家を出る。

 最近はテロリストを止める為、早めに家を出て河原先生と接触していたけど、今回は八時十分に家を出る。昼休みまでに起こった、今までの出来事をなぞらえる為である。僕の悪過ぎる記憶力のせいである。



 と言う訳で、八時十分に家を出た。

 少し歩くと角が見えてくる。そしてこの角を曲がって、信号を二つ渡ると校門が見えるのだ。

「……良し」

 角を曲がり、曲がった所で車に轢かれて死んだ。



 目を開ければ、そこh

「バッカじゃないの!?」

「痛い痛い痛い痛い痛いってば!」

 そこは、ああもう痛いってば!

「どうして蹴るんだよ!?」

「あんたが馬鹿だからよ!」

 酷い。蹴られて、その上罵声まで浴びせられるのか。

「いや、オレもお前は馬鹿だと思うぜ」

 しっ、死神さんまで。

「……馬鹿な先輩も好きです」

 せめてフォローしろ。

 僕は明石さんの魔手――じゃなくて魔足から逃げ出して立ち上がった。

「理由を説明してもらいたいんだけど……あの、どうして蹴られたの、僕?」

 明石さんは腕を組み、ゴキブリでも見るような視線で僕を射抜く。

「こっちの台詞よ。どうして、あんた、死んでる訳?」

「へ? だって、今までの事を振り返れって言ったじゃないか。だから、怖かったけど車に轢かれて……」

 何も知らないでいきなり轢かれるのも怖いが、何かがあると知っていてそこに行くのも怖いのである。勇気を出した自分に乾杯。頑張った自分にご褒美をあげたい気分だ。主にスイーツとか。

「……やっぱり、先輩ってどこか抜けてますよね」

「だってさあ……」

「だからって本当に死ぬ事ないでしょ。思い出せって言ってんだから思い出すだけで良いのよ」

 死んだ挙句蹴ったり詰られたりするなんて、これじゃあ死に損だ。次は気を付けよう。



 目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。

 そう、いつもの事だ。

 体を起こして、学校に行く準備をして、家を出る。

 最近はテロリストを止める為、早めに家を出て河原先生と接触していたけど、今回は八時十分に家を出る。昼休みまでに起こった、今までの出来事をなぞらえる為である。僕の悪過ぎる記憶力のせいである。



 と言う訳で、八時十分に家を出た。

 少し歩くと角が見えてくる。そしてこの角を曲がって、信号を二つ渡ると校門が見えるのだ。

「……良し」

 僕は件の角の前で少しだけ待つ。すると、青い車がかなりの速度で目の前を突っ切っていった。

 うーん、これが記念すべき一つ目の死亡フラグだったっけ。いやいや、今にして思えば、ここで大分躓いていたなあ。

 とりあえず周りを見渡してみると、誰もいない。ここで誰かを巻き込んだって事はなさそうだ。

 角を曲がって少し進むと、次は植木鉢。しかし、僕の近くには誰もいない。何だか妙な視線を感じたような気がしたが、気のせいだろう。



 僕はいつもよりも早足で通学路を進んでいた。車と植木鉢を回避した事により、多少なりとも時間を食ってしまったからである。

 校門の前にある二つの信号。一つ目を青のまま渡り切り、あえて二つ目の信号で止まった。まだ青で点滅していたので充分間に合うのだが、僕は以前、ここでも死んでいる。信号無視をして先程の青い車に轢かれてしまったのだ。

 靴紐を結び直すふりをして、それとなく周囲の生徒に目を配る。青い車が通った時、僕が死んだ地点の近くにいる人が怪しいだろう。

 が、青い車が過ぎ去った地点には人がいない。まあ、あの時あの瞬間信号無視していたのは僕だけなのだから当たり前と言えば当たり前だろう。ここも外れ。



 玄関に到着。

 初回のルートを辿っているせいか、何だか疲れた。

「ありゃ、お疲れだね?」

「うえっ?」

 背後から突然肩を叩かれて飛び上がってしまった。

「あは、上じゃないよー。あたしの名前まだ覚えてないのかな?」

 僕は楽しげな声に振り向くと、ぎこちなく笑ってみせる。

「……失礼だなあ。ちゃんと覚えてるよ」

「本当ー?」

 嘘じゃない。君は舞子眞唯子、だろ。

「舞子さん、でしょ」

「あは、合ってる。嬉しいな、覚えててくれたんだ」

「当たり前じゃないか。クラスメートの名前を覚えてないなんて失礼だよ。と、ここで突っ立ってたら邪魔になっちゃうね」

 僕はなるべくこの時に起こった事を思い出す。話を反らして、先にクラスの靴箱へ向かった。

「あー、待ってよー」

 舞子さんは間の抜けた、気楽な声で僕を呼ぶ。

 僕は、スチール製の中棚が付いたシューズボックスの前に立った。一般的な、どこにでもある靴箱である。そこの、自分のネームプレートが差してある扉から上靴を取り出して、運動靴と履き変えた。

 そうしている間も、舞子さんは実にかしましい。うんうん、元気があってよろしい。

「よっし、それじゃ一緒に教室へいきましょー」

「あ」

「ん? どしたの?」

 しまった。初回は確か、舞子さんの名前を覚えてなかったんだっけ。だから彼女は靴紐を解くのに時間が掛かって、少年バット事件に巻き込まれたんだ。まずいな、このままじゃ振り返られない。事件を素通りしてしまう。どうにかして時間を稼がなきゃ。でも、何もせずぼんやり突っ立っていたら怪しまれる。

「……君は、学校が好き?」

「え?」

 何か話さなきゃ。そう思って口を衝いて出たのは陳腐で、ちんけな言葉だった。

「あは、面白い事言うんだね」

 苦笑いで返す。さしもの舞子さんも戸惑いを隠せていない。隠す必要もないのだろう。

「こうやってさ、毎日毎日普通に学校に行ってる生活を舞子さんは好きなのかなって。いきなりでごめん、そう思っただけなんだよ」

「あは、なんだか青春っぽい台詞だね。でもでも嫌いじゃないかな。私は、うーん、好きじゃないかな? でも、嫌いでもないかな。だって、フツーなんだから。フツーって、つまり好きでも嫌いでもないと思うよ」

 呆れて、馬鹿にされて、気持ち悪い奴だと無視してしまっても良いのに。真面目に答えてくれると思っていなかったので、やっぱり嬉しい。

「そっか。そうだよね、普通なんだもんね」

「うんうんっ、フツーが一番! ベターよりベスト! ベストよりベリーグッド! あれ? でも、そう考えるとフツーって、こういう毎日って好きって事なのかな?」

 さあ、どうだろう。

「ふざけんなよっ!」

 と、来た来た。少年がバットを持ってやって来た。

 僕は突然の怒声に驚いた風にして振り向いてみる。

「びっくりした……」

 (確か)クラスメートの敷島君と山崎君も(どっちがどっちかは見分けが付かないけれど)二人とも丸坊主で、手には金属バットを持っている。

「敷島君と、山崎君だね。どうしたんだろ、部活で何かあったのかな?」

 爽やかな朝の空気が険悪な空気に包まれていく。この場で下手に留まっていると死んでしまうので、いたくはなかったのだけど、この先を見る理由が僕にはある。

 舞子さんも気になっているらしく、ハラハラとしながら、小動物然とした動きで行く末を見守っていた。

「人の女に手ぇ出しやがって!」

「ああん!? 元からあいつは俺と付き合ってたんだよ! 気付けって!」

 彼ら二人を避けるように人波は割れていた。

「シュラバだねー」

 舞子さんが楽しそうに呟く。

 さてさて、野球部二人の会話からすると、どうやら一人の女性を取り合っているらしい。しかも、片方はその女の人に遊ばれているようだな。

「お前とじゃねぇよ! 俺と元から付き合ってたんだ!」

「はあ? 頭おかしいんじゃねーの?」

 この会話を聞くのは二度目だけれど、やっぱりこの様子だとどっちが騙されてるのかは判然としないな。

「両方遊ばれてるっぽいねー」

「うん」

 二度目だけど舞子さんに三千点ぐらい託す勢いで同意。

「……どうしよ、そろそろ教室行かないかな?」

「んー、そうだね。あたしらじゃどうしようもないし」

 さっぱりしている舞子さんに同意したかったけど、ここで逃げちゃ意味がない。

「あああん!?」

「おおおん!?」

 ポーズとして背を向ける間も彼ら野球部の声は非常に大きい。テンションも高い。嫌でも会話の内容は聞こえてしまう。野球部ってのは何でこうも声を張るんだろう。

 と、次の瞬間、甲高い音が響いた。

 野球部の二人は金属バットを刀の代わりにするようにして大立ち回りを繰り広げている。馬鹿だ。

 ――キン、キン、キンッ。

「あいつは俺の女だあっ!」

「俺のだっつってんだろ!」

 頭の頭痛が痛い。

「わーっ、すごいすごい! 時代劇みたい!」

 舞子さんは喜んでるけど、こんなの茶番劇じゃないか。って言うか、これって危ないよなあ。上手い事他の人は避けてるけど、

 ――ガンッ!

 バットが当たってスチールの靴箱凹んでるし。

「うおおおおおっ!」

「てやああああっ!」

 そうこうしている間に、野球部員は僕らの方にも近付きだす。

 来るか。

「舞子さん、行こう」

「も、もう少し見ていかない?」

 バットが空を切る音を聞きながら、僕は再び喧騒から背を向ける。後は、死ぬだけだ。そして、僕が死んだ時近くにいた人間を確認するだけ。それだけ。それだけだ。

 なのに。

 どうしてだろう。

 どうしてこんなに、僕は震えているんだろう。

 どうして、どうして怯えているんだろう。

 ただ死ぬだけじゃないか。死んで、もう一度始められるのは知っている。なのに、なのに。

 怖い。今は死ぬのが怖くてたまらない。

「危ないっ」

 舞子さんの声が聞こえるが、飛んでくる何かを咄嗟に避けられるほどに、僕の気持ちは動いちゃくれなかった。

 高く響く金属音を聞きながら、その場にへたり込むしか出来なかった。

「……あ」

「……お怪我ありませんか?」

 飛んできたバットを蹴り飛ばしたのは、七篠である。きっとどこかで頼りない僕を見ていたのだろう。

「うん、大丈夫」

「……それは良かった」

 彼女に手を借りて立ち上がるのを舞子さんに見られたくなかった。

「……それでは、私はこれで」

 七篠はギャラリーと化していた生徒からの喝采を浴び、足早にその場を立ち去っていく。

「ね、ね、大丈夫? 本当に大丈夫だった?」

「うん、平気」

 駆け寄ってくる舞子さんの顔をまともに見られない。きっと今、僕はこの世で一番情けない生き物だろうから。

「危なかったねー。あ、あの二人先生に首根っこ掴まれて連れてかれちゃった。あは、天罰テキメンって奴だね」

「……うん」

 そうか。

 きっと僕は死ぬのが怖いんじゃない。その後が怖かったんだ。僕が死んだ時、傍にいたのが舞子さんだと言う事に気付くのが、たったそれだけの事が怖くて、多分、何よりも嫌だったんだ。



「つーか、死ぬ必要はなかったわよね」

「え?」

「だから、死ぬ必要なんかないわよね。今までを振り返れって言ってるんだから、思い出したんならわざわざ死ななくても良いじゃないの」

 一時間目の授業中、明石さんは唐突にそんな事を言った。言うのが遅い。今気付いた僕はもっと遅い。

「本当に愚鈍ね、あんたって」

 返す言葉もございません。

「で、何か分かったの? あんたが死んだ時に傍にいたって奴は分かったの?」

「……今まではいなかったよ」

 車の時も、植木鉢の時も、誰も傍にいなかった。

「嘘吐いてんじゃないわよ」

 明石さんは嫌そうに言い放つ。僕は嘘を吐いていない。ただ言わなかっただけだ。

「何がだよ」

「さっき、あんたはあの場で死んでた。死んでいた筈なの。その時誰も傍にいなかったなんて嘘よ」

「へえ、見てたんだ」

「頼りないのが鍵を握ってるせいでね」

 一々僕を怒らせようとしているのが分かる。何故だか知らないが、明石さんはかなり苛々しているらしい。

「見てたのなら言わなくても良いよね」

 明石さんは押し黙る。

「言いたくない訳? そんなに、あの子を庇いたい訳?」

「――っ、違っ……」

「違わないわよ。あんたは、舞子さんを庇いたい訳だ。あの子を、信じたいのよ。いえ、信じたくないってところかしら」

 違う。違う、僕は……!

「まだ、彼女だと決まった訳じゃない。昼休みまでには時間があるからね。そんな簡単に的を絞っても良い事ないよ」

「確かにそうね。けど、あんた、ちょっと変よ。今までのあんたなら、もっと冷静でいられた筈。どうして、そんななの? ねえ、どうして、あの子だと嫌なの?」

 違う! 僕は何とも思っちゃいない! 嫌だなんて思っちゃいない。舞子さんが犯人だろうと、そうでなかろうと僕は、僕は!

「とりあえず、続けましょうか。この先は何が起こるか覚えてる?」

「……ボールは避けた。細山君も避けた」

 その時傍にいたのは明石さんだった。次は、保健室に行った時に殺されている。だけど、もうテロリストの脅威はない。僕はもうあそこで死ぬ事はない。

「保健の先生はどうなんだろう?」

「多分外れね。あいつがイレギュラーなら自分が言いなりになって動く筈ないもの」

「ふりをしていたってのは?」

「ふり、ね。なくはないけど、薄いわね。保健室の次は?」

 えと、確か。

「君が蜂に刺されて死んだんだよ」

「う。そ、そうね。そんな事もあったわね。でも、私は病院で死んだのよ。学校からは、あんたからは離れ過ぎてる。やっぱり可能性としては低いし、薄いわ」

「じゃあ、後は……」

 明石さんが蜂に刺されて、刺されて……。

 あれ?

 ちょっと、待てよ。昼休みまでに残っていた事件はもう、一つしかないんじゃないか?

「実験室の、爆発?」

「それが最後ね。と、したら、あの中華って子が怪しいんだけど」

 ちらりと、彼女は僕を見る。その瞳からはこちらを気遣っているような色が見えた。余計なお世話だ。

「あの子が死んだ時、僕よりも明石さんの方が近かった」

「やっぱり、違うような気がするわね。でも、ま、良いでしょ。あの子にそれとなく聞いてみましょうか」

 でも、もし中華さんでもなかったら、その時はもう、舞子さんを疑うしかない。いや、既に明石さんは疑っているだろうな。イレギュラーだと決め付けているんだろうな。彼女が明言を避けているのは、多分僕のせいだ。僕が、僕が。



 いつも通り三時間目を途中で抜け出して、僕たちは中華さんの暴挙を止めに行く。その時、明石さんは約束通り彼女にループやイレギュラーの事をそれとなく聞いてくれた。結果から言えば、シロだった。それも限りなく、真っ白。

「嘘を吐いているとは思えない態度だったわ」

 僕では、とてもじゃないが他人が嘘を吐いているのかどうか見極められない。そういう事に長けた明石さんが言うのなら、やはり中華さんはイレギュラーではないのだろう。

 なら、やっぱりやる事は一つだ。あるいは最初から決められていたのかもしれない。

「で、どうするのよ?」

 中華さんが去っていった後、僕は明石さんに尋ねられた。

「僕が聞くよ。聞かせて欲しい」

 昼休み、舞子さんは一人で食堂に来ていた筈である。二人でお昼ご飯を食べていた事もあった。彼女に尋ねるのなら、そこが絶好の機会だろう。

「イレギュラーは私たちよりも上手よ。もしも舞子さんがイレギュラーだったら、あんた一人でどうにか出来るの?」

「出来なかったら、次は助けて欲しい」

「……ばぁか」

 うん、馬鹿だ。馬鹿で良い。



 吊り橋理論というものがある。

 吊り橋理論はカナダの心理学者(名前は忘れたけど)が発表した、生理・認知説の吊り橋実験によって実証されたとする学説らしい。恋の吊り橋理論とも呼ばれるそうだ。笑えない。

 さて、生理・認知説は人は生理的に興奮している事で、自分が恋愛しているという事を認識するというものだ。僕には全く縁遠い話である。これは実験しかやっていなくて、厳密に立証されている訳ではないが概ね正しいとされている。

 実験は、十代から三十代までの独身男性を集め、渓谷に架かる揺れる吊り橋と揺れない橋の二箇所で行われた。男性にはそれぞれ橋を渡ってもらい、橋の中央で同じく若い女性が突然アンケートを求めて話し掛けた。いや、凄いなこの実験。で、その際『もしも興味が湧いたなら電話を下さい』と、電話番号を教えた。その結果、揺れる吊り橋の方の男性からは殆ど電話があったのに対し、揺れない橋の方からは一割くらいしか電話がなかった、というものである。

 漫画や映画でありがちな展開の多くはこれで説明出来る。男女が協力しながら死線を潜り抜けたり、共に緊張感を味わう事が恋愛に発展するらしい。尤も、長続きはしないとも聞く。終わってしまった映画や漫画のその後を想像するのは聊か無粋な気はするのだが。

 何が言いたいのか。そう問われると明確に答えるのは難しい。ただ、最近の僕の感情がこの理論で片付くのではないかと思ったのだ。

 他人を好きになれない。嫌いになれない。あるいは、好きになる事も嫌いになる事もしなかったのかもしれない。いや、とにかく僕は他人に対して強く興味を持てなかったのは事実だ。

 しかし、僕はチャレンジを始めてから変わっていったように思う。

 例えば死神さん。

 例えば明石さん。

 例えば七篠。

 明確な敵意をぶつけられた事もあれば、好意を嫌と言うほどぶつけられもした。

 そして、その事に対して揺れてしまった。嫌いだと言われれば凹む。正直、好きだと言われた時には悪くない気もしたのだ。

 今までなら、チャレンジを始める前なら有り得ない、有り得てはいけない事だったのに。僕は、おかしくなってしまった。

 だが、この感情は一時の、気の迷いだという事にも気付いている。多分、チャレンジが終わってしまえば全てが終わるんだ。淡い泡と化し、露と消える。しかし感謝はしているのだ。僕一人ではここまで来られなかっただろうし。

 死神さん、明石さん、七篠には感謝している。ただ、その先はない。もう何も思っていないし、思えない。そりゃ嫌いだとは思えないけど、やっぱり好きだとも思えない。何を隠そう、僕は吊り橋理論なんて曖昧なもの信じちゃいないんだ。これは、この気持ちはチャレンジなんて非日常に誤魔化されたものなんだ。

 ……それでも、それでもだ。

 たった一つだけ、今になって、今更になって断言出来る事がある。

 チャレンジをここまで進められたのは、二百回以上も馬鹿みたいに繰り返す事が出来たのは、きっと、彼女のお陰なんだ。

 初めて靴箱で声を掛けられた時、教室まで話した時、彼女と顔を合わす度、僕はきっと救われていたんだ。非日常に浸かり続けても尚、諦めないで、狂わないで、日常に埋没出来たのは、彼女がいたからなんだ。

 僕は揺れる吊り橋で誰かと一緒にいたとしても、きっとその人に対しては何も思わない。だけど、その吊り橋を越えた先にいた誰かに『怖かったね』、『大丈夫だった?』 なんて慰められたら、きっと。

 きっと、そうなんだ。

 だから、言えるんだ。

 僕はきっと、舞子さんの事が好きなんだと。

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