死後の世界から
僕はまだ死後の世界にいる。まだ、チャレンジを受ける訳にはいかなかった。
「犯人は、パッツンかチビのどっちかって事か?」
明石さんと七篠はまだ眠っている。眠っているのだと信じたい。
「まだ分かりませんね。でも、ループしているって条件は満たしています」
「けどよ、あいつらはお前を殺したいって思ってんのか? オレには、そーは見えねーけどよ」
「僕では分かりませんね。と言うか、本人以外には誰にも分からないでしょう」
表情で笑っていても、心中まで笑っているとは限らない。所詮、どこまでいっても人間とは他人には理解されないし、されてもいけないのだ。
「ただ、僕を殺すメリットとデメリットが一致しないような気はしますね」
「メリットはお前を殺せるって事だろ。憎い奴をどーにか出来んなら、得以外のなにもんでもねーだろーし」
「でも、僕が死ねば世界はまたループするかもしれない。僕が諦めない限り、あるいは向こうが諦めない限り、今日は永遠に続くんです」
「うーん、一回殺しただけじゃ飽き足らねーとか?」
それにしたって、他人への怒りや憎しみがいつまで持つものか。第一、根比べで僕が勝てば結果として死んでない。殺していない。僕は生きている事になる。犯人は、僕を殺していない事になる。
「じゃあ、やっぱり勘違いじゃねーの?」
「デメリットが、犯人にとってデメリットでないならどうですか」
「うーん、ループしても構わないって感じか?」
「むしろループするのが目的だ、ぐらいでも良いかもしれません」
「いや、馬鹿言え。んな奴いねーだろ」
あくまで、妄想の域を出ない考えだからなあ。
「犯人は僕を殺したくて、少なくとも今はループしても構わないって考えはどうでしょう」
「今は、か。ま、まだ納得出来るっちゃあ出来るな」
僕を殺すのに飽きたら、犯人はあっさりと見逃してくれるかもしれない。
「……テロを唆してんのは、世界がループしているのに気付いてる奴か」
「それと、僕と河原先生の少なくとも二人を恨んでいる人でもあります」
「……いんのかよ、そんな奴」
「それともう一つ、死神さん、チャレンジに参加していなくともループだけはしている人物の可能性について説明してください」
「う、え、あー、それな、はは……」
なんだその乾いた笑みは。チャレンジに関係している事なのに、どうして言い淀むのだろう。
あ、まさか。
「死神さん、あなた……」
「ま、待て待てっ、別にオレはミスってなんかいねーぞ! 今から話すのは仮説だ仮説っ、仮の説!」
だったら必要以上にびびらないで欲しい。こっちだって必要以上に疑ってしまう。
「えあー、何から説明すっかなー。あー、まずよ、死んだお前らをこっちに連れてくる時なんだけど」
その話はある程度聞かされていたような。確か、僕らを死ぬ寸前の状態に戻して引っ張ってくる、だとか。
「ここへ引っ張ってくるまでに入り口を通るんだよ」
「入り口? 向こう側から死後の世界へ通じる入り口、ですか?」
「おー、そーだよ。んで、さっきの可能性なんだけどな、もし、もしもだぞ、万が一億が一兆が一ぐらいのうわーぜってーありえねーぱねえっすわセンパーイって感じの確率なんだけどよ」
良いから話を進めてください。
「お前ら三人のチャレンジャーの内、誰かを引っ張ってくる時に、余計な奴を一緒に引っ張ってきちまったかもしんない。……な、ありえねー話だろ?」
「………………ああ、そうか」
充分、有り得る話である。いや、一番最初に疑ってかかるべき部分だったかも。
「明石さんと同様のケースって訳ですか」
「どっ、どどどどど動揺なんかしてねーぞ!」
駄目だこの人。ほぼ間違いない。でも、そうなると引っ張ってこられた人はどこにいるのか。明石さんの場合、彼女は僕と一緒にいた筈なのだけれど。
「あー、多分どっかに引っ掛かってんじゃねーのかな」
どっかに引っ掛かってるとか、適当にもほどがある。
「引っ掛かるような場所があるんですか?」
「死後の世界って一言で言うとそーでもねーけど、むちゃくちゃ広いんだぞ。オレだって全部は知らねーよ」
「……例えば、死後の世界のどこかにいるとして、その人はチャレンジも受けてないのにどうしてループするんでしょうか」
「うーん、連れてこられた奴はお前らに影響を受けてんだと思う。んでも、こっちに来て天国だとか地獄行きだとか、何も言われてないんだ。判決待ちっつーか、判決って何? ここはどこ? みてーな状態」
なるほど、となると、その人は厳密に言えば死後の世界の手前にいるのか。死んでもいないし、生きてもいない。だから、僕らがチャレンジをスタートして、世界がループを始めて、元に戻れる。
「かなり微妙ですね。有り得る状況なんですか?」
「オレに想像出来るんだから、ありえなくはねーだろーよ。ただ、もしそーなら相当やべー事態だよな」
「死神さんのミスですもんね。ばれたら一発でクビだったり」
「笑い事じゃねーよぅ! 大体だな、てめーらだってそいつに邪魔されるかもしんねーんだぞ!」
まあ、もしもの話だろうけど。証拠も何もない以上は、なあ。
「……うーん?」
「あ、やべっ、チビが起きるぞ」
まだ話は終わっていないのに、どうしよう。
「しかたねーよ。考えても今は答えなんて出ねーだろーし」
「なら、カマを掛けますか」
「パッツンとチビにか?」
「ええ、今のままだとどうにも容疑者が多過ぎます。言ってみれば、僕らと関わった人間全てが怪しいんですから」
だから、とりあえずあの二人から潰していく。果たして味方のままでいてくれるか、それとも。
目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。
僕はゆっくりと身を起こし、布団を跳ね除けベッドから立ち上がる。何とはなしに部屋をぐるりと見渡してみた。
ポスターも貼られていない、カレンダーも掛けられていない白い壁。本棚が二つ、一つは中身が空っぽ。捨てるのも面倒だからそのまま置いてある物だ。あとは、タンスと小学校からの勉強机。テレビはあるが滅多に見ない。テレビゲームも携帯ゲームもやらない。音楽も聞かないから、CDの一枚だって部屋にはない。
……我ながら、殺風景な部屋だと思う。
高校二年生の部屋とは思えないよな、やっぱり。
だけど、そう思うだけで実のところ、僕はそんなに困っちゃいない。娯楽に興味がないからだ。と言うより、あまり物事に対して興味が沸かないのだ。多分、生きる事に対しても執着はしていない。死んだら死んだで構わない。
何もない。
この部屋は、僕その物なんだろう。
顔を洗って、制服に袖を通して階下のリビングに行く。
僕、母、父の三人家族だが、僕が高校に入学してから家族との会話は殆どない。別段、僕が反抗期という訳じゃない。単に生活のリズムが合わないだけなのだ。父も母も朝早くから仕事に行き、夜遅くに帰ってくる。僕はと言えば、学校が近いから始業のギリギリまで家に居られるという訳だ。おまけに寝るのが早いから、両親のどちらかが帰って来る頃には寝息を立てている次第である。その気になれば会話ぐらい出来るのだけど、その気になる必要も今のところ、特にない。今のご時勢、携帯で連絡ぐらい取れるし。
だからこうして、独りでトーストを齧る作業も苦ではない。かと言って独りで居るのが楽って話でもないんだけどね。
まあ、慣れってのは良くも悪くも素晴らしい。
八時十分。
ニュース番組を流し見てから、僕は家中の戸締りを確認する。窓の傍に立つと春の陽光が瞼に降り注いだ。うーん、少し眠たい。どうしようかな、学校行かないで眠っておこうかな。
けど、悩むだけ悩んで結局家を出る。いつもの事だ。
靴を履き、玄関の鏡で身嗜みを確認して、ドアを開ける。眩しい。
学校まではゆっくり歩いても五分前に到着出来る余裕がある。焦らなくて良いのは実に良い。中学の時とはえらい違いだ。
この先の角を曲がって、信号を二つ渡れば校門が見えてくる。
うん、今日も平和だ。尤も、僕に取っちゃ平和じゃなくても良いんだろうけど。
ってな感じで学校までやってきたのだけど、さてさてテロリストのフラグは立ったままなのだろうか。
立ったままだった。やっぱり簡単に変化は望めないよなあ。
一時間目の授業の用意をしながら、僕は溜め息を吐く。
「あ、幸せが逃げたわよ」
隣の明石さんが宙を指差した。何だか馬鹿みたい。
「あげるよ」
「いらないわよ、番組がCM入ってチャンネル回したらそこでも同じCMやってたー、みたいな幸せ」
僕の幸せ安過ぎる。
ところで、本当に明石さんをカマに掛けられるのだろうか。騙し合いや頭脳戦において彼女は百戦錬磨の古強者、太刀打ち出来る余地があるとは思えない。
「ん、何見てんのよ? おかしいとこでもあった?」
駄目だ。明石さんを罠にはめるビジョンが思い浮かばない。こうなったら、直球で勝負ってのはどうだろう。頭の良い人って常に色々考えて行動していそうだし、想定外の事態には弱いかも、しれ、な、い。
「……明石さん」
「何よ」
あ、直球を投げると決めても、コースを決めていなかった。んー、なんて聞こうかなあ。犯人かどうか確かめたいんだから、よし。
「僕の事どう思ってる?」
「……は?」
は? じゃなくて、僕を殺したいほど憎んでいるかどうか聞きたいのである。正直に答えてくれるとは思っちゃいないが。
「え、え、これってもしかして、もしかしてなの……」
ぶつぶつと独り言を唱え始める明石さん。まずいな、勘付かれただろうか。
「明石さん?」
「……罠? 放課後に呼び出されてノコノコ行ったら羽山君はいなくて他のクラスメートがニヤニヤしてるってあのパターン……?」
「えっと、何が?」
「それとも小六の夏休みみたいに家までやってきた見知らぬ男子が『罰ゲームだった』って泣き出すパターンなの……?」
何を言っているのだろう。しかし狼狽した明石さんを見られるなんて滅多にない。今の内に拝んでおこう。
「……明石さん?」
彼女は僕をはっとした表情で見遣り、
「だっ、騙されないわよ」
そっぽを向いた。
「えーっと、騙す気なんてないんだけど。ただ、明石さんは僕の事をどう思ってるのかなって」
「……それって告白じゃない」
「え、なんで?」
今のは質問だろう。
「あんた、本当鈍過ぎ。そういうのって、気になる異性へのジャブ的なアプローチなのよ、多分」
「フック的やアッパーカット的なアプローチもあるの?」
「ふふ、喧嘩売ってる? ボクシングは出来ないけどバーリトゥードで受けて立つわよ」
「気になっただけじゃないか。第一、君に喧嘩を売るほど馬鹿じゃない」
それにしても、えー、告白ってあの告白? 僕が、明石さんに? 有り得ない。
「ふーん。ま、私はあんたの事、その、嫌いじゃないわよ」
「百万回殺してやるだとか思ってないよね?」
「あんた私を何だと思ってる訳? 魔界村の大魔王じゃあるまいし」
行きたくないなあそんな村。パンツ一丁で走り回されそう。
って言うか、やっぱり明石さんからは有益な言質が取れそうにない。となると、今の言葉を信じるしかないんだけど。
僕は、明石つみきを信じているのだろうか。
「ねえ、明石さんは僕を信じてる?」
「……また突然変な事を。えー、信じる、信じる……」
明石さんはこめかみに指を当て、うーんと唸り始めた。
「……あんまり、信じてない」
残念だとは思わない。
「でも、信じたい、かな。あんたになら裏切られても、まあ、納得出来るわ」
「裏切る?」
あのねと前置きしてから、彼女は恥ずかしそうに口を開く。
「私、人を信じるのって、他人を信じるって事じゃないと思うのよ」
「……うーん?」
「例えば、あんた今私に二千円貸せる?」
「貸せない」
貸し借りは嫌いだし、明石さんに二千円を貸す理由がない。何よりも、手持ちが二千円以下なのだ。
「私はあんたに貸せるわ。返してもらわなくても良いと思ってるし、あんたなら返してくれると思ってるから」
どっちなんだ。
「だから、あんたを信じるってのは全面的にあんただけを信じてるって訳じゃない。あんたを信じる私を信じるってとこまで含めて、あんたを信じるってのよ」
「禅問答みたいだ……」
禅問答知らないけど。意味分からないから似たような感じだろう。
「結局、どこまで他人を信じられるかって線引きすんのは自分なのよ。だから、他人を信じるってより、自分を信じるってのが私にはしっくり来る」
分かったような分からないような。他人を信じるには自分を信じなくちゃいけない。なら、自分を信じていない人間はどうすれば良いんだろう。
しかし有意義だ。思うに信頼関係とは互いの自己犠牲によって成り立っているのだろう。
「じゃあ、僕も明石さんを信じるよ」
「あら、ありがと。でも前までは信じてなかったみたいね」
「それで、なんだけど」
信じるとか信じないとか、裏切るとか裏切らないとか、難しい。でも、少なくとも明石さんは僕より頭が良い。劣っている者に勘付かれるほど彼女は安くない。明石つみきは、犯人じゃない。これが信じると言うことならばそれでも構わない。改めて言おう。僕は、明石さんを信じている。
お昼休み。
僕はもう一人の容疑者候補と話をするべく明石さんを振り切った。目的はあいつ、廊下にぽつんと佇む、七篠歩である。
「待たせたかな」
「……呼び出しておいて遅れるとは信じられないですね」
信じる、か。
「ごめんごめん、ちょっとした話があってさ。とりあえず、えーと、どこに行こう」
「……食堂で良いのでは?」
「あんまり他人に聞かれたくないんだよ」
信じるだとか、凄い恥ずかしいじゃないか。
「……話は長くなりそうですか?」
「お前次第かな」
七篠は窓の外を見つめ、眩しそうに目を細める。何か考えているようにも見えるが、多分何も考えていない。
「食堂で食べるのはあれだから、購買で何か買って、適当な場所を見つけて食べようか」
「……私も今そう言おうと思っていました」
「そっか、気が合うね」
「合いますとも! 私は合わせる女ですから!」
いきなりギアがトップになった。何というか、隠し事の出来なさそうなタイプである。
学校の中庭には休息や昼食の為にベンチが幾つか設置されている。しかし、最近は噴水のポンプが故障したとかで、えもいわれぬ臭いと美感を害なう濁りに濁った汚水生産機に成り果てているのだ。
「……誰もいませんね」
中庭は僕らの貸し切りである。微塵も嬉しくない。
「ちょうど良いよ。とりあえず食べよう」
「……あの、食欲が湧かないんですが」
この状況で食欲が湧く人間を指す言葉を僕は知らない。
「と言う訳で、先輩、これを食べてみてください」
「げ」
「……げ?」
しまった、思わず声に出してしまった。だってそうだろ、七篠が持っているのは、あの真っ黒い、癌促進剤クッキーなのである。今の今までこの劇物の事を忘却していた自分をどうにかしてやりたい。
「あー、僕、甘いものはあんまり」
「大丈夫です。甘くないので」
「これクッキーだよね!?」
甘くないクッキーって何なんだ。
「……食べてくれないんですか? うるるん」
「うるるんとか言うな」
「すみません、ついつい滞在したくなって。でも、今回のは少し自信があるんですよ」
今回?
「……先輩に料理の一つも作って差し上げる事が出来ないのは、嫌ですから」
渡された包み紙を開くと、ふわりと、甘い香りが広がっていく。まるでクッキーみたいな香りだ。見た目だって、あ、ああああ! くっ、黒くない! まるでクッキーみたいだ!
「まるでクッキーみたいだ」
「……今の発言、先輩じゃなかったら前歯全部叩き折ってますよ」
「どうしたんだこれ?」
「私が作ったんです!」
美味しそう。今までの、食べたら鬼のように苦しむ略して苦ッ鬼ーとは全然違う。僕は騙されても良いやと思い、一つ口に運んだ。
「……どうですか?」
「………………甘く、ない」
「言ったじゃないですか。甘くないって」
騙された。
「んー、じゃあ話をしようか。七篠って僕の事どう思ってる?」
「好きです。付き合ってください」
即答だった。
「結婚してください」
「あのさ、憎らしくて百万回殺しても飽き足りないとかは思ってない?」
「……魔界村の超魔王じゃあるまいし、私が先輩を憎いと思うなんて有り得ません」
なんだ、魔界村って言い回しが流行ってるのか?
「じゃ、僕の事信じてる?」
「私は先輩以外を信じていません。私が信じるのは先輩だけで、それ以外の人間は(以下、僕では聞き取れないぐらい聞き苦しい言葉が続く)」
うーん、気持ち良いぐらいに気持ち悪いなあ。先入観で決め付けるのは良くないけど、こいつが犯人だとは思えない。何より七篠に騙されていたなんて思いたくない。
「七篠は、チャレンジクリアしたいよな」
「もちろんです。クリアして幸せな家庭を築き上げましょうね」
「ん? ああ、どうぞ」
「……そんな他人事みたく言わないでくださいよ」
いや、他人事だろ。
しっかし、僕が誰かにカマをかけるなんて無理だったな。
「あのさ、放課後また家に来るんだよな?」
「……はい、前回は入れませんでしたからね。今度こそ、ふひひ」
「明石さんも誘っておいたから、放課後になったらすぐ行こう」
「ああ、あいつ来るんですか」
……まあ、別に良いか。
「地震が終わったら雨の降り出す前に急ごう。火事にも、おやじにも遭いたくない」
「……そうですね。君子危うきに近寄らず、です」
その通り。いつだってそうしてきた。だから、正しい。ただ、危難はあっちからやってくる。テロリストはまだ起ころうとしていたし、今後も何があるか分からない。だけど、やるしかないんだよな、嫌だけど。
うわー地震だー。
家の前に辿り着いた僕らは前回を思い出していた。
「あー、ここで七篠さんが死んだんだっけー、ぷー、くすくす」
「……言わなくても良い事を言わないでください。性格悪いですね、そんなんじゃ悪い虫すら寄り付きませんよ」
「何よう、緊張を解してあげようと思っただけじゃなーい」
「……性格ブス」
明石さんの顔が引きつる。仲悪いのか良いのか分からない二人だなあ。
「正面からは入れないね。どうしようか」
「どうしようって、あんたの家じゃない。裏口とかないの?」
「……窓を割って侵入しましょうか」
「あ、これぐらいの石なら良いんじゃない?」
わー明石さん行動はやーい。
「僕の家だと思って好き勝手言わないでよ……」
「だって、他に入り口はないんでしょ。じゃあ割るしかないじゃない」
にっこりと笑う明石さん。場合が場合なら可愛いと騙されていただろう。
「……では、私がこのパイプを伝って二階へ行きます。先輩の部屋の窓は立て付けが悪いままですから、揺さぶれば鍵が外れる筈です」
「上れるの?」
「無論です。私の指を舐めないでください。巷では輝く指だとか神の指と呼ばれているんです」
「じゃあ任せる。けどさ、どうして部屋の窓の立て付けが悪いのを知ってるの?」
七篠は僕を見ずに、
「……では、いってきます」
パイプに足を掛け、猿みたいにするすると上昇していく。
「今のあの子、どっからどう見ても不審者よね。通報する?」
「いや、流石にそれは……」
正直、凄く迷った。