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部室



 部室の中は、端的に表してしまえば汚かった。

 長机が一つ、パイプ椅子が何脚か転がっているが、かなり危なっかしい状態になっている。部屋に窓があるにはあるのだけれど、埃っぽい事からあまり換気はしていないのだろう。床にはスナック菓子の空袋やペットボトル(うわ、飲み掛けじゃないかこれ)、ページが破れている少年誌が散らばり、備え付けのロッカーは横倒しになっていた。ラケットやらピンポン玉、ユニフォームなど、ここを使っていた人たちの名残は、部屋の隅のダンボールに敷き詰められていた。

「茶などは出せんが、とりあえず座ると良い」

「結構です。それよりも先生、お話を聞かせてください」

 そもそも座る場所ないし。

「では、結果から語るとしよう。明石、実に見事な手腕だった」

「……ああ」

 僕は小さく、一人で勝手に頷く。そうか、ここへは河原先生に話を聞きに来ていたのか。なるほどな、ここなら人だって滅多に寄り付きそうにない。内緒話をするには打ってつけだろう。

「河原先生、それはつまり……」

「ああ。口にするのも馬鹿らしいがな、テロリストなんてこの学校にはいないし、これからも出る事は有り得ない、と言う事だ」

「他の先生方も?」

「私と同じく、弱みを握られていたらしい。驚くべき事に、教職員全員が、だ」

 もしかして、校長や教頭も脅されていたのだろうか。ここの学校の先生皆が脅されてテロリストに成り果てたのだろうか。脛に傷持った人い過ぎだろ。

「ユウキをさらったのは養護教諭の谷上(たにうえ)だった。彼もまた脅されていたのだからな、一本折るだけで手打ちにしておいた」

 何が一本で、何を折ったのだろう。

「では先生、他の先生方にも事情を説明してくれたんですか?」

「ふ、随分と骨を折らされた。しかし明石、助かったぞ。ユウキも無事に学校へ送り届けたしな。ああ、だが、我々を脅かしていた犯人とやらの正体は誰なんだ?」

 やばい、そこまでは考えてないぞ。

「ご心配はいりません。今頃はしっかりと、しかるべき処罰を受けているでしょう。罪は償えなくとも、罰を受ける事は出来るのですから」

 お、かわした。

「君がそう言うのなら深くは聞くまい。何せ、君は明石つみきなのだからな」

「恐れ入ります」

 明石さんって凄い人なのだろうか。いや、前から思ってはいたのだけど、改めて。

「ところで先生、先生はどんな指示を受けていたのですか?」

「……む。話を終わらせてはくれないつもりか」

「これも、一時でも犯罪行為に加担しようとしていた先生の罪だと思って」

 河原先生は溜め息を吐くと、転がっていたピンポン玉を拾い上げる。

「明石、君の口が堅い事を祈ろう。私含め、多くの先生方に下された指示は似たようなものだった。唯一我々と違っていたのは、さっきも言った谷上だけだ。彼だけは、ユウキをさらって来いと言われていたらしい」

「……谷上先生だけが?」

「ああ。これは私の推測だが、谷上は私の家と一番距離が近い。まさか、我々の弱みを握っていた犯人が、我々の住所を知らない筈もない。位置関係を見越して、谷上に指示を出したのだろう」

 ふーん。

「それで、先生たちに出された指示というのは?」

「事は五時間目に起こす、と。必要な物資――武器になるようなものなどは昼休み中に届けるから、とりあえず生徒を拘束しろと、そう書いてあった」

「それだけ、ですか? まともな指示がないのにあんな事……」

 ああ、馬鹿。馬鹿馬鹿明石さん。今回はテロが起こっていないんだぞ。

「あんな事?」

「いえ、別に。でも先生は、そんなぼやけた指示一つで動こうと思ったんですか?」

「昼休みになった今、必要な物資とやらが届いていないから断定出来んが、どうやら犯人は連絡手段として携帯電話を届けようとしていたらしい。それを使って連絡を取り合い、または新しい指示を送る、そうしようと考えていたと思う」

 爪が甘い割に凝ってるなあ。携帯電話だけでなく、マスクやら武器やらを教職員全員分用意するんだもの。

「明石、他に聞きたい事はあるか?」

「では、最後に一つだけお聞きします。先生たちは、私が動かなければテロを行うつもりだったのですか?」

「……あ、それは……」

 こんこん、と。先生の手からピンポン玉が零れ落ちる。床に跳ねたそれは、存外間抜けで乾いた音を発していた。

「分かっているとは思いますが、もしもあなたたちがそんな事をした場合、確実に逮捕されるんですよ。犠牲者も出るでしょう。もしかしたら、私も、そこにいる彼だって死んでいたかもしれないんです。弱みを握られているからとはいえ、新しい弱みが生まれるだけじゃないんですか?」

 場の空気が一段と固まり、静まり返る。

「……すまない。私は、明石が助けてくれなければ、多分そうしていたんだと思う。しかし、一つだけ言い訳をさせてくれ。私たちに与えられていた指示に、生徒を殺せとは書かれていなかったんだ」

「――――っ!」

 明石さんが転がっていたパイプ椅子を蹴っ飛ばした。いや、怖いんだけど。

「失礼、虫がいたものでして。話を戻しましょう。ですが先生、人を殺めずとも、学校でそれだけの行為に及べば、罪に当たりますよね?」

「すまないが、そこにも、一応の逃げ道は用意されていた」

「逃げ道、ですって?」

 明石さん、段々ボルテージが上がっているのではないだろうか。折角助かったんだから、怒る理由なんてないのに。

「防犯訓練だと、そうすれば言い逃れが出来ると書かれていたんだ。プランとしては、決して死者を出さず、生徒全員を体育館に集めるだけのものだったからな。犯人の意図は読めんが、それだけなら、私たちも……」

 なるほどね。防犯訓練か。いき過ぎた感は否めないけど、いやいや、アリっちゃあアリじゃないだろうか。但し、死者は出ていたのだけど。

「……銃刀法って知っていますか?」

「知っているが、まさか本物の銃火器が送られてくる筈はないだろうからな」

 残念本物でしたー。ま、確かめる術はないのだけど。

「つまり、先生方は逃げ道を用意されていて、生徒の気持ちを考えずその道を走っていったって事なんですね。そして今度は、私が用意した道を疑いもなく走っていったと、そういう事なんですね」

「明石、それは……」

「それもこれもないでしょう! あなたたちは、あなたたちは……最低です」

 それだけ言うと、明石さんは部室を出て行ってしまう。取り残されたのは、僕と先生。

「……軽蔑したか?」

「僕は取り立てて何も。ただ、先生ってのもやっぱり人間なんだなあって」

「ふ、それを軽蔑と言うのだ」

 言うかなあ?

「明石を追わなくて良いのか?」

 今行ったら八つ当たりをされるに決まっている。何より、僕にはまだ聞きたい事があるんだ。

「先生、意気消沈しているところ悪いんですが、僕からも質問して良いですか?」

「ああ。君にも迷惑を掛けてしまったからな。私に答えられる事なら、幾らでも答えてやろう」

「じゃあ単刀直入に。先生、犯人の心当たり、ありますか?」

「……犯人の? いや、皆目検討がつかないが、どういう意味だ?」

 意味なんて、僕が言おうとしている事なんて一つしかないだろう。

「誰の恨みを買ったんですかと聞いています」

 先生はストレートな僕の物言いに目を丸くしていたが、

「いや、身内が誘拐されるような振る舞いをした覚えはない」

 正直に答えてくれる。

「本当に?」

「何が言いたい。私はこう見えてお腹が空いている。早く昼食を食べたくて仕方がないんだ」

 そこは正直に答えてくれなくて良かった。

「先生、僕は先生を恨んでいる人間を知っています」

「なん……だと?」

 なんだこの人、本当に分かっていないのか?

「先生、あなたはこの部室、卓球部の顧問だったそうですね」

「ああ、だがそれがどうした?」

「どうして、卓球部は廃部になったんですか?」

「部員がいなくなったからだ。ふん、彼らが練習に耐え切れる器ではなかったからだろう。世事に疎そうな君に分かるとは思えないが、卓球部と言えば、何故だか知らんが少しばかり蔑視されやすいところでな。同じ運動部だけでなく、文系よりの部活動にもオタクっぽいと馬鹿にされていたのだ。可哀想だったので、私が心身ともに鍛え直してやろうと思ったのだ」

 世事に疎いとか言うな。

「それって、大きなお世話って奴じゃあないんですかね」

「何……?」

「例えばですけど、ここの卓球部にいた人たちは、そんな大層な事を望んでいたんでしょうか。もしかして、ただ友達とわいわい騒ぎたかっただけなのでは? 果たして、心身ともに鍛え直されたかったんでしょうか」

「部活動に属する者なら、そう思っている筈だ」

 これも、偏見って奴か。なまじ権力を持っている分明石さんより性質が悪いかもしれない。

「なら、どうして部員は逃げ出したんでしょうね。僕は先生の意見が間違っているとは思いません。正しいとも思いませんが」

「だから、耐え切れなかったからだと言っている」

「鍛えたいと思っているなら、逃げる筈ないでしょう。部員が一人でも先生と意見が合致しているなら、廃部になんてならなかったでしょう」

「……うるさい」

 そりゃないよ。と言うか、僕たちは高校生なんだ。七篠みたいな能力を持っている方が稀なんだし、大抵の生徒はご立派な志を持っているかどうかすら怪しい。楽しかったら笑うし、悲しかったら泣く。嫌だったら逃げる。そんなの当然じゃないか。

「話によると、学校を辞めてしまった人もいるらしいですね。楽しかった集まりをぶち壊した先生。恨まれているかどうかは、当人たちじゃないので僕には分かりません。だけど、恨まれていないとも断言出来ないでしょう」

「ならば、犯人は元卓球部の誰かだと?」

「いいえ、まさか。たかが部活動の問題ぐらいでここまで事を大きくするとは思えませんよ」

 先生の眼鏡が光る。

「ふざけているのか?」

「僕が言いたいのは、人間っていつどこで、誰にどんな恨みを買っているか分からないって事なんですよ。肩がぶつかっただけで、コンビニでお釣りを間違っただけで、誰かの好きな子に触れていただけで、たったそれだけで恨まれるかもしれない」

 そう、誰からも恨まれず、疎まれず、嫌われない人間なんかいない。

「でも、犯人って、先生の中でも一番河原先生の事が嫌いだったと思いますよ」

「な、何故だ?」

 さっきからこの人驚いてばっかりだな。

「だって、実際に犯人から直接的な脅迫を受けたのって河原先生だけじゃないですか。他に、ご家族のどなたかが誘拐された人っているんですか?」

「いや、いない。いないが、犯人は私にとって弟がどれだけ大切かを知っていたからこそ」

 ああ、そう言えば河原先生は両親を亡くして弟と二人暮しをしているのだっけ。関係ないね。

「家族が大切でない人なんて、この世に存在するんでしょうか。誰だって家族が誘拐されれば弱るに決まっています。犯人だって人間です。人間だからこそ、そういった手段に踏み切った」

「……あ、つまり?」

「確かに、河原先生にとってユウ――弟さんは大事な存在でしょう。それは、確かな弱みです。ですが、誰かを誘拐するのなら、誰だって良かったんじゃあないんですか? 何も河原先生の家族を狙わなくたって済んだんです。他の先生の奥さんや子供を誘拐しても構わない筈です。更に言っちゃえば、実際に誘拐するって一手間加えるより、先生が弟さんと別れた後に適当に脅せば済むんですよ。例えば、弟さんやお家の写真を送り付けるなりして」

 僕は一度言葉を区切る。

「でも、先生の弟は誘拐された。実際に、行動に起こされていた。河原先生だけが、他の人たちよりも強いプレッシャーを掛けられていたんです。どういう意味か、何となくは分かりますよね?」

「私が、強く恨まれていた……?」

「勿論、実際に誘拐してみせる事で他の人たちにもプレッシャーが掛かります。もしかしたら、河原先生が選ばれたのに意味はなかったのかもしれません。犯人は無作為に、くじでも引いて決めたのかもしれない」

 僕が犯人でない以上、ユウキちゃんが、彼だけがさらわれた真意は掴めない。真実は闇の中なのだ。

「えーと、さっきよりも沈んでいるところにもう一つだけ」

「まだ、私に追い討ちを掛けると言うのか。ふ、良いだろう。もう良い。今日は存分に痛め付けてやってくれ」

 そんな趣味はない。

「先生、さっきは死者を出すつもりがなかったと言ってましたよね。でも、あなたは僕を殺せとも指示を受けていた。ですよね?」

「……ああ。その通りだ。君を殺せと、ご丁寧に写真と書類まで付けてな」

 僕の写真って。いったいどこから入手したのだろうか、恐ろしい世の中である。

「さっき、それを明石さんに言わなかったのは?」

「すまない、私だって人間なんだ」

 ああ、えーと、つまり、アレ以上責められるのが嫌だって事なのかな。別に気にしないけどね。

「それじゃあ、僕からも最後にもう一つ。僕を殺せと、確かにそう指示を受けていたんですよね?」

「ああ。嘘偽りない」

「僕だけを殺せと?」

 先生は質問の意味を図りかねていたのか、少しだけ間が空いた。

「君だけだ。他の人間については指示を受けていなかった」

「ああ、そうですか。それじゃ先生、ありがとうございました。楽しいお話でしたよ。それと、この件に関してはもう触れない事にしましょう。僕も、明石さんも巻き込まれたくはないので黙っています」

「勿論だ。私含め、先生方も他言はすまい。ここで話した事は全て、忘れる」

 そりゃ最高に助かる。未然に防げたとはいえ、僕にしては波風を立て過ぎたからなあ。明日からも、昨日や今日と同じように過ごせると良いんだけど。

 僕は扉に手を掛け、ふと、明石さんの怒っていた顔を思い出す。どうして彼女があそこまで怒っていたのかは知らないけど。知らないけど。

「あ、最後に一つだけ」

「……なんだ?」

「紙に書かれていたとか、指示を受けていたとか、先生はよっぽど他人の意見が大事なんですね。ねえ先生、紙に死ねと書かれていたら、あなたは死んでいたんですか?」

「――っ!」

 それは、僕にしては本当に珍しい、悪意や敵意の混じった言葉だったかもしれない。もしかしたら、僕も明石さんにあてられて、怒っていたのかもしれない。

 まあ、今までさんざん殺されてきたんだ。あれぐらいの罰、受けてもらわなきゃ収まらない気持ちも少しはある。何せ、罪を犯したら、後はもう罰を受けるぐらいしか出来ないのだから。



「遅い」

「……ずっとここにいたの?」

「悪い?」

 部室を出た僕を待ち構えていたのだろうか。明石さんはいつもよりも苛々していた。

「悪くないけどさ」

「随分と時間が掛かったのね。あいつと何話してたのよ」

 あいつ呼ばわり。いや、部室で明石さんの地が出なくて良かった。

「何も。汚かったから、あの部屋の掃除をしていたんだよ。僕、綺麗好きだからさ」

「へえ? だったら……」

 明石さんは足を上げる。何のつもりだろう。

「私の靴、舐めてよ」

「……は?」

「綺麗好きなんでしょ? 私の靴、あーんな汚い部屋に入っちゃったから埃で汚れちゃったの。だから、舐めなさい」

 絶対に嫌だ。舐める理由がないし、他人の靴を舐める理由なんてものが出来た時点で僕は死ぬ。

「何を怒ってるのさ。僕たち、助かったんだよ?」

「うるさい。舐めろ」

「いたっ」

 脛に鋭いキックをもらってしまった。

「訳が分かんないよ。僕が何をしたって言うのさ」

「……あんた、あいつらに何回殺されたのよ?」

「あいつらって、テロリストの事? うーん、確か、三回ぐらい?」

「五回よっ、あんた自分の死んだ数だって覚えてないの!? 愚鈍も愚鈍、超愚鈍じゃない!」

 五回、か。案外少なくて済んだと思えるのは僕がおかしいのだろうか。

「どうして、何も言わなかったのよ」

「何もって、誰に?」

「河原よ。河原だけじゃなく、他の教師にも。あんたは、恨み言の一つだって言わなかった。殺されたのよ? どうして、何もしないでいられるのよ」

 どうしてと言われてもなあ。

「それを言うなら明石さんだって殆ど何も言わなかったじゃないか」

「あんたが言わなかったからよ!」

 へ?

「あんたが我慢してると思って、私だって色々ボロクソに言ってやりたいのを我慢してたの! 私一人だけ好き放題にしてスッキリしたって、そんなのずるいと思って、だから、ああ、もうっ、それぐらい分かれ愚鈍!」

 我慢、してたのか。僕は我慢してないと言うか、済んだ事は忘れるのだ。明石さんに言わせると、喉元過ぎれば熱さを忘れる愚鈍マンかもしれないけど。

「ごめんって、謝って欲しい?」

「……クソバカ。良いわよ、もう。何だか私だけが空回りしてたみたいだしね」

「でも明石さん格好良かったよ。凄く頼りになった。君がいなきゃ、僕はまだテロリストに殺され続けていたんだろうと思う」

「格好良い、か」

 明石さんは意味ありげに呟く。

「えっと、気に入らなかった?」

「んーん。別に、今はこれで良いわ」

 今は? これで?

「それよりお腹空いたわね。行きましょうか」

「学食? 今から行ったんじゃ座れないよ」

「大丈夫よ、七篠さんに席取っておいてもらってるから」

「七篠が? あ、そう言えば、さっきの話七篠にも聞かせてやった方が良いんじゃないのかな」

 あいつだけ除け者ってのは、何だか嫌だ。折角ここまで一緒に頑張ったのだから、今回の顛末ぐらいは。

「駄目。七篠さんには、テロリストの話を一切しないわよ」

「な、なんで?」

「もし真実を知っちゃったら、あの子、犯罪者になるもの」

 なんで。七篠が河原先生の話を聞いたら、どうして犯罪者になると言うんだ。

「あんた、本当に分かってないの?」

「だから、何がだよ」

「……ま、いっか。とにかく、駄目だからね」

「うーん。明石さんがそう言うなら、仕方ない、か」

 僕だって馬鹿じゃない。犬じゃない。何度も同じ事を言われるほど愚鈍じゃない。明石さんが駄目だと言うなら、それなりの理由があるのだろう。僕には皆目検討がつかないけど。

 何にせよ、テロリストはもういない。もう現れない。もう殺されない。

 ここにきて、ようやく肩の荷が下りた気がする。心から安らいでいくような、そんな気がする。

「ねえ明石さん」

「なーに?」

「なんだか、今日のお昼は美味しく食べられそうだよ」

「ふふ、そうね。きっとそうなるわね」

 ああ、お腹が空いた。

「がふっ」

「え?」

 何だか、空気が生臭いような。何かが圧し掛かっているような。

「あ、頭……」

「がふっ、がうっ」

 凄く痛いような。めちゃくちゃ頭が齧られているような。

「あああ、あの時の犬!」

「がふっがふっ」

 血が出ているような。でも何だか意識が遠ざかってきたような。

「だあああっもう! なんでこうなるのよ!」

 明石さんが叫んでいるような。けど何だかどうでもよくなってきたような。

 あー、そうかー、あの食堂の犬ってここから来ていたのかー。あはははは盲点盲点。

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