駐車場
目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。
僕はゆっくりと身を起こし、布団を跳ね除けベッドから立ち上がる。
さて、いつも通りに起きてしまった。うーん、まだ時間があるとはいえ、早めに出た方が良いかもな。
八時十分。
ニュース番組を流し見てから、僕は家中の戸締りを確認して家を出た。途中、車を二回避けて、植木鉢を避けながら学校に辿り着く。
が、今回は玄関には向かわなかった。
向かうのは、この学校の駐車場である。
「……えーと」
確か、この辺りで七篠が待っている筈なんだけど。
「ななしのー」
呼んでみた。
「……御前に」
呼んだら来た。本当何者だよお前。しかし、こいつは僕が来る前からこの辺に隠れてチャンスを窺っていたのだろうか。涙ぐましい。
「河原先生は?」
「……アバズ――明石先輩のデータ通りなら後二分程度で到着するかと」
先生が生徒と同じ時間に登校ってどうなんだろう。準備とか良いのかな。
「で、当の明石さんは?」
「……河原ユウキのところです」
ああ、そういや保健室には彼女、じゃなくて彼がいるんだっけ。
「明石さん、一人で大丈夫なのかな?」
「……大丈夫じゃないと困ります。私たちだけで河原先生を説得出来るとは思えません。やはり、河原ユウキを見せない事には」
口下手だしアドリブは利かない、おまけにあがり症の僕たちでは不安要素があり過ぎる。と言うか不安しかない。不安の塊である。
「対話による人道的で平和的な解決が失敗になったら、ユウキちゃんを人質にすれば良いんだしね」
簡単簡単。
「……あ、来ました」
門の方に目を向ければ、飾り気のない軽自動車が一台。あれだ。汚れ一つない真っ白い車体だ。河原先生、仕事は横着するくせ、意外と綺麗好きなのかも。
「降りてくるまで隠れてようか」
どうせ僕たちじゃ説得は難しい。精々、明石さんが戻るまで時間を稼がせてもらおう。
近くにあった車の物陰に隠れていると、河原先生の車が止まり(隣のワゴンに結構な勢いでぶつけていたが、気にした素振りは特に見られない)、ややあって先生が降りてくる。
「……先輩」
「うん、僕がいくよ」
一応、僕は先生のクラスの生徒だ。邪険には扱われまい。駐車場から出てきたのを怪しまれないよう、授業について分からない事がある、とでも切り出すか。うん、なんて熱心で真面目な生徒なんだろう。
「おはようございます、先生」
「……ああ、おはよう」
河原先生は突然現れた僕に多少なりとも面食らっていたが、すぐに挨拶を返してくれた。流石教師と言うべきか。
「あの、先生、朝から申し訳ないんですけど……」
「悪いが急いでいる」
うぉーい!
「いっ、いやあの、授業について聞きたい事がですね」
「授業? ん、君は誰だ?」
「……へ?」
あれ、もしかして人違い?
「河原先生、ですよね?」
「ああ、そうだが、君はどこのどなた様だ?」
あなたの受け持ってるクラスの生徒です。って、うわ、これって、うわうわうわ、僕ってそんなに影が薄いのか。
「えっと、先生のクラスの生徒です」
「ああ、そうだったのか。すまんな、私は物覚えが悪い。特に、興味を覚えない事には」
担任だったらもう少し頑張れよ。しかし、生徒の前でよくもまあ言えたもんである。
「君が私の受け持つ生徒だとは分かった。しかし、急いでいるのに変わりはない。すまないが先を行く」
「そっ、それは困ります!」
「困る? 何故だ?」
立ち止まられて、鋭い視線で射竦められる。先生の眼鏡が逆光を浴びて実に眩しい。
「えーと、その、僕頭が悪いから……」
「心配いらん。学校の勉強など出来ずとも生きていける」
教師としてその発言はどうなんだ。
「悪いがここで時間を無駄には出来ん。また次の……」
先生は何故か言い淀む。次の、次がなんだ?
「いや、何でもない」
まずい。ここで行かせる訳にはいかない。計画の頓挫は許されない。何より、後で明石さんに使えないなどと謗りを受けてしまう。
「ちょっとだけ待ってもらえませんか?」
「駄目だ」
先生は振り返らずに校舎へ向かっていた。仕方ない。これを言っちゃうとどうなるか分からないんだけど。
「……先生、弟さんは元気ですか?」
ぴたりと。先生の歩みが見事に止まる。ついでに空気までもが固まっている。
「お前、お前が……」
「っ!」
振り返った先生の顔は怒りに満ち満ちていた。いや、正直恐ろしい。生き返りチャレンジを受けてきて、死ぬほど死んできた僕が恐怖を覚えるくらいに。
つかつかと歩み寄る先生に対して何一つ反応出来なかった僕は、制服の襟を掴み上げられてしまう。
「お前がっ……!」
「……僕が、なんですか?」
「白を切るなっ! ここに来て言い逃れ出来る道理がどこにある。馬鹿な、ノコノコと……お前が私をゆすった犯人だ」
良し、掛かった。確実に時間を稼げるし、幾つか面白い事を聞かせてもらった。
まず、河原先生がやはり脅迫を受けていたという事実。次に、『私を』の部分。これは、現時点で彼女だけが脅されている、もしくは彼女が他にも脅されている人間がいるのを知らないという事実を指している。そう思って間違いない。
最後に、この人は僕を知っている。
多分、何らかの形で僕が事件に関係しているのだと分かっている。この状況下、弟を人質にされている先生が、弟を話題にされて食い付かない筈がない。
「ユウキをどこへやった、答えないかっ」
が、いささか食い付きが良過ぎる。ただ身内の話を振っただけの者を犯人扱いするとは考え難い。さっきまで僕とある程度の会話が成立していた以上、先生が極限まで追い詰められているとも思えない。ある程度探りを入れていたか……いや、距離を取ろうとしていたんだろうから。
「ユウキ……?」
「お前っ!」
彼女が豹変したのは弟の話を振られたからじゃない。
――ノコノコと……。
僕が、ユウキちゃんの話を振ったからだ。
河原シイナは僕が事件に関係あるのだと思っている。思い込まされている。何か、持っている。
「先生、どうして僕が犯人だと?」
「とぼけるな、あんなものを送り付けておいてっ」
あんなもの?
「何を……?」
先生は僕を拘束する腕に力を込めたまま、
「お前を殺せと書いた紙だ。ユウキの事や、他にも今日の行動や目的について書かれていた、あの紙だ!」
怒声を解き放つ。鼓膜に響くからやめて欲しい。
「知らないとは言わせん。お前について書かれていたからな、何かしら関係しているのだとは思っていたが……」
まあ、そんなの知らないんだけど。しかし紙か。殺せと、僕を名指しで。
「大方、自分に疑いが向くのを恐がって被害者に仕立てようとしたのだろうが、馬鹿な、裏目に出たな」
疑いの目を向けられたくないなら、僕について、他ならぬ僕が書く筈ないだろうに。正常な判断力がないか、正常に判断出来ていないのか。どっちにしろ困ったものである。
「何の事か分かりませんが、僕が犯人なら脅している人の前に姿を現わさないと思いますよ」
「ふん、今更になって恐くなったんだろう? 良いだろう、今すぐにユウキを返して、私たちの前で謝るのならば許してやらん事もない」
なんだって? 謝る? 許す?
「……あはは、先生、本気で言ってるんですか?」
「こっ……! ここで笑うか!」
思わず声に出して笑ってしまったのは、河原先生が僕をまるっきり犯人扱いしているからじゃない。
「お前っ、ここで笑うのか!?」
もう生徒だとか教師だとかは関係ないのだろう。振り下ろされる手は僕の頬へ一直線に向かう。
しかし、いつまで経っても肌と肌のぶつかる、独特の高く乾いた音は聞こえない。
「――き、君は……」
先生が息を呑み、僕は息の詰まる思いがした。
がっちりと掴まれた先生の手首、間一髪で彼女を止めたのは、
「……おはようございます、先生。一年、七篠歩、陸上部に所属しています」
トラブル量産機だった。
「七篠。朝練はどうした」
「……エースですから」
僕と違い、七篠はそこそこ(強調)知られているらしい。ま、まあ、学校の記録を塗り替えたスプリンターの名だからな、先生だって記憶に新しいのだろう。
「エースだからこそ練習に出るべきだと思うがな。いや、それよりも何故、君がここにいる?」
「……先輩がいるからです。それより、手を離してください」
「掴んでいるのは君だろう」
眼前にて繰り広げられる舌戦。
「……分かりませんか。私は、先輩に対しての敵意を捨てろと言っているんです」
「すまないが、出来ない相談だ。女がこうと決めたからには、易々と取り下げるものではない。七篠、君が話を盗み聞いていた事に対して咎めはせん。私はとある理由によってこいつを拘束している。問題が解決するまで、この手を収める事は有り得ない」
「……ならば」
「ぐう……っ!」
骨の軋む音が鈍く、響く。七篠め、教師にまで手を上げるつもりか。
「私は先輩の為に動くまでです。たとえ相手が何者であろうとも」
「生徒風情が……」
なんて有り難迷惑な展開だ。僕はこんなの望んじゃいない。いや、元を正せば僕に責任があるのだろうけど。
「……手を離せっ」
「手を離してもらおうか!」
「ちょちょちょちょちょっと……」
あっ、圧壊!
「ちょっと待ちなさい!」
突然響いた良く通る声に全員の動きが止まり、一点に視線が集まる。
ふわり。七篠と河原先生の間に投げ込まれたのは風車。……風車?
「あ、明石さん?」
「どう、良く出来てるでしょ、それ」
愉しげに微笑む明石さん。
地面に落ちた風車を拾ってみると、ああ、折り紙で作られていたのか。器用なもんだなあ。
「明石つみき、か。弥七みたいな奴だな……」
「先生、おはようございます。お話があるので、二人とも手を引いてもらえませんか?」
「……胡散臭いにも程がありますね」
全くだ。ふう、久々に見ちまったぜ、委員長スマイルって奴を。
「そのままでも私は一向に構わないのですけれど。ねえ、七篠さん?」
「……命拾いしましたね」
七篠は学校で口にしてはいけない台詞を吐いた後、先生から離れる。
「明石、話とはなんだ。こう見えて私は多忙を極めている身だ」
「まずは先生、本題の前に言っておかなければならない事があります」
「その話、私にとって有益なのだろうな」
明石さんは少しだけ表情を険しくさせ、僕を指差した。
「彼が笑ったのは、仕方のない事だと思いますよ」
「……何?」
「先生、あなたは許すと言いましたよね。許すと。一体、あなたが何を許せるのかしら。罪を? 身内を誘拐された罪を?」
あー。
「あなたが? いいえ、人間が人間を? 無理よ、そんなの。そもそも、一度犯した罪は誰にだって許される筈がないわ。誰にだって、どんなに知恵を絞ったって償えるものでもないの。たとえ死んだってね」
あー、仮面が剥がれていく。
「彼はその事を知っていたから笑ったの。私だって笑っちゃいそうになったんだから、ま、愚鈍なこいつじゃあ堪え切れる訳ないわよね」
河原先生は何か信じられないものを見たような目で明石さんを見ている。
「お分りいただけましたか、先生?」
「明石、まさか君も……」
「さて」
パン、と、わざとらしく両手を合わせた明石さんが話題を変える。
「本題です。先生、結論から言ってしまえば彼は無実なんですよ」
「馬鹿な、そんな筈が……」
先生にとっては目まぐるしい展開だろうな。しかし、それで良い。彼女には可能な限り混乱してもらおう。
「ホームルームまで時間がないので、とっとと証拠を見せるとしましょう。ほら、出ておいで」
明石さんが合図すると、近くの物陰からスカートを穿いた可愛らしい……男の子が現れた。
「ユウキっ!」
「姉ちゃあん!」
走り合い、抱き合う二人。短い間とはいえ、再会の喜びを噛み締めるには充分な事件の後だもんな。
「感動のご対面ね」
「ま、そうだね。ところで明石さん、ユウキちゃんのほっぺたがすっごく腫れているように見えるんだけど」
「めっちゃ素敵な話やん」
ああ、そうだね。でも、落ち着いている暇はない。河原先生がテロリストに荷担する理由がなくなったのは確かだ、が、まだ一人。
「んじゃ、教室に戻りましょうか」
「って、何もしてないじゃないか」
「んー、七篠さん。この風車、先生に渡しといてくれる?」
「……構いませんが、何故ですか?」
「ここで長々と説明してる暇がないから、かしら。あんまり違う事やり過ぎたら、何が起こるか分からないからね」
それと風車と、どう関係があるのだろう。
「ま、あの紙には色々と書いてんのよ」
「なるほど、そういう事か」
「……そういう事でしたか」
七篠は納得して(八割フリだろう)風車を先生のところへ届けに行く。
「昼までが勝負ね」
「どういう事?」
「私の手紙。『いつもより早く登校したら見知らぬ子を見かけたので保護しました。ついでにテロリストの話も聞いちゃいました。私なりに学校や先生を助ける為に考えた事を書いてみました。役立ててください』、的な」
胡散臭ー。まあ、頭が混乱しまくっている人たちには利くだろうな。しかし、混乱も長くは続くまい。落ち着かれたら、明石さんまであらぬ疑いを掛けられてしまう。
「先生がきっちり仕事やってくれれば、テロは起こらないと思うけど。まあ、一回目だし、期待はしないでね」
「うん、気長に待つとするよ」
それじゃ、教室に戻るとしよう。
ホームルーム三十秒前、明石さんと一緒に教室には行けないので、時間差で僕が後から入った。遅刻ぎりぎり、危ない危ない。
三十秒後、先生は来なかった。周りの反応を見るにいつもの事らしい。焦って損した。
どうやら、河原先生は手紙に目を通してくれて、尚且つ明石さんの指示通り動いてくれているらしい。
「よー、そっちは先生来てるー?」
顔を上げると、何人かの生徒が教室に入ってきていた。多分、別のクラスの人たちだな。
「河原また来てねーし。一組も来てねーの?」
「他のクラスもまだらしいぜ。何か職員室が騒がしかったとか聞いたけど」
「職員会議が長引いてんのかな?」
「ラッキー、一時間目自習かもな。あー、いや、もしかしたら帰れるかも」
「お前ら帰宅部だろ。こっちは大会前だっつの。あー、部活どうなんのかな」
どうやら他のクラスにもまだ先生は来ていないらしい。今までにない状況に、少しばかり胸が高鳴る。もしかしたらと、淡い期待を抱いてしまう。
「ね、いけるんじゃない、これ」
「そうだね」
小声で話し掛けてくる明石さんに小声で返した。
「明石さん、先生にはどんな指示を出したの?」
「ああ、簡単よ」
簡単?
「犯人はこっちで突き止めといたから、気にしなくて良いですよってね」
「え? それだけ?」
もうちょっとこう、具体的な指示とか。
「あんまり詳しく書いちゃうと怪しまれちゃうじゃない。一応、あいつらも無駄に年は食ってないでしょ。駄目なら駄目、次はもっと上手くやるわ。私、同じ轍は踏まない主義だもの」
そんなんで上手くいくのかなあ。
「だーかーら、期待しないでって言ったじゃないの、馬鹿、愚鈍」
う。でもここまでお膳立てしてくれたのだから何も言うまい。言い返したところで、更にカウンターをもらうだけだし。
「あは、先生たちどうしたんだろうね?」
「ああ、舞子さん」
そういや、テロリストに襲撃を掛けられてからは舞子さんとあんまり話せてなかった気がする。
「さあ、何かあったんだとは思うけどね」
「一体なんだろうね? もしかして学校にバクダンが仕掛けられたとか!」
「あはは、だったら面白いかも」
有り得ない話ではないので、心からは笑えない。
「凶暴な動物が入り込んでたりっ、すっごい凶悪な病原菌が蔓延してたりっ、凶器を持ったアブナイ人が入り込んでたりっ! 今頃先生たちはスペクタクルなアドベンチャーを体験中、スリリングでスリラーなスラップスティック真っ最中だったり!」
舞子さん、動物もアブナイ人もこの後で来るかもしれないよ。良かったね。でも、病原菌ってのはまだないよな。これはなんだ、新しい展開への複線だろうか。
「あはは、だったら面白いんだけどね」
やっぱり、笑えない。
驚き桃の木山椒の木、狸にブリキに蓄音機、ぶんぶく茶釜は化け狸。
一時間目、二時間目、三時間目、四時間目。テロリストの脅威に怯えていた僕なんか関係なく、何事もなく、時間は過ぎていったのだ。
拍子抜けである。正直なところ、僕らが色々と裏でやっていたせいで、世界様とやらがもっとえげつない事を仕掛けてくると、心のどこかでは覚悟していたのだけれど。
「付いてきて」
四時間目の科学が終わり、僕は明石さんに声を掛けられた。別段やる事もなかったし、ほいほいと彼女に付いて行った先は、
「ここ、どこ?」
「卓球部の部室」
体育館の隅にある、物置小屋。に、しか、見えないのだが。
「……えっと、部室、なの?」
「ええ、れっきとした部室よ。卓球部員の卓球部員による卓球部員の為の部屋」
「僕たち、卓球部じゃないんだけど」
と言うかどこの部にだって属していない。
「問題ないわ。卓球部員、いないんだもの」
「いない? いないのに部室は残ってるの?」
「正確に言えば跡地ね。卓球部は去年廃部になったの」
去年の出来事なんて、しかも卓球部の事なんて僕は一切知らない。
「あんたは知ってるかしら、学校生活における卓球部の位置というものを」
「卓球部の位置? って、一運動部に地位も何もないんじゃない? ま、少なくとも、帰宅部の僕よりは高みにいるんじゃないかな」
「分かっていないわね。卓球部は運動部であって運動部でないのよ。ジョックではなくナードなのよ。考えてもみなさい、あいつらはじめじめとした体育館の片隅で陰鬱とピンポン玉を打ち合っているだけなのよ。そんなの運動部と呼べるかしら?」
いや、呼べるだろう。それを言うならテニスだって球を打ち合うスポーツだし、体育館の中でやるスポーツならバレーボールだってバスケットボールだってそうじゃないか。
「もっと言えば、あいつら反復横跳びしながらラケット振り回してるだけなのよ。つーか部員も良く見たら眼鏡掛けててガリガリのひょろいのばっか」
「偏見だよ、そりゃ。明石さん、卓球に恨みでもあるの?」
「……小学校の時、卓球クラブに入っていたの」
聞かなかった事にした。
それよりも、どうして彼女は僕をここへ連れてきたのだろう。
「ここが廃部になったとは言ったわよね。で、卓球部がオタクっぽい奴らの集まりだとも言ったわよね」
後者に関して全肯定はしないけど。
「廃部になったのは不祥事を起こした訳じゃない。部員がいなくなったからなの」
「一人も?」
「ええ、全員。練習に耐え切れなくなって皆逃げ出したのよ。その中にはあまりの辛さに学校を辞めてしまった者も、未だに夢であの時の光景に苛まれる者もいるらしいわ」
どんだけキツイ練習だったのだろう。
「で、当時顧問だったのが……」
明石さんが卓球部の部室を指差したと同時、扉が開く。
「遅いぞ明石。長々と人の目に付くところで話をするな」
「……この人、河原先生って訳」
中から現れたのは、河原シイナ先生だった。
「早くしろ、時間がもったいない」
なるほどね、こりゃしんどそう。