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テロリスト〈7〉

 チャイムが鳴った。

 五時間目の始まりを告げる、テロリストの襲来を告げる、その為に。

「……来ませんよ」

「静かにしろって。まだだ。見回りに一人来る筈なんだ」

 確か、この近くで馬面と出会ったのは、五時間目が十五分を過ぎた辺りだったっけな。

 テロリストがどう動くか、どう見回っているのは分からないが、ここの階段の陰から覗けるところまでは出てくるだろう。

「……テロリストって、ガスマスクとか被ってるんですか?」

「いや、マスクはマスクでも馬のマスクだ。ほら、パーティグッズっつーか、ジョークグッズみたいな感じの」

「パーティ、ですか。縁遠い言葉に意識が遠のきます」

「僕もだよ」

 大体パーティってなんだよ。クラッカーとか鳴らすのか? ケーキを食べるのか? 皆で歌ったり踊ったりするのか? 何が楽しいんだ、それの。

「……今、負け犬の遠吠えが聞こえました」

「僕の心の声を聞くな」

 って言うか、重い。

 どうしてか、僕の背中に七篠が乗っかってきている。こいつ、小さいから全体重を掛けてきても大した事はないんだけど、それでも時間が経つにつれて疲労度が増していく。いや、別にそんな事しなくても見えるだろうに。

「なあ、退いてくれないか」

「どうしてですか?」

 どうしてもこうしてもないだろう。

「……私のような美女と密着出来て嬉しくないんですか?」

「つーか、痴女じゃないのか?」

「ふっ、人は私を平成の小野小町と呼びます。こんにちは、三大美人ですよ」

 あー、小野小町を世界三大美人に入れてんのは日本人だけだから。

「世界三大美人はお気に召しませんか。では、世界三大虞美人はどうでしょう」

 残り二人は誰だ。

「……ほらほら、胸ですよ、胸。先輩嬉しくないんですか。胸が当たってますよ」

「え?」

「……え?」

「あ、ごめん。うん、そうだな。うん、当たってる」

 肘が。

 何だか、はっきり言っちゃうと泣かせてしまいそうで怖かったのである。僕は学習した。歯に衣着せたりはぐらかしたりするのが上手な人付き合いだって。そうでしょ、明石さん。そうだよね。

「……ところで先輩、世界三大で思い出したのですが」

「お前、三大って好きだよな」

「はい。あの、世界三大がっかりって、マーライオンと、なんでしたっけ?」

「えーと、人魚姫の像ってのと、小便小僧じゃないか」

 しかし、世界三大がっかりって。世界単位で酷い三大を決めるものだ。

「……そもそも、どうしてマーライオンでがっかりするのでしょうね」

「行ってみて、実際に見たら、想像していたよりも小さかったからじゃないか? あと、口から水を吐いてなかった、とか聞くけど」

「ああ、そう言われれば」

 でも、最近じゃポンプの故障を直したり(もっと早く直せよと思わないでもない)、新しい場所に立てたりして汚名を返上しようとしているらしいけど。

「そういや、マーライオンって何個かあるんだっけ」

「……そうなんですか?」

「マーライオンタワーってのもあるらしい。目が光るんだってよ」

 登ってみたいとは思わないけど。しかも光るって。誰が得をすると言うのだ。

「マーライオンと言えば、酔っ払って嘔吐してしまう事をマーライオンとも呼ぶらしいですね」

「え、そうなのか?」

「……水を吐いている姿からきたのでしょうが。マーライオンに失礼ですよね」

 ああ、なるほどね。でもどうしてわざわざマーライオンから取ったんだろう。がっかりさせられた人の逆恨みだろうか。

「そういや、どうしてライオンなんだろうな。挙句下半身は魚だし」

 まあ、ライオン! あ、今のやっぱりナシ。血迷った。

「何をおっしゃいますか、シンガポールとはライオンの街なのですから。国のシンボルがライオンなのは至極当然と言えるでしょう」

「ライオンの街?」

 街中をライオンがうろついているのか?

「シンガポールとはサンスクリット語で、獅子の街を意味するらしいです。ライオンが街の中をうろうろしている訳ないでしょう。恥を知りなさい、先輩」

「世界三大瀑布を世界三大幕府と勘違いしていた奴に言われたくねえよ」

 三大も何も、幕府って三つしかないじゃんか。どうして騙されてる事に気付けないんだろう、こいつは。

「……先輩、静かにしてください」

「あ?」

「向こうから足音が聞こえます」

 心臓が跳ねた。

 そうか、来たか。

「良し。僕の言っていた事が本当だと分かる時が来たようだな」

「……足音がしただけです。テロリストなんてまだ、私は三信七疑なんですからね」

 充分。十信零疑にしてやるよ。



 何度も見た。

 何度も。何度も。

 人を食ったような馬のマスク。きっちりしたスーツ。

「……あ」

 黒光りする、銃身。

 間違いない、テロリストだ。

 彼は僕らに気付かないまま、屋上へと続く階段には目もくれないまま、一種悠然とした佇まいで歩き去っていく。

 僕の上に乗っかっている七篠はまともに声も出せない様子だった。そりゃそうだろうけど。

「分かっただろ。僕の言っている事は、妄想でも何でもない」

「……信じてはいたつもりですが、実際目にすると何と言うか、困りますね」

 笑えるだろ。

「分かりました。ですが、一つだけ疑問があります」

「なんだよ?」

「……どうして、先輩は私に死ねと言ったのですか?」

 あー、言ったかもしれない。が、ちょっと違う。別に死んで欲しくはない。むしろ生きて欲しいぐらいである。

「何も七篠に死んでもらおうだなんて思っちゃいない。お前を巻き込むのは最終手段だ。つまりだな、要は僕のチャレンジに協力してくれって事だよ」

「……具体的に、私は何をすれば良いんですか?」

「死ななければ良い。それだけで充分。他には何もいらないよ」

「抽象的過ぎます。だから、私は何をすれば死なないんですか?」

 そんなの僕だって知りたいよ。

「まあ、変な気は起こさずに大人しくしていてくれれば」

 鉄砲玉よろしく突っ込んでいくんだもんな。黙ってりゃ何もされないってのに。

「……大人しく、ですか」

 考え込む七篠。なんだよ、変な事言ったか。

「矛盾してますね。手遅れですよ」

「どういう意味だよ?」

「……ここでテロリストから隠れているのは大人しい行為に値するのですか? しないでしょう。敵対行為とみなされても仕方ないのでは」

 そういや、そのせいで僕は殺されてしまったんだっけ。

「今更言われてもなあ」

「……他人事みたいに。もっと早く、朝に私と出会った時にでも伝えてくれれば考える時間はあった筈ですよ」

 だって恥ずかしかったんだもん。過ぎた事を言っても仕方ないじゃないか。

「……ここから逃げられないんですか?」

「無理だな」

 学校からは出られるけど、死からはどうやったって逃げられない。テロリストに対して何らかのアクションを起こさない限り、チャレンジはクリア出来ないのである。

 が、クリア条件は未だ不明。もしかしたら、条件はテロリストに全く関係なくて、もしかしたら、クリアに必要な条件なんてものはないかもしれない。僕のチャレンジはここで最後。五時間目を抜ける事が出来ないまま、無駄な時間を浪費し続ける。

 死んだ方がマシだ。

「……では、テロリストと戦うしかないんですか」

「言う事聞いて大人しくしてるって選択肢もあるぜ」

「もう無理でしょうけどね」

 誰のせいだと思ってんだ考えなし。

「……ですが、ここに隠れているだけでは事態の進展は望めそうにありません」

 正論だ。反論出来ないほど完成された正論と相対した日には反吐の出る気分になれる。

「目的もなしに動いても意味ないだろ」

「……いえ、私には気になる場所があります。先輩に目的がないなら、そこを目指しましょう」

「どこだよ、そりゃ」

「職員室です」

 ……お、おー。

 良いじゃないか、思っていたよりまともで驚いてしまった。

「先生に助けを求めるつもりじゃあないだろうな」

「……まさか。この期に及んで何もしてくれていそうにない大人など、誰が頼るものですか」

 言い方は悪いが、その意見には同意しておこう。

 教師だって、教師である前に人間なのだ。自分の命を投げ打ってまで生徒を助けたいと思える者がどれだけいるか。

 そもそも、教師が生徒を助けなければならない、なんて法律あるのか? 高校は義務教育じゃない。自分の命ぐらい自分で守ってみせるのが義務だろう。

 他者に助けを求める。

 その時点で、もう自分で助かろうとする意志を放棄しているとしか思えない、第一、他人が他人を助けるに値するような価値を持っている人間がこの学校に、この世にいるのか? 倫理や道徳? 銃を見せ付けられればそんな不確かなものは吹き飛ぶだろう。いつだって、目に見えるもの、自分の目で見たものにしか確かなものは存在しない。それだけは確かだ。

「……テロリストは複数の人間が組織単位で行動している。そう考えるのが正道でしょう。しかし、個々人が自らの思考だけで行動をしているとは思えません」

「ああ、それじゃ組織にならない。ただの、獣の群れだ」

 組織である以上、意志は一つでなければならない。統一のされていないものは組織と呼べない。自分自身を駒だと思っている者がいてはならない。一人一人が組織を構成する、平等で対等なのだ。

 しかし、指示を出す人間は存在するだろう。どうしたって、一人で見られる景色、聞こえる音、動ける範囲、感じられる事には限界がある。物事を上から見る事が出来て、尚且つ他者に指示を飛ばせる人間が――言うなればリーダーが――必要になる。

「……期待はしていません。先生方の安否や救援はともかく、リーダー格の人間の居場所、そもそも、そんな人物がいるかどうかを把握したいですね」

「だからこその職員室か。まあ、テロリストからすりゃ、子供よりも先に大人をどうにかしたいだろうからね。邪魔者を排除してようやく行動出来るって感じか」

「指示を出すにしてもやはり職員室が便利なのでは。電話もありますし、校内でのある程度のシステムを掌握出来るでしょう。単純に、他の教室よりも広いし物も揃っていますから」

 七篠の言葉に頷く。

 しかし、冷静じゃないか。彼女がテロリスト襲撃に際して成し得た事と言えば走って死ぬだけだったからなあ。こういう風に何かを考える事が出来たとは思いもよらなんだ。

「……私が冷静でいられるのは先輩のお陰ですよ」

「僕の?」

「先輩から話を聞いたお陰で身構える事が出来た、というのもありますが、先輩の前で必要以上に怯えたくないというのが大きいんですよ」

 さっぱり分からないのだけど。

「……分かりませんか? 好ましく思っている人の前で格好悪いところは見せたくないんですよ」

「好ましい? お前が、僕の事を?」

「……勿論、恋愛感情ではありませんので。あしからず」

 別に悪くないんだけど。むしろこの状況下で告白される方が困る。

「そりゃ結構。んじゃ、行こう」

「……動く前に、一つだけ確認させてください。先輩、携帯電話は持っていませんよね」

「お前こそ持ってないよな」

 分かり切った事。だから、お互いに確認。

「……ずさんですね」

「何が?」

「テロリストのやり方が、です。悲惨なのは先輩です」

 僕は一言も悲惨などと口にしていない。

「……私たちは携帯電話を持っていませんが、高校生にもなって携帯電話を持っていないという事は考えられないでしょう」

 七篠、それ自虐だからな。

 僕が何を言いたいのかに気付いたらしく、彼女は咳払いを一つ放った。

「……私がケータイを持っていないのには深い理由があるのです」

 言ってみろ。

「そもそも、ケータイの利点とは離れたところからでも、電波さえ通っているならどこからでも連絡が出来る事にあります。連絡。誰と連絡を取り合うのか。家族、友人、会社の人間、あるいは恋人」

「ふむ」

「では、それらに該当する人物がいない場合は? そう、誰とも連絡を取らなくても良い場合は?」

「聞いているこっちが既に悲しくなっているのだけど、そういった場合、往々にして携帯は無用の長物と化すだろうね」

 七篠は拳を握り締める。

「その通りです。邪魔です。持ち運べるから何だと言うんです。どうせなら最初から何も持たずにいた方が動きやすい。遥かに快適、何物にも縛られない分、圧倒的に自由なのです」

 熱の篭った力説ありがとう。

「つまり?」

「……うるさいです」

「素直に友達がいないって言えよ」

 長々と言い訳したせいか、痛々しいぞ。お前も、僕も。

「まあ、言いたい事は分かるよ。外部との連絡手段を携帯している以上、誰かが助けを呼んでいるんじゃないかって話だろ?」

 確かに、気にはなっていた。テロリストの数は無限じゃない。生徒の方が多いのだから、監視の目が届かない箇所もあるだろう。事実、僕たちみたいなイレギュラーがいるのだ。他にも、僕たち以外の何人かがテロリストの目から逃れている。そんな可能性をどうして捨て切れる。警察を呼ばれでもしたら、ああ、お粗末な話だ。

「……それだけではありません。ここが陸の孤島でないのなら、綻びは必ず生じます。内部から。外部から。生徒たちを長時間拘束するのは不可能でしょう」

 帰りの遅い子供がいたら、心配した家族は動く。しかも、この学校は人里離れた山の上にあるんじゃない。住宅街の近くに位置している。通行人が異変に気付かないとも限らない。日常を象徴するような平和な学校から、銃声だなんてふざけた音が聞こえれば、生徒が大声で泣き叫べば。テロリストが学校にやってくる。派手派手しく、馬鹿馬鹿しい。無音で済む筈がないのだ。ふとした事で、完璧な閉鎖空間は瓦解するだろう。

「持って今晩。良くて一日ってところか。確かに、ずさんだ。僕たちみたいな子供に粗を探されるぐらいには、間が抜けてるな」

「……しかし、この段階では流石に誰も事を起こせないでしょうね。良くも悪くも、私たちは高校生。まだ十代の未成年。未成熟な人間なのですから」

「成人式を迎えてる三年生がいたりしてな」

「茶化さないでください。怒りますよ」

 冗談の通じない奴だな。もしくはこんな時に冗談を言える僕こそが冗談なのかも。

「……楽しい楽しい昼休みを終え、お腹いっぱいになって弛緩しきったところにテロリスト。誰が行動を起こせるでしょう。銃を突き付けられて、これみよがしに見せ付けられて、誰が助けを呼べるでしょうか」

 ま、無理か。と言うか、そんなん高校生じゃなくたって無理だろうな。出来る事と言えば、顔を伏せて目を瞑って信じてもいなかった神様に祈りを捧げるだけだ。しかも、その祈りは届かない。届いたとして、僕にはげらげらと笑う死神しか想像出来ない。

「……ここは日本です。表沙汰にはならない、狂気の沙汰と呼べる事件も起こります。まあ、そんな状況に置かれている私が言っても何の慰めにもなりませんけど。だから、平和な国とは言い切りません。それでも治安に関してはまだマシな方でしょう。三分で帰ってしまう巨人も、バイクに跨るバッタ仮面も実際には存在しない国ですが、銃社会ではないのです」

 巨大なロボットも白い天使も存在しない。正義の味方は現れない。当然だ、彼らに相応しい巨悪が存在しないのだから。僕たちの街を壊されてたまるものか。

「……この国で、銃なんか抜いてご覧なさい。ドラマやアニメでそれを見たから何だと言うのでしょう。本物を目にしたら恐怖で凝り固まるに決まっています。取るに足らない海千山千の高校の、一山幾らの高校生に何が出来ると言いたいのか、何をどうすれば良いのかを聞きたいところです」

 海千山千は取るに足らないって意味じゃないんだけどな。千が付いてたらそれっぽいって感じで使ってるんだな、こいつは。笑止千万。

「ご高説痛み入るよ。で、何が言いたいんだ?」

 今回はやけに喋るじゃないかよ。

「銃はとてもとても恐ろしい。撃たれたら死ぬから撃たれたくない。死にたくないから動かない」

 要領を得ないし時間の無駄なので、話を切り上げる意味で僕は乗っかっていた七篠を振り払って立ち上がる。

「のわっ」

 階段を下りようとしたところでバランスを崩して、つんのめった。

「……つまりです」

 ズボンのベルトを引っ張られている。

「腰が抜けて動きません」

 なるほど。七篠は恐くなると口数が増える種類の人間らしい。犯罪者の器じゃないな、良かった良かった。

「そりゃ動かないんじゃなくて動けないんだよ」

「……ああ、そういう捉え方もあるんですね。勉強になりましたよ、先輩」

 口調こそ冷静で、声は震えていなかったが、彼女の手は半端じゃなく震えている。僕のズボンをずり落とすなよ。

 しかし、何だ。僕も初めて死んだ時にはこんな風に震えていたのだろうか。



 目的は決まった。目的地も決まった。

 目的は学校にいる筈の、もしくはいたであろう教職員の安否を確認する事。目的地は職員室。

 僕のクラスから体育館までのルートは既知なのだけど、ここから職員室までは未知である。テロリストがどこにいるのかはさっぱり。運に任せて進むしかない。

「……いませんね」

 先頭は七篠。身体的な能力にかけては彼女の方が僕よりも優れていると、お互いが判断したからだ。

 とは言ったものの、七篠に絶対的な信頼を寄せている訳ではない。

 僕らはただの高校生なのだ。周囲の気配を探れたり、三百六十度に視界を張り巡らせられる筈もない。特別な力なんて持ち合わせてはいないから、ばれる時はあっけなくばれる。くたばる時は簡単にくたばる。天の神様はそっけない。常に、死神はへらへらとこちらを手招きしているのだ。その事を忘れてはならないだろう。

 職員室は西棟一階。反対側の棟に位置している。四階から三階へ。三階から二階へ。足音が聞こえたら戻ったり、人影を見掛けたらトイレに隠れたり(女子トイレには流石に抵抗を覚えた)しながらも、少しずつ進んでいった。

 五時間目が始まってから既に三十分が経過している。このままではまた何も出来ずに死んでしまうのだが、焦ったところで時計の針は戻せない。戻したところで失った時間は返らない。それこそ時間の無駄ってものだろう。一歩ずつでも良い。新しい展開に期待してへまはしないように心掛ける。

「……着きました」

 七篠が安堵の息、らしきものを吐き出す。まだ早いんじゃないか? 職員室までは距離がある。長い廊下をあと半分も行かなくちゃならない。

 そして。やっぱりいるよな、見張り番が。

「馬が一人、か」

 僕たちは階段を下りきり、物陰にいる。向こう側の廊下には銃を持ったテロリスト。更に、職員室へ行くには玄関を通らなければならない。そこには牛のマスクマン。

「……曲がり角の先にもまだいそうですね」

「良くて二人。悪けりゃ……ああ、考えたくもない」

 馬鹿正直に突っ込む? 幾らなんでも分が悪いな。だからと言って別のルートを探すのは難しいだろう。外から回るか……? いや、駄目だ。ここからじゃ戻る事しか出来ない。他のルートを行けば無防備に姿を晒す事になる。見つかればそこでおしまいなんだ。

「……先輩」

 分かってる。動かなきゃいけないよな。ここだって安全地帯じゃない。今にだってテロリストが来ないとも限らないんだ。

 おまけに時間制限まであるときている。さっさとしなきゃ、五時間目終了の鐘が鳴って何かが起きてしまう。まだ、二時二十分の壁を越えていないんだ。下手すりゃ隕石が降ってきてもおかしくないんだから。

 だけど、何か上手い方法があるのか? 死ぬ訳にはいかないし――。

 ――死ぬ、訳には?

 今、どうして僕はそう思った。別に死んでも良いじゃないか。今回得た情報を次回に持ち越せるんだぞ。むしろ、ここで何もしないで死ぬ方が問題だ。

「……先輩?」

 あ。ああ、そうか。そうなのか。僕はこの期に及んで、ここまで来て、七篠を生かそうと考えていたんだ。生かす必要なんかどこにある。今回の彼女はチャレンジについてとっくに理解している。

 つまり、チャンスなんだ。

 躊躇するんじゃない。七篠を巻き込むってのが当初の、今回の目的だったじゃないか。

「七篠」

 躊躇するな。

「……なんでしょう?」

 後悔するな。

「僕と一緒に死んでくれるか?」

「ええ、喜んで」

 僕を見て、微笑むな。

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