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テロリスト〈6〉

「………………」

「ん」

 僕の横に、背の低い誰かが立った。

「……今朝は早いんですね、先輩」

「まあね」

 来たな、七篠。

 さあ、言うぞ。言うんだ、生き返りチャレンジや死後の世界や死神さんについて存分に語るんだ僕!

「昨日、何食べた?」

「……覚えていません」

「ああ、そう言えば僕も覚えていないな」

 見事にぐだぐだ。無理、言える訳がない。いや、前にテロリスト云々を七篠に尋ねた事があったけど、それは冗談半分だったからで。

「……あの、晩ご飯の話題が何か?」

「いや?」

 何も関係はない。意味もない。ついでに言えば何もない。何一つない。

「先輩が訳の分からない事を言うのは珍しくありませんが、妙に歯切れが悪いですね」

「そうかな。ああ、そういや足の調子はどう? 痛んだりしないか? 折れたりしてないか?」

「……まるで心配しているような口ぶりですね。先輩、何か変わったものを食べましたか」

 疑問じゃなくて断定しやがったぞこいつ。

 いや、おかしなものならこの後食べる破目になるんだろうけどさ。

「なんでもない。僕にだってそんな時もあるさ、なんせ多感な十代だからね。悩みの一つや二つ持ってるってのは、ちょっとしたステータスじゃないか」

「……先輩に悩み?」

 うーん? どうしてそこで首を傾げるんだ?

「先輩は悩む事を知らなさそうな人ではないですか」

「それじゃ僕が馬鹿みたいじゃないか」

「そうではなく、先輩なら悩む前に問題を解決しそうだと思ったからです。誉め言葉ですよ」

 七篠の言葉からは不思議と悪意を感じてしまう。

「……ああ、信号が変わりましたね」

 彼女はそう言うと、信号を渡り始めた。

 僕は、その後を追い掛けていく。



 靴箱は一年生と二年生で場所が違う。七篠と別れた僕は舞子さんを待って、一緒に教室へ向かった。

「ねえ、舞子さん。君は、死んだ人間はどうなると思う?」

 舞子さんは小首を傾げた後(一々動作が可愛い)、不思議そうに僕を見つめる。

「死んじゃったら? うーん、あはは、私には難しい話かも」

「ああ、確かにそうだよね。ごめんごめん、つまらない話だったよ、忘れて」

「君はどう思うの?」

 死んだらどうなるかを、僕に聞くというのか。言えと言うのか。それはまた、何とも残酷で、それでいて滑稽だな。

「そう、だね。多分、何にもないんじゃないかな」

「何にも?」

 階段を上りながら頷く。

「死んだらそこでおしまい。天国とか地獄なんて言うけどさ、そんなものはないと思うよ。だから、死んだらそこでおしまい」

 少なくとも、死ぬまではそう思っていた。

「あは、確かにそうかもね」

 そう言って笑う舞子さんの表情が、どこかぎこちなく見えたのは気のせいだったろうか。



 ボールを避け、一時間目が始まる。

「明石さん、君は、死んだ人はどうなると思う?」

「……はあ?」

 我ながら間の抜けた質問だった。

「いや、ごめん、やっぱり忘れて……」

「髪の長い死神」

 はい?

「真っ白で、他には何もない世界。冴えない男の子。私が死んだら、そこでそいつらと出会うのよ。きっとね」

「……それは良いね。退屈しなさそうだ」

「私は退屈よ。頭の悪い連中に囲まれて、嫌になるわ」

 言葉とは裏腹に、明石さんは笑っている。

 なら僕は、精々彼女を退屈させないよう努めるとしよう。

 正直に言って、明石さんには助けられている部分があるのだから。

 僕一人じゃ限界がある。ガタがくる。チャレンジを切り抜けるとか、そういった部分じゃない。自分で思っていたよりも、僕という生き物は、人間という存在は寂しがり屋なのだった。一人だけじゃ、気が遠くなる、気が狂いそうになる。世界との、先の見えない意地の張り合いは辛い。

 負担を誰かと分かち合うってのは、想像していたよりも楽で、楽しい。

 ごめんよ、明石つみきさん。

 本来なら君はこんな目に遭わずに済んだのに。誰からも尊敬され、好意を抱かれ、一目を置かれる委員長でいられたのに。こんな、馬鹿げた事に付き合わせてしまっている。辛い思いをさせてしまっている。

 本当なら、ポイントを譲らなくても良かった。チャレンジに巻き込まなかったら、この明石つみきは死んでしまうのだろうけど、一度だけで済んだ筈。そこから先はまた別の明石つみきがここにいたんだ。

 僕が、人恋しさに背中を押されてしまったから。

 甘えてしまった。弱くなってしまった。

 人との付き合いを避けておきながら、あるまじき失態である。僕と明石さん、双方にとっての汚点と言っても、黒歴史と呼んでも差し支えないだろう。

 だから、ごめんなさい。

 そして、ごめんなさい。

 僕はまた、全てを分かっていながらも、また一人、自分の為だけに七篠をも巻き込もうとしている。

「恨んでくれても良いのに」

「は? 何か言った?」

「……辛いね、って」

 明石さんは不思議そうに僕を見つめた後、実に楽しそうに、酷くおかしそうに口元を歪めた。

「あんたの弱音は初めて聞いたかも」

「僕だって人間だからね。弱音ぐらい吐くさ」

「ま、何とかなるんじゃないの」

 根拠のない自信だなあ。死神さんの影響を受け過ぎじゃないのか。

「そうでもないわよ? 自信ならあるわ」

「へえ、どうして?」

 指を向けられる。周りからは見えない程度に、ちょこんとだけ角度を曲げた人差し指。

「あんたと」

 明石さんは次に、その指を自分自身に向けた。

「私。ついでに言うなら死神も。三人もいるんだから、何とかなるわよ」

 ――ああ。

 ああ、やっぱり僕は、自分で思っているよりも誰かに助けられている。この気持ちは、意外と悪くない。心の底から、そう思えた。



 四時間目が終わったと同時に、僕は教室を出た。

 廊下にはまだ誰もいない。僕と、彼女、以外は。

「また会ったな」

「……あ、先輩」

 いつもなら声を掛けられるのは僕だった。今回は七篠にも驚く側に回ってもらう。

「……授業はもう終わったんですか?」

「うん。そっちも早かったんだな」

「家庭科だったので」

 そっかそっか。よしよし、それじゃあ今からくだらない話をしよう。

「昼ご飯、まだだよな? 一緒に食べる奴がいないなら、僕と食堂に行こうぜ」

「……残念ですが、私には友人が百人いますから」

「嘘吐け。お前と僕とで違うのは性別ぐらいのもんだろ。僕に友達がいないって事は、そのままお前にも友達がいないって事に繋がるんだよ」

「自虐ですか? ですが、違うのは性別だけではありませんよ。年齢も、足の速さも違います」

 細かい奴だなあ。

「……それと、私はれっきとした人間ですから」

「まるで僕が人間じゃないとでも言いたげな口ぶりだな」

「人間、だったんですか? てっきり先輩は出来の良いロボットだとばかり」

 失礼過ぎる。誰がロボだよ、誰が。

「ま、違うと言えば確かに僕の方が勉強は出来るもんな」

 七篠は表情を変えずに眉だけを僅かに吊り上げる。

「……私の成績を知らないくせに、よくも言えたものですね」

「どうせ中学の時と変わりないだろ?」

 良いのは体育だけ。後は赤点ぎりぎりってところだろうな。

「……先輩、人間は成長する生き物です。聞いて驚かないでください、私の通信簿は、オール五です」

「と言うかだな、一学期も終わってないのに通知表が返ってくる訳ないだろ」

 一年生だから、まだ高校で一回も成績を確認した事がないだろうに。通信簿だとかオール五だとか、全体的に頭の悪そうな発言だよな。幼さが抜け切れていない。

 こいつ、口調や言葉こそ皮肉を操る頭良さそうクールキャラなんだけど(恐らく本人はそう意識している)、どこか詰めが甘い。

「……先程の発言は取り消します。実は先生に聞いたんです」

 その先生とやらを連れてこい。

「まあ、これ以上いじめるのは可哀相だな。喋ってたらお腹減ったし、学食に行こう」

「……行きません。どうぞお一人で」

 うわ、一丁前に拗ねてやがる。

「良いから行こうよ。おごってやるから」

「知らない人に付いていくのも、知らない人からお金をもらうのも駄目だと教わりました」

「小学校上がる前から面倒見てやったお兄さんに向かってそりゃないだろ」

 しかも、それを教えたのは僕だ。

 七篠の両親は僕の親よりも仕事が忙しく、大抵の事は全部僕が教えてやっていたのである。たまに嘘を交えて。

「……頼んでいません」

「お前んとこのおばさんに頼まれたんだよ」

「知りません。恩着せがましく言わないでください」

 この仕打ち。昔はもうちょっと扱いやすい奴だったのに。

「日替わり、一緒に食べようぜ」

「……食べたくありません」

「僕を誰だと思ってるんだよ。お前の事ならお見通しなんだぜ。兄ちゃんの言う事に、妹は従うもんだろ」

 ちょっと格好付け過ぎてしまっただろうか。兄なんて言ったが、大した事はしていないのに。

 でも、僕の杞憂をよそに、七篠は笑ってくれる。いつか見た、屈託のない笑顔で。

「……仕方ありませんね、お兄、ちゃん?」

 少し、悪戯っぽくはあったのだが。



 渋々ではあったが、七篠は僕に付いてきてくれた。

 嫌々ながらではあったが、いつも通りに僕が席を取り、彼女がトレイを持ってくる。

 さあ、下らない話をしようじゃないか。

「……先輩にしては気が利いていますね」

 対面に座った七篠は、ふぅと息を吐く。

「なあ、人間ってさ、死んだらどうなると思う?」

 予想通り、冷たい視線が僕を貫いた。これでもかと、ぐさぐさと。

「……どうもならないんじゃないんですか。死んだら、骨と灰になるだけでしょう」

「お前らしいな」

 やっぱり、七篠は僕と良く似てるな。

「死んでしまえば、少なくともその人は終わりでしょう。それとも、先輩は自分が死んでも誰かの心にさえ残れば良いんだ、とでも言いたいのですか?」

 言わねえよ。大体だな、僕が死んでも悲しむのは両親ぐらいのもんなんだよ。ノー人付き合い、ノーモア人付き合いここに極まれり。

「……私は悲しみますよ」

「へえ、お前が僕の死を悼んでくれるってのか?」

「ええ。ですが、その時が来れば先輩を嘲笑って送り出しましょう」

「せめて普通に笑えよ!」

 僕の死を痛め付けてんじゃない!

「……単純に、話相手がいなくなりますしね」

 悲しい。

 ここで悲しいのは僕が死ぬ事でも、死んでも誰も悲しんでくれないのでも、誰の心にも残らない事を想像したのでもない。

 七篠が、悲しいのだ。僕が死んだら話相手が減るのではない。いなくなるのである。完全に、完璧に、余すところなく、遍く、そりゃもう零に。皆無で、絶無。

 つーか、さっきは友達百人いるって嘯いてた奴の発言とは思えない。詰めが甘い。僕を罵り蔑み嘲笑うつもりなら、明石さんの爪の垢でも飲んでみたらどうだ。

「なんつーか、ある意味運命共同体だよな、僕たち」

 もう十代も半ばを過ぎている。今更性格が変わるとは思えないし、人付き合いに関しての能力が乏しい者に、友人に近しい話相手が出来るとも思えない。僕と七篠。どっちかが死んだ時点で、こんなくだらない話も不可能になる。

「……勘違いしないでください。私は先輩に何の感情も抱いていません。そっちが勝手に、私に寄り掛かっているだけでしょう。言わば、先輩は寄生体でしょうか」

「僕はノミじゃない」

「……ダニですか」

 嫌だなあ、ダニの方が。

「ではクラミジア先輩」

「やめてくれっ」

 いっそダニの方がマシだ!

「……格好良いと思いますけどね」

「お前のセンスと品性を疑うよ。どうあっても僕を貶めたいらしいな」

「ところで、先輩はどう思っているんですか?」

「こうしてぎりぎり会話出来ている限りはまだ我慢するけどな、お前が救いようのない馬鹿だったら見捨てている。見ない振りをする、と、思っている」

 七篠は仏頂面になって割り箸を僕に向けた。

「……私の事を聞いているのではありません。死んだらどうなるか、先輩の意見を聞かせてください。そして今の言葉、そっくりそのままお返しします」

「死んだらって、そりゃ……」

 少し前までの――死んでしまうまでの僕ならば、七篠と一言一句同じ言葉を口にしていただろう。天国や地獄などなく、死ねば肉になり、燃やされ、そこで終わりなのだと。

 だが、今は違う。そして、ここは真実を告げるべき場面だ。死神さんの指示通り事を運ぶ。僕らの思惑通りに七篠を引き込む。その、為に。

「死んだら、何もない世界に行くんだよ。天国でも地獄でもなくて、その手前。辺り一面見渡す限り真っ白で、退屈な世界に」

「……は?」

 七篠は掴んでいたコロッケを箸から落とす。

「そこには顔が隠れるくらいに髪の毛を伸ばした女の死神がいるんだ」

「……程度の低い妄想ですね」

「文句なら本人に言ってくれ」

「本人とは?」

「だから、死神に」

 僕だって信じたくなかったよ。だけど、見たからには信じざるを得ないじゃないか。

「……はあ、授業中板書もしないで考えた面白妄想は自分の中だけで収めてくださいね。ああ、でも、もし死神がいるなら、蹴り飛ばしてあげますよ」

 期待してるよ。

「それで先輩、私に話したい事は終わりですか?」

「いや、こっからが本題……」

 なんだけども、どう切り出して良いものか。

「……手短にお願いしますね。私、昼休みは部活のミーティングなんですよ」

 手短に、ね。

「七篠、僕と一緒に死んでくれるか?」



 七篠は部活のミーティングをサボった。ついでに言うならば、五時間目もサボらせる。どうせテロリストが来て授業どころではなくなるのだから、構いやしない。

 結局、僕はあの後、死後の世界の事だけでなく、生き返りチャレンジについても説明したのだ。勿論、色々と伏せておいた情報もあったのだが。

 僕たちは食堂を出て、東校舎の――実験室など、特別教室が集まる側の棟――四階に来ていた。

「おい、どこまで行くんだよ」

 七篠はずんずんと歩きながら答える。

「……誰もいないところです。あんな話、他人に聞かれたらどう思われるか」

「まあ、そりゃそうだよな」

 彼女が僕の話をどこまで信じたのかは分からない。だけど少なくとも、もっと詳しい話を聞く気になっているのは確かだ。

 ふーん。となれば、彼女が向かっているのは屋上手前のスペースだろうな。この時間なら、確かに誰もいないし。

 分かってはいたのだけど、周囲に誰もいないのを確認してから、ゆっくりと階段を上っていく。先を行く七篠が足を上げる度、埃が舞い上がった。

「ここまで来れば大丈夫でしょう」

 息を吐き、七篠は無造作に積み上げられていた机に背を預ける。

「……生き返り、チャレンジでしたっけ」

 僕は無言で頷いた。

「先輩、私は馬鹿じゃありません。勉強は出来ないかもしれませんが、でも、それだけです」

「ああ、知ってる」

「私は、自分の目で見たモノしか信じません。だから、死後の世界も生き返りなんてのも、ましてや死神なんて胡散臭いモノも信じていません」

「ああ、知ってる」

 自分の目で見たものだけを信じる。

 いつだったか、僕が七篠に教えた。こいつはそんな、ちっぽけで、陳腐な信念に縛られている。いつかの、誰かと同じように。

「私が信じているのは、先輩の言葉だからです。他の誰かに聞かされても、一笑に付していたでしょうね」

「僕だったら? 光栄だけど、危ういよ。そんなだからお前は小学校を卒業するまで、五芒星の事をごぼうの星と勘違いしたんだぜ。んな細長い星ねえよ」

「……ですから、先輩の言葉だったからです。仕方ない事とはいえ、あなたの言葉は、実の親のそれよりも重く響くんです」

 あらら。

 でも、七篠の両親よりも、僕の方がこいつの面倒を見ていた時間は長いんだろうな、やっぱり。影響を受ける相手を間違えてしまったな、ふふん。

「まあ、面倒見てやった甲斐があったってもんだな。でもさ、もし、僕が僕じゃなかったら? 今お前の目の前に立っているのが、お前の知っている僕じゃなかったとしたら? 姿が同じなだけで、中身が違うかもしれない。それでも、七篠歩は僕の言う事を信じるってのか?」

「はい」

 間を空けずに答えやがった。

「……と言いますか、先輩は先輩ですから。中身が違っていたら、すぐに気付けます」

「実は僕、着ぐるみだったんだよ。中の人は三人目。僕が死んでも代わりは幾らでもいるんだぜ、工場とかに」

 七篠は寂しげに微笑み、首を振る。

「もしくは物体Xだったりな。遊星から愛をこめてやって来たぜ」

「そのサブタイトルだと抗議が来ちゃいますよ」

「良い話だったんだけどなあ……って、違う。話が反れた。で、どうして僕みたいなちゃらんぽらんで空っぽな奴の言う事を信じられるんだよ?」

「……ですから、先輩だから、です。理由は他にありません」

 理由になってないんじゃないのか、それって。

「でも、今朝は少し驚きました」

「あ、今朝?」

「……先輩がいつにもまして変わったように見えたので」

 その言い方だと、僕が常日頃から変わってる奴だよって言ってんだからな。

「変わったと言うか、成長したと言いますか」

「成長?」

「ええ。男子三日会わざれば活目して見よ。とは言いますが」

「三日じゃ何も変わらないと思うけど。実際一年以上は会ってなかったから、そう思うんだろ」

「……一年、だけですかね」

 意味深に呟く七篠。

「私には、先輩がもうちょっとだけ、ほんの少しだけ、私たちよりも長い時間を過ごしてきたように思えてならないんです。先輩は昔から老けてましたけど……ああ、ですが、それだけではない気がします」

「せめて老成してると言ってくれ」

「……先輩がもしも本当に同じ一日をやり直し続けているのだとしたら、辻褄は合いますね。記憶を引き継ぐのでしたっけ。でしたら繰り返ししている分、少し大人びて見えるの、かな」

 うわ、意外と鋭いなあ、こいつ。

 そう言えば、いつだったかチャレンジで言われた事があったっけ。

 ――変わりましたね。

 って。

 もしかして、彼女はその時から僕の異常に気付いていたのだろうか。

「それもあって、私は先輩の話を信じると言っているんです」

「お前、馬鹿じゃなかったんだな」

「……話をする前に言った筈ですが」

 怒られちゃった。目が怖い。

 しかし、信じる、ねえ。

 重い言葉だ。こうまで他者に連呼されると、肩が凝って吐き気がする。一応、目的は達成出来たのだろうか。どうなんだろうか、死神さん。見ているなら、声を掛けてくれても良いのに。

「足りない、かな」

「……足りない、ですか。では。信じます。信じる。信じる。信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる」

「そっちじゃねえよ!」

 びっくりしたー、いきなり何か唱えてきやがって。呪文か(多分、ニフラムとかその辺りの)? かなり怖かったぞ。

「足りてないのは僕の方だ。まだ、お前の、僕に対する信頼に釣り合う証拠を見せていない」

「……証拠ならもう充分ですが」

 いや、足りてない。もっとこう、客観的と言うか、即物的と言うか、分かりやすいものを見せてやろう。

「七篠、五時間目はサボりな」

「……何故ですか」

「もうすぐテロリストが来るんだよ。つーか、もうそこまで来てるかもしんない」

 昼休みももう終わり。五時間目が始まる。テロリストたちが動き出す。

「僕の話が本当だって証拠を見せてやる。だから、ちょっと静かにしててくれ」

「……分かりました」

 案外、素直だな。

 いや、素直じゃないのは、僕だったのかな。

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