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寄り道〈2〉

 目を開ければ、そこはもう毎度の如く。

「おー、起きたか」

「オハヨウゴザイマス」

 僕は起き上がり、死神さんの顔(と言っても、相変わらず長い髪の毛のせいで確認は出来ないのだが)を見てから真っ白い世界に目を凝らした。相変わらず殺風景なんだけど、妙に落ち着く。悲しいやら嬉しいやら。

「やっと起きたの? あんたって本当愚鈍ね」

「おはよう」

 目覚めてすぐの罵声は辛い。僕はこれ以上何も言われたくないから話題を平和な方向に持っていく。

「気分はどう?」

「あんた、頭大丈夫? ここに来て気分が良くなるとでも思うの?」

「う、思いません」

 話題転換失敗。

「本当に脳味噌詰まってんのかしらね、ここ」

 明石さんは愉しげに目を細めると、僕の頭をぽんぽんと叩く。この上なく馬鹿にされていた。だけど言い返せない。そんな気さえ起こらない。大抵の場合、彼女の方が弁が立つ。こと口喧嘩に掛けては僕に勝てる要素がないからだ。

「ぎゃははは、詰まってねーんじゃねーの?」

 何故笑う。どうして死神さんにまで馬鹿にされなきゃいけないんだ。

「だってお前、オレの言ってた事無視したろ。学習能力のねー奴はマジ駄目だなー。いっぺん死んだ方がいーんじゃねーの? いや、それとも馬鹿につける薬は死ぬまで買えないって奴かー?」

 もう死んでます。しかも混ざってるし。馬鹿につける薬はなくて、馬鹿は死ぬまで治らない、である。馬鹿はあなただ。

「もしかして電車の事を言ってるんですか?」

「そーだよボケっ」

 死神さんはノートを投げ付ける。僕はそれを避けて、地面に落ちているノートを拾い上げた。

「だあっ、返せよ!」

 彼女は僕の手からノートを奪い取る。投げたのはそっちじゃないか。

「その事なら無視はしてませんでした。ただ、試してみたかったんですよ」

「試す?」

「はい。折角時間が進んでくれましたから、色んな選択肢を試してみたくて」

 死神さんは唸りながら腕を組む。

「まあ、それならいーんだけどよ」

「ちょっと待って……」

「どうしたの、明石さん」

「それじゃあ私、帰れないって事?」

 明石さんはこめかみに人差し指を当て、困ったような表情を浮かべていた。

「帰れないってどういう意味?」

「そのまんまの意味よ。電車に乗れないって事は、帰れないって事じゃない」

「……別に電車じゃなければ帰れないって事はないんじゃない? タクシーを使えば良いんだし、遠いとは言っても地続きなんだから。歩けば何とかなるよ」

「はあ!? だったらあんたと――ヤ、何もない。何もないわ」

 いつものスーパー委員長にしては頭の巡りが悪い。そもそも、僕と一緒に乗らなければ済む話である。が、他人事感覚の言葉に明石さんは何故だか顔を赤くしていた。変な事を言った覚えはないんだけどなあ。

「で、お前ら次はどーすんだ? オレとしちゃあテロリストと戦って欲しいところなんだけどよ」

「死ねって言ってるんですか?」

「んな事言ってねーだろ。でもよ、なんかこう、もっと動きが欲しいんだよな。銃でばーんとか、そーゆーのが見たい」

 猟奇的な死神さんは指を銃の形に真似て、僕の方に向けている。鬼か。

「絶対に嫌です」

「へー? だったらまたがっこーから逃げるって訳か」

 逃げるんじゃない。戦略的撤退である。後ろを向いて一目散に走るだけだ。

「はっ、卑怯戦犯なやろーめ」

 不穏な気配。僕は突っ込むのを止めておく。やれやれ。

「そんなに撃てだの戦えだの言うんだったら、死神さんがやってみれば……」

 言い掛けて、慌てて口をつぐんだ。危ない危ない。また死神さんの機嫌を損ねてボコボコにされるところだった。

「成長したじゃん。オレは嬉しいぞ、やる気や向上心の欠片だってなかったお前が……」

「ね、絶対に家に帰らなきゃならないの?」

 僕は死神さんを無視する形で明石さんに話し掛ける。馬鹿みたいに髪の毛の長い馬鹿はまだ何か喋っていた。BGMにもなりゃしない。

「そういう訳じゃないけど」

 ああ、そうか。彼女は服を着替える為に戻ろうとしていたんだっけ。

「だったら、私服を学校に持っていけば良いんじゃないのかな」

「持ってっても良いけど、どこで着替えりゃ良いのよ」

 そりゃ、学校のトイレとか、コンビニのトイレとか、駅のトイレとか。

「トイレばっかりじゃない。嫌よ、トイレで着替えるなんて汚い」

 命が掛かってるっていうのに。着替える場所、ねえ。

「あ」

 思い付いた。そうだ、これなら僕も私服に着替えられる。明石さんもトイレよりは大分マシだろう。

「僕の家で着替えたら良いんじゃない?」

「……はあっ!?」

 何もそんなに驚かなくて良いんじゃないだろうか。その上明石さんは僕から一歩、どころか何歩分も距離を取り、

「何が狙いなの、あんた」

 失礼な事を言い放つ。僕を何だと思っているんだ。

「僕に狙いがあるとしたら、それは生き返りチャレンジの成功だけだよ」

 今の僕には明日しか見えていない。その明日をどうやって生きようとは考えてはいないけれど、何故だろう。僕は最近になって、生きたいと思うようになっていた。分からない。死にたいとも生きたいとも、何とも思っていなかった筈なのに。

「ふうん、本当かしらね」

 これもひとえに、明石さんや死神さんたちのお陰なのかもしれない。彼女らには意思がある。僕とは違う。先へ進もうとする覚悟が、他者を押し退けようとする決意を持っているんだ。僕にはない。流されて、流されている事にも気付かないで時間だけを無為に消費している、僕とは。

 だから、羨ましい。同時に、妬ましい。生きようとするものに憧れて、焦がれて。僕は多分、自分でも気付かない内にそれへ手を伸ばしているんだ。届くどうかも分からない。だけど、眩し過ぎて、羨ましくて、僕もそこに混ざりたいんだ、きっと。

「うん、本当だよ」

「変な事したら、分かってるわよね?」

 知るか。



 時間の流れは変わらない。遅くもならない。早くもならない。常に一定の速度で進んでいるのだ。

 だけど、今日は何だか早く感じてしまうなあ。

 僕は昼ごはんを食べ終わり、部活のミーティングがあるらしい七篠と別れ、玄関に突っ立っていた。明石さんと待ち合わせをしている為、である。

「……ふう」

 今の時間は一時五分前。五時間目開始まで残り三十五分もある。が、今の僕には関係がなかった。何せ今から明石さんと二人で学校を抜け出すのだ。いや、勿論甘酸っぱい展開などには決してならないだろう。何故ならば、僕らは今からテロリストから逃れる為に学校を抜け出すのだ。前回みたいに血と涙が飛散する悲惨な展開にはなろうとも、楽しい事に発展する筈がない。

 正直、生き返りチャレンジを続行する為だとはいえ、僕はまだ学校を途中で抜け出すなんて事を快く思っていない。病気や怪我といった正当な理由もないのに早退するのだ。ルールを破る行為には諸手を挙げて賛成出来ない。だけど、仕方ない。背に腹は代えられないのだ。

 しかし、明石さんやっぱり遅いなあ。それとも、僕が昼食を食べ終わるのが早かっただけなのだろうか。

「待ってないわよね?」

「ん」

 靴箱に背を預けていると、食堂の方から明石さんがやってくる。

「遅かったね」

 僕がそう言うと、明石さんはむっとした顔で僕を睨んだ。

「女の子には色々あるって言ったでしょ」

「そっか、ごめん」

 忘れていた。

「で、今度はどこから抜け出すつもり?」

「そうね、裏口から出ましょう」

 明石さんは靴を履き替えながら事も無げに言い放つ。

「行くわよ」

 僕は見逃さなかった。彼女は薄笑いを浮かべていたのである。多分、リベンジに燃えているんだろうな。



 裏口、と言うよりもそこにはブロック塀しかなかった。

 僕たちは人目に付かないよう慎重に歩を進め、グラウンド側の、部活棟が連なるエリアまでやってきたのである。

「さーて、行くわよ」

「うん」

 また僕が先に上って、明石さんを引っ張り上げなきゃ駄目なのだろうか。

 そう思っていると、彼女は、駆ける。二メートル程度の高さのブロック塀に足を掛け、手を掛けて一息に上り切ったのだ。僕は思わず見蕩れてしまう。前回とはまるで違う、彼女の華々しい動作に。

「……すごいね」

「大した事ないわ」

 陳腐な褒め言葉ではあったけど、明石さんは満更でもない様子だった。

「それより、手、貸しましょうか?」

 結構です。僕も明石さんに続いてブロック塀を上り切る。彼女は僕が上ったと同時に、通学路に飛び降りていた。

「どうしても、僕より先へ行きたいんだね」

 いや、良いんだけど。何だか、なあ。



「で、あんたの家って近いのよね?」

「うん。でも、どうして僕の家を知ってるの?」

「委員長だからに決まってんじゃない」

 言い切られてしまった。まあ、知られて困るって事はないから構わないんだけど。

 裏口から脱出した僕たちは、何だかんだで正門の前の信号を渡っている。これじゃあ意味がない。……それに。

「……拍子抜けかも」

 僕はぼんやりと口を開く。

「抜けてんのはあんただけで充分なんだけど」

「明石さんは気付かないの?」

「きっちりかっちり喋りなさい。で、何よ、私が何に気付いてないって?」

 明石さん目が怖い。

「だから、テロリストだよ」

 彼らは五時間目に事を起こした。昼休みには校内に侵入していたと考えるのが自然だろう。どこからどのように入ってきたのかは知らないが、少し気になっている事がある。

「どうして見張りがいないんだろうね」

 普通、学校の外にも見張りを立てるべきじゃないのか。学校から逃げ出そうとする者を見つけたり、逃走経路の確保なり、警察などの第三者の介入を防いだり。いや、テロリストなんてやった事ないから分からないんだけど。

「そう言われれば、そうかもね。正門は目立っちゃうから仕方ないけど、裏口には誰かがいてもおかしくない、かな」

 こんな簡単に抜け出せちゃっても良いんだろうか。実際、僕はテロリストの一味と出会ってすぐに殺されちゃったし。生徒を殺すのが目的なら、いや、目的が何にしろやはり見張りは必要だ。一体、彼らの狙いはどこにある。

 そんな事を考えていたら、僕は自分の家を通り過ぎていた。

「へー、ここがあんたの家。何よ、普通の一軒家じゃない」

 普通じゃない一軒家とは何か教えてもらいたいところだね。

「段ボールとか空き缶で出来てると思ってた」

「僕を何だと思ってるのさ」

 そんな家じゃ流石に人を招こうとは思えないだろうに。

「あー、私喉乾いたなー。お茶とお菓子が食べたい。あ、良い奴じゃないと駄目ね」

 くっ、これみよがしに。仕方ない、麦茶でも出して黙らせておこう。

「とりあえず、いらっしゃいと言っておくよ」

「お邪魔しまーす」

 今更ながら後悔している。まあ良いや、ようこそ。本来なら招かれざる客人さん。



 明石さんをリビングに通した僕は二階に上がった。制服のままでも良いけど、彼女が着替えたいと言ったのである。他人の着替えを見るつもりもなかったし、お尻を蹴られてリビングから追い出されちゃった僕は今自室で私服に着替えている、という訳だった。

 時計を見ると、短針が一時を指している。お昼休みもそろそろ終わりだろう。

「テロ、か」

 そろそろ、彼らの襲撃も始まる。学校にいる人たちには悪いが、僕だけでも助からせてもらう。……今だけは。明石さんにはまだ言ってないが、僕の目的は生き返りチャレンジを成功させる事だけじゃない。そこにプラスアルファが必要なのだ。

「あ」

 ふと、僕は今着ていたTシャツとジーンズを脱ぎ捨てる。トランクス一枚の情けない格好でたんすの引き出しを開けて、適当なジャージを見つけた。さっきの格好は、死神さんを彷彿とさせてちょっと嫌だったのである。色も似ていたから、まるでペアルックみたいだった。自意識過剰かもしれないけど。



 そろそろ明石さんの着替えも終わった頃だろうと思って一階に下りる。

「入っても良いかな?」

 自分の家のリビングをノックして、入室の許可をもらう事になるとは思ってもみなかった。

「構わないわよ」

 おかしい……。立場が逆になっている。ここは僕の家なのだ。もう一度言ってみる、ここは僕の家なのだ! おお、気分が良い。そうだっ、ここは僕の家なのだ! ココボクノトチ、オマエラデテイケ。自己暗示が僕を強くする。

「ふふふ」

 思わず含み笑い。ちょうど良い、前々から、いや、生き返りチャレンジが始まってからずっと、明石さんの僕に対する傍若無人さには嫌気が差していたのである。一度強気に出てみよう。ガツンと言ってやる。

「明石さん」

 リビングに入ると、彼女は椅子にだらりと腰掛け、紅茶とクッキーを両手に持ってテレビを眺めていた。ザ・寛いでます。

 僕は何も言えない。ちょっと待て、ここは、僕の家なんだ、僕のプライベートスクエアなんだぞ。

「……随分、寛いでいるね」

「そうかしら?」

「そうだよ! テレビを断りもなく見ているのは我慢する。だけど君の座ってる席が僕の席ってのは我慢出来ない。それと、紅茶とクッキーを勝手に嗜まないでくれるかな」

 ウルトラリラックスしてるじゃないか!

「うるさいわね、今ドラマが良いところなのよ。ほら、そろそろヤるわよこいつら」

 曲がりなりにも女の子が放つ台詞とは思えない。

「主人公とその継母みたいね、この二人。あっ、誰か部屋に入ってきた。ありきたりねー、三角関係って奴? 男が二人女が一人、男女男で文字通り嬲られるって訳か」

 最低だなこの人。何がスーパー委員長だ。誰だ、こいつを委員長なんて言った奴は、出てこい。今ここに来たら面白いものを見せてくれる。

『タカシは俺のものだ! この泥棒猫がっ』

「あら、そう展開させるか。でもこれだけじゃ足りない……あ、もう一人来た」

 明石さんはクッキーを噛み砕き、紅茶で流し込んでいた。はしたない。

『タカシ、君は僕を裏切るつもりなのかい?』

「こいつもタカシ狙い……! 新しいわね」

 需要はないだろうけど。しかし、見ていて嬉しくない四角関係である。

『タカシっ、俺様を忘れちゃ困るぜ!』

「うわ、五人目」

 しかも今度はえらく屈強な男だった。肌は浅黒く、筋骨隆々。上半身裸の男たちが所狭しとテレビの画面を占領している。誰が得するんだこれ。

『タカシイイイィ!』

 タカシ人気過ぎだろ。と言うかタカシさん、性癖に問題があり過ぎる。

「ねえ、チャンネル変えてよ」

「ちょい黙って」

『タカシー! タカシー!』

「七人目かー」

 もう良いよ! ドロドロし過ぎだよこんなの!

 僕は繰り広げられる惨劇に絶え切れず電源を切った。今日だけは最新型のテレビを購入した母を呪わせてもらう。すごいきめ細かく映ってて、もうやだ。

「何すんのよ、愚鈍」

「あんなの平日の昼間に流しちゃ駄目だろう」

 子供に悪影響を与えるに決まってる。それと目がメガどころかギガ腐った。

「馬鹿ね。だから子供が学校に行ってる間の、平日の昼間にしか流せないんじゃない」

「病気で休んでる子が見たら悪化しそう」

 弱り目に祟り目だ、あんなの。

「どの層を狙っているのか理解出来ないよ」

「はあ? 決まってんじゃない、主婦層よ」

 明石さんは自信ありげに微笑んだ。

「主婦にはああいう刺激も必要なのよ。日頃の家事で風船みたいに張り詰めたストレスを、こう、ぱんってね」

「爆発しちゃってるじゃないか」

「女ってのはいくつになっても、燃えるような恋を望むものよ」

 主婦でもない十代の君が言う事ではないだろう。

「逐一うるさいわね。あ、紅茶おかわりー」

「あ、うん、わかっ――じゃない! もう、勝手に人の家のものを食べないでよ」

「飲むのは良いのね」

 揚げ足取るな。

「こんなの、泥棒と変わりないじゃないか」

「……そ、悪かったわよ。ごめんなさい。人の家に上がるのって久しぶりだから、ついはしゃいじゃったの」

 明石さんが? 友人は多そうなイメージを抱いてたんだけどなあ。

「友達の定義って曖昧よ。私はただ、学校が終わってまで遊ぶ子がいなかっただけ。遊ぶにしろ、基本的に外へ出掛けるしね」

 ま、高校生にもなっておうちでままごとってのは有り得ないか。

「第一、遊んでる時にまで猫被るのは嫌なのよ。楽しくないし、ふっと素に戻りそうだし、ある意味学校にいる時より気を遣うから」

「ふーん。僕には良く分からないな」

「そりゃそうでしょうね。私だってあんたみたいなノータリンに分かってもらおうとは思っていないわ」

 椅子にふんぞり返る明石さんを見て、僕は苦笑するしかなかった。

「僕の前でも仮面を着けていて欲しいんだけどなあ」

「もう無駄じゃない、正体知られてるんだから」

 だからと言って素を見せ付けなくても良いじゃないか。

「それよりさ、何か私に言う事はない訳?」

 山ほどございます。

「紅茶とクッキーの代金を請求しても良い?」

「小さっ! あんた、んな事言ってたら器が知れるわよ」

 うるさいな。そんなの僕が一番知ってるよ。

「じゃあ、僕の椅子から退いて。それと、どうして明石さんは僕に辛く当たるの?」

「当たってないわよ。これはね、私の愛情表現なの」

 愉しそうに言われては信用出来ない。

「どうでも良いけど、早く僕の椅子から退いてよ」

「……椅子にこだわるわね。何コレ、ここに座ってたら良い事でも起きるのかしら」

「そうじゃなくて、相手が誰であろうと、自分の、自分だけのものだって思ってる空間に入り込まれたら嫌だろ」

 明石さんは仏頂面になっていた。その顔は僕がするべきなのに。

「はっ、あーあー、そうでした。あんたに期待なんかこれっぽっちもしちゃいけないって事を忘れてましたー」

 彼女はわざとらしいくらい、それこそ憎らしいくらいに大仰な所作で椅子から飛び降りる。

 ――ふわり、と。

 その時に、明石さんの着ていた、やけにひらひらした服が揺れたのだ。白いフリルの付いたワンピースと、スカート。う、ん。何と言うか、少女趣味である。似合わな――いや、もし彼女に似合わないなんて事を言ってしまったら、何をされるか分からない。

「明石さん」

「……何よ?」

 あ。別に何も言わなくて良かったのに、僕の馬鹿。

「その服、動き辛くない?」

 ここは言葉を濁しておこう。しかし、彼女は俯くだけであった。

「惜しいんだけどね……」

「えっと、何が?」

「ここまで来たらむしろ口惜しいわ」

 えっと、本当に何が何だか分からない。

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