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食堂〈3〉

 目を開ければ、そこは。

「おー、起きたか」

 僕の傍には死神さんが座っていた。相変わらずの長い髪の毛を地面に垂らし、ノートをパラパラとめくっている。明石さんはまだ、起き上がっていないようだった。

「……僕は」

「死んだよ。覚えてねーのか?」

 いや、覚えている。嫌でも、覚えている。

 僕は撃たれて死んだのだ。羊のマスクを被った男に、銃で。銃で。銃で。笑ってしまいそうになる。

「あれは何だったんでしょうか?」

「さあな、オレには分かんねーよ」

 銃を持った人間が学校にいて、そいつに僕は撃たれてしまって。本当に僕には運がないのか。それとも、おみくじで大凶を引く人間は大吉を引く人間と等しく運が良いのだろうか。

 どうすれば良いんだろう。

 寝過ごした。だから僕は男と出会った。なら、寝過ごさなければ助かったのか? 多分、無理だろう。僕があの校舎の屋上で眠っていなかったにしろ、あの男は校舎に入り込んでいる事になる。生き返りチャレンジが、僕たちが世界を敵に回している以上、必ず、どこかで出会ってしまう。

「今までとは違うパターンですね」

「うーん。何かさあ、まるでテ――」

「――ごほんっ!」

「あ?」

 僕は視線を反らす。

 死神さんは「うぜーなボケ」とか呟いて頭を掻きつつ、ノートに目を落とし続けていた。何か考えていてくれているのだろうか。

「アレだな」

 ノートを閉じると、死神さんは僕の方に顔を向ける。

「アレ、とは?」

「中ボスって奴だな」

「中、ボス?」

 中ボスってなんだ? って言うかどうしてそんなに楽しそうなんですか死神さん。

「いやー、遂に来ちまったな、ボス戦。やっぱり王道だよなー」

 僕は彼女に付いていけない。

「……頭悪そうな話してんじゃないわよ」

 あ、明石さん。

「あう」

 お尻を蹴られた。起きて早々だけど、彼女にはもうちょっと寝ていて欲しかった。

「頭が悪いのは死神さんだけだよ」

「おいこら、ぶっ飛ばすぞてめー」

 ほら、頭悪そう。

「……ねえ」

 僕の横に立ち、じろじろとガンを飛ばしてくるのは明石さん。堂に入ったと言うか、やけに手馴れた感じだったので、僕は彼女ならばと納得した。

「えっと、何、かな?」

「あんたさ、何で死んだの?」

 それは僕も聞きたいところの質問だ。

「あー、こいつは銃で撃たれて死んだんだよ」

「銃? って事は、あんたもやっぱり巻き込まれていたって訳ね」

 やっぱり、巻き込まれて? どういう意味だろう。

「あんた五時間目教室にいなかったでしょ」

「うん。ちょっと眠りが深くって」

 明石さんは僕から顔を離すと、苛々した様子で鼻を鳴らした。

「五時間目が始まってすぐに、教室に変な奴が入ってきたのよ」

「変な奴?」

「おい、オレを見るな」

 ああ、ついつい。僕は死神さんの方を見ないように努める。

「スーツを着た女だったんだけど、何か、変なマスクを被ってて、銃を持ってたのよね」

 それってまさか。

「もしかして、妙にリアルな羊のマスク?」

「そうっ、それよ」

 うわー。これはまずい、実にまずいぞ。

「明石さんたちは何かされたの?」

「別に。ずかずか入ってきて動くなって言われただけよ。相手銃持ってたし、お腹いっぱいで眠かったから二十分ぐらい大人しくしてた」

 絶対眠かっただけだな、この人。

「で、そのテ――」

 明石さんは咳払いをしてから、赤くなっていた顔をぶんぶんと振り回す。

「ん、んー。そ、そしたらこっちに来てたって訳」

「ふ、ふーん」

 危ない危ない。明石さんも僕と同じ事を考えていたとは。

 僕と明石さんが安堵の息を吐いている隙に、死神さんがぬっと顔を覗かせる。

「なーなー、お前らって銃を持った相手に襲われたんだよなー、学校で」

 それがどうかしましたか。

「なんかさー、まるでテロリ――」

「それより私お腹減ったなー」

「ああ、そう言えば親子丼美味しかったの?」

「……おい」

 話に割り込まれた死神さんは不機嫌そうに僕らを睨む。

「お前らオレの話聞けよ」

 言わせてたまるものか。

 僕と明石さんは視線を一瞬交錯させて頷き合った。うん、彼女もやっぱり、僕と同じ事を一度は考えた事のあるタイプの人間だとすぐに分かる。分かって、しまう。

「あのさ、もう良いから向こうに送ってくんない?」

「あー? あんだよ、もう対策が出来たのか?」

 出来てない。

「出来てますよ。だからチャレンジしたいんです」

 したくない。

「へー。ま、テロリストが相手だかんな、頑張れよ」

 あ。

「あああああああっ!」

「おわっ、何だよパッツン、急にでっかい声出すな。寿命が縮んじゃうだろ」

「あ、あ、あ、あんた、私らが言うまいとしてた事を……」

 明石さんは死神さんを指差しながら、反対側の拳を握り締めていた。

「はあ、何言ってんだ?」

 誰しもが、一度は想像した事があるのではないだろうか。退屈な授業中、手持ち無沙汰な休み時間。一度は、考えてみた事があるのではないだろうか。

 そう、もし、もしもだ。もし、学校にテロリストが来たらどうするのか、と。

 僕はもう一度心の中で問い掛ける。一度くらい、考えた事、あるよね? くだらない、つまらない考えだと笑わば笑え。

 でも、考えた事があるのだから仕方ない。しかし、それを口に出すのはおこがましい。いや、恥ずかしい。だからこそ僕と明石さんは黙っていようとしていたのである。

「ふ、ふふ……」

 明石さんは危険な顔で笑っていた。

「テロリスト、ですって、ふふ……」

 まあ、笑いたくなるのも無理はない。まさか、だもんな。

「明石さん、仕方ない。現実を見ようよ」

「あんた、こんな事が現実に起こっただなんて信じられるの?」

 いやー、無理。

「でも、生き返りチャレンジなんてやってる僕らが言える台詞じゃないよね」

 そう言って、自分にも言い聞かせるのだ。こんな、中学生が考えたような妄想で殺されたなんて、僕だって本当は信じたくない。



 信じたくはないが、信じたい事だって僕には今までに、何一つなかった。

 だから、目覚めて最初に目にする殺風景なこの部屋も、銃で撃たれたって感触も、そこにある事なのだと、あった事なのだと割り切るしかない。

 テロリスト? テロリスト(笑)?

 ん、ごほん。良いさ、今までだって何度もデッドエンドを引っくり返してきたんだ。やってやろうじゃないか。



 家を出て、車、とかを避けて信号を待つ。

「………………」

「ん」

 僕の横に、背の低い誰かが立った。予想通り。今まで通り。

「……今朝は早いんですね、先輩」

「まあね」

 七篠は僕に視線を向けず前を見たまま呟く。その視線は自分以外のモノを射抜くような鋭いものに見えて、その実空っぽなのだ。

 さて、今日はどんな話題を振ろうかな。

「あのさ、七篠」

「……何でしょうか」

「もしもの話なんだけど」

「仮定の話は好きではありません」

 む、そう来たか。

「七篠は料理出来る?」

「家庭の話も好きではありません」

 そういやこいつ、料理出来ないんだったっけ。

「じゃあもしもの方の話を聞いてくれよ」

「……分かりました」

「じゃあさ、もし、学校にテロリストが来たらどうする?」

 七篠は予想通りとも言える視線で僕を貫く。

 この人頭おかしいんじゃないの、みたいな感じの視線である。失礼千万な奴め。

「先輩、頭おかしいんじゃないんですか」

「言っちゃったよこいつ!」

 せめて口には出すなよ!

「……ですが、私もその手の妄想をした事がないとは言えません」

「え、そうなの?」

 僕思わず二度見。

「ええ、先輩もした事があるんでしょう?」

「い、いや、べ、別に?」

「……テロリストが現れたら、ですか」

 七篠は僕を無視して何かを考えるかのように顎に指を置いた。

「私なら、大人しくしていますね」

 ああ、何となくそんな気がしていたところである。誰にも逆らわず、波風を立てず。僕らは何よりも争い事を好まないタイプの人間なのだ。ピース万歳。写真に写る時にピースサインする奴にはなりたくないけど。

「隙があれば逃げ出しますけど」

 ああ、足が速いから。

「でもさ、下手に抵抗したら殺されちゃわない?」

「……私には逃げ切る自信があります」

「他の人がとばっちり食っちゃうかもしれないのに?」

「そうかもしれないですね」

 他人に無頓着過ぎる。僕には真似の出来ない行動で、僕の中では有り得ない選択肢だった。

「でも、大人しくするのが一番なんじゃありませんか。特に、先輩にとっては」

「どういう意味だよ?」

「……では失礼します」

 信号が青に変わっていたのに気付き、七篠はさっさと歩いていく。相変わらず足の速い奴だ。



「あは、テロリスト?」

 あは、笑われちゃった。

 玄関で出会った舞子さんにテロリストが現れたらどうするって、そんな噴飯ものの質問を投げ掛けたのだけど、彼女に笑われるのは何故か納得がいかなかった。

「うん、テロリスト。舞子さんだったらどうする?」

 舞子さんは靴箱に運動靴をしまいながら、能天気な笑みを浮かべている。

「んー、あたしだったら隠れとくかなー」

「大人しくしないの?」

「あは、だって怖いもん。銃とか持ってるんだよね? あたしならきゃーとかうきゃーとかわきゃーとか叫んじゃいそう」

 叫びに違いが見られないのは僕が未熟だからだろうか。

 でも、隠れておくってのは良いかもしれない。何も知らなかったとはいえ、前回は僕が下手に出歩いたから起こった喜劇に近しい悲劇なのだから。

「……例えば、どこに隠れる?」

 舞子さんは上靴に履き替え、僕の横に立つ。そのまま、いつものように僕たちは歩き始めた。

「オイスタードッグスに掃除用具入れの中か、トイレじゃないかなー」

 牡蠣と犬?

「掃除用具入れはすぐに見つかっちゃいそうだなあ」

「じゃあやっぱりトイレかな?」

 あ、もしかしてオーソドックスか。

「トイレなら時間は稼げそうだね」

 ただ、告げ口とかされちゃまずそうだけど。

「あは、テロリストが来るって分かってたら家で寝てるんだけどね」

 その手段は使えそうにない。何度試しても、世界が僕に許したであろう唯一と言っても差し支えない選択肢は、学校に来る、という事なのだ。学校へ足を運び、尚且つテロリストから身を守らなければならない。やれやれ。



 教室に着き、ホームルームが始まり、ボールを避けたところで一時間目が始まる。

 明石さんは僕の方に机を寄せ、声を潜めて話し掛けてきた。

「で、どうするつもりよ?」

 議題は勿論、これから起こるであろうテロリストの事である。

「どうするって、どうしよう?」

「……あの、さ。あんたも、その手の事を妄想してたクチよね」

「その手の事って?」

 右手左手どっちの手。

「テロリストが来たらどうしようって想像してたクチの事よ」

 ああ、そのクチね。

「うん、勿論してた」

 だって授業中暇なんだもの。

「だったら、どうやってテロリストを倒すとか考えた事もあるんじゃない?」

「うーん。僕の意見は参考にならないと思うんだけど」

「なんでよ?」

 僕の想像の中の僕は(何だかややこしいなあ)現実世界での僕と何一つ変わらない設定なのである。だから、秘められた力なんて持っていないし並外れた頭も体も持っていない。大抵の場合、目を付けられないようテロリストの指示通りに動いて、たまにドジをして彼らの機嫌を損ねて殺されてしまうのがオチであった。

「妄想の意味ないじゃないの」

「だったら明石さんは頭の中でどんな自分を想像してたのさ?」

 明石さんは押し黙った。

「……関係、ないでしょ」

 沈黙が痛々しい。多分、想像の中での明石さんは空を飛んだり岩を持ち上げたり銃弾を止めたりテロリストをばったばったと薙ぎ倒したりスーパーでウルトラなガールで滅茶苦茶な活躍をしていたんだろうな。

「頭良いんだからもう少しまともな事考えれば良いのに」

「あんたに私の何が分かるってのよ」

 ごめん、君を、と言うか他人を分かるつもりはこの先一生ないよ。分かったつもりになら、なれるんだけど。

「でも、現実に起こっちゃうんだから。もっと建設的な事を考えようよ」

「例えば?」

 まず、戦うか、逃げるか、隠れるかだ。

「じゃあ戦いましょうよ」

 おーい、ここは現実世界だよ明石さん。

「僕に他人と戦える力なんてないよ」

 喧嘩だって口喧嘩だってまともにした事がないんだから。

「私だってそんな力ないわよ。元いじめられっ子を舐めないで欲しいわね」

「それじゃあどうしようもないじゃないか」

「……一人ずつやっちゃえば良いんじゃないの?」

 二対一、か。少しだけ考えてみる。

「無理だよやっぱり。相手は大人だし、武器も持っているんだよ?」

 数の上では有利。しかし、僕たちにはまともな武器もない。戦闘の経験だってない。仮にも学校へ乗り込んでくるテロリストが、僕たちみたいなしがない高校生に不覚を取るとは考えられない。蟻が二匹いたところで、人間には噛み付くのがやっとだろう。

「ふっ、私を甘く見てるわね。喧嘩なら既に三桁を超える数をこなしているのよ」

 お、おお、ちょっと凄い。

「勝った事はないんだけどね」

 それなら僕だって同じようなものだ。何と言っても、僕は無敗の男だからね。

「へえ、そっちの方が凄いじゃない」

「だって喧嘩した事がないんだもん」

 無戦無勝無敗無引分。どうだ、恐れ入ったか。

「やっぱり戦うのは駄目ね。確実な手段を見付けない限り殺されるのがオチよ」

「同感。じゃあ、逃げるってのは?」

「あ、良いわね。じゃあお昼を食べたら学校を抜け出しましょう」

 お昼ごはんは食べちゃうんだ。まあ、良いか。やっぱり三十六計逃げるが勝ちである。真の強者は戦闘を避けるのだと、何かの本で読んだ事があった。強い人が逃げろと言うのだから、弱者の僕たちが逃げてはいけない道理がある筈もない。

「決まりね。じゃ、いつも通り行動して、お昼を食べたら玄関で落ち合いましょう」

「了解」

 うん、これで良い。あとは適当に街か家で時間を潰せば大丈夫。



 三時間目の途中で僕と明石さんは授業を抜け出した。行き先は実験室である。いつも通り中華さんの暴挙を止めるのだ。

「……テロリスト、ですか?」

 で。

 何を血迷ったのか、明石さんはテロリストが現れたらどうするのかを中華さんに尋ねていたのである。切羽詰ってるなあ。

 中華さんは涙を制服の袖で拭きながら、それでも懸命に明石さんの瞳を見つめる。恐らく僕の姿は彼女の眼中に入っていないだろう。

「そ。あんたならどうする?」

 しかし異常な光景である。明石さんと中華さんはこの日この時をもって初めて出会った。初対面の人に、しかも遠慮忌憚のないビンタをかました相手に投げ掛ける質問とは思えない。

「わ、わたし……」

 中華さんはおろおろと視線をせわしなく動かし、目を泳がせていた。無理もない。意味が分からない。それが当然の反応だろう。

「わたし、お姉さまをお守りします……!」

「へ?」

 素っ頓狂な声を上げたのは明石さんだ。僕は声すら出せなかったのである。

「テ、テロリストが何人来ても、わたし、お姉さまをお守りします」

「そ、そう。あ、りがとう」

 明石さんは明らかにうろたえていた。彼女もこの答えには、そもそも答えが返ってくる事自体予想外だったのだろう。

「そ、それでは失礼しますっ」

 中華さんは凄まじい勢いで実験室を飛び出していく。何か、言った者勝ちだなあ人生って。

 僕は机に突っ伏す明石さんを眺めながら、どう声を掛けようか迷っていた。

「ふふ、盾が出来たわ」

「ひっでえ」

 心底外道だなあこの人。



 結局、四時間目が終わるまでに色々と考えてみたのだが、今回はラーメンじゃなくて僕も親子丼を食べたいなあなんて事しか考えられなかった。

 実に平和である。でも舞子さんは試験管を二本も割っていた。



 会う必要はないように感じていたのだが、今までの習慣からか、僕は前回からと変わらず七篠とエンカウントしていた。

「先輩と、同じ日に二度も会うとは思っていませんでした」

 僕もだよ。

「……運命を感じますね。デスティニーじゃなく、フェイトの方ですが」

「ふっ、お前とは戦わざるを得ない定めにあるようだな」

「あの、何を言ってるんですか?」

 二度目のダメージは薄いぜ。良いや、話を進めちゃおう。

「七篠、そのクッキーをくれたら、一緒に食堂へ行ってやっても良い」

「……はい?」

 しまった、飛ばし過ぎた。

「あの、どうしてコレがクッキーって分かったんですか?」

 やばい。怪しまれてる。何か良い言い訳を考えなくちゃ。

「今まで黙っていたんだけど、実は僕には投資能力があるんだよ」

「……それを言うなら透視能力なのでは?」

 うわ、凍死しそうなぐらい冷たい視線。

「先輩、やっぱり……」

「やっぱりって何だよ!」

 僕をどんな目で見てたんだ。

「あ、ごめんなさい、案の定……」

「案の定も予想通りも果たしても期待を裏切らずも全部同じだよっ」

 こいつ、こんなに強かだったっけ?

「……失礼しました。仮にも先輩である人物に向かって」

「仮じゃねえよ」

 本物の先輩だぞ僕は。

 七篠は僅かに微笑み、僕にクッキーの入っている紙袋を差し出す。

「……お腹、壊さないでくださいね」

「壊すようなモノが入ってるのか?」

「では先輩、学食に参りましょうか。つまらないものですけど、何かご馳走しますよ」

 無視された。なるほど、今のが答えと言う訳か。

「学食のおばさんたちに土下座すれば良いよ」

 僕は先を歩く七篠に付いていきながら、もらった紙袋を開ける。うわやっぱり黒い。黒いモノが姿を見せた、見せやがった。とてもじゃないが、初見では食べられるものとは思えないだろう。土下座だけじゃ足りないな。

「いや、やっぱ腹でも割った方が良いんじゃないの?」

「……他人と腹を割ってお話出来ない先輩に言われたくありません」

 美味いもの作れないくせに上手い事言おうとするんじゃない。



「駄目だった」

「駄目でしたね」

 学食は今回も戦場めいていた。学食のカウンター周辺を占拠している飢えたクラスメート達に、僕は今日もあっさりと吹っ飛ばされたのである。

「仕方ない、頼んだぜ七篠」

「……プライドはないんですか、先輩」

 そんなものはもうとっくの昔に犬に食べられちゃったよ。

「僕は今日、親子丼が食べたい」

「仕方ありませんね」

 煩わしそうに髪の毛を手で梳くと、七篠は戦場目掛けて跳んだ。うん、いつ見ても素晴らしい跳躍力である。



 七篠がご飯を持ってくる前に、僕は学食の鍵を閉めていた。テロリストが来るからと言って、ドーベルマン対策を怠る事は許されない。許したら僕死んじゃう。

 鍵を閉め終え席を取った。少しばかり待っていると、七篠がトレイを二つ持って帰ってくる。

「……お待たせしました」

「ありがとう」

「……先輩にしては気が利いていますね」

 七篠は席に座るや否や、不躾にそう言った。

「それぐらい僕だってやるさ」

「見直しました。先輩も一応人間だったんですね」

「どうせ僕は一応人間だし、仮にも先輩だよ」

 ああ、割り箸が綺麗に割れない。

「……まだ根に持っているんですか?」

「僕は義理堅いんだよ」

 嘯きながら親子丼を口に運ぶ。うん、美味しい。明石さんが泣いてまで渇望する気持ちが少し分かった。

 あ、そうだ。お金を渡さなきゃ。

「……お金なら結構です。そう言いませんでした?」

 でも、やっぱり人におごってもらうのは良くない気分である。今回、僕は彼女に対して何もしていないのだから、おごるにしろおごられるにしろ、理由がないと何だか気持ちが悪い。

「私に渡すお金があるなら、そのお金で胃薬でも買った方が懸命ですよ」

 何故だろう。今途轍もなく命を懸けなくてはならない衝動に駆られてしまった。

「そんなにやばいのか、これ?」

 僕は机の上に置いた紙袋を見遣る。既に何回も口にしているのだが、こうまで言われては色々と疑わざるを得ない。

「……さあ、どうなんでしょうか?」

 そ知らぬ顔で良くもまあ。

 ま、テロリストよりは可愛く見えるな。

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