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食堂〈1〉

 四時間目、開始。

 僕と明石さんは前回と同じく、色々と後片付けを終えて、授業で使う為の器具を準備していった。窓が全開になっていたのに驚いていた先生には何も言わず、僕らは中華さんの事をひた隠しにしたのである。

 理由は簡単、やっぱり、面倒だからだ。主に僕が。明石さんも中華さんを庇うと言った手前、先生に告げ口する事もしない。実に好都合である。正義の味方になったつもりじゃないが、皆は何も知らなくて良いと思う。知ったら知ったでうるさそうだし。



 驚くべき事に、四時間目はまたもや何も起こらなかった。

 精々舞子さんがフラスコを割ってしまったぐらいだろう。実験の際、グループに分かれるんだけども、僕の班には明石さんがいたので、彼女に全てを任せていたら終わっていた。



 チャイムの音が心地良い。

 昼休みが、遂に来たのだ。いや、別に待ち望んでいたってほどじゃないんだけど、単純に時間が過ぎていってくれたのが嬉しい。

 四時間目は少し早めに終わってくれた。お昼ご飯を食べる僕らの事(と、恐らく自分の事)を考えてくれた先生のありがたい心遣いである。

 その心遣いに乗っかって、僕は実験室を抜け出した。学食はあまり広くない。常に混雑している。最高学年だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、三年生が我が物顔で学食を占領しているから席を取るのも一苦労なのだ。

 だから、ありがたい。ただでさえ生き返りチャレンジだなんて意味の分からない厄介事に巻き込まれているのだ。ご飯ぐらいはゆっくり食べても罰は当たらないだろう。うんうん、神様もたまには粋な事をしてくれる。

 と言う訳で、僕は廊下を歩いていく。歌は歌わない。

「……あの」

 廊下を曲がった瞬間、背後から声を掛けられた。僕は少しの間立ち止まってしまう。

「ん」

 振り返れば、背の低い女の子がいた。

 七篠、である。彼女はラッピングされた紙袋みたいなものを持って、僕を、いや、恐らくは僕を見ていない。僕の向こう側を見つめているのだろう。

「あー、久しぶり、だよね?」

 生き返りチャレンジでは何度も七篠と顔を合わせたり会話していたのだが、今回は彼女と初対面、と言う事になる。どう声を掛けようか迷って、当たり障りのない掴みを選んだ。

「……そう、ですね」

 七篠は俯いたまま、僕を見ない。怒ってはいないのだろうけど、前回の事が僕の中で尾を引いている。何を、どんな顔で話せば良いのだろうか。

「家庭科、だったの?」

「……良くわかりましたね」

 まあ、こないだそう言われたところだし。

「四時間目がお菓子の調理実習だったんです」

「ああ、そうなんだ。何を作ったの?」

 七篠は袋を抱く手に力を込め、

「……クッキー、みたいなものです」

 窓の外を見ながら呟く。

 クッキー、か。そういえば、お菓子なんて長い間食べていない気がする。その手の嗜好品にはあまり興味がないからなあ。

「あの、先輩」

「え、何?」

「……久しぶり、でしたよね」

「ああ、そうだね」

 さっきも言わなかったっけ。

「……先輩が高校に入ってから、初めて話した気がします」

 いや、気のせいじゃないよ。

「まあ、そうだね」

 会う理由もなかったし、時間も合わなかったし。

「私、陸上部に入ったんです」

「あー、聞いたよ。何だか凄いらしいじゃないか」

 陸上の事なんて良く分からないけど、記録を塗り替える事は凄いとは思える。

「そんな事ないです。たまたま、ですから」

 たまたまで記録塗り替えちゃうんだ。謙遜は美徳とも言うけど、度を超しちゃ自慢になるんじゃないのか。

「……先輩、私の事覚えてたんですね」

「まあ、そりゃあね」

 家族とも関わるのが面倒な、僕の数少ない知り合いだし。

「忘れられたのかなって、思ってました。先輩って、興味のない事はすぐ忘れちゃうから」

 ごめん。ついこないだまで忘れてた。

「……先輩はあまりこういうもの好きじゃなかった、ですよね」

「お菓子? 嫌いじゃないけど、わざわざ買ってまでは食べないかな」

「そう、ですか……」

 あれあれ、もしかして七篠落ち込んでる? やばい、どうしよう。そんなつもりなかったんだけど、悲しませるような事を言っちゃったのかな。何か言わなきゃ。だけど何を言えば良い。そもそも七篠は何が原因でこうなった。うー、あー、たー。

「あ、でも、お菓子自体は嫌いじゃないよ。もらえるものは喜んで食べるし」

「……そうなんですか?」

 僕は頷く。

 やった、どうやら正解を引き当てたみたい。だけど、どうして僕がお菓子を嫌いだったら七篠の気分が沈むんだろう。

「……先輩、良かったらこれ、いりますか?」

 そう言って、七篠はクッキーの入っているであろう紙袋を差し出した。

「って、え、僕?」

「はい、そうです」

 ……有り得ない。

 僕が女の子にクッキーをもらう事が、ではない。その女の子が七篠歩だというのが有り得ないのだ。

「僕、七篠には好かれてないと思ってた」

「……何か、勘違いしていませんか?」

 へ?

「私は先輩の事、別に好きじゃないですよ。ただ、クッキーの処分に困っていただけです」

「……ああ、そういう事」

 急に冷めてしまった。ちょっとテンション上がりそうだったのに。

「こういうもの、あまり好きじゃないんです。でも、折角作ったから捨てるのもどうかと思いまして」

 そういや、こいつはこういう奴だったっけ。

「クラスの男子にやれば良かったじゃないか」

「……中、開けてみてください」

 言われた通り、僕は袋を開ける。んー、砂糖と小麦粉と、何か甘い匂いが……って黒っ!

「クッキー?」

 と言うか、黒い固まりにしか見えない。確かに、クラスメートはこんな癌誘発剤なんて食べたくないだろう。

「……制作現場をばっちり見られていたみたいで」

 誰も食べてくれなかったって訳か。でも僕だって食べたくないぞ。

「もらってくれますか?」

「寿命縮みそう……」

「……意外ですね。先輩は生き死ににも興味がなさそうだからお願いしたんですけど」

 どこまでも失礼な奴め。死にたくないからこそ生き返りチャレンジなんてやってんだぞ。

「あっ」

 と、そんな事を七篠に言ったところで始まらない。僕は固まりを一つ摘み上げて口に運んだ。

「……どうですか?」

 匂いの付いた砂を噛んでるみたい。これが新時代のクッキーなのか。

「美味しくないけど不味くもない」

「不味くないんですか?」

「思ってたより食べられそう」

 望んで食べたくはないけど。

「……では、私も一つ」

 七篠はそ知らぬ顔で袋から黒い固まりを摘み上げる。……さてはこいつ、味見してなかったな。しかも、もごもごと口を動かしていた彼女は、含んでいたモノを窓の外へ吐き捨てた。

「自分でも吐いちゃうような代物を僕に食べさせたのか……」

「……予想より酷い出来でした」

 口の周りをハンカチで拭ってから、七篠は申し訳なさそうに言った。

「これは人間が食べて良いレベルのモノじゃありませんね。例えるなら、アダムとイヴ、禁じられた知識の実、でしょうか」

 そんな良いもんじゃないだろ。自分の失敗作を持ち上げるんじゃない。

「すみませんでした。先輩、捨てちゃっても構いませんよ」

「んー、いや、折角だからもらっておくよ」

「……正気ですか?」

「だって、七篠からもらった初めてのお菓子だもん」

 クッキーの味や形や色……と言うか全てに問題があるような気がするけど、七篠から何かプレゼントされるのは生まれて初めてなのである。

「ちょっと嬉しいかも」

「……大袈裟ですね。ただの残飯処理ですよ」

 有り難みが一気に失せた。

「ですが、少しばかり心苦しいですね」

「何が?」

 七篠はこほんと咳払いしてから、ハンカチをスカートのポケットにしまいこむ。

「……失敗作で喜んでもらった事が、です。あの、もし先輩が良ければなんですけど、お昼ご飯を一緒に食べませんか?」

 お、おお? 願ったり叶ったりな展開じゃないか。そもそも、僕の目的は最初からそれだったのである。

「うん、僕は構わないよ」

 むしろ好都合。

「……では、お昼をご馳走しましょう。とは言っても、学食のメニューになってしまいますが」

「あ、僕が出すよ」

「それではお詫びになりません」

 いやいや、あくまで、僕がおごらなければならないのだ。そうしないと明石さんがうるさいし、何より約束事は破りたくない。

「良いから僕に出させてよ」

「……それでは意味がありません」

 頑固な奴だな。では手を変え、

「一万円札を崩したかったんだよ。そのついでに僕が出しておくから」

「私が両替もやっておきます」

「じゃあ、クッキーのお返しって事で」

 品を変えてみよう。

「……こんな失敗作にお代を出す必要はありません」

「僕はクッキーじゃなくて、七篠の心意気を買うんだよ」

 それでも七篠は納得しない。早くしないと四時間目が終わって、いつも通りの学食戦争に巻き込まれちゃう。

「じゃあ、もう良いよ。僕は七篠とご飯食べないから」

「……子供ですね」

「それじゃあ、また今度な」

 七篠は溜め息を吐いて、歩き出した僕の横に並ぶ。

「……仕方ないですね。今日のところは先輩にご馳走してもらいましょう」

「ああ、助かるよ」

 良かった。子供だなんて言われてしまったけど、これで約束は果たせそう。しかし、何というか本当僕も七篠も頑固である。似たもの同士、なのかな。



 予想以上に学食は混雑していた。四時間目を早目に終わらせてもらった僕たちがもたもたしていたのにも問題はある。

 今、学食には授業をフライングしてやってきたであろう人たち、それと、ついさっき四時間目を終えたばかりの、僕のクラスメートたちが食堂のおばさんを求めてひしめき合っていた。

「……私のクラスの人たちも来てるみたいですね」

 この場所を戦地下だと言っても、僕は信じてしまうだろう。紛れもない、ここは地獄だ。

「やっぱり帰ろうか」

「……ご飯はどうするんですか?」

 うーん。お腹は減るだろうけど、僕は一食どころか一日まともに食べなくても平気なのだ。あんな人混みに入るくらいなら、我慢した方がマシかもしれない。

「……駄目です。体に悪いですよ」

 あそこに行った方が体に悪そう。僕みたいなのが乱入したら怪我の一つや二つじゃ済まないぞ。僕が。

「では、お金を渡してもらえますか?」

「なんで?」

「……私が行ってきます」

 七篠が? 僕よりも小さいのに、そんなの危なくないか?

「平気です。私より、先輩を行かせた方が危険だと思いますけど」

「言ったな?」

 あまり僕を舐めない方が良い。僕をコケに出来るのは明石さんレベルの人間だけなのだ。それに、伊達に生き返りチャレンジを二百回も(クリアはしてないけど)体験していない。

「七篠、何が食べたいんだ?」

「……では、日替わり定食を」

 ふっ、かしこまった。

 僕は肉離れを起こさないよう屈伸を繰り返し、財布をズボンのポケットから取り出す。レディー、ゴー!

 おりゃー! → うわー!

 肉の壁に跳ね返され、僕はいとも簡単に床を転がった。

「……大丈夫ですか?」

「安心しろ、骨は折れてない」

 七篠は僕を見下し(見下ろしではない)、小さく息を漏らす。

「先輩は何が食べたいんですか?」

「分かんない。適当に買ってきてくれないかな」

「……分かりました」

 七篠は相変わらず表情を変えないままである。

 小柄とはいえ、男の僕がこの有様なのだ。可愛げのない無味乾燥チックな七篠とはいえ、女の子をあそこに行かせても良いのかどうか迷ったが、彼女は僕の心配など気にした様子もなく戦場に向かった。

「え?」

 と言うか、跳んだ。

 七篠の不揃いな髪とプリーツスカートが宙を舞う。

 彼女の跳躍に気付いた群衆からも驚愕の声と、嬉しそうな太い声。……スカート完全にめくれてるもんなあ。角度によってはパンツが飛んでるようにしか見えないだろう。

 が、七篠はそんな事にはお構いなしに、微妙に開いていた空間に着地する。その瞬間から、背の低い彼女の姿は見えなくなった。



 五分と経たない内に七篠は帰還した。人垣が割れ、まるでモーセみたい。彼女はファミリーレストランのウェイトレスよろしくトレイを二つ掌に乗せている。

「お前は源義経か」

「……せめて静御前にしてください。それより、はい、先輩の分です」

 差し出されたトレイを受け取り、僕は空いている席に座る。

「先に席を取っておいてくれれば良かったのに」

 あー、気が付かなかった。いや、でもお前のせいでもあるんだぞ。

「しかし、凄いジャンプ力だな」

 七篠は対面に座り、表情を崩さないまま割り箸を綺麗に、二つに割る。

「……そうですか? あんなの陸上部なら誰でも出来ると思いますけど」

 キワモノ揃い過ぎだろ陸上部。

「運動神経あるんだなー、ちょっと羨ましい」

「……はあ、そうですか。あ、先輩、早く食べないと伸びちゃいますよ」

 言われてトレイを見れば、ラーメンとチャーハンが湯気を立てている。おー、美味しそう。

「それじゃあ、いただきます」

 そういや、中華さんを見た時から何故かラーメンを食べたいと思っていたんだよね。丁度良いや。

 僕は机に置かれている割り箸を手に取り、

「先輩っ!」

「がふっ!」

「へ?」

 首筋を何かに噛まれた。

 何が起こったのか分からないまま、僕は強い力に引っ張られて椅子から転がり落ちる。

「いやあああっ!」

「うわあっ、なんだなんだ!?」

 耳元に荒い息が吹き掛けられ、腐った魚みたいな臭いが鼻孔をツンと刺した。やけに熱いと思ったら、首から血が流れている。熱い。痛い。正体不明の何かにうつ伏せにされて抵抗すら出来ないままに僕は呻いた。

「先輩っ」

 まずい。意識が……。

「がふっ、かふ!」

 うるさい。纏わり付くな。僕はラーメンを食べるんだ。

「ちょ、ちょっと君?」

 何かを引きずったまま、僕は椅子を立て直してそこに座る。割り箸は床に転がっていたから、新しい箸を手に取った。割ろうとしたけど力が入らない。悪戦苦闘していたら、もう一度首元に何かを突き立てられる。

 あ、あ。

 僕が、最期に、見たのは……



「親子どおぉぉぉぉぉおん!」

「らあぁぁぁめえぇぇぇん!」

 死後の世界には、僕と明石さんの叫びがこだましていた。

 明石さんは地面を何度も殴り、悔し涙を流している。僕だって悔しい。

 くそっ、くそっ、くそっ! 後少し、ほんの少し手を伸ばしていればっ!

「うあああああん!」

「僕にもっと力があれば!」

 崩れ落ちる僕ら。

「うっせーんだけどお前ら」

 死神さんがしかめっ面をしながらやってくる。

「オレ昼寝したいからちっと黙ってくんねー?」

「……湯気が」

「あ?」

「湯気が顔に当たっていたのにっ!」

 僕の叫びに呼応して、明石さんはわっと声を上げて泣いた。

「飯ぐらいでガタガタ抜かしてんじゃねーぞ。大体だな、別に食わなくても問題はねーじゃんか。こっち帰ってくりゃリセットされるワケだしよ」

 死神さん、幾らあなたでも言って良い事と悪い事がある。幾ら僕でも、言われたら怒る事もあるんだ。

 明石さんは涙を流しながらゆっくりと立ち上がる。

「あんたには、私らの気持ちが分からないのよ……」

「あー、何言ってんだパッツン?」

 ……何だか、死神さんの髪の毛が縮れ麺に見えてきた。じゅるり。具はないが、スープならある。僕らの涙だ。

「死神さん……」

「んー……っておうあー! オレの髪くわえんじゃねー!」

 殴られても、痛みは感じない。沸き上がるのはただ、怒りと憎しみのみ。

「肉まん、あんまん、ピザまん、カレーまん、ふわっと卵……」

「てめーこらパッツン、誰の胸触ってやがんだっ!」

「ラーメン……」

「親子丼……」

「てめーらいい加減にしやがれ!」



 目を開けると、そこは死後の世界だった。

 そうか、僕はまた失敗してしまったらしい。

「……っ」

 体を起こそうとしたら、頭がガンガンと鳴っていた。何か、酷い夢を見ていたような気がする。その夢の中で、僕は柄にもなく叫んだり、縮れ麺を口に含んでぼっこぼこに殴られていた気もする。

「う……? あの、今回の僕はどうやって死んだんです?」

 しかし、どうしてこんなに体が痛いんだ? レスラーの集団にラリアットでも食らいまくったのだろうか。もしくは力士に張り手百連発。食らった事はないが、それぐらいの衝撃があったような気がするのだ。

「知るか」

「は? 知らないって事はないでしょうに」

 死んだら死神さんがこっちに引っ張ってくるんだし、ノートに死因が載ってる筈じゃないか。それとも、何か不備でもあったのだろうか。不安になる。

「知らねーってんだろ」

「せめて向こうでの痛みぐらい消しといてくださいよ」

 今まではこんな事なかったのに。

「……それと、明石さんは?」

「ああ?」

 恐っ。何故だか、今の死神さんが本物の死神っぽく思えてしまう。僕は仕方なく辺りを見回した。あ、いた、明石さんだ。

「………………」

 だけど、どうして彼女は不自然な体勢で眠っているのだろう。両手両足を力なく伸ばしてうつ伏せになっている。髪の毛はだらんとしていて、まるで潰れた蛙みたいだ。おまけにスカートが捲れ上がっていてパンツ丸見えだった。

「嬉しくないなあ……」

 色気も何もない。何だか、別の意味で見てはいけないものを見てしまったような気分になる。今の明石さんからは、いつもの委員長の威厳が微塵も感じられなかった。細山君が見たら狂喜乱舞しそうな光景ではあるけど。

「明石さん、生きてるんですかね」

「てめーら二人とも死ねば良いんだ」

「もう死んでます」

 死神さんのご機嫌は斜めだし、明石さんは倒れたままだし、僕には痛みが残ったまま。一体全体、何があったんだろう。



 目覚まし時計の鳴る五分前に目が覚める。いつもの事だ。

 僕はゆっくりと身を起こし、布団を跳ね除けベッドから立ち上がる。

「さて」

 部屋を見回せば、ポスターも貼られていない、カレンダーも掛けられていない白い壁。本棚が二つ、一つは中身が空っぽ。捨てるのも面倒だからそのまま置いてある物だ。あとは、タンスと小学校からの勉強机。テレビはあるが滅多に見ない。テレビゲームも携帯ゲームもやらない。音楽も聞かないから、CDの一枚だって存在しない殺風景な部屋。

 いつもと同じ、僕の部屋。



 顔を洗って、制服に袖を通して階下のリビングに行く。

 朝食を食べ終わって、八時十分。

 ニュース番組を流し見てから、僕は家中の戸締りを確認する。窓の傍に立つと春の陽光が瞼に降り注いだ。うーん、少し眠たい。

 靴を履き、玄関の鏡で身嗜みを確認して、ドアを開ける。眩しい。

 ああ、いつもと同じ、僕の朝。



 この先の角を曲がれば青い車が僕に襲い掛かる。

 だから僕は、少しの間民家の塀に背を預け、前回の死因について考えた。

 僕を殺したのは、誰か、である。

 目を瞑れば、荒い息遣いと生臭い呼気がありありと思い出せるのだ。うええ気持ち悪い。あれは、と言うかあんなの人間じゃない。突き立てられ、引き裂かれた。爪と牙、あれは、人じゃない。

 どうして、なんて考えない。世界が僕の敵なんだ。本当にレスラーの集団に襲われたって不思議ではない。納得はいかないけど。

「ふう……」

 ある程度考えを纏めていると、けたたましい排気音が僕の傍を通り過ぎていく。

 良し、行こう。死亡フラグなんて軽くやっつけて、ラーメンを食べてやる。

 いつもと同じ僕の毎日は返ってくるのだろうか。

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