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コーンフレークは飽きたよう

 四時間目、開始。

 僕と明石さんは換気やら、開けられていたガス栓を探したり、色々と後片付けを終えて、授業で使う為の器具を準備していった。窓が全開になっていたのに驚いていた先生には何も言わず、僕らは中華さんの事をひた隠しにしたのである。

 理由は簡単、面倒だからだ。主に僕が。明石さんも中華さんを庇うと言った手前、先生に告げ口する事もしない。実に好都合である。正義の味方になったつもりじゃないが、皆は何も知らなくて良いと思う。知ったら知ったでうるさそうだし。



 驚くべき事に、四時間目は何も起こらなかった。

 精々舞子さんがビーカーを割ってしまったぐらいだろう。実験の際、グループに分かれるんだけども、僕の班には明石さんがいたので、彼女に全てを任せていたら終わっていた。



 チャイムの音が心地良い。

 昼休みが、遂に来たのだ。いや、別に待ち望んでいたってほどじゃないんだけど、単純に時間が過ぎていってくれたのが嬉しい。

 四時間目は少し早めに終わってくれた。お昼ご飯を食べる僕らの事(と、恐らく自分の事)を考えてくれた先生のありがたい心遣いである。

 その心遣いに乗っかって、僕は足早に実験室を抜け出した。学食はあまり広くない。常に混雑している。最高学年だから仕方ないと言えば仕方ないのだが、三年生が我が物顔で学食を占領しているから席を取るのも一苦労だし、少しでも遅れてしまえば食券を買う為に長蛇の列の一翼を担わなければならない。

 だから、ありがたい。ただでさえ生き返りチャレンジだなんて意味の分からない厄介事に巻き込まれているのだ。ご飯ぐらいはゆっくり食べても罰は当たらないだろう。うんうん、神様もたまには粋な事をしてくれる。

 と言う訳で、廊下には僕以外に誰もいなかった事もあり、昔好きだった歌謡曲を口ずさみながら、ふんふんふーんってな具合に。

「……ご機嫌ですね、先輩」

「ふん……あー、はー」

 自分の身の丈に合わない事はやらない方が良いよ、ゼッタイ!

 廊下を曲がった瞬間、背後から声を掛けられてしまった。僕は少しの間立ち止まってしまう。あー、さっさとどっかに行っちゃえば良かったのに。

「えーと……」

 油の注していない機械みたいにぎこちなく首を動かせば、背の低い女の子がいた。

 不幸中の幸いと喜んでも良いのだろうか。僕に最高に、絶妙に嫌なタイミングで声を掛けたのは七篠である。知り合いだから、まだマシなのか。いや、そもそも知り合いだから声を掛けられたんじゃないのか。

「……続き、歌わないんですか?」

「見てたのか。人が悪いなあ」

「すみません。無視しようかとも思ったのですが、先輩があまりにも楽しそうだったので、つい」

 つい邪魔したとでも?

 七篠は僕とは目を合わせないまま、窓の外を眺めている。

「……そんなところです」

 言い切っちゃったよこの子。

「ところで、七篠はどうしてこんなところにいるの?」

 一年生の教室は向こうの校舎だろうに。

「……四時間目は調理実習でしたから」

 あー、確か、家庭科室はこっちの校舎だもんな。つまり、七篠のクラスも僕らと同じく早目に切り上げてもらったらしい。

「先輩は……」

「あー、僕は」

「意外と音痴なんですね」

「………………」

 そっちー!? もう、蒸し返す事ないじゃないかよ、折角話を反らせたって思ってたのに。しかも今こいつしれっとした顔で悪口を言ったぞ。

「あ、気を悪くしないでください。ただの、私の主観でそう思っているだけですから」

 いやー、駄目だろ。これで気を悪くしない人は本物の聖人君子だと思う。

 でも、僕は気にしない。聖人だの神だのと自認するつもりはないけれど、音痴ってのはまあ、認めているしね。

「良いけどね。それじゃあ僕、急ぐから」

「……あ、はい」

 七篠の顔が少し曇った、ような気がした。彼女が両手で抱えている包み紙がくしゃっと音を立てる。飾り気のない、真っ黒なリボンを結んだそれは、まるで。

 はっはあ、なるほどね。ピンと来た僕は七篠に笑い掛ける。

「それ、誰に渡しに来たんだ?」

「……はい?」

 朴念仁だとコケにされていた(主に明石さんに)僕だけど、生き返りチャレンジを始めてからは、今までと比べ物にならないくらい女の子と会話するようになったのである。即ち、女性の機微、神秘に触れて経験を積んだという事に他ならない。

 その結果、レベルアップした僕が導きだした答えは一つ。一年生の女の子。調理実習。可愛らし――くはないが、丁寧に整えられた包み紙から漂う甘い匂い。

 ふふふ、探偵ポジションは明石さんに取られてしまったと四時間目中ずっと凹んでいた甲斐があったな。

「とぼけんなよ、二年の誰か。多分、僕のクラスの男子へプレゼントしに来たんだろう?」

 出たー名推理! これっきゃないだろう。だって家庭科室は一階なのに、わざわざ三階まで上ってくる意味はないもんな。多分、七篠の好きな人が在席するクラスと時間割りが被り気味だったのを利用したんだろう。何だか僕、人間関係というものが好きになってきそうだ。

「……死んでください」

 一気に嫌いになりました。

 七篠は僕を一瞥すると、ふいとそっぽを向いて歩きだしてしまう。

「お、おい、僕が何したって言うんだよ」

 幾ら昔馴染みとはいえ、人に嫌われるのは好ましくない。僕は思わず、彼女の後を追い掛けていた。

「来ないでください。先輩と知り合いだと思われては不愉快です」

「機嫌悪くすんなよ。何だよ、突然さあ」

 女心と秋の空。というよりこれじゃ山の天気だ。やはり、彼女たちの精神構造は一生理解出来ないのだろうか。

 いや、いやいやそんな事はない。僕は明石さんに言われた言葉を思い出す。そう、女性は一年の内、三分の二は不機嫌なのだ、と。良し、ならばそこを労ってやろう。男の僕では分かち得ない、女である七篠の痛みを。

「あー、何だ。その、七篠さ……」

「……何でしょうか」

 いや、まずは確認を取らなくちゃな。

「お前ってさ、今生理なの?」

「……最低っ!」

 運が悪かった。張り手を食らい、膝蹴りを頭に見舞われ、腹部にソバットを叩き込まれてバランスを崩した僕は開いていた窓から落ちてしまったのである。

 打ち所が悪かった。足から落ちたのならばまだ生きていられたろうが、僕は背中から、後頭部をコンクリートで強打したのだ。血が止め処なく溢れていく。体が冷たくなっていく。

 ああ、見上げた窓から七篠が何か叫んでいた。きっと思い付く限りに僕を罵っているのだろう。くっそー、まさか昼休みにもならない内に死んでしまうとは。あー、何より僕は、頭が悪かったのだ。



 目を開けると、そこはやっぱり。

「おっ前マジ最低だよなー」

 一面の金世界。

「普通聞くかー、あんな事? デリバリーに欠けるなお前」

 生憎当店ではそのようなサービスをやっておりません。そう言おうとしたところで、僕の口の中に髪の毛が入ってきた。死神さんのバカ長い金髪である。

 僕は髪の毛を手で掻き分けて飛び起きた。

「何するんですかっ」

「中々目ー覚まさないからよー、くすぐってたら起きっかなーって」

「もっとまともにお願いしますよ」

「じゃあ『お兄ちゃん朝だよー』っつって布団にダイブコースで行くわ」

 偏ってるなあ。あと、ダイブはともかく布団があれば素直に嬉しい。

「あれ、そういえば明石さんは?」

 死神さんはああと呟き、彼方を指差した。

「変態の傍には寄れないっつって向こうに逃げた」

 へえ、この辺りには変態がいるのか。恐ろしい話である。しかし僕と死神さん、明石さんの他には誰もいない筈だと言うのに、いったい誰が?

「いや、お前だよお前」

「やだなあ、僕の後ろには誰もいませんよ」

「じゃなくてお前が、変態なんだよ」

 ……は?

「え、なんでそんなびっくりしてんだお前。オレの事馬鹿馬鹿言うけどさ、自分自身をもっと見つめ直せよ、なあド変態」

「誰が変態ですか。……え、本当に僕が?」

 血の気が引いていく、薄ら寒い感じがする。違う。何かの誤解だっ!

 僕は明石さんがいるであろう方角を見据えて息を大きく吸い込む。

「僕は変態じゃないんだーっ!」

 魂と人間の尊厳を込めたシャウト。きっと、明石さんにも僕の訴えが届いている筈だ。

『変態は皆そう言うのよ!』

 届け僕の気持ち!

「違うっ、きっと誤解だよ! 話し合えば理解し合えるってばー!」

『無理!』

 うおー、すっぱり無理って言われたあ!

 もう嫌。僕は座り込み、今後について考えた。もう終わりである。通報されて逮捕されて、あら簡単、前科一犯犯罪者の出来上がり。

「うぅ、何が悲しくて変態呼ばわりされなきゃいけないんだ……僕が何をしたって言うんだ……」

「自業地獄だな」

 それを言うなら自得なんだけど、あながち間違っちゃいないから突っ込めない。

「いっそ殺してくれー」

 もう死んでるけどー。

「とりあえずもっぺんやり直してみろよ。パッツンにはそん時誤解を解いたら良いじゃん」

 その手もあった。冷静さを取り戻した僕はゆっくりと頷く。そう、僕らは人間だ、僕らは皆生きている。言葉と言葉で通じ合えるんだ。

「よっしゃ、じゃあチャレンジ開始な」

「はいっ」

 気付くのが遅かった。死神さんはその時、とても嗜虐的な笑みを浮かべていたのである。



 目が覚めれば、いつもと変わらない僕の部屋。

 いつもと変わらない時間に家を出て……いつもよりもゆっくりと歩いた。別に、七篠に会いたくないからって訳じゃない。本来なら、これぐらいがいつも通りの歩く早さなのだから。



 そこから目新しい事は起こらない。前回のリピート。ボールを避けて、一時間目の古典がスタート。

 ……あー、しかし。

「明石さん」

 返事はない。

「机、遠くないかな」

 うん。いつの間にか、明石さんと僕の机との幅が広がっていた。必然的に、彼女との距離も広がっている。

 僕、何かしたっけ? って、ああ、はいはい。変態変態、変態でしたね僕は。

 どうしよう。言い訳の一つだって出来ないじゃないか。畜生死神さんめ、僕をはめたな。良く考えれば、明石さんが僕から距離を置く事は分かっていたろうに。

 考えても無駄な事を考え続けていると、

「お、そろそろ終わりだな! よっしゃあ、じゃあ号令だ!」

 先生が声を張ったと同時、時計の上に設置されたスピーカーからノイズが漏れた。ああ、きっともうすぐチャイムが鳴る。

「起立、礼」

 明石さんはチャイムが鳴り始める前に、早口で号令を終えた。ちなみに、僕と明石さんは会話するどころか目すら合わしていない。合わせてくれない。

「ねーねー!」

「ん?」

 舞子さんが近付いてくる。

「さっきの古典教えてよー!」

 チャイムを物ともしない声量に僕は感心した。と、同時に物凄く心が洗われた。いつもと同じ、何度も繰り返した事なんだけれど、めちゃくちゃ嬉しい。

「えっと、僕で良いの?」

 変態の。あはははははは。

「うんうん、あたし、一ヶ月前から古典が苦手なんだよねー」

 良し、今日は腕によりをかけよう。



 二時間目の家庭科が始まるも、明石さんは僕の方を見なかった。先生から課題が配られる時間になって、流石に僕も焦る。

「あ、あの、明石さん?」

 明石さんは課題をこなしていた手をピタリと止めた。

「……どうしたの?」

「うえ?」

 酷く優しい声音が明石さんの口から漏れる。

「い、委員長モードだ……」

「ふふ、何を言っているのか分からないなあ。私っていつもこんなんじゃなかったっけ?」

 うわあ、分かりやすいぐらいに距離を置かれているじゃないか。

 けど、会話は出来る。誤解を解くなら今しかない。

「明石さんは僕の事を何か勘違いしていると思うんだけど」

 あー、くそ、針に糸が通らない。

「あなたの事を? うーん、ごめんなさい。私、あなたの事を良く知らないし、興味もないし、これから生きていく上で一生関わるつもりもないから」

 優しい声できつい言葉を吐かれると、中々にダメージがある。少しばかり、あの時の細山君の気持ちが分かってしまった。くそ、ちょっと泣きそう。

「僕がデリカシーに欠けるってのも認める。人間関係に疎いのも認める。だけど、僕は本当に悪気はなかったんだ。と言うか、ごめん、分からなかった。僕、友達、少ない、から」

 僕が笑ってしまうくらい真剣に言ったからか、明石さんは頭に手を遣りながら「仕方ないなあ」と呟き、溜め息を深く吐いた。

「女の子はね、砂糖とスパイスと素敵なもので出来てるの」

「は?」

「だから、壊れやすいのよ。誰かさんがくだらない事を言ったせいで、女の子は怒ってしまった」

 くだらない事か。はい、その通りです。

「良いわ、二時間もあんたの面白い顔見られたし、許してあげる」

「あ、ありがとう」

「ただし、その子にもちゃんと謝りなさい」

 とは言われても、世界が巻き戻った今、七篠にその時の記憶は残っていない。そもそも、その事もなかった事にされているのだけれど。

「良いから。何か理由付けてお詫びでもしなさい」

 うーん。いきなりお詫びだなんて、怪しまれないだろうか。でも、まあ、それで許してくれると言うのなら仕方ない。

「分かった。そいつにはお昼ご飯でもおごらせてもらうよ」

「……お昼、その子と食べるの?」

「え? まあ、そりゃそうじゃないのかな。ああ、そいつに断られなかったらの話だけど」

 ――ごめん、おごらせて。

 何て事を言ってお金だけ渡して、これでご飯でも食べなよ、それじゃあね、はいさよならってのもどうだろう。とは思うのだ、僕は。

「ふーん。ま、良いんじゃない? ほら、それ貸しなさいよ。やったげるから」

「う、うん」

 明石さんの様子がちょっとだけおかしかったけど、折角許してくれたのだから余計な口出しはすまい。僕はありがたく針と糸を渡した。



 いつもより遅れてしまったが、蜂の侵入を防ぐ為にダンボールで窓ガラスを補修して、三時間目がやって来た。


「……あっ」

「あっ、明石さん!?」

「つみきちゃあああああん!」


 ――割愛。

 僕と明石さんは三時間目を途中で抜け出して、実験室近くの階段に座り込んでいる。

 の、だが、明石さんはいつもより不機嫌だった。許してくれたとはいえ、まだ僕に思うところがあるのかもしれない。もう、貝か何かになりたい。

「ねえ」

「何?」

 お声が掛かったので、僕は答えた。だけど決して振り返りはしない。明石さん、何だかんだでスカートへのガードは甘いのだ。別に下着を見たい訳じゃないけど、見たら絶対怒りそう。

「あんたを突き飛ばした女の子ってどんな奴なの?」

 突き飛ばした? そんな生温くはなかったような気もするけど。

「僕の幼馴染、みたいなもんだよ」

「いつからの付き合い?」

「小学校に上がる前から、じゃないかな。家が近所だったから、良く面倒を見てたよ」

 柄にもなく懐かしい、なんて思ってしまう。

「その子、可愛い?」

「うーん、分かんないよ」

 久しぶりに七篠と会った時は可愛くなっていたような気がしたけど、今にして思えば錯覚だったかもしれない。それに、幾ら可愛いだの可愛くないだの言っても、僕の主観なのだ。

「良いから答えなさい」

 答えなかったら怒られそう。

「えー? うーん、不細工ではないと思うよ。僕も最近会ってなかったんだけどさ、こないだ見た時は可愛いかなーって思ったし」

「……へー」

 あれ、反応が薄い。何か足りなかったのかな。だったら。

「そいつ、僕らの一個下なんだけどさ、年下の、なんというか、妹とは思えない奴なんだよ」

 いつも冷めてて、目はどこか違うところ見てて、変に落ち着いてて、何に対してもどうでも良さそうで。

「何か、あんたにそっくりね」

「……たまーに、本当の兄妹と間違われてた」

「その子の名前は?」

 勝手に教えるのはどうだろうと思ったけど、減るものじゃなし良いか。

「七篠」

「七篠? もしかして、下の名前は歩じゃない?」

「あれ、知り合いだったの?」

 意外な関係が見えたなあ。

「ああ、違う違う。私は七篠さんを知ってるけど、七篠さんは私を知らないと思うわ」

「えと、どういう事?」

 明石さんは僕の肩を踏み付ける。上靴は脱いでいてくれてたけど、なんだか嫌な気分だ。

「あんた、幼馴染のくせに知らないの? 七篠さんって陸上部で、短距離のエースなのよ」

「へえ、エース」

 陸上部ってのは聞いてたけど、違う学年にも名前が上るくらいに凄かったのか。

「入学して一ヵ月経たない内に、学校や県の記録を塗り替えたらしいわよ。期待されてるらしいじゃない、あんたの幼馴染」

 そう言われても、高校に入ってから七篠とは音信不通も同然だったから、ちっとも、何とも思えない。

「鬼ごっことか強いんだろうね」

「もっと言う事があるんじゃない、普通?」

「えーと、影踏み?」

「……本気で言ってるんだから始末に負えないわ」

 明石さんはわざとらしい溜め息を吐いた。



 ――ぐあらごわがっきぃん!

 ぐらいの音はしたんじゃないだろうか。

 前回と同じく、実験室の扉を開けて、中華さんの暴挙を止めるべく明石さんが彼女に平手をかましたのだが、

「……すっ、ぐすっ……」

 凄い威力だった。明石さん、何か嫌な事でもあったんだろうか。

 中華さんは頬を真っ赤に腫らして泣きじゃくっている。

「二年三組、明石つみき」

 名乗ってるけど、誰も聞いちゃいないって感じだ。これ、嫌な予感がするんだけど。

「明石、明石つみき……? つみき、お姉さま……?」

 でも、流石は明石さん。前回と同じく、泣き止んだ中華さんにお姉さまと慕われていたのである。伊達にスーパー委員長と呼ばれてはいない。

 立ち直った中華さんは何度も僕らに頭を下げ、実験室を出て行った。

 明石さんは長い溜め息を吐きながら手近な椅子に座る。お疲れ様。

「明日からどうなんのかなー、私」

「良いじゃないか、仲の良い後輩が出来たんだし」

 明日、か。要らない心配だとは思うけどね。僕らには一時間後、二時間後だって来るのかどうか危ういんだから。

「四時間目が終わって、お昼休みか。今回はご飯食べたいなあ……」

 巻き戻しの際、僕たちの体は死ぬ直前の状態にリセットされる(死神さんが失敗しなければ)。だから、こうして心では連続した時間を過ごしているのを認識していても、体は特に問題はない。現に、僕はもう二百回以上チャレンジをしているのだけど、過度の飢餓感を覚えた事はない。毎朝、味気ない朝食を口にするだけで事足りる。

 だけど、お腹が空かないって事は何も食べたくないって事には繋がらない。最近、僕はそう思い始めていた。要は、飽きる。最初の頃は気にしていなかったのだけど、記憶の持ち越しが出来るようになってからは余計な事まで覚えてしまうのだ。昨日もパン。一昨日もパン。たまにはお米が食べたいと思ったら電子レンジが凄い勢いで爆発して僕の顔がパーン。

 我慢は出来るんだけど、やっぱり飽きてしまう。別のものも食べたい。なんて考えるのは贅沢なんだろうか。

「もうコーンフレークは飽きたよう……」

 明石さんも何度か朝食を別のものに切り替えようとしたらしいが、その度に邪魔が入ったり、死んじゃったりしたらしい。

「親子丼とかカツ丼とか食べたいよう……」

「もう少しでお昼休みじゃないか」

「……前はもう少しで食べられたかもしれないのに」

 恨めしい目付きで睨まれて、僕は咄嗟に視線を外した。ごめんなさい。

「ご飯、ちゃんと誘ってあげなさいよね」

「七篠の事?」

「そうよ」

 不機嫌そうに言われて、僕は仕方なく頷いた。

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