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化学実験室〈1〉

 一時間目は滞りなく終了し、休み時間に舞子さんと一緒に古典の復習をした。

 二時間目は滞りなく進んでいく。三十分ほど経ったところで、先生が持ってきていた鞄から大量の縫い針と五センチ四方の布切れ、それと、糸を巻いたボビンを取り出した。

「来週から作業だから、今から手縫いをして慣らしておきましょう。席は自由にしても良いですよ。ただ、怪我だけはしないようにね」

 先生は列の一番前の人に針と布切れを配っていく。

 さて、課題を終えますか。

「それと、使った布にはフェルトペンで名前を書いて提出してくださいね」

 僕の席は一番後ろだ。回ってきた針と糸と布を見回して、僕は手縫いの方法を思い出す。思い出せないところは、ノートを見ながら何とかしよう。

 とりあえず。

「明石さん」

「何?」

 明石さんは驚嘆すべき、称賛すべきスピードで課題に取り組んでいるらしい。彼女の持っている布を見ると、器用にも自分の名前、明石つみきと丁寧に縫い込んでいる最中だった。つーか手付きすげえ! 僕に注意を向けている筈なのに、手は一向に止まらない。

「あ、いや、忙しいみたいだから」

「良いわよ。もう終わるから」

「それじゃあ、僕の分も頼めるかな?」

「へ?」

 ピタリと。明石さんの動きが止まる。

 あれ、何かおかしな事を言ったかな?

「えーと、僕の分の課題もやってくれると助かるんだけど」

「……分かってるけど、どういう風の吹き回しよ? こないだはあんなに嫌がってたじゃない」

「気分だよ」

 明石さんは納得していない様子だったが、

「貸して」

 まあ、何とかなった。

 僕は彼女に課題を渡すと、グラウンドの、割れたガラスに目を向ける。

 さて、何とかしなくっちゃな。



「ありがとう」

 明石さんが僕の課題に着手してから、時間にして五分も掛かっていない。

 彼女は僕の名前を縫い込もうかと提案してくれたが、そんな芸当僕には逆立ちしたって無理なので、後で疑われるのがオチだ。出来る限り丁重に断っておいた。

 課題を終えた明石さんからブツを受け取り、先生のところまで提出しに行く。

 そのまま、僕は教室を抜け出した。二時間目終了のチャイムが鳴るまでに戻ってくればお咎めも受けないだろう。

 大義名分があるとは言え、授業中に抜け出しているのは間違いない。言い訳するのが面倒なので、僕は誰にも会わないよう注意しながら一階まで下りる。人目の付きやすそうな中庭は避けて、誰も使わなさそうなルートを選んで、学校の裏にある駐車場まで進んだ。

 赤い車、黒い車、白い車、青い、車。

 先生たちのものであろう車を眺めながら、奥まったところにあるゴミの収集場まで向かう。収集場、とは言うが、今は使われなくなった古い部室(こんなところにあるなんて、元は何部のものなのだったのだろう)を利用して、中にポリバケツやらを詰め込んだだけの簡素な作りである。

 僕は目的のダンボールが積み上げられている一角を見遣った。

 うん、あるある。良く分からないが、業者はまだ来ていないらしい。今の内に手頃な大きさのを一枚もらっていこう。

 って、今更だけど勝手に持って行っても良いのかなあ。まあ、良いだろう。でも、なるべく人目を気にして、と。

 僕は制服が汚れないよう細心の注意を払いながら、あまり汚れていない、且つ良い感じの大きさのダンボールを探す。そう、丁度、割れた窓ガラスを覆えるぐらいの大きさのものを。



 無事、収穫。

 僕はダンボールを持ったまま校舎に戻る。

 そうして誰にも見られないよう、気付かれないようにして三階まで帰ってきた。

 教室のドアまで来た時、僕は入るのを躊躇ってしまう。どうしよう、先生に何か言われたり、クラスメートに奇異の目で見られたりしたら。ああ、ちょっと憂鬱だな。

「あんた、何やってんの?」

「あ」

 ミッション失敗!

 だけど僕を見つけたのは、向こう側の廊下から歩いてきた(十中八九トイレだろう)明石さんだった。ふう、ちょっと安心。

 ……だが、不覚である。見つかってしまったのも不覚なら、安心してしまったのにも納得がいかなかったりする。

「何でダンボールなんか持ってんのよ?」

「えっと、それは……」

 じっと見られると、何だか恥ずかしい。

「あんた、それ取りに行ってた訳?」

「うん」

「馬鹿じゃないの?」

 理由も聞かずに馬鹿と一蹴するのは止めていただきたい。

「馬鹿じゃないよ」

「じゃあ無駄ね」

「……窓ガラス」

 明石さんは目を丸くする。

「ガラス、割れてるでしょ。新しいのを用意するのは無理だけど、せめて塞ぐくらいはしておこうと思って」

 ああ、と。明石さんは意味ありげにダンボールを見た。

「もしかして、私の為?」

「まさか」

 僕は意を決し、扉に手を掛ける。

「隙間風が冷たいんだよ」

 照れ隠しだと、ばれなかっただろうか。



 二時間目が終わり、僕は次の授業の数学の教科書に目を向けていた。

 少し気になったので、ダンボールで塞いだガラスにも目を向ける。ガムテープでくっ付けているから、随分と不恰好だし、強度もいささか頼りない。だけど、虫が入ってくるのを防ぐ程度には役立ってくれるだろう。

「ねえねえっ」

 話し掛けられたので、僕は教科書から視線を離す。

「ああ、舞子さん。どうしたの?」

「あは、どうしたのはあたしのセリフだよ。さっきの時間、急にいなくなったと思ったらダンボール持ってあんな事するんだもん」

 まさか、五分後に蜂が入ってくるからとは言えないな。かと言って、僕は慈善をするタイプの人間じゃないし、今後を考えればそうも思われたくない。

「風が冷たくてね」

「そうかな? 今日は暖かくて、風が入ってきたら気持ち良いよー」

 ごもっとも。今日の気温は睡魔を誘う、良い感じの心地よさである。

「ごめん。余計なお世話だったかな」

「あは、そんなの気にしないでよ。君は良い事をしたんだから」

「そう、かな?」

 尤も、今はダンボールを剥がすつもりはない。何を言われても、何をされても、教室内に、明石さんの近くに蜂をのさばらせる訳にはいかない。それこそ、舞子さんに嫌われる覚悟をしてでも、だ。

 その時、隣に座っている明石さんが肩を震わせる。

「きゃああっ!」

 声のした方に目を向けると、グラウンド側の生徒数名が席から立ち上がり右往左往、軽いパニックに陥っていた。

 更に良く見ると、ガラスに体当たりを繰り返す、黄色くて黒い何かがいる。なるほど、来たか。刺々しい警戒色に身を包んだそれは、教室内に入ろうと窓の近くを飛び回る。羽音が耳朶を打ち、やけに耳障りだ。

「あー、スズメバチじゃない、あれ?」

 舞子さんがのんびりとした口調で呟く。

「怖いよねー。刺されると死んじゃうんだって。何だったかな、アラファーマシーって言うんだったっけ?」

 それじゃ薬屋である。

「アナフィラキシーだよ」

「あは、そうそう、それそれ、それだよっ。君は物知りだねえ」

 ありがとう。

「あ、どっか行っちゃったね」

 僕は外を見遣った。いつもと変わらない景色が見え、安堵する。

「ああ、良かったね」

 明石さんが頷きそうになったのを、僕は見逃さなかった。



 三時間目は数学である。

 僕の得意な教科だったりする。

 僕の、得意な、教科だったりする。

 ……ふふ、実はこの時間が一番楽しかったり。

 知らない事を知るのも楽しい。分からない事を分かるのも楽しい。だけど、知っている事を、分かっている事を再確認していく事にも味があるのだ。ああ、やっぱり自分は正しかったんだって、そういう喜び。少しばかり歪んでいるとも思われかねないが、良いじゃないか。良いよねっ。

「気持ち悪い」

 隣から小さな声で暴言が飛び出した。

「それって、僕の事?」

「そうよ。ニヤニヤしちゃって、馬鹿みたい」

 失敬な。

 明石さんは退屈そうに教科書をめくりながら、先生からは見えないようにあくびをする。

「数学なんかのどこが楽しいのかしら」

「嫌いなの、数学?」

 しかし、僕は断じて数学が好きなわけじゃない。長たらしい方程式を解いて快感を覚えるわけでも、難解な文章問題や図形を見て絶頂に達するわけでもない。ただ、数学が出来るから好きなのだ。出来る、分かる事が重要なのであって、それこそ数学じゃなく、国語でも家庭科でも体育でも、出来るならそれで構わない。数学には、こだわりがないのだ。

「好きな教科なんてないわ」

 優等生がそういう発言をするのはどうなんだろう。

「でも、委員長としての自分は好きよ」

 明石さんが将来、権力や地位に溺れないか心配になる。

 が、それよりも僕には気になっている事があった。

「明石さん」

「何よ」

「机、近くないかな」

 うん。いつの間にか、明石さんと僕の机との幅が狭まっていた。必然的に、彼女との距離も縮まっている。

 まずいよ、これ!

「そう? 気のせいでしょ」

 いや、手紙を使わずにこうしてコソコソ会話出来るまでに近付いているのだから、僕の気のせいではない。

「こ、殺されちゃうよ」

 幸運にも、細山君は僕らよりも前方に座っているから気付いていないが、ふとした拍子に振り向かれたらアウトだ。明石さんと仲良さげに(表面上だとしても)喋っているのが知られたら、嫉妬に狂った彼にどっすんどっすんいかれちゃうよ!

「チキン野郎」

 コッ、コケー!?

「……言ったろ、僕はくだらないトラブルで死にたくない。くだらない理由で死にたくない。特に、同性から馬乗りにされて殺されるなんてトラブルはごめんだね」

「ふん、情けない。くだらない。つまらない。しまらない。ふがいない。いたらない。取るに足りない。ろくでもない。愚にも付かない。面白くない」

 ないない言い過ぎ。小声でぶつぶつと悪口を言われ、流石の僕でも段々と腹が立ってきた。

 だが、言い返そうにも僕には喧嘩どころか口喧嘩の経験すら乏しいのである。と言うか皆無に近い。貧困な悪口ボキャブラリーでは明石さんには太刀打ち出来ないだろう。

 尚も、彼女は舌鋒鋭く言葉の刃で僕の心を無遠慮に切り刻んでいく。

「何よ、言い返してみなさいよ。あ、それともあんたってマゾなの?」

 くっ、僕の性癖まで捏造されている……! 許さない、許さないぞー。

「ち、違うよっ」

 声が裏返ってしまったし、そもそも悪口にもなっちゃいなかった。

「はっ」

 挙句鼻で笑われる始末。

「ホント駄目ね、あんた。言葉が出てこないって事はコミュニケーション能力が欠落、もしくは絶対的に不足してる証拠よ。あんた、コンビニとかでも『お箸お付けしますかー』って聞かれて首振るタイプでしょ」

 わ、悪かったな!

「僕の勝手だろ」

「あと夜中に歩いてたら警察官に職務質問されそうなタイプ。んでもって受け答えが怪しいから本当に何もしてないのに連れてかれるタイプね」

 僕は無言で机を離した。

「あ、拗ねてんの?」

 明石さんは楽しそうに机を近付けてくる。

 そんなくだらないやり取りをしていると、

「明石、何をやってるんだ」

 先生からお叱りの言葉を受けた。明石さんが。ちょっとだけ良い気味かな。

 明石さんはどんな言い訳をしてくれるんだろうと思っていたら、

「すみません、彼が教科書を見せてくれなかったので」

 僕を指差してそんな事を言い放った。

 って、明石さん教科書持ってるじゃないか――ああっ! 机の上にないっ、さては鞄か、机の中に隠したな。

「何、そうだったのか? おい、教科書ぐらい見せてやりなさい」

 違うんです先生、あなたは騙されているっ。

 そう言ってやりたかったけど、今、僕はクラスの皆からの視線を一身に引き受けているのであった。あー、舞子さん笑ってる。あはは、手振られちゃったよ。いや、言ってる場合じゃない。その中には勿論、細山君の視線もあった。そっちを見る事は怖くて叶わなかったが。とにかく、明石さんを敵に回す事は出来ない。それ即ち、細山君も敵に回す事になってしまうのだから。

「……どうぞ」

 騙されているぞ、皆。しかし声高には叫べない。僕は渋々、明石さんの机に自分の机をくっ付けた。くっ付けた机の真ん中に教科書を広げて置いて、本が勝手に閉じないよう筆箱で押さえる。

「ごめんね、ありがとう」

 余所行きのスマイルを僕に向け、明石さんは余所行きの声音で礼を言った。心にもないだろうに。僕は騙されないぞ。

「何のつもり?」

「別に」

 素っ気無く答えると、明石さんは教科書には目もくれず、僕を見てニヤニヤと笑っていた。

 ……全く、それくらいが彼女には良く似合っている。

 そんな事、口が裂けても本人には言えなかったのだけど。



 三時間目の数学も無事に終了。

 授業中はクラスメートの視線が痛かったけど、休み時間になると、そんな空気や雰囲気も雲散霧消して、皆和やかにしてくれていた。

 さて、次は何だったかな。時間割のプリントを眺めてみると、四時間目は科学だった。

 あー、確か、今日は実験室で何かするって言ってたっけ。見れば、クラスの皆も大して焦っていなかった。棟こそ違うが、化学の実験室は同じ階なのである。渡り廊下を使えば、ゆっくり行っても二、三分ってところだろう。ならば僕も急ぐ事はない。少しばかりゆっくりしてから、ゆっくり歩いていこう。

「ねえ」

 気だるげに声を掛けて来たのは明石さんだ。

「……何?」

 さっきの授業の事もあったので、僕の声は若干刺々しくなってしまっている事だろう。

「私、早めに行って準備しなくちゃならないのよ」

「準備?」

「そ。委員長だからね。実験室の鍵を開けてもらってるから、実験で使う器材の準備をしなきゃなんないの」

 ふうん、そりゃ大変だ。

「だから手伝ってよ」

「断る理由も手伝う理由もないなあ」

 特に、君相手には。

「じゃあ理由をあげる。ふふ――――今から、喚くわ」

 は? いや、どうぞ、ご勝手に……?

「え、あ、だ、駄目っ」

 うわあもう何考えてるんだこの人。教室で、しかも僕の隣で叫ばれたらたまったものじゃない。僕は既に皆から教科書すら見せてくれないアレな人ってレッテルを張られているかもしれないんだ。

 しかも、その相手が委員長。皆大好きスーパー委員長と来たものである。僕に正当な理由があったとして、彼女を敵に回せば黙殺されるが必至。

 明石さんなら、僕の隣で悲鳴を上げただけで、僕を無期懲役にまで追い込みかねない。

 くそ。

 僕は教科書とノートと筆記用具を手早く準備し、席から立ち上がった。

「行けば良いんでしょ、行けば」

「最初から素直にそうしてれば良いのよ」

「……素直にするのはそっちだろ」

 睨まれたので、僕は俯く。



 渡り廊下には、他のクラスの人たち、らしき人たちが(未だにクラスメートの顔を把握してないから、自信がない)座り込んで談笑していた。

「愚鈍ね」

「え?」

 僕の少し前を歩く明石さんは、視線を前方に向けたまま、

「愚鈍と言ったの」

 苛立たしげに口を開く。

 僕には何の事だか一つたりとも分からない。

「十分よ。休み時間は十分しかない。次の授業まで十分しかないのよ? どうして、ああやって遊んでいられるのかしらね」

 明石さんは歩きながら話を続けている。

「予習、復習もしない。移動教室なら、遅刻しないよう最大限に努力して最速で向かうのが当たり前じゃないの?」

「休み時間だからね。友達と話したりしてゆっくり過ごしても良いじゃないか」

 事実、僕だってそうしたかった。

「……あんたは予習やってるじゃない」

「ああ、あれは……」

 暇潰しがてら目を通しているだけ、なのだけれど。

「ま、他人なんてどうでも良いんだけど」

 なら、僕の事も少しは放っておいて欲しい。



 化学実験室に到着。

 どうやら、僕たち以外にはまだ誰も来ていないらしい。

「ふん、気は遣わずに済みそうね」

 宣言通り、委員長の仮面を遠くに放り投げた明石さんは扉を足で乱暴に開いた。

 明かりは点いているが、室内にはやはり誰もいない。僕らの教室よりも随分と広いのだが、実験で使う為、シンクが備え付けられた大きめの机が並べられているから通路は狭い。伴って、部屋自体も大きくは感じられなかった。

「……ん」

「どうしたのよ?」

「何か、変な臭いがするような」

 明石さんは鼻をすんすんと鳴らしている僕に蔑みの目を向ける。

「お腹空いてるから、あんたの意地汚い鼻が学食からの匂いを嗅ぎ付けたんじゃない? あー、今日のお昼、何食べようかしら」

 四時間目だから確かにお腹は減っているのだけど、僕の嗅覚は人並みだ。遠くからの匂いを嗅ぎ付けられる筈もない。

 と、すると、微かに漂う異臭はこの部屋からしているのだ。

「ちょっと、準備するって言ったでしょ」

 明石さんは気付いていないのだろうか。

 彼女は適当な机に適当に教科書類を放って、この部屋から直接繋がっている、準備室の扉を開ける。

 瞬間、僕の耳を信じられないほどの爆音が劈いた。



 えーと?

「惜しかったな、あともうちょいで昼飯が食えたのによ」

 僕は学校にいたんだけどな。どうして、死神さんが僕の顔を覗き込んでいるのだろう?

 あと、髪の毛が垂れてて邪魔である。

 僕は体を起こし、状況の把握に努めた。

 ここは? 死後の世界。ってああ、僕死んでる、死んでる! 状況把握完了だよ!

「どうしてですかっ?」

「いや、お前らが死んだからだろ」

 見ると、明石さんは信じられないと言った表情で顔面を蒼白にしている。

「……私、何もやってないんだけど」

 ええい、そこで僕を見るな。僕だって何もやってないんだ。

「原因は?」

「パッツンが何かスイッチ押したろ。それで死んだんだよ」

「明石さん!?」

 何のスイッチを押したんだよ!

「しっ、知らないわよ、馬鹿じゃないのあんた?」

「でも、死神さんが……」

 死神さんは寝そべると、ノートをぱらぱらとめくり始める。

「何かさー、お前らがいた部屋にはガスが漏れてたみたいだぜ」

 ガス、だって?

「あ、そういやあんた、変な臭いがするって言ってたわね」

 そうか、あの異臭はガスだったのか。

 という事は、明石さんは恐らく、準備室に入った時照明のスイッチを入れたんだな。火花がガスに引火して、僕らは哀れ爆死の道を辿ってしまった、のか。

「いやー、今までで一番派手だったんじゃねーの? 凄かったぜー、凄く惨い。ぎゃっはっはっは、凄惨凄惨。お前らの手とか足とか顔とかぜーんぶぐちゃぐちゃにぶっ飛んでた! まあ大抵は爆発で粉微塵になってたんだけどな、ぎゃはははは」

 いやー、死神さん、今までで一番笑えないわー。

 人の肉体が四散したのを見てどうしてそこまで笑えるんだろう。

「おいおい、お前ら怒るんじゃねーよ。死んじまう間抜けが悪いんだろうが、あ、それともパッツンに言わせりゃ愚鈍が悪いんだったっけ?」

「――っ!」

 死神さんは明らかに明石さんの神経を逆撫でに掛かっている。

「……ええ、そうね。その通りだわ」

 ま、そう言われるのも仕方ない。少なくとも僕らはガスの存在に気付けていた筈なんだから。その事を分かっているのか、明石さんは猛然として言い返すこともなく、平然とした口調で受け流す。が、拳がめちゃめちゃ震えていた。かなり怒ってるな、こりゃ。

「死神さん、あのガスは誰がやったんですか?」

 あんな事をすれば、こんな事が起こると予想はつくに決まってる。僕らはもう義務教育を終えた高校生なんだ。愉快犯か、それともただの凡ミスか。

「あー、分かんねーな。悪いけど」

 けらけらと死神さんは笑う。

「本当に悪いわね」

 僕も頷いた。死神さんのこういう、詰めの甘いところだったり抜けているところはどうにかして欲しい。何てったって、僕らの命に関わってくるのだから。

「ま、もっぺんチャレンジして確かめてみてくれや」

「完全に他人事ですね」

「仕方ねーだろ、オレ人じゃねーんだし」

 正論だ。正し過ぎて釈然としないけど。

 と言う訳で、釈然としないまま、僕らは再び生き返りチャレンジに身を投じるのであった。

 しかし爆発オチは酷いよな。

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