ニューチャレンジャー
僕は死んだ。
だけど、死んでいない。完全には死に切っていない。
何故ならば、生き返りチャレンジのお陰で時間が巻き戻るからだ。
だから、ぎりぎりの、本当に瀬戸際で生きている。
「見ないでって言ってるでしょ」
じゃあ、これは何だ?
この人は、明石つみきは何なんだ?
僕は理解と思考を放棄し、再び寝転がった。
「いやー、どーすっかなー」
死神さんの間延びした声が聞こえる。
「ねえ、ちょっとあんたたち説明しなさいよ。ここはどこなの?」
僕は死神さんに視線を送った。
「おー、そーだな。お前、説明してやれ」
「……あなたの役目でしょう、それは」
「わりーけど、すげーめんどーになった」
死神さんはぎゃはははと笑っている。仕事しろよ派遣社員!
僕だってこんな頭の悪い事を説明するのは嫌だったが、仕方ない。体を起き上がらせ、言葉を慎重に選ぶ。
「えーと、明石さん落ち着いて聞いてね。ここは、その、死後の世界なんだ」
「はあ?」
まあ、そのリアクションしかないだろうな。
「言い難いんだけど、君は死んでるんだよ」
「……あんたさ、頭、大丈夫?」
大丈夫じゃないかもしれません。
「いや、信じられないのは分かるけど、見てごらん。ここ、何も無いだろ。こんな場所が地球上にあると思う?」
明石さんはしばらくの間黙り込んでいた。
「私、本当に死んだの?」
しかし、聡明な彼女は状況をすぐに理解してくれた様子である。
「そうっ、君は細山君に刺されて死んだんだよ!」
「はっきり言わないでよ!」
「いったあっ!」
足を踏まれた。しかも的確に小指だけを狙って。
「死んだって言われてショック受けてるっつーのに、なんであんた嬉しそうなの?」
仰る通りです。配慮が足りていませんでした。
「ごめん、僕は慣れてるからさ」
「……? じゃあ、ここは天国なの?」
「いや、天国でも地獄でもない。その一歩手前の待合室みたいなもんだね」
明石さんは顔を引きつらせている。今更ながらに、死んだという事実が彼女の脳味噌を侵食しているのだろう。
「はあ、死んだのね、私。あーあ、やりたい事、まだあったのになあ」
……素直に羨ましい。
死を否定する事もせず受け入れ、やりたい事があったのだと未練を述べる。
僕には出来なかった事だ。やはり彼女は、常人とは違うのだろうな。
「死神さん、説明終わりましたー」
「おー、そうか。そんじゃ、オレも仕事するとしよっかな」
死神さんは髪の毛からノートを取り出し、明石さんに顔を向ける。
明石さんは改めて死神さんの風貌に驚いていた様子だったが、
「あんたが死神なの?」
またもやすぐに受け入れていた。うーん、やっぱり凄いな、この人。
「ま、そんな感じだよ。そいじゃサッサと始めるか。うーん、あー、お前は地獄行きだな」
え?
「はああっ!? わ、私地獄行きなの!?」
死神さんは面倒そうに「そうだよ」と告げた。
けど、何か変な気がする。
「あ、あの死神さん。明石さんは選べないんですか?」
僕がここに来た時は聞かれた。天国と地獄、どっちが良いのかを。
「うん? あー、そりゃお前がお前だったからだよ。忘れたのか? お前がポイント大量所持者って事をよ。ハイスコアラーにゃ、この世界は優しくなるんだって言ったろ」
あ、そういう、事だったのか。
すっかり忘れていた。僕は珍しい、それこそ気持ち悪いと評されるくらいのポイントを持っているんだって事を。
「……ねえ、ポイントって何の事よ?」
明石さんは訝しげに眉根を寄せている。
死神さんは説明する気配を見せなかったので、仕方なく僕が口を開いた。
「死んだ時にその人の生き方や死に方に応じてポイントが付くんだよ。で、その点数に応じて、例えば来世を選べたりするんだ。得点を使って色んな特典を得られる訳」
あ、ちょっとダジャレっぽくなってしまった。
「へー、そういう事。じゃあ、私は特典を得られるわね」
スルーされる。と言うか、気付いてるの僕だけだった。
「なんたって私、優等生だから」
明石さんは自信満々に言い放つ。
……だけど。
「いや、無理だな」
死神さんは言い切った。
「は? どうしてよ?」
「優等生、お前はちったあ頭が良いみたいだな、そこの奴よりはよ。だけどな、そんなのはこっちじゃ関係ねーのさ。学校のテストの点は取れるかもしれねーが、こっちじゃ大した点は稼げてねーぜ、お前」
明石さんは死神さんを強く見据えながらも、押し黙っている。賢明な判断だろう。
「気付いてんだろ? お前は、こっちじゃある意味犯罪者なんだ。生き方に応じてポイントがもらえる。言ったよな?」
言ったのは僕だ。
「良い事をすりゃポイントは増える。だけど悪い事をすりゃポイントは減っていくんだよ。つーわけでパッツン、お前のポイントを教えてやる。はっ、ゼロだ。零。てめーには何もねーんだよ、残念だったな。一点も持ってない奴は問答無用で地獄行き、泣き喚きながら血の池に沈んで、悪魔や鬼と一緒に針の山で踊ってな」
何だか、死神さんの明石さんへ対する言動がきつい気がする。
ああ、そうか。
この世界はポイントを多く持っている者には優しい。
なら、その逆もまた然りだ。
点を持ってない者には、酷く厳しい。
――でも。
「あの、死神さん。ポイントがゼロって本当ですか?」
「オレは嘘は吐かねー、つーか、吐いたらあとで上司に怒られるんだよ。すげー怖いんだかんな」
「聞いて良いのか分からないけど、明石さんが犯罪者って、何をやったんですか?」
僕にはとてもじゃないが、明石さんが犯罪に手を染めるような人には見えなかった。
確かに、今の彼女は口調も乱暴になっているし、さっきも僕を叩いたりしていたけど、罪を背負うほど愚かではないだろう。
明石さんは聡明だ。
だからこそ、僕は失礼な事だと分かっていて尚、疑問を口にしたのである。
「お前さ、まだ気付いてねーの?」
「どういう、意味ですか?」
死神さんは蔑みの感情を込めて明石さんを見据えていた。
当の明石さんは、俯く事もせずに死神さんを見据え返している。
「こいつはな、詐欺師なんだよ」
詐欺師? 明石さんが?
「あー、多分お前が想像してんのとは違う。だけど、こいつが人を騙していたのに変わりはねーんだ」
「つまり?」
「……この前髪パッツン女は、猫を被ってた」
「は、はい?」
ね、猫を被ってた?
それだけで、たったそれだけで詐欺師呼ばわりされるのか?
「猫を被ってたって事は人を騙してたって事になるんだよ。こいつはな、本当の自分を隠して嘘の誰かを自分の上に塗り固めて、自分以外の全てを欺いてたんだよ」
「でも、それだけで……」
僕は明石さんを見遣る。彼女は不機嫌そうに僕を睨んだ。
猫を被る。
本当の自分を隠して、嘘の誰かを演じる。
本当に、それだけで罪になるのか? そんなの、誰でもやっている事なんじゃないのか?
「あー、お前の言いたい事は分かる。そうだな、んなの皆やってるよな。けど、それは間違いなく、罪なんだよ。まあ、誰かが死ぬとする、で、葬式に参列したこいつが表面上は悲しんでて涙を流してて腹ん中じゃ笑ってても、誰かは喜ぶよ。一緒に悲しんでくれてありがとうってな。そういう意味じゃ、誰かを助けてるって事にもなるかもな」
死神さんは、いつになく真面目な事を言っていた。
「けどよ、その一方で誰かはワリを食ってる。こいつのせいでな。お前も見たろ、あのデブを。あのデブはそこの優等生とやらに優しくされて、それでああなったんだ。時間を巻き戻さない限り、二人の人間を殺した殺人者ってワケだよ」
「それはちょっと、乱暴過ぎやしませんか」
明石さんを庇うつもりは毛頭ないが、言い過ぎだろう。
確かに、細山君は彼女に優しくされて好きになったのかもしれない。だけど、彼がバタフライナイフみたいなモノを携帯して、あまつさえ僕らを殺したのは彼自身に、元からそういった部分があった筈なんだ。
「お前さ、こいつに邪魔されてんだぞ? それも二回もな。このパッツンさえいなけりゃ、あのデブに二回も殺される事はなかったんだ。良いか、この女はオレらにとって障害なんだよ」
ああ、そういう意味か。
死神さんは己の目的を達成出来ないかもしれないから、こんなに怒ってるんだ。
「ま、それだけじゃねーしな。この女はクラスでの『委員長』の地位を得る為に陰で色々とやってやがったんだよ。心の中じゃ平気な顔で人を騙して、人を嗤って蹴落としてたんだ」
「それだって、誰もがやってる事じゃないですか」
「……お前は、やってない。ま、お前は大抵の事に興味を持たねーからだけどよ。確かに大勢いるだろうぜ、人を騙してるなんて事してる奴らはよ。けど、お前みたいに気持ち悪いぐらい清廉潔白な奴だっている。だからこそ、オレらがいる。現世じゃ他人を突き落として良い目見てきた奴らを、こっちでズタボロのボロ雑巾にし尽くす為にな」
僕は改めて、この人が心底死神なのだと思い知る。
なんだよ、派遣のくせにきっちり自分の仕事して、凄く格好良いじゃないか。
でも、僕はそんな事はおくびにも出さずに口を開く。
「ま、明石さんにポイントがないって事は分かりましたよ」
それでも、僕は絶対的に明石さんが悪いとは思えない。
猫を被り、人を騙し、人を笑う。そんなの誰だってやっている事なんだから。
「おー、そうか。そいじゃパッツンにはここで、えーと、半年ぐらい待っててもらうからな」
「……何ですって?」
「うるせーんだよ犯罪者。今こっちは天国も地獄も満員御礼なんだよ。空きが出たら真っ先に地獄の血の池に叩き込んでやっから大人しくしとけ」
死神さんは、話はこれで終わりだとばかりに背を向けて寝転がる。
明石さんは顔面を蒼白にして座り込んだ。うわー、凄い、女の子って本当に女の子座りするんだー。
「ふ、ふざけないでよっ。こんな何もないところで半年間も過ごせる訳ないじゃない!」
同感。だからこそ、僕は生き返りチャレンジを選んだのである。
……ん?
「あの、死神さん」
「何? もう挑戦しに行くのか?」
「いや、聞きたい事があります」
僕はなんだか、とても嫌な予感がしていた。
「あの、そもそも何で、明石さんがここにいるんですか?」
そう、忘れていた。死神さんが何だかかっちょいー事を言って上手く話をシメたような空気が漂ってはいたのだが、忘れていてはいけない。
時間を巻き戻すって生き返りチャレンジの性質上、本来なら、明石さんはここに来る筈の人じゃないんだから。
「あー、その、な」
死神さんは僕に向き直り、髪の毛をわさわさと掻き毟った。
「――失敗しちゃった★」
また星が黒ーい!
しかもわざわざ僕に見えるよう髪の毛を掻き分けてから舌を出してお惚けている。芸が細かいなー、この人。
「さっきから聞いてるんですけど、失敗って何が、ですか?」
「うーん。パッツンをここに連れてきちゃったって事だな」
連れてきちゃった?
「えーと、それって?」
「おー、それがな、お前が死んだ時さ、そのパッツンもかーなり近いところにいたんだよ」
あ。
もしかして、死ぬ間際に圧し掛かってきたのは……。
「私よ」
明石さんがぶっきら棒に口を挟んでくる。
あー、やっぱり。
「でも、近いところにいたからって、それとこれとは関係ないでしょう」
「ま、それだけじゃ何もないんだけどよ。お前とパッツン、死ぬ時間も結構近かったんだわ。時間と場所。この二つが、またはどちらかがほぼ同じだった場合、ちょっと面倒なんだよな」
死神さんはへらへらと笑っていた。
「そもそも、生き返りチャレンジが失敗してお前をこっちに呼ぶ時、オレはここからお前を観測して、ある程度の当たりをつけて引っ張って来るんだよ。で、これが意外と難しい。一歩タイミングを間違っちまえば、お前は体に穴開けられた状態でこっちに来るって事だからな」
「はあ、それで?」
「うん。つまり、オレは基本的にお前しか見てねーんだよ。しかも、もう二百回近くも繰り返してきた事だからさ、ちーと手も抜いちゃうワケ。まあ、これはオレとお前との信頼関係の上に成り立って出来る事なんだが」
へー、僕って死神さんを信頼してたんだ。知らなかった。
「今回は、明石さんを見ていなかったと?」
「おー、そーなんだよなー。んで、時間も近かったし、ついつい面倒だからお前と一緒に引っ張ってきちまったんだよ」
あれ? じゃあ何か、今の状況は全部この人が悪いんじゃないのか。
「おいおい、そんな顔すんなって。どーせパッツンだっていつか死ぬ。あー、だからさー、ちーと死期が早まったって事でいーだろ?」
これは、まずい。
「……あの。確か、明石さんにはポイントがないんでしたよね?」
死神さんは元気いっぱいに頷く。
「つまり、生き返りチャレンジに挑戦出来ない、関与出来ないって事にも繋がりますよね?」
「おー、そーだよ」
「だったら、次に僕がチャレンジに行って時間を巻き戻したら、明石さんってどうなっちゃうんですか?」
僕はごくりと唾を飲んだ。
「あははは、死んじゃう。完全に死ぬ。いや体とかは向こうに残ってて巻き戻されるんだけどさ、ループさせた瞬間こっちにいるパッツンは完全に死んじゃうわけよ。戻れないんだから仕方ねーよな」
やっぱり。
こっちの明石さんと、向こうの明石さん。
同じ存在が同じ時間、同じ場所にいられる筈もないよな。
「ねえ、さっきから思ってたんだけどさ、生き返りってなんなのよ? それに、ループだとか巻き戻しとかって、あんたら頭大丈夫?」
乗りかかった船だ。説明するしかないな。
「全部あんたのせいじゃないのよ!」
僕は明石さんに胸倉を掴まれて、体を目茶目茶に揺さぶられていた。
生き返りチャレンジの事、ルールやら、僕が今までに何回挑戦してきたかってのを語り終えた瞬間からこんな目に遭っている。
死神さんは寝転がってノートをぺらぺらとめくっているだけで、助けてくれる素振りさえ見せなかった。
「あんたが生き返りなんてしようとするから、私が死んだんじゃない! どうしてくれんのよ!」
どうしようもないです。
「あー! 本当最悪!」
明石さんは僕から手を離し、パンツが見えてるのにも気にしないでうつ伏せになって体を伸ばしている。
まあ、流石に申し訳ないし、可哀想でもあるな。
「……死神さん、どうにかなりませんか?」
「お前、そいつを助けたいとか言うんじゃないだろうな?」
「ああ、助ける方法はあるんですね」
死神さんは舌打ちをして、ノートを畳んだ。
「方法はあるには、ある。けど、お前が完全に死ぬ事になっちまうな」
「じゃあ諦めましょうか」
「はあああああ!?」
明石さんは吼える。何と言うか、もう委員長の仮面を完全に脱ぎ捨てているよなあ。
「だって、僕死にたくないですから」
と言うより、半年もここで過ごしたくないだけでは、あるのだけど。
「どうせ明石さんが助かる、と言うより元通りになるには僕が生き返りチャレンジを諦めなくちゃいけないんでしょう? そうすれば、世界は概ね元通りになりますもんね」
「おー、良く分かってんじゃん。パッツン、残念だったな。こいつは諦めねーぞ」
明石さんは立ち上がり、再び僕に迫る。
「駄目よ、諦めてもらうわ。そうすれば私は生き返れるんでしょ」
「それは、駄目だよ」
「どうして!? だって私、あんたのせいで死んじゃうのよ!?」
その点については、非常に申し訳ないなあと思っているよ。出来る事ならば、助けてあげたいとも。
だけど、僕は明石さんとはただのクラスメートでしかない。
彼女を助ける理由も最初からなければ、そのせいで僕が死ぬと言うのなら、彼女には何もしてあげられない。
「僕は君の身代わりになるつもりはない」
「なん、ですって?」
明石さんの顔に赤みが差す。
多分、僕は今から殴られるんだろうな。
しかし、明石さんは僕の予想とは裏腹に、非常に楽しげに口角を吊り上げたのだ。
「……良いわ。じゃあ私、この事を伝えてやるんだから」
その台詞に、僕はとうとう明石さんが壊れてしまったのだと決め付ける。この状況、何もない、僕ら以外に誰もいない世界で、彼女は何を、誰に伝えると言うのだろう。
「あ、え、お、おい……」
だが、焦っている者が約一名。
「ちょ、ちょい待てって」
何を隠そう、取り乱しているのは死神さんである。彼女の顔色は窺えないのだが、恐らくは真っ青になって冷や汗をかいているに違いない。そう思わせるくらいの焦り具合だった。
「な、なあ、落ち着いて話でもしよーや、な、パッツン?」
「パッツンってあだ名は気に入らないけど、まあ、良いわ。話しましょう?」
ああ、死神さんは自ら墓穴を掘って、もう既にその穴の中に半分ほど入っている。
明石さんの目を見れば一目瞭然なのに。彼女は今、してやったりと言わんばかりに目が笑っているのだ。
「お、おう。だ、だから、な? 上司には言わないでくれよ、頼む! な!」
死神さん、言わなくても良い事を喋りだす。この調子だと、根掘り葉掘り大事な事は持っていかれるだろうな。と言うかだな、この人、決定的に何かが抜けている。爪が甘いと言うか、何と言うか。
「あなた、上司が怖いって言ってたわよね? あーあ、私ってあなたの失敗のせいで連れてこられて死んじゃったのよね。これって業務上過失致死に当たるんじゃないのかしら? ……地獄にも裁判所ってあるのかなー」
「う、うわああ! ちょ、ちょい待てって! ある、あるっ、あるから! お前も何とかなるから!」
か、かっこ悪い。
死神さんすっげー駄目だ。
明石さんはふふんと笑み、崩れ落ちる死神さんを見下ろしている。何だか、他人を見下す事がやけに似合っている人だ。
「それじゃ、何とかしてもらいましょうか」
正直、僕には死神さんの言う方法が思い付いていたりする。
だが、この方法は明石さんが思っているよりも過酷で、何より残酷だろう。ポイントのない彼女を救うには、そして何よりポイントがあったとしても。
そう、死んだ者が現世に帰りたいと救いを求めるのなら、その方法は一つしかない。
僕は溜め息を吐いて、死神さんを眺めた。
「んじゃ、まあ、やるしかねーか、はーあ。おい、ちょっと良いか」
死神さんに手招きされ、僕は彼女の傍まで寄っていく。
「オレの言いたい事が分かってるとは思うけど、確認を取っとく。お前のポイント、パッツンに渡すぞ」
やっぱり、な。
僕は出来るだけ神妙に頷く。
「僕も聞いておきますけど、ポイントの譲渡なんて、そんな事が出来るんですか?」
「……一応、出来る。けどこりゃ裏技だかんな。誰にも言うんじゃねーぞ」
安心して欲しい。こんな事を言ったところで誰にも信じてもらえない。
死神さんは憂鬱そうに溜め息を漏らすと、ノートを広げて、髪の毛から消しゴムを取り出した。
そこで、僕は彼女が何をしようとしているのか察しが付く。
「あ、おい。ノートの中身は見んじゃねーよ」
言われて、僕は死神さんから距離を取った。
恐らく、死神さんはノートの中身を書き換えるつもりなのだろう。あのノートにはここに来た者のデータが細かに書き込まれている。それは個人の嗜好であったり、死因であったり、この世界で大きな意味を持つポイントも然り、だ。
僕の欄に書かれているであろう所持ポイント五百点を消して四百点に。
明石さんのポイント欄に書かれているであろう零を消して、僕の持っていた百点をそこに書き足す。
理屈は分からないが、そんな感じで譲渡は可能なのだろう。
「譲渡に条件はあるんですか?」
死神さんは意外に繊細な所作で消しゴムを操っていた。
「あー、そうだよ。まず、完全に死んだ人間、つまり天国か地獄のどっちかに行っちまった奴からはポイントと、ノートからはポイントを書くところが失われるんだ。だから、そういう裏技が出来るのは今だけ。交換する奴同士がここにいる時だけ。あーあー、運が良かったなあ、パッツンよお」
「ねえ、あの人は何を言っているの?」
明石さんは目を丸くして僕に尋ねてくる。
「さあ」
僕は明石さんの目を見る事が出来なかった。
暗澹とした思いで、憐憫を込めて彼女の横顔を見遣る。
そう、明石つみきが救われるには、彼女自身も生き返りチャレンジを受けるしかないのだ。
繰り返される世界と巻き戻される時間の中で、何度も死に、あるいは殺され、その度に絶望を味わい、ささやかな希望を噛み締める。
世界と自分。どちらかが壊れるまでの、長い長い、もしかしたら終わりのない苦行。
「ただ、覚悟はしておいた方が良いよ」
それはまた、僕自身にも言える事だった。