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プレイヤー二十人でお送りする、異世界デスゲーム  作者: PKT
開始から二週間
32/39

ナツネとコスモ 2

 当初順調だった洞窟の探索は、二十分程かけて前進した位置で早くも暗雲が立ち込めていた。

 当初一本道だった洞窟は、途中から複雑に分岐。結果、コスモ達一行は前後左右どころか、場所によっては上下からも飛び出してくる敵の対処に忙殺させられていた。

「ジリ貧もいいところだな、こりゃ」

 コスモが、いかにも冒険者らしいブロードソードで蜂モドキの首を刎ねる。

「ナツネちゃんがいなかったら、肉体か精神の疲労で、誰かが命を落としててもおかしくないな」

 ウィルコックが、先端に槍の穂先を取りつけたような奇妙な形状のメイスを振るいながら答える。かろうじて微笑みを浮かべているが、襟元は汗でぐっしょりと濡れている。

「引き返したいところだが、後ろもお客さんが続々詰めかけてるぜ。満員御礼だな」

 背後で皆の背中を守るトルキスクが、肩で息をしながらスティレットを突き出す。本来、もう一本スティレットを握っていたはずの手には、代わりにコスモのバックラーが握られている。敵の体液に塗れたそれは、既に元の色すらわからない有様だ。それどころか溶解液によって溶かされ、形すら変わっていた。

「そろそろ魔力ももたないけど、どうする?やっぱり後ろを強行突破する?」

 松明代わりの光球を浮かべて視界を確保しつつ、ほどよく援護の炎弾を飛ばしていたレゼが、現状の維持がそう遠くないうちに不可能となる事を告げる。

「・・・」

 そしてナツネは、話す暇もなくただ音色を奏で続ける。酸欠気味なのかただ単に恐怖の故か、顔がやや青白く、表情は必死そのものだ。

「どうにか後退するしかないだろう。殿は俺とコスモで務めるとして、レゼは突破口を開いてくれるか」

「いいけど・・・ここで大きいのを一つ撃ったら、もう次に同じ規模のは撃てないかもよ?」

「なら、道が開いた隙に全員で駆け抜けよう、ぜっ!」

「走るとなれば、ナツネちゃんも笛を吹く余裕はないだろう。今まで緩和されていた諸々の疲労が、一気に襲ってくるぞ。いつっ!?この野郎!!」

「それでも、一か八かやるしかねえだろう。このまま嬲られるのを待ってるのは性に合わねえ!」

 死線の中で、全員の意志が一致する。

「よし、レゼはカウント頼む。ゼロを合図に、出口へ向かって徒競走だ!」

 まとめ役のウィルコックがそう纏めて、レゼ以外が口を噤む。


「じゃあ、行くよ。さん・・・にぃ・・・いち・・・ゼロ!」

 トルキスクが身をかがめ、レゼが後方へと火炎の濁流を放つ。トルキスクの後頭部の髪が、熱波で縮れた。

 前衛二人も、対面していた虫達を押し返し、身を翻して出口へとかける。その二人の全身にかかる重力が、突如として増加する。

「----っ!?」

「のぅっ!?」

 いや、重力が増加したのではなかった。ナツネの演奏のおかげで感じずに済んでいた疲労が、一挙に圧し掛かってきたのだ。ウィルコックはたまらず膝を折り、コスモはよろめきつつもどうにか駆け出した。

 コスモの眼前には、笛を胸元に抱きしめながら駆けるナツネ。その先には、行く手を阻む魔物を最低限の交戦で退けるトルキスクと、牽制の為に小さな炎弾をばらまくレゼ。

 足場が悪く、足腰が疲労で思うように動かないのもあって何度も転びかけるコスモ。しかし、ここで前の三人とはぐれたら間違いなく死ぬという確信から、ただ必死に、我武者羅に前へと脚を動かす。

 そうして必死に進んでどれくらい経ったのか、ようやく出口の光が見え始める。

 感極まって思わず涙ぐむコスモだったが、現実はその感動をいとも簡単に絶望へと変える。

 突如、二番手を走っていたトルキスクが前のめりに倒れた。咄嗟に助け起こそうと振り向いたレゼは、彼の片脚がなくなっていることに気付く。大腿部の中間あたりから下が、ごっそりともぎ取られていた。 

「あし・・・たてない・・・たすけ・・・」

 レゼに助けを求めるために伸ばされた腕が、地面から現れたそいつによって食い千切られる。そいつ---ミミズに無数の歯を備えた口を付け足したような姿のバイトワームは、再び地中へと姿を消した。

「ひっ・・!?」

 レゼは表情を恐怖一色に染め上げ、二、三歩後ずさる。そして、次の瞬間にはくるりと背を向けて、出口へと走り去っていった。

「あ・・・」

 そして、レゼ以上に恐怖で表情を歪めたトルキスクは、三度地中から現れた死の迎えによって胴体を食われ、真っ二つとなった姿で絶命した。

 後ろから一部始終を見ていたコスモとナツネにも、何が起きたかはわかった。だが、幸いにも照明係のレゼがいなくなったことで、トルキスクの無残な姿をはっきりと肉眼で見る事はなかった。もし見えていれば、間違いなく胃の中のものを逆流させて、足を止めていたに違いない。

「立ち止まってる場合じゃない!出口まで駆け抜けるんだ!!」

「・・・っ!」

 コスモがすれ違い様にナツネの背を叩き、言葉通りに駆け出す。ナツネはそれによって自失から覚めたというよりは、自分一人が置いていかれるという恐怖に突き動かされて、震える脚を動かした。

 先に、コスモが洞窟の外へと脱出を果たす。陽の光を全身に浴びることで僅かに心に余裕ができた彼は、後ろを振り向き、そして見た。

 懸命に駆けるナツネの後ろから、蟷螂の斧などといえないような鋭利な鎌を振り上げながら、カマキリの魔物が追ってきている。それはまさに、死神の鎌に追われる少女という光景だった。

 助けるために一歩を踏み出そうとしたコスモに、彼の合理的な心が囁いた。


『このまま彼女を見捨てれば、自分は安全だ。その上、将来のライバルが一人減って万々歳じゃないか』


 コスモは、逡巡しなかった。


「やなこった、クソッタレっ!!」


 あえて意志を声と出し、重い足を引きずって駆け出した。

 その姿を見て、ナツネは一瞬だけコスモを疑った。もしかして、この機に乗じて私を殺すつもりなんじゃないか?と。しかし、ナツネは脚を緩めはしなかった。彼女の知る限り、コスモという男の子は突き抜けたバカだ。敵であるはずの私と一緒に依頼へと挑み、終始警戒していたあたしと違って、一切こちらに警戒してる素振りを見せなかった、大物のバカだ。

 そんなバカが、今更私を殺そうとするはずなんてない。


 ナツネは、大バカなコスモを信じた。


 コスモとナツネがすれ違う。コスモの視線は、ナツネの後ろへ向いている。


 その目を見て、ナツネも背後へと振り向く。


 迫るのは、彼女の首などいとも簡単に刈り取るであろう鋭利な鎌を、今にも振り下ろさんとする化け物。


 その前に立ち塞がるのは、満身創痍にもかかわらず剣を振りかぶるバカの姿。


 そのバカは、剣を振り下ろす仕草の途中で手を放した。


 蟷螂の頭へ向かって飛んでいくブロードソードと、狙いを変えてコスモへと振り下ろされる鎌。


 ブロードソードは、狙い違わず蟷螂の頭を串刺しにした。

 そしてコスモは、身を捩って必殺の一撃を避けようと試みた---。




 -----------------------------




「ごめんね、ごめん。ごめんなさい・・・!」

 洞窟からやや離れた林の中に、少女の嗚咽が響いていた。

 涙と謝罪の言葉をただただ零し続ける少女に、左腕を失った少年は無理をしているのが丸分かりの笑いを浮かべる。

「いいんだ。二人とも生きている。それで充分だよ」

 少年は、どうにか顔だけを少女の方へ向けてそう告げた。

 腕の痛みは、不思議と感じなかった。ただ、自分が守ろうとしたものが無事でそこに居てくれるだけで、何故か満足できた。

『俺、やっぱりこのまま死ぬのかな?でも、なんだか不思議と悪くない気分だ。なら、もういいかな』



 その後、別の冒険者の一団が彼らを見つけた。

 魂を吸い寄せられるような音色に釣られてやってきた彼らが見たものは、腕を失くして横たわる少年と、涙を零しながら笛を吹く少女の姿だった。


 レゼは戻ってくることはなく、コスモの後ろから走っていたはずのウィルコックも、ついに洞窟から出てくることはなかった・・・。

深夜にもかかわらず目だけは爛々としています、どうも作者です。

作中での二週間目に突入して最初にお送りしておりますのは、コスモとナツネのボーイミーツガールな描写です。

ちょっときつい表現もありましたが、いかがだったでしょうか。


実は、二人の描写がもう一話だけ続きます。その後に書くキャラクターはまだ決めていませんので、推しキャラとかあればコメント頂けると、そのキャラの描写を先にするかもしれません。もっとも、この二週間の間に変化のあるキャラであればですが。


おかげさまで、累計1000pvの達成が間近となってまいりました。拙作を読んでいただいている皆様には、感謝の言葉もありません。

引き続き、”一冊のライトノベルから始まった、冒険者ギルド運営”の方と並行して更新を続けていきますので、見捨てずにお付き合いくだされば、感涙の至りです。


では、また次回更新でお会いできますことを。

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