怨執の元仲間
俺は二年前まで人間の街で冒険者をやっていた。
魔族領から逃げ出しなんとか人間領まで来たはいいが、いかんせん人間領の知識に乏しい故の選択だ。
人間側にはどういった礼儀作法や一般常識があるのか分からない。
穏やかに生活するには正直世間知らず過ぎたわけだ。
正直な事を言えば金になるからではあったが。
己の命を資本に働く冒険者は実入りがいいのは言わずもがな。
名を上げれば人生薔薇色も夢ではない。俺は晴れやかな未来を手に入れるため、冒険者としてパーティーを組み、活動していたわけだ。
とはいえ、最大の目的は力をつけることだったが。
危険と隣合わせではあるが、多くの実戦経験を得られる。俺が最も求めているのは強くなることなので、冒険者に当然のようになった。
そんな俺が組んでいたパーティーメンバーはベルスとルルカ、ネメシアとラリー達。
最初は子供をパーティーに入れるのは微妙だと言われて冒険者達からたらい回しにされていたが、ベルス達が雑用係りとしてなら入れてもいいぞと言ってくれたのだ。
それから俺の魔法を見て、正式にパーティーメンバーに加入することになる。
ベルスは長剣を用いた典型的な前衛アタッカー。短く切り揃えた赤髪で、まさに熱血漢といった性格だな。
少しばかり女癖が悪く、よく女を口説いてはトラブルを呼び込んでいたっけ。
腕っぷしは強いので殆ど痛い思いをすることはなかったようだが。
ルルカは弓を使う後衛。透き通るような青の長髪で、出るところは出ている体型の美人さん。
豊満な胸をしているのだが、弓を射るさいには邪魔になるのでハーフプレートで押さえ付けている。
胸の形が悪くなるからいやだなぁ、とよく俺にしつこくアピールしてきたもので、だったら弓使いを辞めたら? というと、魔物に近付きたくないから嫌だと我が儘をたれる女だった。
ネメシアは神官で、癒しの魔法をメインに使うサポーターを務め、戦闘はあまり得意ではない。
白髪のミディアムヘアで、可愛らしい顔立ちをしている。
男慣れしていないため、ベルスとラリーの二人とは会話が少なかった。
しかし、俺は年下で弟のように感じるらしく、問題なく話せたな。
もとは三神教の神官だったが謂れのない罪を被せられて除名処分を受け、家に帰ることも出来ず、仕方なく冒険者をすることになったとか。
中々悲惨な過去である。
最後にラリーだが。まぁ、一言で表すと悪知恵が働く嫌な奴だ。
金髪オールバッグで、身長はそこそこ高い。
獲物は剣と盾で、ラリーも前衛アタッカーである。
ラリーは問題児で、兎に角誰かが困っている姿を見るのが好きで仕方なく、よく新米冒険者を苛めては笑っていたな。
効率を無視して魔物を嬲りながら殺すので一緒に活動していると疲れる。
俺もパーティーに入った最初の頃はよく弄られたのだが、俺の魔法の威力を見るや手の平を返したように態度が豹変した。
身内にいる限りはいいが、外から突っかかられると面倒なタイプの奴だ。
俺を含めたこの五人で活動していたが、正直仲はあまり良くなかった。
というのもベルスとラリーが俺にあまりいい感情を持っていなかったから。
自画自賛ではないが、俺の容姿は整っている。
それは子供であっても女性の視線を集めることからも十分自覚していた。
魔族とはいえ、人の姿に近いデヴィル種と容姿が美しい天族のハーフで、父は魔族の中でもトップクラスの美しい容姿を持っていた。
その遺伝子を持つ俺が美形なのは自然の摂理なのだろう。
故に男である二人には面白くなかった。しかも幼いながらに魔法の腕がたち、冒険者内で話題となれば二人の嫉妬心に拍車をかけてしまうのは明白。
同じパーティーメンバーの女性二人といつも仲良く話し、他の女性からもチヤホヤされれば男として妬むだろう。
そんな不安要素を抱えたままほうっておいた結果、ベルスとラリーに襲われ、俺の正体がバレる事態となり、皆に裏切られることとなった。
いや、ネメシアは俺を殺そうとしなかった分裏切ったとは言いづらいか。
しかし、二年間を共にした仲間を容易く裏切るとは思わなかった。
しかも、街に逃げ帰っても街の連中は俺の正体が分かると討伐依頼を出す始末。
そんな最中に付けられた俺の侮蔑名は"穢れた落とし子"だ。
俺の転落人生の発端となった原因の二人が今、目の前にいるのだ。
「よっと…………にしても、あの"穢れた落子"は見えないな」
「お疲れベルス。やっぱりあいつ、野垂れ死んでるんじゃない?」
ベルスがジャバウォックから降りてくると、ルルカが迎えるように近寄る。
こいつら、俺を探しに来たのか。
あれから二年も経っているのにまだ討伐依頼が取り消されていないとは。余程俺という存在が許せないようだな。
まぁ、正体を隠して連中を騙していた訳だから怒るのも分かるが。
それでも、俺は街の連中に気に入られようと頑張って努力してきたのだ。
街の奉仕活動に積極的に参加したし、トラブルが起きたら手伝ったりもした。
それにも関わらず俺が半魔半天だと判明すると今までの顔が嘘のように豹変しやがったからな。
ぜってぇ許さねぇ。
「穢れた落とし子の討伐報酬は美味しいんですけどね。国も研究材料として欲しくなったからか、金額が一気に上がりましたし」
「ねぇ~。あれはビックリだよ。この四人で分けても一生遊んで暮らせるくらいなんだもん」
「でもルルカさん。その穢れた落とし子はかなりの腕の魔法使いなんですよね?」
「まぁね。でも、魔法以外はからっきしだから魔法さえうたせなければ大丈夫よ」
ルルカと他の女二人が俺のことを話している。
どうやら討伐依頼は取り消されるどころか報酬が値上げされたようだな。
俺は天族と魔族のハーフ。貴重な研究材料であるのは確かだろう。
これはいよいよもって俺の立場が危ういのかも知れない。もし、人間に見つかれば大事になるし、本格的にこの森に討伐隊が送り込まれる危険性もある。
「まったくだ。あの野郎にこの拳一発ぶちこむだけでくたばるほど弱い。要は見つけ次第この剣で斬れば終わりってことだ」
ベルスが白く美しい剣をうっとりとした表情で眺め、何度か剣を振るう。
すると辺りの木に白い斬撃が振るった回数分走り、何本かの木が倒れた。
その姿を見ていると激しい怒りが込み上げて溢れ出しそうになる。
あの剣を我が物顔で扱うあいつが許せない。あの穢らわしい手で美しい白い剣を握るなと怒鳴りたい。
しかし、今ここで声を出せば俺は瞬く間に殺されて終わりだろう。
話しを聞くかぎり、ベルスはジャバウォックを単独撃破出来るほどの腕にまで成長している。例えあの剣のおかげとはいえ。
恐らくは上級クラスの実力者となっているのではないか。
それにルルカも弓の腕はかなりのもの。
いつもは色香を振り撒いてはいるが、いざ戦闘になれば人が変わったように真面目になるので、油断出来ない相手である。
残る二人の女は見た目からして魔法使いとタンクなんだろうが、どれ程の腕か分からないので不用意な行動は避けたい。
「ま、確かにそうよね。その剣があればあいつも簡単に倒せるでしょ」
「あぁ、この白閃鬼があれば上空を飛び回るワイバーンすらも簡単に落とせるからな」
まるで自分の物のように言いやがって。
あの剣は元々俺の物だ。正確にはアイビーが俺を逃す前に渡してくれた宝剣である。
しかし、俺を追い詰める最中、ベルスは俺から白閃鬼を奪ったのだ。
恐らく、ベルスとラリーは俺が持っていた宝目当てで襲ったのもあったのだろう。
腸が煮えくり返る思いだ。ベルスと俺自身に。
俺を思ってアイビーはあの宝剣を渡してくれたというのに奪われてしまったのだから。
なんとも不甲斐なさすぎる。アイビーにどう謝ったらいいのか。
しかし、今この状況、実は好機なのでは?
奴等は俺達に気付いていない。奇襲を仕掛ければ有効打になるだろう。
白閃鬼を取り戻すチャンスであり、復讐する絶好の機会。これを逃せば後で後悔することになりそうだ。
それに、今の俺は一人ではない。
槍の名人であるビオラがいるならば勝てる可能性は大いにある。
ここは雪辱を晴らすためにいくべきだろう。
「ビオラ、頼みが…………」
「……人間……」
ビオラに協力を頼もうと思ったのだが、彼女は憎しみの混じったような瞳をしつつも、悲しげな表情をしている。
そうか、ダークエルフ達は人間の罠に嵌まったっていってたな。
人間への憎しみと同族達の悲劇に対する悲しみで複雑な心境なのだろう。
「…………憎いのか?」
「っ!? ……いえ…………すみません、憎いというより……何か胸がモヤモヤっとするのです……」
「そうか………」
「……もう大分昔の話しなんですけどね。でも、私にとってはついこの間のことですから……」
彼女は封印されていた。その間彼女の体感時間は止まっていたわけで、目覚めたら千年が過ぎていた。
浦島太郎状態なうえ、ついさっきまでは同族がオークに変異させられていくという地獄を味わっていたのだ。
彼女がどれ程辛いのか、想像もつかない。
「……だろうな……大丈夫か? 」
「……はい、少しばかり胸に何かが突っかえている感じで、問題はありません」
「……そうか…………俺は奴等が憎い」
「アーク様?」
俺の言葉にビオラが驚いた表情をする。
一体何があったのだろうという顔をするので俺は事情を説明しようと思う。
「奴等は俺の元仲間でな。俺が魔族と天族のハーフだと分かると俺を殺そうとしてきたんだ」
「っ……なんてことを……」
「さらに、俺からあの白い剣、白閃鬼を奪っていった」
「アーク様……」
「頼むビオラ。俺に力を貸してくれ」
「アーク様、お気になさらず、我が力存分にお役立て下さい」
ビオラは協力を約束してくれた。その表情に先程の感情は見られず、とても頼もしい表情だ。