彼女の境遇
「…………俺はアーク・サファイア…………魔族と天族のハーフだ…………」
「……珍しい……というより、そんなことがあり得るんですか? 天敵どうしのハーフなんて……でも、その翼……」
さて、ビオラを解放して嬉し恥ずかしな熱い包容を受けて暫くすると、彼女は我を取り戻したのか俺を解放して現状の話をする。
取り敢えず彼女には俺が持っていた適当なタオルを巻いてもらった。
因みに、アイテムボックスという異次元ポケットのご都合主義のアイテムがあり、その中に保管していたものだ。
アイテムボックスの形は様々で容量もまばらであり、俺の場合は指輪である。
これは魔族領から逃げる前にアイビーが必要だろうとくれた物なのだが、何故か左の薬指につけやがった。そんでもって、登録式らしく、一度薬指につけるとそこに嵌めないと使えないのである。
一応大きさは自動で調整してくれるので、俺の成長には問題ないが……。
あいつが俺の薬指にアイテムボックスを嵌める時の顔は怖かった。キレイな顔が情欲にまみれて歪みきってたな。
「ま、俺の父親が天族の捕虜と作った子供だからな。実際、前例がないんだよ」
前例がない故に、成長が遅いという事も分からなかったんだよな。
とはいえ、本当にハーフだから成長が遅いのか分かりかねるが。
他に同じ境遇の兄弟がいれば判断もついたろうに。
「…………そうですか…………あ、大変失礼を、申し遅れました。私はビオラ・オルクス。ダークエルフの国、オルクス国の王族で、アビスエルフです……」
ビオラは姿勢を正し、その場で跪いた。
そういう態度は慣れていないのでちょっと止めて欲しい。反応に困る。
「……あ、うん…………えっと……アビスエルフか…………アビスエルフってのはダークエルフの上位種でいいか?」
「はい、そうなります。ダークエルフを統べる王がアビスエルフです」
「やはりか。で、なんであの結晶に封印されてたの?」
「ダークエルフ再興のためです」
「再興ね…………でもさ、ダークエルフは大昔に滅んだって言われてる。実際、ダークエルフの話なんて勉強でチラッとしか出てこないほどだ」
城でこの世界の常識を教わってた時くらいだもんな、ダークエルフの名前が出たのは。
反対に、エルフは繁栄していて、大きな国を作ってるんだけどな。
魔族には敵対的で、魔族領にはいないから会ったこともないけど。
聞く話によると、人や魔族には高圧的らしいし、口汚く罵ってくることもあるそうだから会いたくもないが。
「……違うんです…………」
「うん?」
「あ、いえ……そのことは置いておいて、あなた様はサファイア家のお方なんですね? 」
「…………追い出されたけどね……」
サファイア家。伍魔皇筆頭にして最強と呼ばれる魔皇の家計。
生まれる子供は皆強大な力を持ち、子供の出生が知れれば魔族領に騒ぎを起こすほどだ。
俺が生まれた時は極秘だったので騒ぎは起きなかったが、俺の存在が公表された時に大騒ぎになったもんだ。
そんでもって、俺が魔族と天族のハーフだという事が広まるともっと騒ぎになって大変だった。
酷い時には俺を解剖して研究したいって奴まで現れたし。
そいつがどうなったかは詳しくは言わないでおこう。言えることは世にもおぞましい末路だったことだけだ。
「ですが、それでも名高きサファイア家の出身ならば、強大なお力をお持ちなのでは?」
「期待しているところ心苦しいが、俺は落ちこぼれでね、魔法ならばそこそこは出来るが、白兵戦はからっきし。剣術は自己流ながらもそこそこは出来るが、いかんせん身体がついてこない。実力はそこいらの魔族と変わらないかな」
自分で言っていて悲しくなる。
しかし、ここで嘘をついても仕方ないし、嘘をつきたくもない。
この状況で変に見栄を張ってもいいことないだろうし。
「……そう……ですか……」
「どうやら期待に答えられなかったようだね。すまない」
俺が弱いと言うと、暗い表情になる。
正直心が痛むも、こればかりは仕方ない。やはり嘘を言って裏切るよりもずっといい。
下手に期待させるよりも、きっぱりと諦めてもらったほうが後味は幾分がマシだろう。
「…………仕方ないですね…………あの……アーク様……お願いがあるのですが……」
「なんだい? 俺で出来ることなら可能な範囲で答えるけど」
「では…………お邪魔して…………あぁん! やっぱり可愛いい!」
「ふごっ!? 」
また抱き寄せられた。タオルがはだけて上半身が露になり、そこへ俺の頭が押し付けられる。
いやね、幸せですよ? しかしだね、何故こうなる? 俺強くないって言ったぞ。
なんでいきなり好感度高いんだよ。
いや、俺の容姿か? 確かに自分でいうのもなんだが可愛いらしいとは思う。
童顔ながらも整った顔立ちで、人間と誤魔化して活動してた時は女冒険者から詰め寄られてたもんだ。
まだ身体も小さいってのに皆キャーキャー言ってた。強力な魔法が使える上、この容姿、将来有望なイケメンに育つから唾つけましょとか。
多分、彼女もあいつらとおんなじなんだろう。決してアイビーのようにショタコンではないと思う。
けど、俺の匂いをクンカする辺り、そっちの気もありえる。oh……ジーザス……。絶対パンツは見つからないようにしないと……。
「もう堪らない! 私を目覚めさせてくれたのがアーク様で良かった! こんな可愛らしい方に仕えられるなんて!」
「ふご!?」
まてまて、俺に仕えるだ? 何故そうなる。俺は言っちゃなんだが大した力もないし、金だってない。
てか、この森から出られない引きこもりだ。
こんな俺に支えるメリットなんて一切ないぞ。
「あん! アーク様、そこは弱いんです……」
「ぶは! ちょっと待って欲しい!」
ビオラの脇腹に手を当てて自分の頭を彼女の胸元から離す。
少し名残惜しいが、それでも確認せねば、俺に支えるという言葉の意味を。
「俺に支えるってのはなんだ? 」
「? そのままの意味です。私を解放してくださったアーク様に支えるのが私の当面の目的となります」
「なんのために?」
「あなた様の力をお借りして、憎きエルフによって陥れられた我が同胞、ダークエルフを解放するためです」
「へ?」
ダークエルフを解放? なんだそれは? だってダークエルフは既に滅んでいる。
残されのは彼女一人で、他は死んでるはずでは?
もしかしてビオラと同じように別の場所で封印されてたり?
「…………ダークエルフ解放というのは……他の連中は別の場所で封印されているのか?」
「……いえ、そうではございません。他のダークエルフは皆姿を変えられて生きていると思います」
「……姿を変えられて? 」
「はい…………皆、オークに変異している筈です」
「……え、マジで?」
オークって…………二足歩行している以外ダークエルフとは似てもにつかないぞ?
オーク、有名な魔物だな。こちらの世界では魔族の一種とされているけど。
見た目は醜く太った人間そのもので、野蛮で粗野。常に悪臭を放っていて、他の生き物を見ると襲い掛かってくるので他の魔族からは嫌われている。
知能が低く、意志疎通も出来ないため、殊更避けられているのだ。
「……私が封印される前ですけど、人間とエルフの罠にかかって父が捕まってしまい、全てのダークエルフが呪いで異形の存在に変えられてしまったのです」
「…………それがオークか……」
「……はい。オークはダークエルフの国であるオルクス国をもじって名付けられました」
「…………なるほどね、そんでダークエルフ救済の望みを託して君を封印したと」
「……はい、呪いの影響を受けぬようこの隔絶結晶に私を封印し、我らをお救い下さる方が現れるまで眠りにつかされました」
「……中々ハードだね…………けどさ、申し訳ないんだが、君たちを救えるほどの力なんて俺はないよ?」
俺は落ちこぼれ。正直ダークエルフを呪いから解放するなんてこと出来る気がしない。
何せ、この森から出ることすら難しいってのに。
「今は、です。あなた様は私を封印から解き放ちました。であるからには、そのお身体には今後強大な存在になる可能性が秘められている筈です」
「え? そうなん?」
俺は強くなる可能性があるってのは嬉しいね。ただ、今まで眠った力がないか調べても分からなかったけど。
「はい。でなければ封印は解かれませんし、そもそも、ここまでたどり着けないのです」
「…………それって……」
「我等が支えるに値しない者が侵入すれば防御魔法が発動して今頃は消し炭になってます」
「わお」
おっと、迂闊に侵入しちゃったよ。運よく生きてたからよかったけど、下手したら死んでたってことか。
もしかして、あの不発だった魔法陣がそれか? もしお眼鏡にかなわなければ吹き飛んでたんだね。こわっ。
「ですので、アーク様はいずれ素晴らしいお力を得られる筈です。故に、私がアーク様を御守りし、我がダークエルフの一族をお助け下さい」
そう言ってビオラは片膝を地面について深々と礼をする。
「……えぇ…………」
しかし、そんなことをされても困る。
まず、俺はダークエルフを救う気がない。というかやれる気がしない。
自分の力は自分がよく知っている。とてもではないが、彼女の力にはなれないと思う。
「戸惑われるのは仕方ありません。ですが、どうか御身のお力をを御貸しください。我が同胞を解放していただければ、忠誠を捧げます」
「…………」
いや、忠誠を捧げられても困る。俺は別に国を治めるとか考えてないし……。
それに、目立つことをしたらあの糞兄貴に見つけられる可能性だってあるし…………。
「我が身全てを御身に捧げます」
「っ!?」
心が大きく揺れました。
もうね、こんな美女にそんなこと言われたら男は堪らんですよ、はい。
でも、やっぱり厳しいよなぁ…………自分の可能性がどんなもんか分からないのに、安請け合いするべきじゃないだろうし。
「……ビオラの提案は魅力的なんだけど、いかんせん自分にどんな能力があるのか分かんないんだよね……だから君の望みを叶えられるか……」
「であれば、私と共に鍛えましょう。こう見えても私は槍術に自信がございます。鍛練ならば私がお付き合いしますし、御身を御守り出来ますよ」
うーん、なんか引き下がってくれないなぁ…………。
仕方ない、俺の駄目っぷりを見れば諦めてくれるか……。
でも、もしかしたらビオラと共に行動すれば何か新しい可能性が見つかるかも。
期待に胸が膨らみ始めてきたな。