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 昔、何が切っ掛けで友人が出来るか分からないみたいな名言を残した人が居た筈だ。僕は今、その人の気持ちが痛いほど理解出来た。まさかこんな形で同じ学校の上級生とシュークリームを食べる事になるとは夢にも思わなかった。


「ほぅ、その金髪は自前だったのか。道理で綺麗だと思ったんだ」


 そしてそんな僕らの会話に、当たり前のように皿を拭きながら入ってくる爺ちゃん。正直助かる。

 爺ちゃんに髪を褒められた。上級生女子はちょっと恥ずかしそうに自分の髪を撫でた。なんだか少し可愛い仕草だ。スケバンのくせに。


「リタはハーフなのか。父君が海外の方なのか?」


「……母の方が……です。ノルウェーで……」


 僕は二人の会話を聞きながら情報収集に徹する。どうやらこの上級生の名前はリタ。名字は望月。髪色が金髪なのはハーフだからで、決して反抗期だからではない。そしてそれは着崩した制服も同様で、暑いからちょっと一時的に裾を捲ったりしていただけで、全て僕の勘違いだった。ちなみに本日は陸上部の大会前日会議があったとの事。

 だから制服だったのか、だからあんなに走るフォームが綺麗だったのか、と色々と納得しながら僕は二人の会話に聞き入っていた。

 なんか忘れてるような気もしないでもないけど。


「……ところで美影、お前……菫と約束してたんじゃないのか?」


 瞬間、飲んでいたココアをぶちまけそうになりつつも、なんとか堪えながら飲み込む僕。そして喫茶店の壁掛け時計を確認。妙に古い時計で、正午になるとハトが出てくる奴だ。ええい、そんな事より時間だ。


「……不味い、絶対怒ってる……」


 だってもう六時になりそうなんだもの。どちらかと言うと遅刻したのは菫先輩の方だが、結果的に見れば大遅刻してるのは僕の方だ。不味い、これは不味い、ただでさえ菫先輩……なんだか機嫌が悪かったのに。


「す、すみません! 僕これで……ぁ、爺ちゃん付けといて!」


「……まあ落ち着け美影。落ち着いたら後ろを振り返ってみろ」


 ……ん?


 そして背筋に悪寒が走る僕。そのままホラー映画の主人公のようにゆっくり……って、なんかデジャブが。


「……菫先輩?」


 そこには……可愛らしい白色をベースにした浴衣を着た菫先輩の姿が。というかいつの間に入ってきたんだ。この喫茶店に入れば扉に付けられたカウベルが鳴り響いて嫌でも気づく筈なのに。


 菫先輩は無言で僕の頬を抓ってくる。あぁ、怒ってる、マジで怒ってる。


「まあ待て菫。これには事情があるんだ」


 そこへ颯爽と助太刀してくれる爺ちゃん! なんて頼もしい。今日ほど爺ちゃんを頼もしく思えた日はないだろう。


「実は……美影が新しい女を連れてきたんだ。菫との約束をブッチして」


 前言撤回。何故そんな火に油な事を言うんだ。僕が爺ちゃんへ贈った称賛を返してほしい。しかしそれを聞いて、菫先輩はリタ先輩を確認。すると突然リタ先輩もカウンターから立ち上がり……そのまま菫先輩とハイタッチ。

 え? もしかして二人は仲良しなのか?


『幼馴染なの』


 そうメモ帳に書き示してくる菫先輩。何という事だ。こんな漫画みたいな展開、本当にあるのか。


「菫……彼のサイフ、私が拾って……」


 そしてリタ先輩は僕との馴れ初めを説明。いや、馴れ初めって恋仲同士が出会った時の事を言うんじゃないか? この言い方は適格では無い。適格では無いが、なんとなくニュアンスは伝わるだろう。


 菫先輩はリタ先輩の話を聞いて、聞きながら僕の頬を再び抓ってくる。いや何故に。僕何も悪くな……いや、悪いか。リタ先輩の事をカツアゲだと思って全速力で逃げ出したんだから。


『君は人の話を良く聞くべき』


 そう書いたメモ帖を掲げてくる菫先輩。うんうん、と頷く爺ちゃんとリタ先輩。なんだ、このリンチ状態は。凄い総攻撃されてる。もうダメだ、溶けてしまいそうだ。


 ところで色々あって言いそびれてたが、菫先輩の着ている浴衣は白をベースにした金魚柄。なんか可愛いけどイメージと違う。菫先輩はどちらかと言うとクールな要素の方が強いから……もっと濃い青色みたいなのを好むと思っていたのに。でも凄い似合っている。可愛い。


「菫先輩、その浴衣似合ってますよ。髪型も可愛いですし」


 髪型はあれだ。もはや浴衣と言えばこの髪型、みたいなお団子ヘアースタイル。ちょっとうなじに髪を垂らしているのがセクシーすぎる。これで縁側に座って団扇でも持ってたら完璧だ。傍には蚊取り線香が炊いてあるに違いない。


 すると菫先輩はソッポを向いてしまった。不味い、また何か女心を刺激するような事を言ってしまったのだろうか。駄目だ、僕は女心という物が本当に分からない。


 なんだか微妙な空気が漂う中、爺ちゃんは何か閃いたように喫茶店の奥へと。そのまま数回「婆さーん」と自身の妻へと呼びかけると、再び戻ってくる。


「美影、お前ちょっと先に祭りに行ってろ」


 なんで?! 僕一人だけ?!


「じ、爺ちゃん……何企んでるの?」


「いいから行け。この色男め」


 そのままわけの分からないまま一人喫茶店を追い出される僕。外は多少日が落ちてきて、若干薄暗くなっていた。そして数発、花火の試し打ちの音が。どうやら無事に花火大会も開催されるようだ。

 

 そして僕は一人寂しく祭りが行われる近所の神社へと向かう。

 この後の展開など何も知らないまま。




 ※




 祭りの会場へ近づくにつれ、浴衣女子の姿が増えてきた。そして共に歩くラフな姿をした男も。

 夏祭りに限らず、こういうイベントはリア充の巣窟だろう。なんてこった、僕一人で祭りに向かわせる爺ちゃんを恨まざるを得ない。菫先輩が傍にいれば、僕だって見た目だけならリア充だったのに。


 小さく溜息を吐きながら祭り会場へと到着。そのまま百段も無いのに百階段と命名されている階段を上り始めると、凄まじく甘い匂いと醤油の香りが同時に漂ってくる。その瞬間、僕の頭の中にあったリア充を憎む心など吹き飛んだ。もう僕の頭の中は出店の品を吟味する事しか考えられない。


 神社の階段を上り切ると、本堂に繋がる道の左右にズラーッ! と並ぶ出店の数々。素晴らしい、より取り見取りとはこの事か。しかし凄い人だ。リア充の他に学生や子供、缶ビールを片手に持ったシロクマなど、様々な人で溢れている。


 僕は基本的に人混みが苦手だ。もう都会の駅に行っただけで呆然と立ち尽くしてしまう程に。でもこんなイベントの時は別だ。これでガラッガラだったら寂しい事この上ない。

 とりあえずと僕は一通り出店を見てみようと、本堂へ続く道を歩く。定番の出店の数々が並ぶ中、何か物珍しい物はないかと探してみる。しかし、こう言ってはなんだが……全ての出店が新鮮な物に見えてしまう。これが夏祭りマジックだろうか。もう普段なら「高っ!」とか言ってしまう値段の物でも、なんの違和感もなく財布から金銭を取り出してしまいそうになる。ちなみに僕の財布の中には、計五千円とちょっと。五百円玉貯金していた貯金箱を破壊してきたのだ。なんだか今日だけで使い切ってしまいそうで怖い。


 一通り店の外観だけをチラ見して本堂へと辿り着いた。本堂の中では盆踊りの準備を完了しており、商店街の有志で構成された和太鼓軍団が直前のミーティングを行っているようだった。


「和太鼓かー……僕の唯一の特技だなぁ……」


 尤も、ゲームの話だが。ゲーセンで友達と一緒に対戦して、唯一勝てたのがそれだったのだ。それからしばらく僕の中であのゲームが流行ったが、一プレイ二百円という高コストに負けて最近はあまり……


「ちょっと君、そこを歩く可愛い君」


 すると突然、ハッピを着た逞しい体つきをしたお兄さんに呼び止められた。ガッシリ肩を掴んでくる。


「え? なんでしょうか」


「俺は聞いたよ。君は和太鼓が唯一の特技なんだね? 俺は確かに聞いたよ」


 何故二回言った。いや、そんな事より……


「いや、言いましたけど……凄い地獄耳ですね。でも僕が得意なのはゲー……」


「よし! そうと決まれば来い! 一人夏風邪でダウンしちゃったんだ! 一緒に和太鼓叩こうぜ!」


 いや、ちょとまて! 僕はゲームの話をしてたんだ! 実際の和太鼓を叩いた事なんて無い!


「ち、違うんです! 僕が言ってたのはゲー……」


「とりあえずこれに着替えてくれ。着替えるっつっても今着てるTシャツの上に羽織るだけでいいぞ。そしてこのハチマキを頭に巻くんだ!」


 頼むから人の話を最後まで聞いてくれ!

 つい先程菫先輩に言われた事を、まさか別の人に懇願する事になろうとは。そのまま強引に僕はハッピを着せられ、頭を締め付けんがばかりにハチマキもされる。というかなんかこのハチマキ……汗臭いんですけども。


「よし、人数は揃った! 太鼓余らせるなんて以ての外だからな!」


 ビシィ! とサムズアップする逞しいお兄さん。それに合わせて商店街の有志達も気合のガッツポーズ。


 僕も……それに流されるようにガッツポーズを。

 その瞬間、商店街和太鼓チームに確定してしまった事は言うまでもない。




 ※




 どうしてこうなった、と心の底から思う。どうしても何も僕がちゃんと拒否出来ない事が理由だが。そして目の前の逞しい肉体のお兄さんが人の話を聞かないからだ。なんてこった、あの時のリタ先輩も……こんな気持ちだったんだろうか。


「とりあえず俺に合わせて叩いてくれればいいから。なんだったらフリだけしてるだけでもいい。とにかく和太鼓あるのに人が居ないと寂しいだろ」


「は、はぁ」


 気が付くと、いつのまにか日は落ち空は漆黒の闇に包まれそうになっていた。ポツポツと提灯の光が目立ち始め、これから本格的に祭りが始まろうとしている。


「ところで少年。君の名前は何て言うんだ?」


「えっと……柊ですけど……」


「下の名前は?」


「美影……です」


 フンフン、と何やら納得するお兄さん。ところで貴方の名前は?


「俺か? 俺は親っさんで通ってる。まだ独身だけどな」


 いや、名前……


「じゃあ楽しもうぜ! 美影!」


 だから名前教えろ! マジで人の話聞かないなこの人! なんかもう既に僕の事、下の名前でしかも呼び捨てだし! 

 まあ別にいいか……一時間程すれば交代してくれるって言うし。一時間の辛抱だ。その間、なんとか菫先輩には見つからないように細々とやらなければ。なんか……凄い恥ずかしいし……。ただでさえ人前に出るのは苦手なのに、こんな目立つ事をやらされるなんて。



 そのまま毎年恒例の盆踊りが始まる。バックで音楽が流され、それに合わせて和太鼓を叩くという物だ。ちなみに今流れている音楽は棒有名アニメの盆踊りバージョン。そのメロディーに合わせて和太鼓を叩くのだが……


「どっせーい! いいぞ、いいぞ美影! もっと腰を落として! 和太鼓に己の全てをぶつけるんだ!」


 ヤバイ、心が折れそう。ただでさえ僕は文科系なのに。こんなバリバリ運動系テンションに付いていけない。しかもこの桴、当然だけどゲーセンのより格段に重い。開始十分で全身の筋肉が悲鳴を上げてる。


「美影! 君は中々スジがいい! しかしもっとだ、もっとテンションあげて!」


「は、はいぃ……」


 親っさんのテンションが上がる度、僕のHPが吸われているようだ。まだか、まだ交代の要因は来ないのか……!


「見ろ美影! 綺麗なお姉さんが君を見つめているぞ! 若いっていいな!」


「はい? 何言って……」


 そういわれ必死に和太鼓を叩きながら綺麗なお姉さん……の方へ視線を移す僕。

 そこには当然のように携帯を構えた菫先輩の姿が……


「ぎゃあぁぁあ!」


「ど、どうした美影! いきなりテンション上がって! やっぱり綺麗なお姉さんに見つめられると男は燃え上がるよな!」


 それから僕は己の羞恥心を叩きのめすように、和太鼓を叩きまくった。もはや親っさんのテンションに頭から突っ込むが如く……そうなったら時間は早く過ぎ去っていった。気が付けば、交代の時間となり僕はようやく解放される。


 なんだか久しぶりに本気で、祭りをある意味楽しんでしまった気がする。

 僕の手の平には少し……豆が出来かかっていた。





 ※





 法被とハチマキを返還し、フラフラと菫先輩の元へと赴く僕。菫先輩は満面の笑みで、僕の肩を叩きながらサムズアップ。どうやら存分に祭りを楽しんでいるようだ。


「美影……どうして和太鼓?」


 すると別方向から聞き覚えのある声がし、そちらへ目を向けると金髪の浴衣少女がそこに居た。僕は思わず目を奪われてしまう。一瞬誰か本当に分からなかったが、リタ先輩だ。リタ先輩までもが浴衣に身を包んでいる。


「リタ先輩? ど、どうしたんですか、その恰好……」


「喫茶店のお婆ちゃんに……着せてもらった」


 もしかして爺ちゃんの企みはこれだったのか? 爺ちゃんグッジョブ。


「す、すごい可愛いです。リタ先輩……」


 素直な感想を口にすると、リタ先輩は優しく微笑みながら「ありがと」と言ってくれる。ヤバイ、マジで可愛い。リタ先輩は赤い浴衣の花柄。なんだろう、タンポポ? いや、牡丹? いや、蓮? 


 そのままリタ先輩に見惚れていると、唐突に僕の頬に人差し指が突き刺さった。菫先輩の指だ。この指に何度僕は頬を突き刺されただろうか。


「……ふーん」


 なんかリタ先輩が意味深な笑みを。そのまま僕の腕を掴み、リタ先輩は僕を抱き寄せ……ってー! 何してんのこの人!


「美影、カッコよかったよ。和太鼓」


「あ、あざっす……」


 運動部に習って、専門用語でお礼を言う。

 というかリタ先輩滅茶苦茶いい匂いする。なんだろう、果汁系の……オレンジかレモンか、サッパリとした香の中にも甘みがあるというか……なんだかそんな香りが。


 クンクン女子の匂いを嗅ぐと変態認定されそうだが、別に鼻を鳴らしてまで嗅いでるわけじゃない。ただ呼吸すると同時に嗅覚にひっかかってしまっただけであり……


 そんな言い訳を自分にしながら、チラっと菫先輩を見るとあからさまに不機嫌になっていた。いや、何故に。さっきは結構楽しそうだったのに。この数分の間に一体何があったんだ。

 いや、とりあえずアレだ。今日は菫先輩に機嫌を直してもらうべく、貯金箱を破壊してまでお金を持ってきたんだ。ここは僕が何か奢って機嫌を直してもらわねば。

 菫先輩と筆談で話す時間が、僕にとって枯れ果てた青春で唯一のオアシスなのだから。


「す、菫先輩! 何か食べたい物ありますか? 今日は僕に任せてください!」


 リタ先輩から離れて菫先輩へとそう進言する僕。すると菫先輩はリタ先輩をジっと見つめつつ、僕の手を握っ……


 って、何してんのこの人。手を握……握られ……握られてる。

 菫先輩の手柔らか……


 ただでさえ女子に免疫のない僕。そんな僕の手を握るなんて、なんてことをしてくれてるんだ、この人は。もう手は汗でグッショリになってしまう! このままではまずい、キモがられてしまう!


「あ、あの、菫先輩?」


「……タコヤキ……」


 その時、僕の耳に届く菫先輩の声。久しぶりに聞いた。ドクターストップで普段声を出さない菫先輩の声。凄く透き通っていて、脳を浸食されるかのような声に、僕は思わず目を見開き感動してしまう。


「た、たこやきですね! じゃあ行きましょう! たこ焼き屋へ!」


 コクン、と頷く菫先輩。そのまま当然のように手を繋ぎながら歩き出す僕達。

 目指すはたこ焼き屋。何個でも食べていいのよ、菫先輩。



「……菫、ズルい……」






 ※





 

 タコ本体が大きいとはいえ、ワンパック七百円って高すぎると思ったのは僕だけは無い筈だ。しかし美味しいから許してしまう、この夏祭りマジック。口の中を占領する濃いめの出汁が効いた味に、僕は値段の事などどうでもいいと思ってしまう。


「美味しいですね! 菫先輩!」


 コクン、と頷きながらたこ焼きを食す菫先輩。笑顔で頷いてくれるあたり、もう機嫌は治してくれただろうか。


「ぁ、何か飲み物買ってきましょうか。何がいいですか?」


 菫先輩は僕の手を握ったまま頷いてくる。一緒に飲み物を買いに行くと言う事か。まあ、確かにここに一人菫先輩を置いてはいけない。変な輩に絡まれないとも限らないし……。


「……君は僕の心の花火……一目で気づいたよ。僕の心は君という輝きの下で、始めて照らされる事が出来ると……」


 ほら、あんな風に意味不明な事を言いながらナンパするような男が……

 って、あれ? あのナンパされてるってリタ先輩ではないか? 先程まで一緒に居たのに、いつのまに。


「菫先輩、大変です。リタ先輩がナンパされてます」


『落ち着こう、ワトソン君』


 携帯で文章を打ちながら僕に見せてくる菫先輩。そのまま……


『奴はナンパに慣れてる』


『ナンパの方が可哀想』


『救急車呼んだ方がいいかも』


 いや待て、一体何が起きるんだ。リタ先輩はそんな武闘派なのか? 確かに陸上部のようだが、そんな口より先に手が出るような人には見えないんだけど……


「ごめん、友達と来てるから」


 影から見守る僕と菫先輩の耳に、凄まじく無難なお断りの言葉が聞こえてきた。しかし男も諦めない。ならば友達も一緒に奢ってあげると言い出したのだ。なんてこった、しつこい男は嫌われてしまう、というか正直ウザイという事に彼は気づいていないのだろうか。


『もうすぐリタ、キレちゃうかも。美影君助けてあげて』


「え、あ、はい、わかりました。でもどうやって……彼氏のフリをするとかですか?」


 すると一瞬、菫先輩が凄い怖い笑顔になった気が。


『私が作戦を授ける』


 作戦? なんだろう、一体どんな……と思っていると菫先輩は自分が付けていた髪飾りを外し、なんと僕の頭に付け出した。いや、なにしてんのアンタ。


『ちょっとワタアメ買おうか』


 ちょうど近辺にワタアメ屋があり、子供達に交じって並ぶ僕。一体何故にワタアメ? と思いつつ購入し、再び菫先輩の元へと戻ってくる。


『ワトソン君、そのままリタをお姉ちゃんと呼びながら駆け寄るんだ』


 なんでやねん。確かに身長的には姉弟に見えなくはないかもしれないけども。

 しかしそれにしたってお姉ちゃんって呼びながら駆け寄るには勇気がいる。ただでさえリタ先輩と出会ったのは今日が初めてなのに。


 しかしリタ先輩をしつこいナンパ男から救うためだ。血を見る前に助け出さなければ。菫先輩の話では流れるのはナンパ男の血だが。


 僕は勇気を振り絞り、ワタアメ片手にリタ先輩の元へと駆け寄る。そのまま……


「お、オネエチャーン」


 激しく棒読みで突撃する僕。するとリタ先輩もナンパ男も目を丸くして僕を見てくる。


「……弟さん? いや、妹さん? どっち?」


「……妹」


 いや、違う、違うぞ。僕は弟だ。いや、弟でも無いが。


「家族で来てたのか。まあ、それなら……ごめんよ」


 そのまま去っていくナンパ男。ホっと安堵の溜息をもらす僕は、そっとワタアメを一口。うん、美味しい。


「美影君、なんでもかんでも菫の言う通りにしてちゃダメだよ」


 激しく御尤もな意見が。そのままムシャムシャワタアメを食べ続けながら頷く僕の頭を、リタ先輩は優しく撫でまわしてくる。本当に弟か妹になった気分だ。兄弟が居ればこんな感じだったのだろうか。僕は一人っ子だから少し羨ましい。


「口、ワタアメ付いてる」


「え、あ、はい」


 その時、空に巨大な花が咲いた。花火大会が始まったのだ。思わずそちらへ目線を移す僕。その先に菫先輩も花火に見惚れる姿が見えた。その後ろ姿が……なんだかとても綺麗でつい見惚れてしまう。花火の光で菫先輩が照らされて、幻想的な雰囲気に包まれている。


 正直、花火よりもその後ろ姿を見続けていたい、そんな風にも感じてしまった。


「美影君」


 そんな僕に声をかけてくるリタ先輩。思わずそちらへ顔を向けると、眼前にリタ先輩の顔が迫ってきていた。


 そのまま、僕の唇に途轍もなく柔らかい感触が。


「うん、甘い」


 呆然とする僕。一体今、何が起きたのか。

 そのままリタ先輩は菫先輩の元へと駆け寄り、仲良く花火を鑑賞しだした。


 僕の唇には……いつまでも柔らかい感触が残り続けた。

 

 今年の花火は一段と、激しい音を立てながら夜の空に咲き乱れていった。









 

この作品は遥彼方様主催《「夏祭りと君」企画》参加小説です

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