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この作品は遥彼方様主催《「夏祭りと君」企画》参加小説です
まだ梅雨の湿っぽさが残る空気の中、僕はいつもの旧校舎の図書室へと赴いていた。
この学校は基本的に放課後、部活や委員会以外の生徒は速やかに帰宅せよとの御触れを出している。しかし僕達はそれをガン無視……はしていないけれど、少しだけ大目に見てもらって読書に励んでいた。尤も、僕が一番楽しみにしているのは別の事だが。
旧校舎の図書室。
新校舎の図書室に大体の書物は移され、ここに残っているのは古いかボロいか誰も読まないか……そんな本が沢山保管されている場所だ。古い本の香りと言って伝わるかどうか分からないが、この部屋は独特の匂いがする。決して嫌な匂いでは無い。例えるなら、友達の家が自分の家とは違う匂いを漂わせているような物。
図書室の中はまだ誰も居ない。先程僕達と言ったが、その言葉の通り僕以外にここへやってくる常連が居る。いつも僕達はここで本を読みながら語らい、放課後の空気を満喫した後、いきつけの喫茶店で一杯飲んで帰宅するというのが常となっていた。
窓を開けると湿っぽい、温い風が僕の頬を撫でてくる。夏特有の風はどこか体を活発にしてくれる。運動部にでも入っていれば心身ともに青春を謳歌出来るかもしれないが、生憎僕は文科系。小さい頃に空手は習っていたが、この高校に空手部は無いので大人しく帰宅部になった。
ふと窓の外から運動場へと目線を移す。そこには野球部とサッカー部、そしてラグビー部や陸上部など……様々な部活の面々が各々の陣地で練習をしていた。こうして見ているだけで僕はお腹一杯だ。運動で青春を謳歌する、それは僕にとって遠い憧れのような物。まるで別世界の住人を眺めるように彼らを高見から見物している。一体何様だと言われそうだが、その場合僕は何と答えるべきだろうか。素直に謝った方がいいだろうか。
『放課後になりました。部活、委員会以外の生徒は速やかに帰宅してください』
放送部による最終通告が僕の耳へと届いてくる。ちなみにこの通告が最初で最後だ。部活と委員会以外で残っている生徒などザラに居る。先生も生徒会も勿論それは分かっている。しかしあまり厳しくは取り締まったりはしていない。生徒会長が基本ユルユルな性格をしているせいか、それとも元々からこの学校の方針なのか、どちらかは分からないが。
目線を運動場から空へと。そこには飛行機雲に積乱雲。まさに夏だ。夏まっさかりだ。でも今年の夏はそこまで暑いとは感じない。暑いけど、カラっとした暑さでは無いのだ。梅雨が遅れたせいか、湿気が高い。こんな夏はクーラーの効いた部屋で読書に限る。ならばさっさと帰ればいいでは無いかと言われそうだが、そうは行かない。僕はここで人を待っているのだから。
僕は空を眺めながら黄昏るフリをしてみる。そういえば黄昏るって物思いに耽るという意味だったか。ならば僕は今、フリでも何でもなく黄昏ているのか。なんか黄昏るって、寂し気な印象があるから少し今の僕には合わない。僕は寂しくなどない。むしろ心躍っているんだ。
空を眺めながら黄昏るフリをして黄昏ていると、不意に肩を叩かれた。思わず振り返ると、同時に頬に誰かさんの人差し指が突き刺さる。
「……何してるんですか、菫先輩」
その誰かさんこそ、僕の待ち人。長い黒髪を風に揺らしながら、僕よりも高い身長で僕を見下ろしつつ、イタズラっ子の如く笑いかけてくる。
菫先輩はそのまま胸ポケットからメモ帳を取り出すと、ボールペンで文字を書きつつ僕へと見せてくる。
『何、黄昏てるの?』
あぁ、バレた。黄昏てるフリをして黄昏ているのがバレた。なんかもう自分でも意味が分からなくなってきているが。
ちなみに菫先輩は声が出せない。全く出せないわけでは無いが、喉の病気でドクターストップがかかっている。なので先輩との会話は基本、筆談だ。ちなみに僕も筆談で対応する事がある。理由は楽しいから……とか言うと、その辺りから石が飛んできそうだが筆談は実際楽しい。先輩は声が出せなくて仕方なく筆談しているというのに、僕はなんて不謹慎極まりないんだろうか。でも先輩は笑顔で僕の筆談を許可してくれた。内心、ああん? と思われているかもしれないが、僕は勝手に先輩の笑顔を信じる事に。
僕は先輩と同じ様に自前のメモ帳を出し、ボールペンで文字を書いていく。先輩の字に比べると大分不細工だ。でも仕方ない。先輩の文字が綺麗過ぎるんだ。
『黄昏るフリをしてました』
そんな筆談を先輩の前へと突き出す僕。黄昏るフリ。物思いに耽るフリ。さて、先輩はどう返してくる?
続いて先輩もメモ帳へと文字を。耳に届く先輩の筆さばきが堪らない。秋だったら眠ってしまいそうだが、生憎現在は湿っぽい夏。昼寝には少し過酷な環境だ。
先輩は書き終えた筆談を再び僕の前へと。心なしか先輩の顔がニヤついている。
『カッコつけたい年頃だもんね』
僕へとその筆談を見せつけた瞬間、先輩は肩を揺らして笑っていた。笑うと言っても先輩は声を出して笑うわけじゃない。楽しそうに体を揺らし、笑顔を向けてくるだけだ。
「かっこつけたい……わけじゃないッス……」
思わず声に出して返答してしまう僕。すると先輩は僕の肩に手を置いて、首を振ってくる。嘘は良くないとか言いたいんだろうか。
ちなみに嘘……とは言い切れない。僕は先輩に好印象を持たれたいと願っている。ぶっちゃければ先輩に恋をしているのかもしれない。しているかもしれない、というのは……恋に落ちた瞬間が分からないからだ。そして本当に先輩の事が好きかどうかすら分からない。ただ、僕は先輩とずっと一緒に居たいと願うだけ。これは恋だろうか。
『今日、どうする?』
すると先輩は筆談で、話題を切り替えながら語りかけてくる。
『ここ、そんなに居心地良くないし喫茶店行く?』
確かに。
湿っぽいし暑いし運動部の掛け声はするし。いや、別に運動部の掛け声はいいか。彼らの声は放課後のテーマソングに等しい。そして音程の少し外れた吹奏楽部の音や、どこかでバカ笑いする生徒の声も……皆放課後のテーマソングだ。僕は心なしか、これらの放課後のテーマソングが気に入っている。もしも順位をつけるとしたら、どれが一番だろうか。ちょっと先輩に聞いてみよう。
「先輩、真の放課後のテーマソングって……何だと思います?」
『じゃあ喫茶店行こうか』
ぁ、流された。
※
僕らが行く喫茶店は既に決まっている。老夫婦が経営する喫茶店で、この辺りではシュークリームの美味しい喫茶店で名が通っている。たぶん。
「おかえり、美影」
喫茶店の扉に取り付けられているカウベルの音を響かせると、マスターである爺ちゃんはいつも僕にそう言ってくれる。口髭を生やしたバーテン服の爺ちゃん。歳は七十そこそこ。爺ちゃん爺ちゃん言ってるが、僕の爺ちゃんでは無い。僕の爺ちゃんは既に他界しており、この爺ちゃんは僕の爺ちゃんと親友だったという。爺ちゃん爺ちゃん多いな。ここだけで爺ちゃんって何回使ったんだろうか。
そんな喫茶店は比較的広い。店内に客は老人数人しか居ないが、この喫茶店の目玉であるシュークリームのおかげで何とか経営は出来ているようだ。
婆ちゃんの作るシュークリームは正に嗜好の一品。甘党のために作られたと言っても過言ではない。パイ生地からカスタードクリームまで全て婆ちゃんの手作りで、僕の通う高校にもこの喫茶店のリピーターは結構いる。でも僕程通っている人間は居ないだろう。何せ僕は幼稚園の頃から、死んだ爺ちゃんに連れられて通っているのだから。
僕と菫先輩は爺ちゃんに挨拶しつつカウンターへ。コーヒーと煙草の香りが漂う店内は何処か落ち着く。僕は煙草を吸おうとは思わないが、ここに来ると不思議と煙草の香りが嫌とは感じない。僕にとってこれが喫茶店の香りなのだ。
「爺ちゃん、アイスココアとシュークリーム」
「はいよ。菫は?」
菫先輩は爺ちゃんが差し出したメモ帳へと注文を記入。注文くらい僕が一緒に言えばいいじゃないかと思われるかもしれないが、前にそれをやって爺ちゃんの不評を買ってしまった。というのも、爺ちゃんは菫先輩の書く文字が綺麗で好きらしい。その文字を見ると嬉しくなってしまうという……菫先輩の文字依存症に陥っているのだ。
「ん……アイスコーヒーにシュークリームだな」
注文を受け取った爺ちゃんは、テキパキ動きココアとコーヒーを淹れていく。
そんな爺ちゃんの仕事っぷりを眺めながら、ふとカウンターに置かれた一枚のチラシに目が行った。どうやら商店街主催の夏祭りのチラシのようだ。
「ぁ、今年ももうそんな季節か……」
「何を年寄りみたいな事いっとるんだ」
コーヒーを淹れながら、僕にツッコミも入れてくる爺ちゃん。そんな僕と爺ちゃんのやり取りに終始笑顔の菫先輩。むむ、僕は年寄りじゃないですよ。
そのままチラシを手に取り、日付を確認する僕。どうやら来週の日曜日に夏祭りは開催らしい。
「菫先輩、夏祭りとか行きます? 良かったら一緒に行きませんか?」
僕がそう言い放った瞬間、爺ちゃんと菫先輩の動きが止まった。あれ、どうしたんだろう。
「……菫先輩?」
「美影……お前、男になったな。見直したぞ」
何がだ。何いってんだ、この爺さんは。いいから早くアイスココアを寄こせ。
そして菫先輩は菫先輩で妙な動きでメモ帳にサラサラと文字を。そのまま僕へと見せてくる。
『それって、デートの誘い?』
あ、やばい。今度は僕が固まってしまった。そのまま頭の中で先程自分が言った言葉を反芻する。良かったら一緒に夏祭り……みたいな事を言ってしまった筈だ。確かにこれはデートへ誘っているように聞こえるだろうか。いや、例え聞こえてたとしても、菫先輩は恐らく僕の事なんて眼中に無いだろうから……。
「デ、デートっていうか、単純に遊びに行くだけですよ?」
ハァー、と爺ちゃんの溜息が聞こえた。なんだ、文句があるならハッキリと言いたまえ。
そして菫先輩も何処か不機嫌……なんだろうか。ちょっとムスっとした顔に。
やばい、女心が一ミリも分からない。なんでそんな反応になるんだ。
「美影、まだまだお前は子供だな」
言いながらアイスココアとシュークリームを目の前に置いていく爺ちゃん。菫先輩の前にはアイスコーヒーとシュークリームを。
「爺ちゃん、子供子供って……僕はもう高校生なんだから……」
「そういう事を……言っとるんじゃない」
爺ちゃんはチラッチラと「菫を見ろ」と言いたげにアイコンタクトしてくる。爺ちゃんのサイン通りに菫先輩へと目を移すと、そこにはアイスコーヒーに添えられたガムシロップだけを開けて飲み干す菫先輩が。
なんてこった。そんな事する人初めて見た。というか……だから何?
「菫先輩、ガムシロップだけ飲むんですか? そんな事したらシュクリームの甘みが……」
すると菫先輩は僕と一度目を合わせた後、分かりやすくプイっと顔を逸らしてくる。
え、これどういう事? もしかして拗ねてるの? いや、何でだ。菫先輩が拗ねる要素あったか?
もしかして……僕がデートの誘いでは無く、単純に遊びに行くだけ、と言ってしまったのが不味かったのだろうか。いやいや、そんな馬鹿な。それだとまるで菫先輩が僕とデートしたがってるみたいじゃないか。
うん、まずそれは無い。だから別の事で菫先輩は拗ねているんだ。考えられるような事と言えば……
「ぁ、来週の日曜日……もしかして菫先輩、何か用事とかあります? じゃあ仕方ないですね……僕一人で適当に……」
再び爺ちゃんの溜息。そして菫先輩が凄い形相で睨んでくる。
しまった、また何か間違えてしまったのか? 分からない、女心という物が。
「美影、もう黙っとけ。そしてお前はさっさと帰れ」
酷い! 喫茶店のマスターが客を喫茶店から追い出そうとしている!
菫先輩に助けを求めるように目線を送ってみるが、当然の様にガン無視。
一体なんなんだ。僕は一体何を間違えてしまったというのだ。
「ぅ……じゃ、じゃあ帰ります……爺ちゃん、お会計……」
「おう。菫の分と合わせて……八七〇円な」
殺生なり……。
それから数日の間、菫先輩は僕と口を利いてくれなくなった。
そして本当に唐突に……僕の携帯へと夏祭りへ行こうというメールが来たのは、祭り前日の土曜日の事だった。
※
終業式を終えて夏休みへと突入した我ら高校生。本日は商店街主催の夏祭りの日。
結局あれから菫先輩は僕と口を利いてくれなかった。昨日来たメールも、本当に端的に夏祭りへ行く事と、待ち合わせ場所と時間が書いてあっただけだ。もしかしてまだ怒ってるんだろうか。何で怒っているのか分からない上に、それならば何故僕は誘われたのかと、ちょっと怖くなる。
もしかしたら菫先輩の罠かもしれない。現に待ち合わせ場所へ向かう途中で犬に絡まれたし。
「はぁ……江藤さん家のゴローは僕を見るとすぐ飛びついてくるから……」
シベリアンハスキーが僕目掛けて走ってくるのだ。それはもう全速力で。聞いてるだけなら可愛いかもしれないが、大型犬が自分目掛けて突進してくるなど恐怖でしかない。何故僕はあそこまで好かれているのだろうか。もしかして体から何か犬の好きそうな匂いでも……
そのままクンクンと自分の体臭を確認しようと試みるが、香ってくるのはゴローのヨダレの匂いのみ。
「はぁー……まあ噛まれないだけいいかもしれないけど……」
一人でブツブツと言いながら待ち合わせ場所である地蔵の前に。こんな所を指定してくる事自体が嫌がらせとも思えるが、この地蔵は縁結びで有名らしい。なんでも恋仲同士で地蔵の頭を撫でると幸せになれるとか……
そのまま僕は地蔵の近くに設置してあるベンチへと腰を下ろす。ちょうど何かの木が日陰になっており、乾いた風が僕を通り過ぎると、夏の香りに交じって醤油の香りが。
「もう出店やってるのかな……。まだ日も高いけど……」
ちなみに現在時刻は午後五時。それでもまだ空は明るい。ちょっと前まではこの時間帯になると落ち始めていた太陽だが、夏場になると本格的に猛威を振るってくる。僕の肌は既に健康的に焼けている。基本的に家の中で読書をするのが趣味なのに、ちょっとコンビニに出かけるだけで焼けてしまうのだ。
「菫先輩……まだかな」
待ち合わせは五時だった筈だ。しかし菫先輩がやってくる気配はない。ド田舎のタンボ道を見渡しても、それらしき人は誰も……。
と、その時、着崩した制服姿の女子が見えた。なんと髪の毛は金髪で、みるからに反抗期だ。というかあの制服……うちの学校の制服だ。もう既に夏休みに突入している筈なのに何故に制服……。
僕はベンチの上で携帯を弄りながら、反抗期女子が通り過ぎるのを待つ。下手に目を合わせてはいけない。ただでさえ女心という物が僕には分からないのだ。何が切っ掛けで因縁を付けられるか……
「…………」
「…………」
しかしなんと、反抗期女生徒は僕の目の前で立ち止まった。ガン無視して携帯を弄りながら、冷や汗を垂らす僕。ヤバイ、マジで女心が分からない。僕が一体何をしたって言うんだ。もしかしてこのベンチに座りたいのか? なら座ろうとすればいいじゃないか、僕は喜んで席を譲る。
だが金髪制服女子は、ただただ僕の前で突っ立っているだけだ。一体なんなんだ。僕が一体何をしたって言うんだ。もしかしてこれも菫先輩の嫌がらせ……
「……サイフ」
すると、やっと口を開いたかと思えば、制服金髪反抗期女子は僕にそんな事を言ってきた。
サイフ? サイフって……もしかして、まさか、もしかして……カツアゲという奴だろうか。僕にサイフを差し出せと言ってきているのだ。
チラ、っと制服女子の顔をベンチに座りながら見上げてみる。そこにはひたすら無表情で、ただただ僕を見下ろしている姿が。というか物の見事に制服を着崩していて、なんかもう目のやり場に困る。タイの色からして上級生だ。何という事だ。僕の学校には下級生からサイフを奪い取ろうとする輩が居るとは。嘆かわしい。
「……サイフ……」
すると今一度同じ事を言い出す反抗期金髪上級生制服着崩し少女。
ヤバイ、これはヤバい。今宵はサイフが無ければお話にならない。金が無ければ出店で何も買う事が出来ないのだ。菫先輩の機嫌を直す為にも、せめて定番中の定番、たこ焼きくらいは奢らなければと思っていたのに。
「……な、ないです」
僕は明かに嘘と分かる言い分を。そのままゆっくり立ち上がり、まるで熊と対峙した時のように目を合わせながらゆっくり動き出す。
「……サイフ……あるよ」
「ないんです……」
「だから、サイフ……私が……」
「わ、わたせません!」
一定の距離を開けた途端、そのまま走りだす僕。目指すは爺ちゃんの喫茶店。というかこんな全力で逃げ出せば流石に諦めて……
「って、おいかけてくるぅぅぅ!」
チラっと後方を確認した僕の目に飛び込んできたのは、陸上部顔負けの綺麗なフォームで走ってくる金髪着崩し制服少女の姿。なんてこった、犬に突進された日にスケバンにも追いかけられるなんて!
というかスケバンって何だ。バンは番長なんだろうけど、スケってなんだ、スケって。
【注意:「なお助」を略したのがスケであり、女性を意味しています。ちなみに「なお」の部分が女という意味で、スケの方は特に意味はありません。でもスケバンはこれから来てるみたい】
作者の豆知識なんてどうでもいい! というかこんなクソ暑い真夏になんで全速力で走らされないといけないんだ! イカン、心臓がバックバク言ってる、汗が滝のように流れてくる、もう駄目だ、脱水になる!
そのまま僕は爺ちゃんの喫茶店へと到着すると、飛び込むように入店。
ゼーゼー言いながら冷房の効いた店内で腰を折りながら、とりあえず危機は脱したと……
「……? 美影、どうした。今日は別の女連れて」
「は? 爺ちゃん何言って……」
と、その時背中に寒気が走る。ゆっくり、本当にゆっくり、まるでホラー映画の主人公のように後方を確認する僕。するとそこには僕とは打って変わって涼しい顔をした制服着崩し金髪スケバン上級生女生徒が……。
「ひ、ひぃぃぃぃ! な、なんでここまで追いかけてきてるんですか! 諦めよ!」
「……サイフ」
「だ、だから僕は差し出せません! 今日は大切な人に機嫌を直してもらいたくて……奮発して貯金箱破壊してきたんです!」
ハァー、と……まるでいつかの爺ちゃんのように溜息を吐く女生徒。そのままスカートのポケットから、見慣れたサイフを取り出してきた。というか僕のサイフだ。
「……あ、あれ? なんで……」
「……落としてたよ」
「……え、もしかしてそれを僕に渡す為に……」
コクン、と頷く女生徒。そうか、ゴローに絡まれた時に落としたんだ。それでこの人はそれを拾って僕に届けてくれたのか。なのに僕はカツアゲだと思って逃げて……
「す、すみませんでしたーっ!」
大人しく頭を下げて謝る僕。すると女生徒はサイフでポン、と僕の頭を小突いてきた。そのまま僕はサイフを受け取り、女生徒はそのまま喫茶店から立ち去ろうと扉へ向かう。
「あ、待って下さい! 何かお礼を……」
「……いい」
「コーヒー一杯でも……いや、シュークリーム食べていきませんか? ここのシュークリームは絶品なんです!」
ピタっと女生徒の動きが止まった。そのままゆっくりこちらを振り返ってくる。
「……じゃあ、シュークリーム」
「飲み物は……どうしますか」