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004……奇蹟狩り

くっ……平成に間に合わなかった……!?



急遽、必要となったので。



――作中世界の貨幣制度。――――――――――――


主に金貨、銀貨、銅貨、磨石貨(ませっか)石貨(せっか)で回る。


価値.

単位……f(ファルン)


ファルン石貨――1f(10円)。


ファルン磨石貨――10f(100円)


ファルン銅貨――50f(500円)。


ファルン銀貨――100f(1000円)


ファルン金貨――1000f(10000円)


――――――――――――――――――――――――――――



以上です。





 通路を馳せる二つの影。

 立ち塞がる警衛に対し、猛然と疾駆して一人ずつ躱し、(また)は例の力で倒していくアカリ。

 彼の処し損じた者の攻撃を受けながら、辛うじて追従する番兵。その心境が半ば自棄となっている理由は、言わずもがな。

 王への叛逆として極刑は確実、免罪の余地は皆無。

 一刻も(はや)く事の経緯を説明して弁解したいが、然りとて現状がアカリの講じる“彼の遣り方”以外に望みが薄いと承知している。

 樹上を機敏に動く山猿(ましら)も斯くやとばかりに、アカリは玉座へと繋がる(きざはし)の上を軽々と跳躍していく。自身の失敗など微塵も案じていない様子だった。

 それよりも、杖で足下を確かめずに進んでいる。蹴躓く心配すらも、その足取りからは感じられない。


獣の如く俊敏に動いて先行するアカリに追い付けず、番兵は段差の途中で両膝に手を突いて休んだ。

 普段は軽甲冑を身に帯びて警備に務めているが、一日の大半を市壁で過ごすため、体力的にも別段優れている訳ではない。

 彼の様に身軽になっても、それだけは覆し難い事実だった。寧ろ、この深刻な状況下だからこそ足が重くなるのも可笑しくない。

 幾ら国の悪政を暴いたとして、果たして無事と言えるのだろうか。

 仮面を剥奪された王の心は、如何(どう)なるのか。

 これを解決しても、彼の話が正しければ魔法騎士団との敵対宣言とも捉えられる。


 俯いて暗澹たる思いに益々足が重くなった。

 階の最上段にて、敵の一人を沈黙させたアカリが振り向いた。手甲剣の刃先で無造作に手摺を叩き、音で位置を確かめる。

 番兵の意中を察してか、一変して顔を顰めた。

 その慮りも既に遅き事に変わり無し。既に城内は二人の侵入を認知し、追跡の跫で騒然となっている。

 段差を軽快に踏んで近付く彼に、顔を向ける気力すら無かった。


「番兵さんや、大切な人は居るかい?」

「大切な……?」

「恋人、親友、家族……何でも良いです」


 突然の問に如何に応えるか。

 番兵は“大切な人”を脳内で思量する。

 アカリの意図は判らずとも、最初に浮かんだ顔こそ己が拠り処としているに相違無い。

 番兵は躊躇いがちに、彼に言葉を返す。


「商店街の……花屋で働いている人」

「好きなんですか?」

「……ああ」

「なら、生きて会いやしょう」


 アカリに手を差し伸べられる。

 この町に居る事自体が危険とされる最中、未だ希望を捨てぬ彼の姿勢には感服する。

 逆境にありながらも剽げた言動、折れない意思の強さに感化されてか、その道程を顧眄(こべん)してみると番兵自身も諦めずに走っていた。

 差し出された手を握れば、自分はまた進めるかもしれない。もう無いと諦観していた、まだ幽かに残る希望の光を摑む為に。


 番兵は彼の手を握り、階を一段上がる。

 すると、先刻までの重圧を忘れて、少しずつ足先は加速を始めた。アカリの背後に追従し、王宮までの過酷な障害に立ち向かう。

 道中で襲い来る兵士達にも、従前通りの戦法で対処する。先行するアカリによって切り払われ、道は豁然と拓けるのだ。

 手甲剣が唸りを上げれば、兵士の一人ひとりが路傍に倒れ付していく。起き上がる者の兜を長剣を打ちて失神させる作業も殆ど不要だった。

 盲目ではなく、(ふさ)いだ瞼の裏側では不思議に微光する瞳によって、兵士を駆る魔性の力が解除される。

 これが王を救う秘策とでもいうのだろうか。




 赤い絨毯の敷かれた道を駆け巡ること暫くし、漸く城下町を俯瞰する最上階にまで辿り着いた。残り踏破すべき道は、玉座の間へと続く長い通廊のみ。

 二人は最後の右折する角の陰に潜む。

 アカリが懐中から取り出して番兵に渡すのは、小さな矩形の鏡面だった。

 意図を察してアカリと位置を交換して(いざ)ると、鏡の反射を用いて角の先にある廊下の様子を検める。もう杖で立てた音による反響での探知では、敵の先攻を許してしまう。

 ここから先は、敵の意表を衝いて一気に玉座の間へと乗り込みたいのだろう。


「兵士は扉前の二人だけだ」

「得物は何でしょう」

「長槍だ」

「なら遣り方は決まってる」


 アカリは手甲剣を振り翳すと、番兵を置き去りにして駆け出す。その姿が低く飛び出した所為か、獰猛な野犬に見紛って思わず驚く。

 番兵が慌てて追随せんと腰を上げ、角から躍り出た瞬間(とき)には、二人の兵士が彼に媚びるかの如く床に伏せていた。

 駆け寄ってみると、どちらにも外傷はない。


「お前のその眼は一体……?」

「起源は識りやせん。用途なら判りやす」


 手甲剣を収納せず、片手で扉の取っ手を(さぐ)る。こんな状態で、どうして複数の兵士を相手取って倒せていたのか不思議でならない。

 呆れた番兵が、代わりに取っ手を摑む。

 その音を聞き咎めたアカリは、侵入の合図を待つ。


「い、行くぞ」

「いつでもどうぞ」


 番兵が扉を蹴り破る。

 盛大な開扉の音、面前に刃先を構えたまま、アカリは飛び出した。両の瞼を開いて、前方に広がる玉座の間を眺める。

 四名の衛兵が部屋の中央に構えているのみで、夥しい員数が槍衾を展開してもいなかった。侵入者を威嚇する怒声もなく、奇妙な静寂に満ちている。

 視線を奔らせた番兵は、バルコニーの傍で煢然(けいぜん)と佇む貴影を捉える。

 後ろ姿ではあるが、その雅な装束から一目で判じられる。こちらに背を向けているからこそ、顔までは拝めない。

 それでも――それが王の姿なのだとわかる。

 そして、正対した時に事件の端緒である禍々しい仮面がこちらを見詰めるのだ。


 アカリが王宮の間に林立する支柱の陰へと、番兵を押しやった。戦闘に発展した時に足枷となると判断したのだろう。

 その予断した通り、王が頤使(いし)するかの様に指を小さく振るった仕草で命令すると、衛兵は散開し、手に提げた長剣を振り翳して肉薄して来る。

 アカリの両目が微弱に青紫に光る。


「――『機知(アクメン)』」


 小さく唱えられた一語が呪文であるとは魔法を全く解さない番兵でも察知した。

 アカリは四方から迫る鋒を躱し、また手甲剣で受け流す。死角からの穿孔の一刺さえも、振り返らず上体を傾けて避ける。

 回避の困難な攻撃を手甲剣で巧みに逸らし、その顎門に掌底や振り上げた踵で打ち抜く。本来なら脳震盪の望める一撃だが、しかし相手の行動は依然として素早い。

 彼等の足元を抜ける様に低く走り、その膕を蹴り抜く。

 体勢を崩した衛兵を背に担ぐ様にすると、再び両目を見開いた。瞳孔から青紫の波紋が空間一帯へと拡散する。

 アカリから放出された不思議な力の波動が伝わり、間髪入れぬ凶刃の嵐を見舞った衛兵の動きが卒然と停止した。


「――『修理(レパラーレ)』」


 アカリは背の上に乗る衛兵を振り落とすと、糸が切れたかの様に全員が力を失って床に倒れる。

 漸く戦闘が終了したのを見計らって、番兵は支柱から身を乗り出す。長剣の把を握り締めながら、彼の隣へと移動する。

 王の御前であっても警戒は怠れない。


「アカリ、王の病はどうしたら治る?」

「仮面を引っ剥がせば良いんですがねぇ……あれには調理法がある」

「確立された治療法だな」

「手前の遣り方でいきやす」


 アカリは両目を再び閉ざし、王へ向けて走る。

 番兵は彼が自慢気に語る“彼なりの遣り方”に一縷の望みを託し、周囲を見回してから意識を護身に集中した。


 王は『魔法騎士団』に操作された傀儡となっている。

 それが仮面の所為であると彼は話していた。

 仮にそれが事実であると――否、もう猜疑する余地などない。

 幾度も兵士達に襲われ、そしてアカリの目によってもたらされる現象を知った今、信じる事が自分に唯一出来る事。

 不思議な瞳や謎の多い人物だが、それでも番兵を守り、そして今後も暮らせる様に、もう一度愛する人に会う為に尽力してくれている。

 ただ倚籍(いしゃ)する他に無い。


 駆け出したアカリと正対する王。

 無機質な瞳が妖しく煌めいた。仮面の唇が微かに動いて口遊(くちずさ)む。仮面の中を叩きながら、喉の奥から怪音が玉座の間へと伝播する。

 それを聞いた途端、番兵の身体から感覚が失われた。

 視覚は正常に働いているが、流眄も発声も能わず、足は感覚が途絶しても直立している。

 アカリが振り返り、舌打ちする。


「いけね、やられたかッ」


 番兵の体は、別の回路で構成されているかの如く、意思を無視して動き出す。長剣を抜き放ち、大上段に構えてアカリへと迫る。

 番兵には何事かを直ぐに察した。

 身体の自由が奪われようと、思考だけは正常に働く。

 どうやら、仮面の力らしい――その身で実感した事で、番兵はこれまで遭遇した無言の兵士達を縛していたモノの正体を(つか)んだ。


 アカリへと至近まで寄ると、番兵の全身が持ちうる力を遺憾なく振り絞って長剣の鋒を突き出す。

 彼は手甲剣で軌道を逸らし、剣を操る腕を摑んで止めた。

 しかし、番兵の腰が可動域の限界を超える勢いで捻られ、連動した脚がアカリを横から回し蹴りで打撃する。

 思わぬ一撃に、アカリは支柱に叩き付けられた。背を打った痛みに咳き込みながら、彼は玉座の間全体に忽然と浮かび上がる気配を察知して見回す。

 玉座の脇から黒煙と共に一人の黒装束が現れた。矮躯を嗄れた笑声で震わせる老翁である。

 その影の方を目を閉じたまま振り仰いで、アカリはうむと頷く。


「成る程……“今回”のは、仮面から発する波長を人間が五感で知覚しただけで幻覚・支配する品か」


 アカリが振り向く。

 そこには、番兵を操るべく力を発揮したことで本性を顕した仮面の変容があった。

 目鼻や口のみを穿った翡翠のそれに、一対の角が屹立している。ただ小さく開かれた様な口、その端が目許に達する程に裂け、牙の形も現れていた。

 そう、それは国外に広がる風聞に相応しき面貌――国を治める“鬼”だった。


「“鬼の坐す国”……成る程、()()か」


 アカリは番兵へと向き直り、手甲剣の尖端を面前に掲げる。

 床を蹴って肉薄し、力の限りで振るわれた剣を躱して内懐に踏み込んだ。滑り込んだまま、顔を上げて右の瞳を刮目する。


 番兵の全身に再び感覚が蘇る。

 ――主導権が戻った!

 嬉々として奪還された自分の体の具合を確かめると、アカリは再び王へと身体を向けた。

 国を(ただ)す為ではなく、魔法士の選別を目的として()かれた制度。その実態こそ――あの鬼の仮面。

 番兵はようやく、(アカリ)が止めようとする敵の本性を明確に理解した。


 玉座の傍に居た黒装束の老人が笑う。


「また現れよったか――“奇蹟狩り”」


 アカリはそちらに視線だけを遣る。

 番兵はその表情に、初めて彼の殺意が垣間見えた。穏やかで、危地にありながらも冷静で剽げた質の青年に、鋭い感情の刃が覘く。

 自分には判らない、二人だけの因縁があるのだと察した。


「あ、アカリ……奴は?」

「『魔法騎士団』の幹部の一人」


 老人が『魔法騎士団』の幹部――となれば、その驚愕は必至だった。

 組織の幹部の一人ずつが、小国に相当する領土を保有している。故に、一人の魔法士でありながら軍に価すると人々が口にする所以の一つ。

 その人物がいま、目前に佇んでいた。

 番兵としては拝謁すら烏滸がましく、憚らなくてはならない程の高位な存在。

 しかし、その老人に対しても、アカリは慎むどころか憤然とした眼差しを送っている。


 老人の嗄れた笑い声が再び玉座の間を風となって巡る。

 番兵は我知らずに数歩も後退していた。


「成る程、王様に仮面を付けて使役してたのはアンタでやしたか。アッデ王国の実権は、実質アンタの掌中ってな訳だ」

「まさか人の私有地に悠々と踏み込んで来るとは命知らずよのう、小僧」


 番兵は暫し当惑した後、アカリの背後に隠れた。

 あの矮躯から発せられたとは思えぬ気迫が空間一帯を支配している。その重圧が犇と皮膚に伝わり、先刻から冷たい汗が絶えない。

 だからこそ、殊更に冷静なアカリの様子が理解不能だった。


「アカリ……お前は一体……?」

「何じゃ、知らんのか」


 ただ睨め上げるだけで無言を貫くアカリに代わり、老人が応える。

 その声音は心做しか喜色を孕んでいた。


「我らが祖たる『星の魔女』――彼女が“星”の名を冠する理由とは、謂わばその人の造り出した品々が星の数にも匹敵する事にある」

「品……?」

「魔法の資質が無くとも、皆等しく魔法に相当する力を得られる物だ」


 老人はふと、アカリを一瞥する。

 番兵も横を盗み見ると、そこに静かな憤怒で表情を険しくさせた彼が居た。今にも手甲剣で斬りかからんばかりの威勢を感じる。

 味方ながらに生命の危機を覚えさせるほどの殺意であり、番兵は呼吸を整える。


「『星の魔女』が造り出した品を、我々は『星の欠片』と呼ぶが――」


 番兵の傍で、アカリが地面を蹴った。

 玉座に向け、手甲剣の鋒を前方に突きだしながら、低く、そして素早く馳せる。


「魔法士の間ではこう呼ばれる――“奇蹟(オーパーツ)”とな」


 アカリの凶刃が体を刺す寸前で、老人は天井近くの高さまで浮遊した。間一髪で回避され、黒衣の裾が裂かれる程度に終える。

 老人が翻身したアカリに、口許に歪んだ笑みを湛えて見せる。

 番兵は、ただ呆然と彼等の言動に意識を傾けるのみだった。


「そして、そこなアカリという奴は……どういう原理か知らぬが、各地に散在する“奇蹟”を破壊する術理に長けており、我々が危険視する存在の一人よ」

「は、破壊……だって……!?」


 番兵は視線を頭上からアカリへと移した。

 彼の双眸が呼応したかのように燐光する。


「人呼んで――”奇蹟狩りのアカリ“とな」


 グレスは彼に振り返った。

 “奇蹟狩り”――そんな名を耳にした事もない。


 黒衣の老翁が一枚の紙を懐中から引っ張り出して(ひろ)げる。

 それを困惑する番兵へと緩やかに投げ放った。

 その指先から奇妙に発生した風によって運ばれ、番兵の手元へと正確に落ちる。魔法を目の当たりにして暫し愕然としたが、渡された紙面へとゆっくり視線を下ろす。



――――――――――――――――――――――――


     ――アカリ――


 報奨金、2.〇〇〇.〇〇〇f.


罪状.

 魔法騎士団の連続殺害。

 内戦の誘発、催促の容疑。


・以下の特徴に該当する者を捕縛・首級の献上をし、本人と一致した場合に、上記の懸賞金が皇国より支給される。


~特徴~

 外見年齢――17~20歳の青年。

 盲目・杖・手甲剣。


――――――――――――――――――――――――


 瞠目して、番兵はアカリを見遣る。

 報奨金の額は、アッデ国ならば王族の次に誰よりも自由に生活可能な数字が並んでいた。

 国内に僅かに張り出され、検問の皆が把握している外部の数少ない指名手配書にも似た者は居るが、その本人を目の当たりにした経験は皆無。

 金額からして、世に極悪人と慴れられる人物だった。


 老爺は口端をつり上げて歪んだ笑顔を作る。

 玉座の隣で優しく手を伸ばし、番兵を誘っていた。嗄れた声、細く萎えた指先に魔性の何かが宿り、相手を本能的に誘惑する力を放つ。

 番兵は頭を振って、囚われぬ様にした。


 如何な大罪人とて、自分を幾度も危地から救ってくれた恩がある。

 確かに、アカリを捕らえれば自分のこれからの安全は保証されるかもしれない。

 しかし、番兵は己の職に高い意識を持って望む精神を持ち、友人を裏切らぬ事を信条としている人間だった。


 隣に居るアカリが卑屈な笑みを浮かべる。


「どうしやすか?――あっしを、捕らえるか」

「俺は自分の見聞きした物のみ信ずる。お前を裏切る事は、己の恥と考えている」

「なら良し」



 番兵は長剣を老爺に向けて構える。

 これまで怪しき部類の人間、無害な人間を検問にて判別してきた職能を持つ者だからこそ、理解できる。

 アカリは悪人ではない。


 その様子を見て微笑むと、彼は手甲剣を軽く一振りし、猛然と翡翠の仮面に縛られた王へと接近する。

 また番兵が操作されて妨害される前に決着させる積もりだ。

 五感に訴えかけ、相手を束縛する力の波長を放つ“奇蹟(オーパーツ)”――翡翠の鬼面。

 今見れば恐ろしい面相である。

 一対の角を持ち、口端が頬の辺りまで裂けた仮面。悍ましく、そして傷心していた王を救った逸品とは思えぬ外貌。


 番兵は、彼がこの国を訪れた真の理由を解す。『星の魔女』の遺産を破壊して各地を廻る要注意人物であるとは知らなかった。

 閉鎖的な国政では、外部の情報の大半が必然的に遮断されてしまう。

 その現状で、今や救世の英雄として讃えられる『魔法騎士団』に仇為す存在となれば、指名手配もされているだろう。

 それでも尚、“鬼の坐す國”と呼ばれる場へと赴き、“奇蹟”の破壊の為に危険を顧みない。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。


 老爺はアカリの行動を静観する。

 裏でこの国の実権を掌握していた首魁は、しかし自分の悪政を暴き、あまつさえ大事な運営の要である“翡翠の鬼面”を破壊行為を前にしても動じない。


 支柱の影へと逃げる王の先へ回り込み、その面前に手を翳した。

 アカリが双眸を見開くと、半透明の淡い紫の波紋が拡がる。それに触れた途端、王は凝然と動きを止めてしまった。

 番兵が驚愕に柱に凭れて見守る中、玉座の間をアカリの呪文を紡ぐ声が叩いた。


「――『夜明けの鐘(アウロラ・カンパナ)』」


 彼を中心に甲高く、鼓膜を劈く悲鳴の如き音が鳴り響いた。

 番兵は耳を手で杜ぎながら見ると、不自然に激しく王の総身が痙攣して鬼面に(きれつ)が奔る。

 その目や口から強い光を放った数瞬の後、火薬に似た炸裂音を響かせて砕けた。王は衝撃で仰け反り、床に倒れ伏せる。


 アカリは、床に散乱する仮面の破片の中から赤い水晶の玉を手にした。

 それを足で踏み砕き、老爺の方へと歩み出す。


 番兵は慌てて王に駆け寄ると、外套のフードも被らせて顔を隠した。仮面無き後、彼の様子がどうなるか判らない。

 これが本当に救いか否か、傀儡ではなくなったといえど、王の心は依然囚虜となった時の恐怖のままである。


 自分をきつく睨め上げる二名に、老爺は大笑して両手を挙げる。


「いやはや、流石に私も苦しいんでね」

「降参も潔し、然りとて末路は一つ」

「容赦してくれんか、他に方法はあろう」

「不器用なもんでして」


 言い終えた瞬間に、アカリは床を蹴って走り出した。段差を跳ねて俊敏に接近すると、まだ何かを口にしようとした老爺の首を刎ねた。

 手甲剣の刀身に付着する血を払って、手甲内部に収納する。

 老爺の遺体を蹴り下ろして、王の方へと歩み寄った。



 容赦も無かった。

 番兵には一瞬の出来事として映る。

 僅かな時間、ほんの少し窺えた彼の表情は、翡翠の鬼面に劣らぬ凶相と化していた。得体の知れぬ怪物を身近に措いていた様に感じ、いまさらに身震いする。

 隣に腰を下ろしたアカリは、王の様子を見ると合掌した。

 まるで、冥福を祈るかの様な仕草である。


「王様には今度こそ安らかにあって欲しい」

「は?お、王は……仮面から解放されたんじゃ……?」


 アカリが外套のフードを取り払い、王の顔を露にする。

 肉の爛れた火傷の面相、その奥の両目は白く濁っていた。口を小さく開けたまま動かないその様子に、番兵も悟る。

 アカリが王を抱き上げ、支柱の影から出して日光に晒すと、皮膚が一瞬の内に灰塵となってバルコニーの風に浚われた。

 番兵は豊前として、その場に両膝を突いたまま動けなかった。


「あっしも知らなんだ。――死体に仮面を被せて、動かしてるなんて」

「そんな……王は……」

(むかわり)になり、既に拷問されていた頃で死んでいたんですな」


 アカリはバルコニーの塀に背を預ける。


「死を隠匿し、さも悲劇より再起した王として舞台に立たせて人望を集め、魔法士を選出する」

「そんな……悪しき行いがあって堪るのか!?」

「それを止める為に、国外へと追放された難民の一部が“鬼の坐す国”なんて噂を垂れ流したんだろう」


 項垂れ、悲痛な紛糾を谺させる。

 倒れた衛兵も、草臥れた老爺の遺体しかない今、誰もその響きを耳にした者はいない。

 難民が救いを求め、遂に果たされた王の解放。しかし、それは同時に国を混乱させる事である。

 招かれたのは、“奇蹟”を破壊する者。しかし、救世主ではない。


 アカリは自分の肩を揉み解し、ふっと深く息を吐いた。


「さて、どうだか。あっしは遣る事を終えた……次に行くさね」

「俺は、どうなるんだ……この国は」

「あっしの与り知らぬ処、自らで立て直して貰う他無し」


 踞る番兵の肩を軽く叩いて、その横を通過した。

 鬼面の力が喪われた今、城内は騒然としている。脱出するには絶好の機会であり、幸いな事に束縛されていた者達は記憶が無いため、アカリ達の事も知らない。

 脱出するならば好機。

 しかし、潔く場を離れられるほどに、今の番兵の心境は単純ではなかった。


「お前は、各地の“奇蹟”を破壊して廻っているそうだな」

「ええ」

「今回の様な事は……あったか?」

「……何度か」


 番兵は勢いよく振り返って、アカリに懇願するかの様な眼差しを送る。

 遣る瀬無い悲憤の矛先を彼に向けてはならぬと自制しながらも、抑えられなかった。


「国の事は考えた事があるのかっ!?」

「知りやせん。あっしは――復讐するだけ」

「そんな事の為に!?」


 アカリは静かに歩み寄って、番兵の鼻先に手甲剣の鋒を突き出す。寸前で停止したが、面を撫でる冷たい風に息を呑む。

 憮然として見上げる番兵に、彼は無表情で対する。

 刃先からは、老爺に向けていた殺意と同じ感情が宿り、至近にある番兵の背筋を凍てつかせる。


「あっしは“奴等”の勝手で、村を焼かれた。今さら国がどうなろうと知りやせん、善人じゃないんでね」


 アカリは自身の瞳を指差す。


「これは義眼――親から贈られた物」


 燐光する虹彩の中心で、黒く澱んだ闇が胎動する。

 アカリの中に蓄積された様々な負の感情が滾る様に見えて、番兵は全身が萎縮した。筆舌に尽くし難き恐怖が蠢いている。


「付けてから、あっしは村を、大切な人達を奪われた」

「……!」

「“こいつ”ぁ呪われてんですよ。でも、判った……『魔法騎士団(やつら)』が扱う『星の魔女』の遺産を、破壊できるのがコイツってな」


 背筋を伸ばしたアカリは、手甲の中に剣を納める。

 一気に緊張が解れ、番兵は喉を通る空気を新鮮に感じた。どうやら、突き付けられた刃物とそれ以上に冷たく鋭いアカリの感情に呼吸を暫し忘れていたのだ。


 過去に『魔法騎士団』に大切な者達を奪われ、その復讐に“奇蹟”を狩り続ける。

 災厄の始まりだった義眼が皮肉にも仇敵の策謀を根本から破綻させる武器だった。

 アカリはただ――“奇蹟”を狩るだけ。

 その行為に伴って、人が救われようとも陥れられようとも、判断の如何に全く反映されない。他者の不幸も一顧だにせず、その手で報復を成し遂げる。



「この“魔眼(まがん)”でいつか、奴等に()()()()()()()()んでさ」



 アカリの決然とした声音に、番兵は何も言えなかった。

 並々ならぬ底意、禍々しく煮え滾る執念を胸懐に秘めて、その視線を定める。見据えた先は“奇蹟”でありながら、かつてすべて奪って行った者の後ろ姿を追っていた。


 番兵はその場を動けずに居たが、静かに立ち上がってアカリの隣に行く。

 一変して、彼は口許に笑みを浮かべた。


「さ、花屋の子に会いに行きやしょう」

「……無理だろう、もう国内で俺は密偵と騒がれている」

「あー……しかしねぇ、それじゃどうするんです?」


 犀に破壊された家、国王が身辺調査の為に自分の事を職場の仲間にも伝えている。

 密偵の容疑を晴らすにも、一人では絶望的に不可能。国外から来た放浪者のアカリは、何の助勢にすらならない。

 もはや、意中の相手からも嫌悪されているに違いない。


 番兵は諦念に笑うと、アカリを流し目で見た。


「それについては、考えがあるんだ」

「ほう、どうしやすか?」

「なあ、俺さ――」





新時代……と呼んで良い時間帯なのでしょうかね。


読んで頂き、誠に有り難うございます。


令和になっても執筆頑張りますので、今後とも宜しくお願い致します。

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