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翡翠の鬼面──001……鬼の坐す国


『友達に誘われてナンパに参加したら校内一の美少女が捕まった件。~明日の俺は安全に生きてるかな?~』

(https://ncode.syosetu.com/n8151fi/)


が同時連載中です。


暇な時に読んで頂けたら嬉しいです。






 人の心を映す鏡は、いつだって顔にある。


 奥深くに秘められた僅かなモノが、()、眉、(くち)(ことば)として表れる。秘密を匿して生きていられる人間なんていない。

 誰だって、結局は他者に知られる事を望む。


 顔とは、その最後の希求を反映した人間の醜い本性の結晶である。


 そして、ただの片鱗に過ぎない。




*****************



 初秋の風に吹かれて、豊かな畑に敷かれた黄金色の絨毯が柔らかく浮き沈みを繰り返す。葉擦れの音が鼓膜(みみ)に心地好く届けられる。

 門前に集うのは、入国審査を受ける者たち。

 整備された路地の脇では、入行を拒否された難民達が留まり、虚ながら奥底に憎悪を宿す瞳で旅人を見上げている。

 旅人が我知らず注ぐ蔑視、これを受けている路傍に蟠った負の感情こそ、国の入り口を陰鬱な空気で包む正体だった。

 秋の涼気を濁らせるそれに、皆は理由も知れず呼吸が重たく苦しく感じる。旅人にも表情が晴れやかな者は一人としていない。


 入国審査を行う番兵の一人は、嘆息混じりに一人ずつ検査していく。

 国の最前線を守る者としての職務意識、その高さは仲間内でも高いと自負がある。最近は諍いが少ない事もあり、守衛の警戒網も守備力の低下が見受けられる。

 まだ侵攻が無いことこそ救い。もし、他国が軍を率いて攻め入るなら、瞬く間に潰えてしまうだろう。

 一人だけでも、危険分子の一切を排する意識で望まねばならない。剣呑な連中には厳重な注意、行商人であろうと荷物に混乱の種となる怪しい物品はないかを細かく(あらた)める。

 一応、国の体制としては、傭兵稼業に身を窶す荒くれ者には、長期の滞在を認めず、武器の類いも出国まで没収、という規制だけが設けられていた。

 薄弱になりつつある警備体制、果たして外部からの脅威から国民を守れるか否か、判じ難い程度に落ちている。


 番兵が何人目になるかも判らない傭兵を処した後、次なる人物に視線を向けた。

 相手の姿を眺めながら質問する。


「名前、職業、滞在期間と目的を言え」

「傭兵をやっている。滞在期間は一週間、観光目的で来た。名は――アカリ」


 生業を傭兵とするのは、珍しい黒髪の青年。

 一匹(いっき)の布で黒い目隠しをしており、左手で杖を突く。体格は中背中肉、外套の下は単衣と少し大きい股引(ズボン)、どれも衣服は薄汚れていた。

 武器らしい物は特に見当たらない軽装であり、傭兵稼業にあるとは思えぬ不用心。

 唯一、装備しているとなれば右腕の手甲(アームカバー)である。指の付け根に及ぶ手背から前腕部を保護するそれは、縦に三尺、横に二寸くらいある矩形(くけい)の鉄板を縫い付けていた。

 指の関節から木目が見える事から、番兵はそれが義手である事を察する。

 この武装の無い青年の様相は、ただ盲目な旅人にしか思えない。番兵が簡易入国許可手形を発行して手渡す。


「武器は何処かに隠しているのか?」

「以前受けた要人の警護の任で、壊してしまって。手持ち無沙汰だ」


 番兵は興味を無くし、そのまま彼を通過させた。元より、その目で何事か為せるのか自体が疑問である。傭兵というのも、恐らく護身の為の偽装だろう。

 あの旅人は無害だ、大事には至らない人種。

 そう判断した番兵は、背後で戛々(かつかつ)と鳴らされる杖の調律をにして判断した。


「そういえば」

「うおっ!?」


 青年が杖を止めて、振り返りながら番兵に尋ねる。次の相手への応対に心構えを移していた彼は、思わず吃驚して奇声を上げた。

 青年はしっかりと彼の方を見据えながら、やや慌てている様子にも委細構わず言葉を続けた。


「ここらで変な噂は無いか?」

「変な噂……?」

「怪異、魑魅魍魎の類いだったり、或いは……“特別な力”とやらだったり」


 番兵は言葉に窮する。

 そんな奇々怪々な話題ならば、待機している交替の番兵どもが小耳に挟んで、今頃は話題の種にしている筈だ。それを自分にも頼んでもいないのに話し込んで来るだろう。

 しかし、今は身辺の些末な出来事ばかりしか話せない番兵の現状では、青年の求める話は無さそうである。


「いや、聞いた事は無いな」

「そうか。なら、()()()だ」

「は?」

「番兵さん、目許の隈が酷いな。仕事熱心なのも良いが、体が資本の職務。確り休眠を取りな」


 番兵は自身の顔を手拭いで拭って、確かに目許の疲れを感じて嘆息する。確かに、連日の勤務で休暇が取れていない。

 はて……何で隈があるなどと判ったのか。


「いやはや失敬。後免なさいまし」


 青年はそれだけ言うと、再び杖で地面を軽く叩きながら歩み出した。

 今時、子供を注意する決まり文句だったり、僻地を少しでも騒がせる住人の企図でしか湧かない内容を求めて、この国に来たのか。

 番兵は甚だ疑問だった。

 一体、その見えぬ眼でどうしようと。お目に掛かる事も能わぬとあらば、如何にしてその存在を知覚しようというのだろう。

 アカリと名乗るその奇人の背を見送りながら、肩を竦めた番兵は、次なる者の審査を始めたのだった。


 澄んだ夜空に月が浮かぶ。

 数時間の刻が経ち、(ようよ)う警護の責務から一時解放された番兵は、ぐっと背伸びをして体の凝りを解す。

 あの奇妙な旅人に言われた通り、自覚がある内こそ幸い。今日は余計な事に時間を費やさず、早く床に就いてしまおう。

 月光に照らされる閑散とした路地を歩く番兵は、ふと耳朶を擽る微かな音に意識を澄ました。


 かつ、かつ。


 石畳を叩く音が、夜の町に反響している。

 この路を歩くのは自分だけ、だからこそ音が異質に響いて届く。

 次第に近付いている、そう感じて前を見据えていると、建物に挟まれた隘路から人影が現れた。

 杖で石畳を小突いて、左右に耳を傾ける音の正体は、入国審査にて自分が相手をした青年である。

 番兵は呆れて声を掛けた。


「こんな時間に何をしている」

「ん、その声は……番兵さんかな?」


 やはり見えていない。

 番兵は歩み寄って行き、その正面に立った。

 冷たい路地に裸足で歩き、裾の擦り切れた外套でうろつく様子は、宛て所なく徘徊する亡者だった。

 青年は悪戯を見咎められた童の様に相好を崩し、後頭部を掻いている。


「調べ物だよ。そうか、道理で人が居ないのは、もう夜だからか」

「もう殆どの宿の受付は閉まってるぞ」

「いかんね、眼が見えないと」


 番兵は周囲を見渡す。

 街灯すら消えた時間帯に低徊しているとなれば、自宅に帰着する他の番兵に発見されて、いずれは面倒事に発展する。

 最初に目撃したのが、恐らく見知った自分なのだと理解して、番兵は殊更に大きな溜め息を()いた。

 石畳に立てた杖の上で器用に腰掛け、腕を組んだまま唸る青年の肩を叩く。


「俺の家に来るか?」

「おや、良いんですか?赤の他人を家に招き入れるとは不用心」

「傭兵を名乗りながら武装の無いお前さんもな」


 番兵は青年を連れて帰路に就く。

 後ろを歩く彼に配慮し、歩調を緩めた積もりだった。しかし、杖で突きながら歩く青年の歩みは、焦りも無くきびきびと進んでいる。

 転ぶ事には慣れているのだろうか、そう考えながら番兵は彼を自宅へと先導した。



 自宅に到着してから、客人の青年――アカリをもてなし、共に食事を取った。

 目隠しを取った彼は、以前よりも表情が豊かに見える。何気ない冗談にも笑ったり、真剣な顔をしながら間の抜けた発言など、諧謔に満ちた語り口。

 家族の居ない番兵にしては、たった一人が増えただけでも食卓は賑々しく感じる。存外、心は寂寥に喘いでいた事を自覚した。

 平らげた皿に向かい、恭しく頭を垂れながら合掌する手を掲げるアカリの姿に笑う。


「大袈裟だな、そんな旨かったか」

「番兵さん、自分の腕を侮ったらいきませんよ」

「ま、お気に召したようで何より」

「一宿一飯の恩、忘れませぬ」


 アカリは暫しその姿勢だったが、番兵が食器を片付け始めると、席を立って窓を開ける。訝しげに眉間に皺を寄せ、夜空を見上げた。

 夜風の吹き込み、背に風を感じた番兵は、振り返って窓から顔を出す彼を見るや否や、慌てて駆け寄って鎧戸を下ろす。

 その態度に小首を傾げ、アカリは再び席に座る。


「どうした、番兵さん」

「夜は窓を開けてはならない」

如何(どう)してだ」


 番兵は顔を寄せて、小声で耳打ちした。


「国の規則だ。夜に窓を開けるなと。破った場合、他国の間者と疑惑をかけられて尋問される。夜町は王直属の兵団が警邏をしている、目撃されたら大変だ」

「あれだけ厳しい入国審査に重ねて、随分と怯えているな」

「仕方無いさ。現国王は昔、捕虜にされたんだよ。あの『魔法騎士団』に救助されていなきゃ、今頃……」


 魔法騎士団――その一語で、ぴたりとアカリが動きを止めた。その口の端に幽かな笑みが兆す。

 その変化を看取できず、番兵は椅子に体重を掛けた。静かな室内に木の軋む音が伝わる。

 アカリが首を傾げたままの姿勢で停止している事に気づき、もしや魔法騎士団が判らなかったかと思って補足した。


「魔法騎士団を知らないのか?今や救国の英雄達だというのに」

「いやさ、知っているとも」


 今や知らぬ者などいない。


 争乱荒れ狂う大陸、権謀術数の蔓延る剣呑な時代で四年前に突如として現れ、数多の戦を終わらせた英雄の一団。

 皆が高度な魔法を操り、危険な勢力を鎮圧する実力がある。数としては百に及ばぬが、その戦力は万軍にも価すると評価された。

 過去に大陸で最も栄えたカルティクス皇国に仕えた大陸史上最高と謳われる『星の魔女』を信奉し、その国と共に潰えた彼女の遺志を嗣いで平和を護る正義の象徴。

 今は第二のカルティクス皇国を築き、そこを支部として大陸の七割を支配下に置いて、安寧の時代を築こうとしている。


 アカリはやや嘲りを含んだ笑みを浮かべた。

 この国――アッデ国を治める現国王は、王子の時に前王である父と共に、国を守る為の捕虜となったが、拷問を受けた挙げ句に、その面前で父を殺害された。

 魔法騎士団に救助されたのは、それより後だったのである。


「それで、現王様は捕虜だった経験で?」

「それ以来、拷問の際に火傷を負った顔を人前に晒すのも厭うて閉じ籠ってしまった。王位を継承する前の出来事でな、酷く国が混乱した」

「ほう」

「しかし、魔法騎士団から贈られた仮面のお蔭で再び元気を取り戻した。仮面自体に特別な力は宿ってないだろうけど、綺麗な翡翠の仮面なのさ」


 翡翠の仮面をした王の誕生。

 見事に王として復活した姿を誰もが祝福した。魔法騎士団からの援助も受け、アッデ国は復興した。今では、カルティクス皇国の平和を示す小国の一つである。

 しかし、心の傷までは癒えておらず、翡翠の仮面の裏で怯えながら、国の平和を乱す可能性を微塵でも排除する為の政策を実行していた。


 アカリはそこまで聞くと、納得とばかりに頷いた。

 番兵はそれを怪訝に見つめて問うた。


「何だ、その得心顔は?」

「何さ。あっしがこの町の噂を外で聞いて来たんだが、(えら)く違うもんだなと」


 番兵が訝って、再び声を出そうとした時、戸口を鼕々(とうとう)と叩く音がする。二度や三度ではなく、ただひたすら打ち鳴らしていた。

 不思議に思いながら応えようと、席から腰を上げた番兵をアカリは杖で静止した。


「この町、新しい王様になってから――」

「な、なってから?」

「“鬼の()す国”だなんて、呼ばれてますよ」


 その時、扉が木っ端を散らして撃ち破られた。




アクセスして頂き、誠に有り難うございます。


次回、番兵さん絶叫――……!



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