表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

003……錬金術師


 次なる襲撃を恐れ、交代で寝ず番をしながら街道を移動し、目的地付近に辿り着いた。爆弾じみた光線の猛威もあれから身辺を脅かす事無く、安穏と、しかし不気味にも無事な時間が続いている。

 グレスは路傍よりも更に少し離れた木々の中、熾した火で似る鍋の中身を軽く混ぜながら、これからの道行きを思案した。


 アカリの義手を都合する為にも、バロア国への到着を早めたい。

 メラリアは普段から野営に慣れているのか、山菜や薪の材を集める手際が良く、この年頃の娘が厭う草枕の不如意にも僻事を起こす事もなかった。

 面倒を見ると口にした手前、彼女を見捨てる事は出来ないし、アカリも些か難色を示しているが同道してもらう他に安全を確保する方策は見当たらないのである。

 バロア国では武器の所有が認められておらず、検問に預けられ、出国と同時に返却されるのだ。傭兵や危険な賞金稼ぎの牙も抜かれ、国内ならば以前より安全に過ごせるだろう。

 事情は違えど故郷のアッデ国と同じ体制だと想起して微笑を浮かべる。


 不意に、見張りをするアカリと隣に座るメラリアへと視線を向けた。

 アカリは頑なにも、彼女を信用する事すらなく、優しく応対する素振りも見せない。警戒心は多少緩和しても、やはりどこか怯懦が窺える。

 そんな彼の感情を読み取れず、けれど健気に近付こうとするメラリアの努力が功を奏し、隣に居座ることだけは叶った。

 微笑ましい少女の努力には、グレスも応援したくなった。


 最近、メラリアは彼の隣で布を敷き、グレスの予備の短剣を借りて木を削っていた。

 道中の森で道具を都合したり、街道で日雇いの募集をしている雑貨屋などで稼いだ賃金を使って購入した木材。

 さらには、磁石を多く蒐集している。

 布の上に並ぶそれらは、一体何を作ろうとしているのだろうか。

 何の脈絡もなく(はじ)まった作業に、さしものアカリも関心を寄せた。


 迂路を取って、あの襲撃を受けた日より二週間で到着する予定だったため、時間は有り余っている。

 自由時間も多いからこそ、無聊を慰める遊戯にも乏しいアカリの視線は、次第に接近する動物よりもメラリアの手元に集中していた。


 作業開始から五日、彼女の意図の全貌が見えた。

 木材を削って製作されているのは、義手だった。

 指や前腕、関節と思しき部品がある。他にも複数の棒や球体などがあるが、恐らくそれらも義手の一部として機能する予定なのだろう。

 中々に精巧な作りの造型に、二人はほうと感嘆する。

 アカリはもはや、見張り役も忘れてメラリアの対面に座し、布の上のそれらを見詰めていた。


「これは何だ」

「肘の駆動部の機構に必要です」

「じゃあ、これ」

「後腕の筋肉に連動してくれて、何かを持ち上げたりする時の運動を補助する為の部品です」

「……これは、何?」

「筋肉、の代替になる予定なんです」


 メラリアは律儀に応対する。

 アカリの質問攻めに笑顔で応え、一つひとつを解説した。

 少女に備わっていた奇特な技術に、二人は驚愕必至。先の国で求める筈だった物が近くで入手できる、それも専門の技術者が設計したかの様な精巧さ。

 設計図も無く、何の規矩すら見ずに作業を滞りなく行う。


 削る工程も過ぎ、そして前腕などを組み立て終えた。

 手拭いで塵を払ったメラリアは、二枚の布を新たに敷く。

 その上に颯爽と幾何学模様を描き始める。一つは幾重にも重なった三角の中に、文字などを綴った物。もう一方は円と四角を中途半端に重ね、文字と線を繋げた絵。

 メラリアは後者の上に形状の様々な磁石を置くと、グレスへと振り返った。


「グレスさん、ウーツ鋼を」

「え、あ、ああ」


 意表を衝かれた様に狼狽えながら、グレスは近付いて雑嚢から取り出したウーツ鋼の剣身を渡した。

 受け取った彼女は、三角の魔方陣らしき模様を描く布の上に安置する。その隣にも、彼女が町で不要になった鉄製の物などが並ぶ。

 それから二人を交互に見て、頭を下げた。


「私、二人に恩返しがしたいんです」

「は、はあ……?」

「だから、これから二人に見せる秘密を、誰にも言わないでくれると信じたいんです」


 二人は互いに見あった。

 見て欲しくないという事なのか、とアカリは瞼を閉じると、目隠しに布で縛り上げようとする。

 グレスはそれを制止した。


「通常の視認機能に切り替えろ」

「視て良いんでしょうか」

「信頼しての事だろう。それに、お前が疑っていた相手が秘密を開示するんだ」

「……」

「勿論、口外禁止だ」


 アカリは瞼を開いて、布の上を目視する為に義眼の機構を静かに起動させた。

 二人が肯くのを見て、決然とした表情のメラリアは深く一礼する。それから布へと向き直った。


 二枚の布への手を置いて瞑目する彼女に、アカリとグレスは注視を注ぐ。


「《金に列なる(アミークス)よ、メラリアの名に於いて、その身を提示された貌へと集束したまえ》」


 メラリアの清澄な声音の紡ぐ歌の様な言葉。

 布上にあった磁石などから光子が生まれ始め、描かれた模様が輝きを放つ。不可思議な現象を導く少女の声は、知れず森の中の空気に伝播していく。

 唖然とするアカリ達は、間髪入れず不可解な出来事に目を見開いた。


 形状の違う磁石たちが独りでに動き、互いに接触した部分から融合する。四つの団塊に分かれ、各々で形を変えた。

 また、ウーツ鋼や鉄製品も変容を始める。

 ウーツ鋼の剣身は僅かに長くなり、鉄製品はそれを薄く伸びて保護する様に包む包丁の柄に似た形になった。


 金属の変貌に理解できず、魔法の業かと驚嘆で喋れずにいたアカリへと、磁石の塊を持ってメラリアが近寄る。

 彼の右腕の断面に、先ず薄い円盤状に削った木を填めて、同じ形の磁石を上から重ねた。

 次に上腕半ばまでの部品、そして肘となる部分にも磁石を仕込んだ。

 二つに分けていた前腕を組み合わせた中にウーツ鋼の剣を()れ、手首と手となる物を装着する。最後に五指を丁寧に付けた。


「完成です!」

「…………これは、凄いな」


 アカリは右腕を曲げたり伸ばしたり、土を摑んだり投げたり……様々な動作確認を行う。どれも以前の腕と同様に機能し、手に関してはそれよりも便利だった。

 外観は薄い褐色であり関節も木組みなため、義手だとは一目で看破できるが、見事な作りである。


「磁石は金物だから、寒さで皮膚に凍傷を負わないよう上腕の断面には木を挟んでます」

「……お、おう」

「ウーツ鋼の剣は中に仕込んでます」


 アカリが右腕を軽く振ると、掌が前腕を摑むかの様に手首が折れた。

 唖然とする彼の前で、メラリアが前腕の手首に向かう後半の部分を軽く叩くと、肘の近くまで部品が滑り、中から剣身が露になる。


「軽く衝撃を与えると、前腕の殆どが畳まれるんです」

「手首を下ろして、後ろに腕を振っただけで出てきそうだな」


 アカリが誰もいない虚空に向け、剣を振るう。

 戦闘に問題無く、抜け落ちる事やがたがたと揺れる事も無い。

 折り畳まれた部品を再度滑らせると再び前腕が完成し、手首を元に戻せば平時の義手に返戻する。


「こんな技術……いったい、どこで?」


 訊ねたアカリの声に、一変して俯いたメラリアは、小さい声で応えた。

 そこに、先程のような澄んだ声音はない。


「私……少し特殊な魔法士の一家で」

「特殊な?」

「金属を用いて、別の物質に変成させる錬金術(アルキュミア)を専門とします」

「……君は一体……?」


 メラリアは二人をもう一度見回してから、深呼吸をして、言葉を続けた。


「私は――錬金術師(れんきんじゅつし)、というものです」


 二人が聞き覚えの無い単語に疑問を呈すると、メラリアは少し躊躇った末に、それ以上の言葉を発することはなかった。


 実際に秘密を開示するには、大きな勇気を要する。

 それは本人ばかりにも理解し得る物ではなく、故に心に乗し掛かる重圧が口を杜いでしまう。


 多少の木材と磁石のみで機械仕掛けの義手を設計し、誂えて見せた彼女の技術は、その出身たる特殊な魔法士の一家――錬金術師の業による(ちから)

 ただ、意を決したが存外その心労は自分の想定を上回る重圧が伴い、それからも緊張でメラリアが語る事は無かった。

 グレスは親を失った後の傷心状態である彼女を問い詰める行為には気後れし、アカリに関しては義手を得て、それ以上の追及をする必要性も感じられなかったことで話は打ち切られる。


 錬金術(アルキュミア)――これが一体、何を意味するのか、アカリとグレスはその謎の大きさを未だ理解することは適わなかった。




 アカリ一行は、バロア国までの道程を順調に進んだ。

 野盗や賞金稼ぎによる追撃は無く、アカリの右腕を切断した光線もまた降り注ぐ事態にはならなかった。

 海峡付近でもあり、厳冬の汀に立つかの如く気温は歩を進める毎に低下する一方だった。

 寒さに耐性の無いアカリは頗る不機嫌。

 対照的に誰よりも薄着のはずのメラリアは義手を誉められたので笑顔であり、寒さに体を抱く素振りも無し。

 この彼女の態度が気に食わず、殊更に邪険に扱うアカリと、その彼に戸惑って悲しむメラリア。

 両者の中庸として立つグレスは、寒冷な空気に関係なく体調を崩しそうだった。


 馬車の荷台に揺られ、バロア国へ僅かとなる最後の街道を移動する。

 街道の平屋で働いたメラリアの健気さに心打たれ、無蓋の馬車を走らせてくれた農夫の老人に世話となっていた。

 彼女はいま、荷台に敷かれた藁の上で眠っている。その様子をグレスと農夫が微笑ましそうに見守った。

 しかし、アカリばかりは一週間前からある方角を見詰める。またもメラリアへの意地悪かとグレスは注意せんとしたが、その警戒の眼差しの険しさに口を噤んだ。


「グレス、注意して下さい」

「何だ、敵襲か?」

「いんや、そこな娘の話を聞いたでしょう」


 グレスは、彼の視線の先を目で追う。

 巍巍たる山の連なる山岳部の上では、遠雷が轟いていた。数日前から天候が悪化し、今や山頂は黒い曇天を貫き、山肌は暴風と落雷に荒れ果てんとする。

 土砂崩れの一件もそうだったが、あの辺りはメラリアを拾った場所でもあった。

 そこまで思考が行き着いて、グレスも漸くアカリの真意を悟る。


「まさか、魔法騎士団が……?」

「あっし等を狙った光線、あれも山の方から撃たれやしたね」

「……奴等が、俺たちを……!」

「正確には、そいつを。アッデ国の件は身内に露呈しちゃいるが、あっしの存在は偶然の重なり」


 アカリは眠る少女を一瞥した。

 あの日の光線は――魔法騎士団による奇襲!

 しかし、その標的はメラリアだった。確かに、彼女の話に依れば、山中で突然襲って来たともある。

 何かを目撃された、その口封じの為なのか。

 杳として目的は知れぬが、彼女は狙われている。あの山中で何を為していたか、アカリとしてはこの一週間も悩まされていたのだ。


「図らずも奴さんらの核心に触れてるのかもね」

「楽しそうだな、アカリ」

「兎角、バロア国で歴史でも勉強しやしょう」

「そこに“奇蹟(オーパーツ)”があれば幸い」


 グレスは流し目でメラリアを見遣る。

 アッデ国の様に悲劇の真実を知る事になるかもしれない。彼女もまた、自分達と同行するにあたって同じ目に遭う。

 はたして、その時の心痛に耐えうるか。

 グレスの憂慮は尽きなかった。




 バロア国の市壁は純白であった。

 壁面には古代の文字、または歴史的な遺跡の壁画を模写した絵が掘られている。素人であっても貴重と感じるほどに磨かれていた。

 検問を過ぎ、市壁を通り抜ける隧道(ずいどう)の天井にもまた、同様の絵が刻まれている。


 町の景観が前方に小さく浮かぶ中、グレスはある疑問で頭を占められていた。

 その理由は、隣の少女である。


「メル、その服は……何だ?」

「これ、セーラー服?という物らしいです」

「何だ……それは?」


 バロア入国に際して、メルが検問で受け取った服である。

 裾の短くされた黒い上着に赤いリボン、膝上のスカートとなる。周囲を見れば、メラリアと同年代か、それよりも幼い少女たちが着用していた。

 その風采に怪訝な顔をするグレスだったが、身内の一人が纏っているとなれば、指摘するのも些か気分を害する行為だと感じて口を閉じる。


 アカリは聞き慣れぬ単語に小首を傾げ、日常的に情報の面で専ら倚籍しているグレスへと訊く。

 無論、グレスさえも聞き及んだ事のない装束であるため、十全に理解を得られる説明を行えるのはメラリアだけである。

 当惑するグレスに、彼女は胸を張ってアカリに話した。


「滞在中は、十八歳以下の男女は学徒として都内の図書館を利用可能らしいです。その為の識別に必要なのだとか」

「……学生の権限とは?」

「一般人よりも開架できる書庫が多いそうです」


 アカリはまたも、その『開架』という言葉について相棒を見遣る。

 グレスとしては、今までよく単独での旅路が成立していたものだと呆れていた。

 彼の出生を聞いてはいないが、魔法騎士団に襲われる以前、出身地が世俗と離れた場所だったのだろうか。


「開架は、図書館にて閲覧者が書架から本を出して自由に利用できる事だ」

「ほう、さいですか」

「学徒を伴っている時に限り、同伴者にも同様の権限が付与されるらしいです」

「それは助かる。俺達も調べたい事があったんだ」


 つまり、奇しくもメラリアの存在だけで調査可能な範囲が大きく広がったのだ。

 グレスは得心してうなずいた。

 なるほど図書館都市となれば、やはり学問を追究したり、研究する機関が発達した場所だと推察できる。

 外界の人間よりも、この環境下で学生として過ごす者への信頼が判る。

 当に二十代前半のグレスや、今年になり十八を過ぎてしまったアカリは該当しないし、何よりも一国を混乱させた前科があった。

 図書館都市が信用しない人種とは、正に二人の類いだろう。


 先を歩くメラリアは軽快な足取り。

 笑顔に鼻唄と重なれば、今まで守秘で強張っていた顔が緩んでいると後ろにいるグレスも判る。元より視覚が機能していないアカリは、セーラー服も見えぬため、その重要性に対する衝撃をあまり感じていない。

 無表情の彼に、メラリアが笑顔で振り返った。


「どうですか、アカリさん!お役に立てましたか?」

「あと一年早けりゃ、あっしも着たのかね……セーラー服」

「だ、男性は専用の学生服があるらしいですよ」


 グレスとメラリアは声を潜めて笑った。

 アカリがセーラー服を着用した時の身なりの奇異なる風貌に、胸の内から湧く可笑しみが堪えられない。

 尤も、耳敏い本人には二人の匿そうとした笑声が既に露呈している。


「何が可笑しいんですかい、お二人さん?」

「いや、失敬っ。何でもないっ」

「ところでアカリさん、何をお求めでバロア国に?」


 アカリは笑みを浮かべる。

 グレスは口を開いた彼の返答を先に察して蒼褪めた。


「勿論、“オーパー……」

「歴史学に興味があるんだよなっ!?アカリは傭兵稼業でそういった分野に疎いから、興味が出たんだよ!」

「……?グレ」

「な!?」

「……まあ、そう……」


 グレスは安堵の溜め息をついた。

 折角メラリアが己の秘密を暴露した後であるのに、自分達の目的を開示しないのは不当であると理解しつつも、まだ彼女を巻き込めない気持ちが胸裏にある。

 野盗に狙われた後で、怯えているのに同行者の所為で再び別の敵意に晒されるなど、知りたくもなかろう。

 ある程度、落ち着いた場所を選びたい。

 グレスが彼女の心労を推し量った故の判断だった。

 朧ながらその意図を察してか、アカリも余計な口外はしないでいる。


「歴史学ですか。私は魔法に興味があって」

「俺は薬草とか、医術に関する知識だな」

「なら、早く行きやしょう」


 一行は、隧道から光差す外へと躍り出た。




アクセスして頂き、誠にありがとうございます。


次回も宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ