エピローグ「仮面の剥落」
昼下がり、検問所を過ぎて長閑な農道を馬車が進む。他にも道を賑わす旅人の行列が生まれていた。
喧騒に満ちた国外、検問所は難民達が騒がしい。国内で起きた大事件による混乱で防備が薄れて、難民も決起したのだろう。
その様子を遠目に、元番兵は馬車の荷台で長剣を抱いていた。
隣では、睡魔に襲われて船を漕いでいる盲目の放浪者――アカリが居る。
少しずつ離れる市壁、故郷のアッデ国を見詰めた。今更になって郷愁の念が湧いてくる。
国内はいま、忽然と姿を消した王の消息を探る事で必死になっている。アッデ国は世襲制であるが、国王に世嗣ぎが居なかった事実を鑑みて、国民はその中で、次期王は誰かと口々に噂する。
難民は王の消失に乗じ、国内への侵入にと検問の正面突破を敢行した。
その中には、故郷に帰ろうとする者も居る。
アカリと元番兵は、その騒乱に乗じて脱出したのだった。
密偵の容疑がある以上、仲間からも犯罪者として扱われ、捕らわれてしまう故にこの機会を逃せば牢獄の中だった。
或いは、城内より使嗾された刺客によって、枕を高くしては寝れぬ日々を過ごす。
本来なら、国を混乱させた結果に自責の念を懐いて、どんな罪の追及も覚悟すべきだった。
しかし、それよりも元番兵は『魔法騎士団』とアカリについて、疑問を抱いていた。
彼らの間に、どんな因縁があったか。そして、何の為に“奇蹟”を使って、国々を裏で操っているのか。
それをすべて知るまでは、牢屋で過ごす訳にはいかない。
車輪が石を蹴り上げた衝撃で、荷台が大きく撥ね上がる。
その震動で起きたアカリは、寝惚け眼でふと元番兵の手元に視線を落とした。
「何ですかい、それ?」
元番兵の手には、一輪の花が握られていた。
「ああ、これか。……道程で花屋の子に貰ったんだ、旅に出ると言ったら黙って渡してくれたんだよ」
「……訣別ですかい?」
「まあ、失恋だな」
肩を落とす元番兵。
アカリは憐憫を込めて、その肩を摑んだ。
「諦めちゃあいけねぇよ、番兵さん。恋人探し、あっしも少しなら手伝うぞ!」
「人の旅の目的を不純な動機みたいに言うな!」
元番兵は、その手を払った。
最後に顔が拝めただけでも僥倖、これから先に会う事は無くとも、けじめはつけられた。
「これからお前の旅に同道する」
「……厳しいですぜ?」
「それでもだ」
決然とした眼差しに、アカリは忠告する口を閉ざした。
これから、“奇蹟狩り”を自分にも協力させる事となる。そこに、アカリにも微かな罪悪感があるのだろう。
「それに、これから旅の仲間だ。“番兵さん”、じゃつまらんだろ」
「そうかい。じゃあ、名前訊いても宜しくて?」
元番兵は手を差し出した。
アカリは暫し、その顔と手を交互に見た後に応えて握る。
「グレス、元番兵のグレスだ」
「改めてあっしはアカリ、傭兵のアカリ」
二人は互いに視線を返して笑った。
仮面に閉ざす必要など無い、憂いの晴れた快活な笑顔だった。
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次回は新しい“奇蹟”を巡って行く最中で、いよいよヒロイン登場です。
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次回も宜しくお願い致します。