第六話 妹
家までは姫匙の使用人さんが車で送ってくれた。
確か、僕が拉致されたときも車使ってたよな……。
僕はミラー越しに使用人さんの顔を覗き込んだ。
目が合って、軽く会釈をする。
綺麗なメイドさんだった。透き通った金色の髪と大きく実った胸。綺麗に整った顔。
……外人さんかな?
「――痛い!」
僕がもう一度だけ目を合わせてくれないかな、なんて淡い期待を抱きながらミラーを覗いていると、姫匙に足を踏まれた。
ハイヒールを履いていないのが唯一の救いだ。
姫匙はふんっ、と窓の外に顔を向けた。
「ありがとうございました」
家の前に着くと、僕はメイドさんにお礼を言って車を出る。
メイドさんはニコッと笑顔を返してくれた。
……メイドさん、いいなあ。
「――だから、痛いって。――イタイイタイ!!」
姫匙が足を踏んでから、ぐりぐりと捻りつぶすように足を捻る。
そしてまた、そっぽを向いた。
「ッ……どうして怒ってるんだよ!?」
「ふんっ。別に怒っていないけれど……!」
……怒ってるじゃん。
僕は溜息をつきながら家の扉を開けた。
「おかえりなさ――」
僕の帰りを玄関で待っていた妹が硬直した。
理由は明確。僕が我が家に女の子を連れてきたから。それも大きな荷物を持った超絶美少女を。
無理もない。正直、僕だってビックリしている。
つい一週間前までは、何の接点もなかった姫匙が家出とはいえ、僕の家で暮らそうとしているのだ。
「はじめまして、姫匙憐香です。水斗くんとは、誠実にお付き合いさせてもらっています」
どうやら礼音にも嘘をつき続けるらしい。
あまり乗り気はしないが、姫匙がいなければ噂を晴らすことは不可能に近い。
「あの、さ……。今日から少しの間、一緒に住むことになる――かな、なんて……」
頬を掻きながらそう言った。
徐々に暗くなっていく妹の姿を見て、罪悪感に溺れそうになる。
礼音は戸惑った表情を見せて、そして僕の背中に隠れる。
「あの、ええと。……礼音です。…………お兄ちゃんの妹、です」
「よろしくね、礼音ちゃん」
「……よろしく、お願いします」
姫匙が今までに見せたことのない純粋な笑顔で礼音の頭を撫でる。
礼音も嬉しそうに頭を撫でられている。
とりあえず、仲良くやれそうで良かった。
特に礼音は人見知りが激しいから心配だったのだ。
「とりあえず、部屋はここ使って」
姫匙が礼音の相手をしてくれている間に、空き部屋に荷物を運んでおいた。
「素直でいい子じゃない。礼音ちゃん」
「それに可愛い」
毎日、僕が返ってくるのを玄関で待っている辺りが、忠犬ハチ公みたいですごく可愛い。
バタバタ、と扉の方から音がした気がする。気のせいだろうか?
「なんか音しなかった?」
「気のせいじゃないかしら?」
それもそうか。
「……特にあの髪の毛の癖が! あー、モフモフしたい!」
ガタゴト、と音がした。
……やっぱり気のせいじゃない!
「姫匙、やっぱり音したよね?」
「気のせいじゃないかしら!?」
今、あからさまに目を逸らさなかったか!?
僕は、ゆっくりと扉の方へと近づいていく。
唾を飲んで、覚悟を決める。
そして――
「――あわわわわ」
「なんだ、礼音か……隠れてるから不審者かと思った……って、どうして隠れてたんだ?」
礼音が腰から崩れ落ちた。
「大丈夫か?」
「最悪ね、あなた」
姫匙が僕を見て毒を吐いた。
僕、何かしましたっけ……?
「あの、お兄ちゃん――」
礼音が僕の肩を掴んで、ゆっくりと立ち上がる。
「――礼音の……髪、モフモフ、する?」
礼音は顔をほんのり赤く染めて、上目遣いで僕を見上げる。
……聞かれてたのか!?
そう思った途端、恥ずかしくなってきた。
「……全部、聞いてた?」
僕が礼音に訊くと、そっぽを向いて恥ずかしそうに髪で顔を隠す。
そして、そのままコクリ、と頷いた。
「ッ……しない! しないから!」
「しない、の……?」
そう言った途端、礼音は悲しそうな表情を浮かべた。
っく……そんなのズルいっ!
まさに子犬。忠犬アヤチャンとでも名付けよう。
「…………じゃあ、モフモフ、しようかな」
「あの、わかりましゅ……わかり、ました」
このあと無茶苦茶モフモフした。
「どうして姫匙がここにいるんだ!?」
風呂から上がると、姫匙が僕の部屋にやって来ていた。
「それは……ほら、調べものよ」
「何の?」
「……過去とか」
……思えば、当たり障りのない人生だった…………じゃなくって!
「で、背中に隠してるのはなに?」
「何も隠してないけれど!?」
僕は溜息をついて、姫匙の背中に回り込む。
「……アルバム?」
「バレてしまっては仕方ないわね」
姫匙は素直にアルバムを渡した。
それは小学生の卒業文集の入ったアルバムだった。
「……どうしてこんなものを?」
僕が訊くと、
「将来の夢、お嫁さんなのね」
もう、これ以上、僕をイジメないで!!
〇 ♢ 〇
「……あの、お兄ちゃん。起き、てる?」
「起きてるけど、どうしたの?」
「寝れなくって、一緒に寝て、ほしい……だめ?」
礼音は枕を持ってきていた。
実は珍しくもない。週に一度くらいのペースで一緒に寝たりしている。
「別にいいけど、一昨日も一緒に寝なかったっけ?」
「実は、お話、したくって」
そういうことらしい。
電気を消して、二人でベットに就いた。
そして、礼音と話し始める。
「姫匙とは仲良くやれそうか?」
「うん……連れてきたときはびっくりしちゃったけど、優しい人だった」
「そっか」
「あとね、久しぶりに楽しそうなお兄ちゃんが見れて、嬉しかった」
「そうか?」
「うん。お兄ちゃん、姫匙さんと話してるとき楽しそうだよ……すごく」
「そっか」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
《次回・カップル》
《契約》を交わした二人が同じ方向から登校してきた《罪》




