第四話 調教
「――――――――!!」
言葉が出なかった。
口は塞がれ、目を隠され。僕に認識できるのは、微かな息の音と甘い匂いだけ。
どうやら僕は拘束椅子というものに座っているらしい。腕も足もガッチリと拘束されている。
犯人はヤツに決まっている。
「――さて、あなたは誰に捕らえられているでしょう」
そんな声が僕の耳元で囁かれた。
犯人は自分の正体を隠す気がないらしい。
「あれれ、わからないのかしら? ダーリン♡」
そう――犯人は姫匙憐香。と他数名。
他数名というのは、僕をここまで運んだり、車でここまで連れてきた人だ。
勿論、目隠しがされていたから誰かはわからないけれど、僕を軽々と持ち上げたり、車のエンジンの音が聞こえていたから、一人での犯行っていうのはまずありえない。
「――――ッ!!」
僕がもがくように声を発しようとすると、姫匙は「ふふっ」と笑った。
やっぱりこの女、性格悪い。
「私、今日は一緒に帰りましょう、って言ったわよね?」
言われていない。
……けれど、僕と姫匙が《契約》を結んでからというもの、毎日一緒に帰っていた。
というか、暗黙の了解的な何かによって、自然にそうしていた。
姫匙が僕の周りを歩く。ハイヒールを履いているのか、カツッ、という音が僕の周りを――僕の座っている拘束椅子の周りを何周も回り続ける。
「どうして先に帰ってしまったのかしら?」
理由は一つ。
昨日発売の新作ゲームをプレイするために早く帰りたかった。
それだけである。
噂が流れてからというもの、ただでさえ居づらかった教室が更に居づらくなった。
放課後。そんな教室から解放され、家に帰ってゲームをしようとウキウキしながら早歩きで帰宅していると、後ろから口と腕を抑えられ、そのまま目隠しをされて、車の中へ連れ込まれたのである。
「答えなさいっ!」
「――――んッがっ!!」
右足に強烈な痛みが走った。
足に穴が開くかと思った。
ハイヒールで足を踏まれたのだ。
「あら、ごめんなさい。答えないものだから、つい」
答えないんじゃなくて、答えられないのだ。物理的に。
この女、わざとやっている。
目隠しをされていても姫匙が悪い顔をして笑っているのがわかってしまう。
「あ。そうよね、取ってあげないと話せないわよね」
姫匙は笑いながらそう言った。
口を塞いでいたものが外され、それと一緒に目隠しも外された。
怒ってやる。ガツンと一発。
拉致なんて犯罪だからね、うん。
そんな覚悟を決めて、僕は目を開いた。
……そして、そんな覚悟はあっさりと消え失せてしまった。
姫匙はエロかった。
……自分で言っててよくわからないな。
黒のドレスに赤い唇。高いハイヒールに際立ったスタイル。元から大人っぽい雰囲気はあったけど、着るものだけでここまで変わるのか。
「………………」
「ふふっ。何を見惚れているのかしらっ?」
姫匙の機嫌が良くなった。表情がコロコロ変わって、やっぱり子供みたいだ。
……すごく大人っぽいけど、子供。ブラックコーヒー飲めないしね。
「……なんで僕は拉致られたんだ?」
本題はこっちだというのに、話を逸らすように僕は訊く。
「それは決まっているでしょう? 紹介よ」
「何を?」
「私たちを」
「誰に?」
「私の両親に」
「……帰る」
「ダメよ」
………………いやいやいやいや、待て待て待て待て。
は!? バカなの!? 偽物の彼氏紹介してどうすんのさ!?
「決まりなのよ。お付き合いする人ができたら紹介しなければいけないの」
「いや、僕たちは偽物だし……契約だし」
僕は苦笑しながらそう言った。
「ええ、そうね。これは私の責任よ。アイツ……ずっとつけてたなんて」
「それってストーカー的な?」
「……そう。私のこと好きすぎるのよ、あの人」
ストーカーとか本当にあるんだな。なんて思ってしまうが、姫匙の容姿を見ると気持ちはわからなくもない。
「――もう、本当にあの父親は……」
…………へ?
「……ええと。父親にストーキングされたってこと?」
「さっきからそう言っているでしょう?」
「つまり、その娘のことが大好きな父親に彼氏として僕を紹介するってことかな?」
「だからそう言って――」
「――帰る」
僕は未だ拘束されたままの手足をガタガタと暴れさせる。
ストーキングするほど娘を愛している父親に面会するなんて、ましてや彼氏だと紹介されるなんて、何をされるかわからない。自殺行為ともいえる。
「ストーキングされていたって言ったでしょう? あなたが逃げたところでここ一週間、私と一緒にいたことはバレているの。だからここで蹴りをつけておきたいの。これから先の《契約》の為に」
どうやら僕を逃がすつもりはないらしい。
それに《契約》という言葉を出されたら断るわけにもいかない。
この噂が流れたまま、長い高校生活を過ごすわけにもいかないし、いつ美少女転校生がやってくるかもわからない。
やはり噂を晴らすには、僕だけの力じゃどうにもならないのだ。
「……わかったよ」
僕は渋々に承諾した。
姫匙はそんな僕を見て、もう逃げないと思ったのか、拘束を外してくれた。
「じゃあ着替えなさい」
「どうして?」
「うちではそういう決まりなのよ……着替えはそこに入ってるのを使いなさい」
周りを見渡すと広い部屋だった。
高すぎる天井と広すぎる部屋。
クローゼットを開けると、何種類ものスーツが掛けてあった。
姫匙がお金持ちだってことは、なんとなくわかっていたけど、まさかここまでとは。
「着替えるんだけど……」
「ええ、知ってる」
「服、脱ぐんだけど……!?」
「着替えるんだから当たり前じゃない?」
……まあ、いいか。
僕はそのまま服を脱いで着替えることにした。
「よくレディの前で服が脱げるわね」
理不尽すぎないか!?
〇 ♢ 〇
「私が紹介するから、あなたはペコペコしてればいいわ」
長い廊下を歩いて、ダイニングルームの前で姫匙がそう言った。
僕としても、そうしてもらった方がありがたい。
……楽だし。
「父と話すことがあれば目を見て話しなさい。あと母に視線を送りすぎないこと、父がキレるから」
確かに、自分の嫁がどこの馬の骨とも知らない男に凝視されていたらいい気分にはならないだろう。
……たぶん、一部を除いて。
でも、大丈夫。僕には年上の趣味はない。
……きっと!
「あと一つ、父が頑なに拒否するようなら最終手段、使うから」
最終手段って何だ?
「姫匙、最終手段って……」
僕の声を聞かずに、姫匙は扉を開けた。
《次回・エスパー》
姫様の隠された能力――。