#6 戯曲
「でさでさ、隣の子滅茶苦茶可愛くてさ。」
「なに?好きなん?」
東京の渋谷区というところにある喫茶店「ミンスタイリ」。そんな洒落たインフラで、少年2人は駄弁っていた。
「い、いや別に!」
心裕は照れ隠しを失敗したように、そっぽを向く。
「てかお前はどうなんだよ。なんかメルヘンな出来事とかねえのか?」
「うーん、妹に告られたぐらいかな?」
賢は平然と大スクープを口にする。
「お前妹にモテすぎだろ!普段何したらそんなモテるんだ!妹に!」
「そんな高ぶるようなことでもないよ。ずっと生活を共にしてりゃ好意の1つは芽生えるだろ?」
「姉にモテないです」
会話の流れで2人は爆笑する。
因みにその喫茶店、ミンスタイリは賢のバイト先である。※早く言えよは受け付けないです。それにより、賢は優待券を山のように所持しているのだ。
今日も夕方からシフトが入っていた。
「賢くんお疲れ様っす。あ、明日学校あります?ちょいリーダーからお知らせがあるらしいっすよ?」
同僚?なのかやけに親しげなこの男はlegweyである。リアルでの本名は脚音 路侘。現役高校生で、渋谷区に住んでいる。
「内容は把握済みだけど暇があったら行く。もしかしたら放課後打ち上げに参加するかもだし」
「了解っす」
「んじゃまたな」
軽くハイタッチして賢は退店する。
「待たせたな心裕。今からりちちゃんの家でいいんだっけ?」
店の目の前で眠そうに腕を組みながら待機していた心裕は軽く目を覚ますと、
「お前課題持ってきてんの?」
と笑い混じりに尋ねる。
「ボクに準備不全があるわけないだろ!行こう」
「お前に一番ありがちなことじゃん!」
と談笑しながら渋谷の街を歩いていた。すると、何かに気づいたのか賢は目を細める。
(もしかすると…?いや違うのか?)
賢が見ているのは、近くを通った制服を着ている女子の集団だ。その中の一人に既視感を覚えたが、気のせいだろうと保留する。
「ん?賢どしたん?」
心裕は不思議そうに首を傾げる。
「いやいや、可愛い子いてさ!」
「お前らしいな」
なんとか誤魔化しきる。
賢、wiseが初めてVRMMOゲームをプレイしたのは今から一年前。当時登場したばかりのフルダイブ型VRアームコア専用ソフト『XonMemorialOnline』。通称、XMO。完全たるPVP方式の伝記系バトルゲームだったのだが、サービス開始わずか1週間で不具合によるログアウト障害。すなわちゲーム内に閉じ込められたのだ。
賢はwiceとしてある王国の隠れ騎士を繕っていた。不具合のニュースを聞いた賢は当時パートナー(ゲーム内では彼女)であったmiyuna(実名ではないらしい)と共に不具合に繋がる根幹を探ったのだった。
「なぁミユ、ボクがもしリアルで餓死したら何を思う?」
食事休憩中、wiceは突如問う。
「何も思えない。だってわっちゃんと私の命はいつも1つだもん」
「そっか。ま、絶対死なないし死なせない。約束な!」
wiceは手を差し出した。
「約束………な!」
miyunaも手を差し出し、2人は拳を合わせる。
こうして約束した2人は無事生還、さらにリアルで会うことができた。何故なら、不具合でログアウト不能となったプレイヤー全員が2ヶ月間神奈川の総合病院に寝かせられていたからだ。
2人はその後も夫婦のように仲良く暮らしていた。そして1年が過ぎ、賢は知らなかったある情報が浮上する。
「実はわたし、TKOってゲームもやってるの。わっちゃん知ってる?」
「知らないなぁ。てか早く言えよ!」
「ごめんごめんっ!あまりにも熱中しすぎて言いそびれてた…。」
「お前らしいな!」
笑顔でやり取りを送る。そしてこの会話が、
2人の最後の会話であった。
『ニュースをお伝え致します。本日未明、謎のナイフ男があるゲームコミュニティハウスに侵入。死者を伴うジャックを行いました。死者の殆どが女性で、中には中学生でプレイヤーネーム『miyuna』さんも含まれていました。』
いつも通りの朝食中に賢はそのニュースを耳にした。
「ミユ?」
賢はフォークを大胆に落とす。
「ミユ…ミユ…?み、みみ…?」
さらに涙を流した。
「…だから早く言えって言ったのに。犯人、クズが…。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す!」
その日は学校を休み、近所の電気屋で『Tanker Online』を購入する。急ぎアームコアを起動、XMOからアバターを引き継いだ。慣れない戦車の世界に1人飛び込み、ありとあらゆる戦場で勝利を収める。そしてある雪原地帯でのことだった。
「ん?なんだヒヨッコ。やけに殺気があるな。」
「ミユ…ミユ…ミユ…ミ…」
wiseは鋭い眼光でそのプレイヤーを睨んだ。
「ん?ミユ?あーそいつ」
「あ?」
プレイヤーは笑いながら、
「俺が殺した。」
そう口にする。
その後のことは本人もよく覚えていないそうだ。集めた仲間網で総攻撃したことは覚えているらしい。
ログアウトした賢は涙で顔を染めながらベッドに倒れた。すると、
「おにいちゃん」
部屋に入ってきたのは妹の恋。容姿は兄と酷似しているが、目つきがとても穏やかだ。
「わりィがこないでくれ。」
賢は低い声で煽り立てる。
「やだ」
「頼むからお前だけはボコしたくないんだ。」
すると、恋は後ろから賢を抱きしめた。強く。賢はその優しさに号泣した。
…これは序章に過ぎなかった。
「わっちゃん、何ぼんやりしてんだ?今から焼肉だぜ?」
「おっ!っしゃ」
心裕に気づくと、賢は友人宅の食卓へ歩く。