#3 双面
「…深入りしないのか?」
HPを少しだけ残し辛うじて生き残るqeueenは絞り出したような言葉で問う。しかしその話し相手であるwiseは依然として黙っていた。
「…へっへっへ、お前は肝心なミスをしたんだよ。後ろを見てみろ、ほら!」
「見る前から知ってるし、アレがPK(プレイヤーキル。ゲーム内でプレイヤーがプレイヤーのHPを削り、倒すこと。)されようがボクに支障はないよ?」
くっ、とqeueenは悔やむようにしてそのまま倒れた。因みにqeueenの言う通り、meyucaは既に残り数人の伏兵に囲まれていた。
「へ、リアルでも踠き死ね!アバヨ」
「私を」
「あ?」
meyucaはその長い前髪をヘドバンで流すようにして眼光を露にする。
「誰だと思ってンだモブ」
先程のふわふわした感じとは180度違う、狂気を感じさせる。まるで餌を与えないまま数日放置したハイエナのように。
「おお?」
wiseは興味津々だ。
「テメーが誰だろうとこの人数相手に初心者1人がどうするっての?殺れ!」
「…哀れな子羊が」
物凄い勢いで乱射されるスナイパーライフルの弾丸を1本のビームサーベルで綺麗に捌いてゆく。そして伏兵一人一人に近づき、躊躇なしに斬りつける。
「テメーの住所とと特定したぜ…っ!世田谷区二丁目の」
「来てどうすんの?残念ながら私リアル男なんだけど」
「顔写真も持ってるぜ!ほらこれ!バーカ!」
「で?もういいよね。さよなら」
最後の1人も豪快にPKをする。
一方、川上の方ではwiseの余裕の無事を念のため確認するようにmienが連絡を行っていた。
『おっ、わりィ。ちょい手間かけたけど1人残して全滅させた』
wiseの気ままで甲高い声だ。
「ならいいんだが、1人ってなんだ?強いのか?」
『初心者っぽい女なんだよ。それがさ、例の事件の主犯格と当たって住特されててまずい感じなんだ。』
電話越しにwiseがだる絡みされている様子が伺える。
「そりゃ大変だな。で、その子はどんな様子?」
『助けとかいらないからリアルの私を見るなって言ってる。なんというか、思春期?』
「そうなったら俺達にはどうしようもないな。本人に任せろ。」
mienは少し不安げな様子で仕方なしに通話を終了した。
川下。
「ねぇ、リアルはやだ。でもスクワット戦終わったらモノリスヒルズでお茶しない?」
と言っているのはmeyucaである。
「わりィ、断る。」
「このmeyucaちゃんという希少な女子プレイヤーのお誘いだよぉ?」
「黙れ、死ね。」
仲間の元へ帰ろうとするwiseの手を引き動かないmeyucaだったが、スクワット戦のタイムアップと共にその手は離されそれぞれの拠点に強制テレポートされた。
TKO内首都、モノリスヒルズ。首都とあってゲーム内とはいえど立派な超高層ビルが林立する。その一角には、wiseの所属するパーティ『美園組』が拠点を構えていた。
拠点に戻ったwise達は微糖を飲みながら至福の時間を味わっている。これもVRMMOの醍醐味の中に分類される。
「このキーホルダーが欲しけりゃアニメイトイケェ」
「それただの布教だろ!」
今日も美園組は平和だ。
「で、wiseの兄貴はいつ落ちるん?」
微糖を完飲したlegweyが問う。
「うーん、今でしょ」
「ネタ古いっす!んじゃお疲れ様です」
やはり美園組は平和である。
「俺も落ちるわ。明日全員夜来いよ!地下迷宮を攻略しに行く」
「「ラジャー!」」
と、全員一斉にTKOからログアウトした。
少年、賢は目を覚ます。そして装着していたアームコアを取り外して体の横に置いた。既に時は日付を跨いでいる。
「めゆか…か。」
体を起こした。そしてスマホを起動する。
『女性を狙ったVRMMOでの住所特定が最近多発している?VRMMOの危険性まとめ』
「身長150あるかないかだし、あんな可愛い顔してたら嫌でも寄ってくるだろ。ったく、どうすりゃいいんだ!」
賢は素早い指捌きで別のサイトを検索した。
『#VR女媚び #TKO出会い厨 #QEUEEN』
『スクワット戦の凶器について』
『PINEQ 最近有名なTKO出会い厨についてです。主にどんな人が狙われていますか? Answer 女性全般です。』
指の動きが止み、賢はそのまま眠ってしまう。
「…うっ」
慣れないアームコアの昏睡状態からの解放で息を吐いて、岸士 醒花は目を開ける。その澄んだ瞳と綺麗なベージュの髪から、女性らしさが伺える。時刻は既に午前4時。朝焼けが窓を照らす。
「もう!彼がいたらこんなにナンパされなかったのに…」
ふてくされたように身を起こし、シャワーを浴びる。長時間ダイブしてたせいか、視界がぼやけていた。矯正するために度の低い丸眼鏡をかける。
「よし、今日休みだしちょっとコンビニでも行こうかな!」
足音を鳴らし玄関まで駆けたためか寝室からガサガサと音がする。醒花は豪快に玄関のドアを開けた。
「いってきまーす!」
「行かせないよ、ビームサーベル使いさん」
「はへ…?」
ドアの向こうに立っていたのは、大学生ぐらいの女性だった。身長は醒花よりも20cm前後高い。
「惚けないでよ。約束通り殺しに来たんだけど。」
「人違いじゃないですか?」
「岸士醒花、都内の公立中学校に在学中。現在プレイしているVRMMOゲーム、TKOのスクワット戦にて上位の戦績を収めたのをきっかけに様々なパーティから勧誘が届いたが全て蹴ったってねぇ。興ざめじゃなぁい?」
「…っ!」
醒花は避けるように後退る。
「ほら、ほらほら。これナイフだよ。しかもタダのナイフじゃない。ちょっと触れただけで…?」
「いてっ!」
ちょっと触れただけで頬から流血した。相当な斬れ味である。
「んじゃ、実践。さぁこっち向いて。遺言何かある?」
「…。」
「何かある?何かあるかって聞いてんの」
すると、いきなり醒花の様子が変わった。
「遺言?遺言ねェ。空白で譲渡するからテメェで書け」
「…はっはっはははははははお前面白いな!」
(違う!私じゃないっ!誰なの!)
すると、醒花の中で別の世界に転移した。
辺りには何も無い、真っ白な世界。そこに1つのテーブルが用意されており、醒花はその手前に現れた。
「君は僕なしでは生きていけない。」
「誰っ?ここはどこなの?」
そこには、前髪の長い全身真っ赤な格好の少年が現れた。
「スコードルンとでも呼んでくれたらいい。僕は君の双つ目の人格だよ。君が生まれたときからいる。」
少年は薄ら笑いをする。
「そんな人格、いらない。でてけ」
「ゴメンだね。」
「じゃあ殺してやる!お前のせいで!お前のせいで私が私じゃなくなったんだよ!」
醒花はスコードルンの顔面に右手の一撃を入れる。しかしスコードルンは鼻血を軽く吐いただけで、特に効いた様子もなかった。
「残念。君には僕を殺せない。君が僕を必要とする限り僕は君の中にい続ける。」
「っ」
「さぁお仕事だ。前を見ろ。憎いだろ?その憎さが君を動かすのさ。」
まるでスコードルンが乗っ取ったように、醒花の体は劣悪な行動を始めた。