表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

6

 

 一人ベンチに座っていた。


 愛華にもう一度出会えた奇跡をまだ実感できていなかった。

 今まで見聞きしてきた全てが夢だったんじゃないかって、思ってしまうくらい現実味がなかった。でも、愛華に触れた温もりだけはちゃんと残っている。


「どうすればいいんだよ」


 俺は空に向け呟いた。

 いつの間にか雪は止んでいた。


 “愛華を追いかけたい”


 そう思う気持ちはまだある。

 だけど、愛華はきっとそんな俺を許してくれない。

 そう思っていたからこそ、いつも寸前のところで留まっていた。


 なあ、愛華。これからどうすればいい?


「貴大さん?」


 誰かに呼ばれ顔を向けた。

 視線の先には白いコートに赤いマフラーを巻いた女性が俺を見ていた。


 見覚えがあった。

 目の前の人ではなく、赤いマフラーが生前の愛華が使っていたものに似ていた。


「どうしたの、こんなところで?」


 親しげに話す女性に覚えはなかった。


「どちら様ですか?」


 そう言うと、その人は眉間に皺を作り、あからさまな不快感を俺に向けた。


「優香だよ? 忘れちゃった?」


 優香、と心の中で呟く。


「お姉ちゃんの妹だよ。忘れてるなんて心外」


 むっとして、頬を膨らましている。

 まるで小さな子供みたいで、それがなんとも懐かして、しばらく忘れていた笑うことを無意識にしていた。


「酷い!」


 傷ついたような素振りでその人は言う。

 気持ちをストレートに表に出す性格は変わっていない。


「ごめんて、思い出したよ。優香ちゃんだね。大きくなったから、思い出すまでに時間が掛かったよ」


 どうして思い出せなかったのだろう、と今になって思った。

 とても単純で、わかりやすく、本当に隠していたのかすら怪しい。


 愛華が名乗ったのは妹の名前だった。


「まあいいよ。それより、これからうちで鍋やるんだけど、来る?」


 優香ちゃんが言う。

 記憶が確かなら優香ちゃんは実家に住んでいる。

 葬式以来、愛華の両親にはちゃんとした形では会っていない。

 連絡があっても無視してきた。

 今更、どの面下げて会えると言うのだ。

 断ることに決めて口を開いたが、優香ちゃんは横を向いて何処かに電話していた。


「うん、うん、そう……じゃあ今から帰るから」


 そう言って電話を切った。


「せっかくだけど、今日は遠慮しとくよ」


 と、言えば優香ちゃんは不機嫌そうな顔を俺に向けた。


「何言ってるの? もう行くって言っちゃったよ?」

「でも、俺は行くなんて一言も――」

「いいから、うちにおいで」


 優香ちゃんは俺の腕を掴み、有無を言わさずぐいぐい引っ張っていく。

 記憶している優香ちゃんはこんなにも強引な子ではなかった。

 いつも愛佳の背中に隠れていたような気がする。


「ほら、ちゃんと歩いて」


 優香ちゃんが言う。

 今更、用事があるんだ、と言ったところでこの手は離れないような気がした。


「わかった。ちゃんと歩くから、手を離してくれよ」


「そう言って逃げるんでしょ?」


 俺の言葉が信じられないようで、掴んだ手は家に着くまでは離れなかった。


 しばらく歩いていて気が付いた。

 優香ちゃんの手が冷たかったこと。


 深夜をとうに過ぎて、人通りも少なくなり始めていたにもかかわらず、優香ちゃんの手には何もなかった。


 愛華の言っていた人が誰なのか、ようやくわかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ