6
一人ベンチに座っていた。
愛華にもう一度出会えた奇跡をまだ実感できていなかった。
今まで見聞きしてきた全てが夢だったんじゃないかって、思ってしまうくらい現実味がなかった。でも、愛華に触れた温もりだけはちゃんと残っている。
「どうすればいいんだよ」
俺は空に向け呟いた。
いつの間にか雪は止んでいた。
“愛華を追いかけたい”
そう思う気持ちはまだある。
だけど、愛華はきっとそんな俺を許してくれない。
そう思っていたからこそ、いつも寸前のところで留まっていた。
なあ、愛華。これからどうすればいい?
「貴大さん?」
誰かに呼ばれ顔を向けた。
視線の先には白いコートに赤いマフラーを巻いた女性が俺を見ていた。
見覚えがあった。
目の前の人ではなく、赤いマフラーが生前の愛華が使っていたものに似ていた。
「どうしたの、こんなところで?」
親しげに話す女性に覚えはなかった。
「どちら様ですか?」
そう言うと、その人は眉間に皺を作り、あからさまな不快感を俺に向けた。
「優香だよ? 忘れちゃった?」
優香、と心の中で呟く。
「お姉ちゃんの妹だよ。忘れてるなんて心外」
むっとして、頬を膨らましている。
まるで小さな子供みたいで、それがなんとも懐かして、しばらく忘れていた笑うことを無意識にしていた。
「酷い!」
傷ついたような素振りでその人は言う。
気持ちをストレートに表に出す性格は変わっていない。
「ごめんて、思い出したよ。優香ちゃんだね。大きくなったから、思い出すまでに時間が掛かったよ」
どうして思い出せなかったのだろう、と今になって思った。
とても単純で、わかりやすく、本当に隠していたのかすら怪しい。
愛華が名乗ったのは妹の名前だった。
「まあいいよ。それより、これからうちで鍋やるんだけど、来る?」
優香ちゃんが言う。
記憶が確かなら優香ちゃんは実家に住んでいる。
葬式以来、愛華の両親にはちゃんとした形では会っていない。
連絡があっても無視してきた。
今更、どの面下げて会えると言うのだ。
断ることに決めて口を開いたが、優香ちゃんは横を向いて何処かに電話していた。
「うん、うん、そう……じゃあ今から帰るから」
そう言って電話を切った。
「せっかくだけど、今日は遠慮しとくよ」
と、言えば優香ちゃんは不機嫌そうな顔を俺に向けた。
「何言ってるの? もう行くって言っちゃったよ?」
「でも、俺は行くなんて一言も――」
「いいから、うちにおいで」
優香ちゃんは俺の腕を掴み、有無を言わさずぐいぐい引っ張っていく。
記憶している優香ちゃんはこんなにも強引な子ではなかった。
いつも愛佳の背中に隠れていたような気がする。
「ほら、ちゃんと歩いて」
優香ちゃんが言う。
今更、用事があるんだ、と言ったところでこの手は離れないような気がした。
「わかった。ちゃんと歩くから、手を離してくれよ」
「そう言って逃げるんでしょ?」
俺の言葉が信じられないようで、掴んだ手は家に着くまでは離れなかった。
しばらく歩いていて気が付いた。
優香ちゃんの手が冷たかったこと。
深夜をとうに過ぎて、人通りも少なくなり始めていたにもかかわらず、優香ちゃんの手には何もなかった。
愛華の言っていた人が誰なのか、ようやくわかった。