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「俺を、一人にしないでくれ……俺は、お前がいないと生きていけない」


 三年間。


 俺は生きていなかった。

 生きながらに死を望んでいた。

 愛華に逢える方法を探していた。


「大丈夫。貴人さんは強いから。私がいなくても立派に生きていける」


 俺は大きく首を振った。


「無理だよ。俺は強くない。また、愛華を失ったら今度こそ俺は――」


 小さな子供みたいにグズると、頭の上に手が置かれた。

 ゆっくりと髪を撫でていく。


 この手は、この温かさは愛華の手だ。

 ずっと見つめ続けて、誰よりも大切に思っていた人の手を間違えるわけがない。


「ごめんなさい。嘘つきな私を……約束を守れない私を」


 悲しくて、辛くて、嬉しくて。

 愛華の言葉が冷え切った心に染み込んでくる。


「あなたの傍にいられない私を、許してください」


 触れられない体が俺を包み込んだ。

 困ったとき、悩んだとき、いつもそうやって励ましてくれた。

 何度勇気づけられただろう。


 俺は強い人間ではなかった。


 愛華を失って気づかされた。

 俺には愛華が必要なのだと。


「これは、夢なのか?」

「そうかもしれませんね」


 でも、と愛華は言う。


「今日はクリスマスです。こんな奇跡があってもいいですよね?」

「ああ、そうだな」

「私の我侭が叶っても、いいですよね?」


 俺たちは泣いていた。

 愛華から離れたくない。


 ずっと、傍にいたい。


 愛華は決して言葉にはしなかった。

 言ったところでその願いは叶わないから。


 だから、俺たちは心の中で言い合った。

 泣きながら、離れたくない、と叫んでいた。


「貴人さんには大切な人がいますよ。その人のこと、ちゃんと見ていてあげてください」


 涙は止めどなく流れ続ける。

 視界で歪む愛華を捉え続けていた。


「どういう、ことだよ?」

「周りに目を向けてください。貴人さんと同じく苦しんでいる人がいるんです。その人を助けてください」

「そんな余裕、あるわけないだろ」


 先のことなんて考えたくない。

 愛華のいない世界なんて想像したくない。


「もし、泣かせたら私は悲しいです。もしかしたら嫌いに、なってしまうかもしれません」


 すっと、愛華が距離を空けた。


「嵌めてくれますか?」


 いつの間にか愛華の手には紺色の箱が握られていた。

 落とさないように、上着のポケットに締まった小さな箱だった。

 愛華の思い出と一緒に、箪笥の奥底に仕舞いこんでいた大切だった過去の物。

 毎年、クリスマスの日だけは持ち歩いていた。

 あの日、愛華が帰ってきたら渡そうって思って準備していた。


 結婚しようって、言うつもりだった。


 あの日の心残り。

 その一つを今、叶えよう。


 この奇跡の中で。


「愛しています」


 愛華が言う。

 その言葉だけで心が満たされていく。


「俺も愛してる。世界中の誰よりも」


 その言葉を最後に、愛華は幸せそうな笑顔と涙を残して消えていった。

 呆気なく、また、俺の前から消えてしまった。


「もし、生まれ変わったら、もう一度、あなたに会いたいです」


 最後にその言葉が耳に残った。

 俺は声もなく泣き続けた。


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