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「頭良いくせに不器用で、いつも損な役回りばかりな奴でさ。いつからかほっとけなくて。俺は愛華を見てたんだ」
初恋だった。
見た瞬間、好きだって感じた。
「それから何かの切っ掛けで話す機会も増えて、俺と愛華は付き合いだした」
その日は寝付けない程嬉しかったのを覚えている。
好きな人のことを考えるだけで頭の中が一杯になって、それ以外は何も考えられなくなった。
「幸せだった。愛華といられる時間、その日一日が最高だって思うのに、次の日はもっと幸せなことがあるって信じて疑わなかった」
寝ている時も愛華を夢に見て、幸せじゃない時間は何処にもなかった。
「喧嘩なんてしなくて、いつの間にか学校を卒業して、互いに就職してからは会える日は少なくなったけど、俺はそれでもよかった」
愛華のためだと思えばどんなことでもできたし、何より楽しかった。
「休みの日は全て愛華と過ごした」
たまには俺らとも時間作れって友人に文句を言われたけど、それでも愛華を優先した。
「映画に行って、遊園地に行って、服を買ったり、長期休みには遠くに旅行に行ったりもした」
一緒に相談して、一晩中語り合った。
行きたい場所は次から次に浮かんでくるから、今度は何処に行こうかって二人で悩んだ。俺は愛華の行きたいところを優先したくて、でも愛華も俺の行きたい所でいいって譲らなくて、少し言い合いになったり。悩む必要なんて本当はなくて、愛華さえいればそこが俺にとって最高の場所だった。
「毎日が幸せだった」
幸せじゃない時間はなかった。
「本当に幸せだった」
温かい思い出は俺にとっては麻薬みたいのもになった。
幸せすぎて、胸が詰まって、苦しくなる。
「なのに――」
全ては、あの日から始まった。
「ケーキ、買ってくるはずだったんだ。そのまま二人で、一緒にクリスマスを過ごす予定だったんだ」
一緒にどのケーキにするか決めて、俺が取りに行くって言ったのに、愛華は自分が行くって言って――。
「でも、いつまでも帰ってかないから探しに行ったんだ」
何か事件に巻き込まれたんじゃないかって不安になった。
けど、その時は根拠のない自信があった。
失うなんて俺は微塵も思っていなかったのだから。
「着信が残ってて、愛華が交通事故に、遭ったって」
ああ、駄目だ。
過去を思い出し過ぎた。
胸の奥が熱くなって、呼吸が乱れる。
涙が溢れてくる。
大切な人がまた、いなくなってしまった。
「愛華……」
愛しい人の名を呼ぶ。
愛華のことを思い出すといつも過呼吸になった。
医者はストレスだと言うけど、俺は違うと思う。
苦しくて、死んだほうが楽だと思えるくらい辛いけど、この瞬間だけが俺を癒してくれる。
愛華と近い苦しみを味わうことができるって、見えない距離を埋められるって。
このまま、息を止めたら、と思う日が多くなった。
この世界に俺の居場所はないんだと。
死の恐怖が薄れていくのを日に日に感じていた。
「忘れるべきです」
気が付けば顔は涙に濡れて、頭を抱えていた。俺は自分の位置を失っていた。
今何処にいるのか、それすら頭から抜けていた。
何度か経験した自分を見失う感覚。
いつもなら病院のベットに縛り付けられているが、今は違うらしい。
心を埋め尽くしていた愛華が消えると過呼吸が止まった。
「忘れてください!」
隣を見るとユウカが俺に抱きついていた。
息を荒げて、暴れようとしている俺を小さな体で抑えようとしていた。
そこでようやく、自分が何をしていたのかを思い出した。
俺は街の中を歩いて、少女と出会って、過去の話をした。
「何言ってんだよ、お前」
邪魔だと、俺はユウカを払った。
まだ完全に発作が治まらなく、声と体が震えていた。
「貴人さんが、思い出をどれだけ大切にしているか……でも、辛いんですよね? だったら忘れるべきなんです」
こいつはなんだ?
何を勝手に言っているのだと、腹の底から言いようのない怒りが吹き上げてくる。
「調子のるな。聞きたいって言うから話してやったけど、お前みたいな子供に言われる筋合いないんだよ」
何も知らないくせに。
俺がどれだけ愛華と過ごして、どれだけの言葉を交わしたのかも知りもしない。
愛華の笑顔も、むすっとした顔も、くしゃみが少し変わっていることも、今でも鮮明に思い出せる。
過去に浸っているだけで、俺は幸せになれる。
「過去に囚われていては、先には進めません」
なのに、こいつは知ったようなことを言って。
正論ばかりを言って。
俺の幸せを奪おうとしている。
それがどうしても許せなかった。
「子供がわかったようなこと言いやがって。お前にはわからないだろうよ」
「わかります」
俺を捉えて離さない瞳は真っ直ぐ向けられていて、自分は間違っていないと訴えている。それが俺を酷く動揺させた。
「何がわかるって言うんだよ! 少し話しただけで俺たちの何を知っている? 何も知らないだろ」
ユウカは正しいことを言っているのかもしれないが、俺は曲げることができない。受け入れてはいけないって、心の奥底から拒絶し続けている。
相反することを言われると、いつも冷静ではいられなかった。
場所も、相手が子供であることも忘れて俺は怒鳴っていた。
周囲の人が不審な目で俺を見ているが、そんなの気にならない。




