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深夜十一時。
もう少しで日付が変わる頃、俺は煌びやかな街の中を歩いていた。
夜中とも言える時刻にも関わらず、道行く人の数は一向に減る気配はなく、すれ違う誰もが皆、幸せそうな笑顔を浮かべていた。
もう少しで日付が変わる。
普段は質素な店も、今夜だけは華やかな飾り付けがされていて、街灯も色彩豊かな電球が散りばめられている。
深夜にしては明るくて、光はどれも眩しくて――まるで、街全体が幸せなオーラに包まれているようだった。
家族は手を繋ぎ、友人同士は笑い合い、恋人は腕を組んで歩いている。
俺だけが浮いていた。
視線はやや下向きに、上着の右ポケットを気にしながら通り過ぎていく声に耳を貸さず、ゆっくりと歩いて行く。
何かが落ちてきた。
真っ暗な空から落ちてくるそれを手で受け止めると、周囲の人が歓声を上げた。
真っ白な雪が降れば明日は更に特別な日になる。
空を見上げる人が一人、二人と増えていく中、俺だけが下を向いていた。
「こんばんは」
そんな時、声が聞こえた。
周囲から距離を置いて、意識して耳を塞いでいたのに、その声だけが何故か俺を捕まえた。
振り返ると少女がいた。
背丈がちょうど俺の腰ぐらいの、大きな黒目が印象的な女の子が俺を見つめていた。
「こんばんは」
どうやら先ほどの声はこの子のもので、どうしてか俺に向けられているらしい。
少女は赤いコートに身を包み、サンタの帽子をかぶっていた。
とても可愛らしい服装ではあったが、子供が一人で出歩いていい時間ではない。
「お父さんと、お母さんはどうした?」
少女の目線まで屈み、そう尋ねた。
周囲に親御さんらしき人の姿はなく、当然の質問を投げ掛けてみたものの、その問いは少女にとってあまり良くないものだったらしい。
わかりやすく慌てたような素振りをしては、視線を泳がしている。
迷子なら警察に連れて行かなくてはならないと、俺はやや面倒に思っていた。
「あ、あそこのお店にいます」
少女が指差す先を追ってみると、そこには子供向けのおもちゃが売っている店があった。
「妹にクリスマスプレゼントを選んでます」
少女は言う。
その言葉が本当だったとして、どうしてこの子だけが外に出てきているのかと不思議に思った。
「親には言ってきたのか?」
「い、色々と事情があって、私は外で待つように言われています」
「事情ね……」
そう呟いてみたものの、この子の言い方と慌て方を見れば、嘘を吐いているようにしか感じられなかった。
ただ、今日という日であれば、子供を連れて出掛ける家族もいるかもしれない。
実際、本当に待っているならそれでも構わなく、例え出鱈目な嘘であろうと俺には関係がない。
何かしらの事件が起ころうとしても、これだけの人がいれば誰かが警察に連絡するだろう。そう思い、俺は立ち上がり少女に背を向けた。
「待ってください」
俺を引き止めるような声が背後で聞こえてきた。
何と言われても関らないと決めたので無視しようとしたが、どうやらコートを掴まれているらしい。小柄な見た目にからでは想像できないが、なかなかに力強く、強引には突き放せなかった。
「なに?」
振り返り俺は言う。
「話し相手になってください」
「どうして俺が?」
「お父さんとお母さんが帰ってくるまで暇なので、お付き合いしてください」
お願いします、と頭を下げられた。
困ったことになった。
人通りの多い場所で、子供に頭を下げられれば嫌にも注目される。
こいつはそれをわかっていてやっているのか、もしくは無知ゆえの天然の行動なのかは知らないが、少なくとも、今の俺にとっては最悪と言ってもいい状況だった。強引に逃げたとしても人の目を惹くだろうし、話す気がないと言い含めるのにも時間が掛かる。逃げ道を無くされてしまっては仕方ないと、俺は近くのベンチに座った。
「わかったよ。少しだけだからな」
変わった子供に捕まってしまったと諦めることにした。