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絶対常識マニュアル  作者: 宮沢弘
アイザック・マーフィー
8/14

2−3: 絶対常識マニュアル効果

 アイザックの部屋から二人の物理学者が飛び出し、そしてアパートメントの玄関に出ると、ちょうど二人のレンタカーも玄関前に自動運転で着いたところだった。

 背の高い方がドライバー席に、低い方がナビ席に潜り込んだ。

「すこし出遅れ気味だが。警戒を促すような音はないな」

 背の高い方はうなずき、走り始めた。

「宇宙船、近辺に、あーなんて言ったけ? 黄色くて、五方向か四方向に放射状になっていて。道路に落ちていて。いや、まっ黄色とは限らないらしい。茶色の部分があったりもするらしい。あぁ、それだ。バナナの皮だ。近辺に、そのバナナの皮が落ちている場所はないか?」

 背の低い方が誰にともなく言った。

「なるほど。眼球接触デバイスにナビ情報を送るそうだ」

 背の高い方は、またうなずくと、ハンドルを右に左にと切り始めた。十分ほどで、ナビのマーカが近づいて着た。

「近いぞ」

 ナビ席から背の低い方が言った。

「マーカがあそこで…… 絶対常識マニュアル効果が起こるとして…… 連中の車は」

 そこまで言った時だった。二人の目の前のバンがバナナの皮で足を滑らせ、鼻面を大きく浮かせた。

「来た。一回転して、着地するぞ」

 そこからの背の高い方の操縦はあっという間だった。レンタカーの鼻面を上げ、グルリと回ってくるバンの鼻面に当てると、そのまま車の腹同士を滑らし、そしてレンタカーの推力を切った。バンは上下が逆さまのまま、その上にレンタカーが落ちた。

 背の低い方はドアを開けて道路に飛び出すと、バンの後ろ、というか半回転しているのだから、レンタカーから見れば前の方になるのだが、そちらに駆け出した。

「宇宙船、効果対象の後部ドアを開けろ」

 バンの後部ドアの周辺が火花を上げ、ガシャンと路面に倒れた。

 中を覗いた背の低い方は、取りやすい位置に来ていた絶対常識マニュアルを右手に取ると、左手を大きく回した。それを合図にレンタカーはまた浮かび上がり、道路へと降りて来た。

「戻ろう」

 エアカーに乗り込みながらそう言った。


 ルソダワZドオムケゴ‐AAZ2H274N‐A448EA95F宇宙のエタトフリバ72チモ‐F46L25BY5銀河からの二人の物理学者が飛び出してから、戻ってくるまでに三十分とかからなかった。

 アイザックが玄関を開けると、背の低い方は両手でマニュアルを持ち、アイザックに誇らしげに見せた。

「取り返して来ました」

「あ、えぇと。ご苦労さまです」

 アイザックは答えると、再び二人をリビングに通した。

「えぇと、どこまで話しましたっけ?」

 椅子に腰を下すと、背の低い方が訊ねた。

「それより、あの、飲み物はいりませんか?」

 二人の物理学者は顔を見合わせた。

「それじゃぁ、水で。ほかのものが私たちにどう作用するかまでは、まだ計算できていないので」

 その答えを聞くとアイザックはキッチンに向い、水差しと三つのコップにたっぷりと水を注いだ。

「それじゃぁ、今後のことなのですが。どうします?」

 リビングに入って来るアイザックを見ると、背の低い方が訊ねた。

「マニュアルをそちらに返却したら、さっきの連中みたいなのはもう来なくなりますかね?」

 アイザックはコップをそれぞれの前に置きながら訊ねた。

「いやぁ、どうでしょう。あなたが持っていることは知られているでしょうし。今、私たちが回収しても、そのことまで知られるわけではないでしょうし」

 もちろん、三人ともアイザックが持っている絶対常識マニュアルの正規の所有者がアイザックに書き変わっていることなど、依然として知らないままだった。三人だけではなく、絶対常識マニュアルのナビゲータであるアーヴィンも、依然として知らないままだった。とはいえ、奥付のページに移動し、そこから設定の確認をするか、アーヴィンに確認を頼めばわかることではあったのだが。

 なにしろ絶対常識マニュアルなのだ。それを使う側にも、マニュアルについての常識というものは身に付く。つまり、いつのまにか正規の所有者が変更になっていることなど、誰も思い付きもしなかった。

 さて、なぜ目の前にある絶対常識マニュアルの正規の所有者がアイザックに変更になったのかは、後に絶対常識マニュアル出版社において大きな議論となるのだが、それはここでは置いておこう。

「そうですよねぇ」

 アイザックは肩を落として答えた。

「まぁ、この部屋が常に監視とか盗聴されていれば、話は別かもしれませんが」

「だとしても信じますかね? あなた方が別の宇宙から来て、マニュアルを回収して行ったなんて」

「えーと、ここだと宇宙論てどこまで発展してます?」

「宇宙論というと、ビッグ・バンとか?」

「えぇ。えーと、ビッグ・バンあたりですか?」

「いや、たしかもっとわけがわからないとこまで行ってたような。いくつも宇宙は存在するとかはあったような気がしますけど」

「なるほど。でしたら可能性はあるかと思いますが」

「でも、この宇宙の中でのファースト・コンタクトもまだなんですけど」

「あぁ…… うーん、そうかぁ。それだとどうだろうなぁ」

「ですよねぇ」

 そう答え、アイザックは溜息をついた。

「だとすると、持っていてもいなくても変わりはないかなぁ」

「でしょうね」

 そこで三人とも水をゆっくり飲んだ。

「もうすこし、猶予を用意してもかまいませんよ。なにしろ、これほどいい宇宙は珍しいし、これほどいい惑星も珍しい。このあたりでゆっくりこの惑星や星系や宇宙を観測してみたいので」

「でしたら、その間はこのマニュアルはそちらが持って行ってくれませんか? その間に、さっきみたいなことがなければ、それ以後もないかもしれないですね」

「それは断言はできませんが。試してみてもいいだろうとは思いますね」

 重ねて書くが、この場にいる三人、あるいは四人の誰も、正規の所有者がアイザックになっていることは知らない。

「では、お預けします」

 アイザックは両手でマニュアルを二人の物理学者の方に押した。

「はい。それではお預りします」

 背の低い方は二部のマニュアルを重ねて、脇に抱え、席を立った。

 アイザックは玄関まで二人を見送り、早速、部屋の内装などをどうしようかと思いを巡らせた。だが、リビングに戻り、散らばったガラス片を見ると、大きく溜息をついた。


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