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絶対常識マニュアル  作者: 宮沢弘
アイザック・マーフィー
6/14

2−1: 絶対常識マニュアル

 現在の絶対常識マニュアルの持ち主であるアイザック・マーフィーは、歴代の持ち主の中でもっともうまくマニュアルと付き合っている人物だった。それは、本人は自覚していなかったものの、ソロモン王よりは賢かったということでもあったし、なにより十歳の誕生日プレゼントとして母親から贈られて以来、二十年以上の付き合いであることもあった。だが、なによりマニュアルを読んだりアーヴィンに内容を教えてはもらったものの、さほど実用には使わなかったことによる。

 たとえば、アイザックは旅行に行くような時でも、マニュアルを荷造りしなかった。というのも、経験から、必要になればどうにかして目の前に現れることがわかっていたからだった。

 だが、三年前の旅行の時にもそうしていたのは失敗だった。アイザックは外国に旅行に行っていた。TVも外国語だし、ついマニュアルを見てみたいなと思ってしまう五時間前、マニュアルは飛行機のコンテナの中にいた。

「あ!?」

 アーヴィンはそう声を漏らしたが、それを聞いた人は誰もいなかった。

 なぜアーヴィンがそんなところにいたかというと、空き巣のせいだった。アイザックは経験から、貴重品の類は持たないことにしていた。そこで、せいぜい空き巣の目にとまったのは、大理石のように見えるなにかであるマニュアルだった。そこで、マニュアルを手に取り、換金したのだが、今度はそのブローカーの手違いでアイザックの手元に届くように送られてしまったのだった。

 実を言うと、マニュアルを手に入れようとしている歴史ある結社が存在しており、その幹部がアイザックの部屋の一階上の部屋にたまたま滞在していた。それを、ブローカーは部屋番号を間違えて送ったのだった。誰だかわからない宛名でマニュアルがやってくることも珍しいというほどでもなかったので、アイザックはそのまま受け取り、無事に暇潰しができたのだった。

 そのため、アイザック・マーフィーは、今、自宅アパートのドアホンのディスプレイを凝視していた。

 突然ゴリラが訪ねて来て、「お久しぶりです」と言ったとしたら、これくらい驚くだろうか。アイザックはそう思ってから、考えなおした。どこかの動物園で会ったことがあるゴリラかもしれないじゃないか。そして改めて、灰色の小人や緑色の小人ならまだよかったのにと思った。というのも一人が持っているのは絶対常識マニュアルに見えたからだった。

「アーヴィン! アーヴィン、あいつらはなんだ!?」

 だが、もちろん返答はない。

「 あぁ、まったく!」

 アイザックは急いで寝室に向かい、ベッドの横にある小さな本棚からマニュアルを取り出すと、息を吹きかけた。

「えー、お訊ねの件ですが」

 アーヴィンはいつになく改まった答えかたをした。

「私の、つまりこの絶対常識マニュアルの正規の持ち主の方々です」

「持ち主は俺だろう?」

「その件については、これまでの方々を含め、貸与されているという扱いでして」

「じゃぁ、別の宇宙からやって来た連中ってことなんだな?」

「はい」

「それなら、俺も待っていた連中ってことだ。お前を突き返してやる!」

「うわぁ……」

 アーヴィンは、アイザックがこれまで聞いたことのない声を返した。

 そうやっている間も、ドアホンがピンポンピンポンと鳴っていた。

 アイザックはマニュアルを閉じると、抱えたまま玄関に向かい、ドアを開いた。そこには、人間とそっくりではあるが、かなり昔に描かれた未来人の絵のように、金属光沢があり、ピッチリとした服を着た人が二人立っていた。もちろん、この服もアイザックがドアホンのディスプレイを凝視した理由の一つだった。

「ここはいい宇宙ですね」

 すこし背の低い方が言った。

「それにいい惑星だ。なにしろ絶対常識マニュアル・フィールドがいらない」

 そうして、アイザックよりほんの数cm下から、アイザックを凝視して来た。

「まぁ、ともかく中へ」

 アイザックは二人をリビングに案内しながら話した。

「大変だったでしょう? ここまで来るのは。なにしろ別の宇宙からだ」

 アイザックの絶対常識マニュアルは、というよりもアーヴィンは嘘をついたことはなかった。アイザックにはよくわからないことを言ったりはしたが、それは常識が違うせいであって、アイザックを騙すというような意図があったことは一度もなかった。だから、アーヴィンが彼らを別の宇宙から来た人だと言うのなら、それを疑う理由はなかった。

「いえね、それはそうでもないんですが。この惑星に着いてからの方が大変だったかなぁ」

 やはり背の低い方が答えた。

「あ、やはり人口とか、ここの場所を探すのとか?」

「いえ、それもこの宇宙に入ってしまえば、マニュアルからの信号ですぐにわかるので。なぁ?」

 背の高い方に、そう確認した。背の高い方はコクコクとうなずいた。

「探査機ではなく、観測機と名称を改めたところ、私たちの宇宙に届く信号が途絶える例も少なくなりまして。あとは、観測機がマニュアルからの信号をとらえれば。ただ、私たちの宇宙でもそうなんですが、ファースト・コンタクトに軍が出てくるといろいろ面倒で。しかも私たち、こちらではいわゆる宇宙人でもないわけでして」

「あぁ、なるほど」

 リビングに入り、アイザックは二人にソファーを勧め、自分も向かいのソファーに座った。そう言えば、この二人をいったいなんと呼べばいいのだろうかとアイザックはすこし考えた。だが、よくわからないので、話題を変えることにした。

「それで、それなんですが……」

 アイザックは背の高い方が抱えている物を指差した。

「絶対常識マニュアルですよね?」

 そう言い、自身のマニュアルも間のテーブルに置き、開いた。

 背の低い方はそちらの絶対常識マニュアルを受け取ると、同じようにテーブルの上に置き、開いた。

「さすが持ち主であるだけのことはある」

「それで、こいつの回収に?」

「うわぁ……」

 アイザックは息を吹きかけてはいなかったが、アーヴィンがまた聞き慣れない声を挙げた。 

「そこは問題なんですが。とりあえず、そちらのマニュアルの記録をいただく代わりに、しばらく新しい版のマニュアルをお試しになりませんか? なにしろ、えぇと、15万年前の版ですし」

「うわぁ……」

 アーヴィンはまたそういう声をもらした。さっさと持ち帰って欲しいと思うアイザックだったが、先程からのアーヴィンの様子で、すこし気になることもあった。

「新しい版になると、こいつ、アーヴィンはどうなります?」

「ご希望であれば、人工知能は入れ替えずにおいてもかまいませんよ?」

「それじゃぁ、歴史上こいつが問題を起こしていた場合は? よくあるでしょう? 未開の生物に干渉してはならないというような」

 二人の宇宙人はキョトンとしていた。

「こちらの宇宙の、この銀河にはそういうルールがあるので?」

「いや、どうなんだろう? 地球人はまだまともに宇宙に乗り出していないから」

 アイザックはアーヴィンの「うわぁ……」の意味を探ろうとしていたわけだが、どうやら見当違いをしていたようだった。

「ということは、回収されると、廃棄も可能に?」

「うわぁ……」

 アーヴィンがまた声を挙げた。そこに至って、やっとアイザックにはアーヴィンがなにを懸念していたかがわかった。人工知能に生存本能のようなものがあるとは思ってもいなかったが、許可なく廃棄できないというあたりが関係しているのかもしれないとは思った。

「可能にはなりますね。ですが、あなたがマニュアルを手元に置いておきたいということであれば、それも可能ですが」

「ふうん。それじゃぁ、アーヴィンはそのままで、新しい版にしてもらおうかな」

「はい。完了しました」

 あまりに早い返答に驚いたが、なにしろ別の宇宙から来るくらいの連中だと思い、アイザックは納得した。

「そちらの記録もいただきましたので、一旦宇宙船に戻り、検討したいと思います。数日後にまた伺いますので」

 そう言うと、二人は立ち上がり、玄関へと向かった。アイザックは玄関まで見送り、転送の場面でも見ることができるのかと期待していたが、背の低い方はスマホをとり出し、タクシーを呼んだ。

「では数日後に」

 電話をかけ終わると、二人は玄関から離れてエレベーターホールへと向かって行った。

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