1−5: そういえばもう一人いた
モーゼの後に絶対常識マニュアルを使った人物として、ソロモン王がいた。
マニュアルを抱えてモリヤ山に登った。まぁ、神殿の建設が捗らないので、マニュアルに相談しようと考えたのだった。
モーゼの時代から伝えられていたように、マニュアルを開き、質問し、息を吹きかけた。それで問題は解決しそうだった。
「ところでですけど、」ソロモンがマニュアルを閉じようとした時、アーヴィンが声をかけてきた。「もしかして、けっこう私を頼ります?」
「いや、神の使いにそうそう頼るつもりもないが」
「そうかなぁ。昔、えーとエジェプトとかいう所で工事したでしょ?」
「エジプトには立派な建造物はあるが……」
「ですよねぇ。なのに神殿一つのことで訊かれるなら、これからどうなのかなぁって」
早い話、ソロモンも、モーゼと同じく残念な人だった。アーヴィンは丁寧にそう言っていた。
「それでなんですけどね、真鍮…… 真鍮……」
そこまで言ってアーヴィンは大笑いした。ソロモンにはなにがツボったのかはわからなかったが。
「真鍮と鉄でできた指輪、作りません?」
「そんなものがなんの役に立つというのだ」
「どうも、その組み合わせだと、息を吹きかけたりしなくても、私と会話できそうなんですよね」
「そんなものなくとも……」
「それじゃ、ダレカレの前でも私を開いて、私に訊きます?」
「それは…… あまりよくない…… 気がする」
「でしょ? ね、だから作りましょ? それに、ここの時間で15万年もいるんで、動物の言葉もわかるって言ったら信じます?」
「動物に言葉などなかろう」
「いやぁ、どうでしょう? まぁ、ともかく騙されたと思って、指輪を作ってくださいよ」
ルソダワZドオムケゴ‐AAZ2H274N‐A448EA95F宇宙のエタトフリバ72チモ‐F46L25BY5銀河の物理学者は、15万年も前に別の宇宙に探査機を送っていたことを忘れてはいけないし、マニュアル出版社が誰にでも読めると謳ったのもあながち嘘ではないことも忘れてはいけない。絶対常識マニュアルは、そしてもちろんアーヴィンも、ソロモンとは違い、無能ではないのだ。
というわけで、ソロモンは指輪を作った。ただ、それはアーヴィンが予想したような常識的な指輪ではなかった。作られた物は四つの指輪がくっ付いて、いや、はっきり言えば今でいうメリケンサックだった。アーヴィンは一度、その形状についてソロモンに訊ねた。
「だって、この方が効くだろう?」
ソロモンの答えはそういうものだった。アーヴィンは密かに「この惑星の連中はみなどうしようもないのか?」と思ったが、「あるいは自分を持ち歩く連中に限ったことなのかもしれない」とも思い、声にはしなかった。だが、マニュアルにはアーヴィンのその思考も記録されていた。
ところで、この後、マニュアルが収められていた聖櫃が略奪されたり、略奪した連中がすこしばかり大変なめにあったり、それで聖櫃を返しに来たりした。略奪が著作権者の許諾を得ない紛失や廃棄にあたるとしても、大変なめにあったということまでその範疇なのかは、アーヴィンにも判断がつかなかった。なにしろルソダワZドオムケゴ‐AAZ2H274N‐A448EA95F宇宙のエタトフリバ72チモ‐F46L25BY5銀河では一番売れるようになった本なのだ。略奪に絶対常識マニュアル効果がどう働くのかは、マニュアル出版社にも絶対常識マニュアル自身にもわかっていなかった。スリや置き引き、それに盗難という偶発的な事態はあったが、それらに対しては地球でいうバナナの皮で足を滑らせたくらいのことはあった。たとえエアカーであってもバナナの皮で足を滑らせるというのは不可解ではあったが、そういうものであったし、その程度のものだった。
そうこうしている内に、絶対常識マニュアルの行方はわからなくなった。だが、著作権者の許可がないのだから、いつの時代も誰かが持っていた。そうして3,500年ほどが過ぎた。