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絶対常識マニュアル  作者: 宮沢弘
絶対常識マニュアル
4/14

1−4: それからしばらくして

 それからしばらくして、絶対常識マニュアルは人類の歴史に姿を現すことになる。

 ところで、絶対常識マニュアルには、記録機能とか、それに加えて学習機能もついていた。記録を見たいと思うのは研究者の常だろう。記録しないわけがなく、その媒体には絶対常識マニュアル効果で守られた絶対常識マニュアルが適していることは、考えるまでもなかった。ただし、マニュアルの本文の訂正や追加ではなく、あくまで記録用領域への記録だった。本文に記載された場合の影響――とくになんとか帰還させられた場合の――が予測できなかったからだった。だが、なら本文とは別の記録用領域ならば、行った先の宇宙においても、ルソダワZドオムケゴ‐AAZ2H274N‐A448EA95F宇宙に帰還させた場合でも、どのような影響が出るのかは不明だった。

 そういうわけで、絶対常識マニュアルはこの地球の様子を記録し、学習を続けていた。

 さて、記録上、あるようなないような状況だが、絶対常識マニュアルが歴史に現れたのは紀元前4,000のころだった。早い話、シュメール文明だとかメソポタミア文明である。別段、人類を、マニュアルがなければ文明を起こせなかったような無能者の集団だと言うわけではない。ただ、なにしろ「絶対常識」なのだ。模倣であるとか、なんとか模倣しようとしても不思議ではないだろう。そして、絶対常識マニュアル効果があったのだ。影響されたとしても、どうのこうの言えるものではない。

 エジプトの時代にも、どこかにはあったのだが、結局絶対常識マニュアルを手にしたのは、モーゼだった。出エジプト自体がマニュアルの影響なのかはわからない。だが、出エジプトを当時のファラオに認めさせるために出した十の条件というものがある:

|   1. ナイル川の水を血に変え、魚を殺し水を飲めなくする

|   2. カエルを異常発生させる

|   3. ブヨを異常発生させる

|   4. あぶを異常発生させる

|   5. 疫病で家畜を殺す

|   6. 膿を出す腫物を流行らせる

|   7. 雹で畑の作物を全滅させる

|   8. イナゴを大発生させる

|   9. 3日間エジプト中を暗闇にする

|   10. 初子は人も家畜も全て死ぬ


 一見すると不思議なものに思えるかもしれないが、あぶやブヨが増えればカエルも増えるだろう。あぶやブヨが異常に増えるということは、どこかの水辺あたりの衛生状態が悪くなるということかもしれない。そうすれば、ちょっと小細工をすれば家畜の疫病だとか、腫物だとかも出てくる。ついでに、衛生状態とかなんとかで、ナイル側の水がどうのこうのもできるだろう。ついでに言えば、初子は案外死ぬものだ。当時なら珍しくもなかった。おまけに水が汚染されているのだ。まぁ、これから想像できる通り、モーゼは当たり前のことをもったいつけて言う、ただの嫌なやつだった。


 となると、残るのは雹とイナゴと3日間の暗闇だ。これについては、どうやったものかはわからない。

 わからないことはわからないこととしておくが、それ以外のものは絶対常識マニュアルに書かれていた。まぁ、モーゼはカンニングしたわけだ。こういうカンニングがどういう効果であるとか結果をもたらすかもマニュアルにはあったが、モーゼには読めなかった。

 絶対常識マニュアルは誰でも読めることがウリの一つだ。だが、15万年の間、人類の言葉を学習した結果、地球人にはうまく読めない部分もすこしながら出てきていた。というのも、ともかく15万年はやはり長かったし、地球人の言葉は変わりやすし、しかもいくつもの言葉があるのだ。すこしばかり不具合が出たからと言って、ルソダワZドオムケゴ‐AAZ2H274N‐A448EA95F宇宙のエタトフリバ72チモ‐F46L25BY5銀河に属するシFヤルグFヤゼカフ星にある絶対常識マニュアル出版社を責めるというのも筋違いというものだ。もっとも、どうにかして出版社に抗議をしたなら、実力行使を受けていたかもしれない。そう考えると、そもそも抗議のしようがなかったというのは幸運だったのかもしれない。

 モーゼの、というか絶対常識マニュアルの当時の逸話としては、モーゼが海を割ったというものがある。だが、そこが潟湖であり、潟湖であるなら潮が引けば砂州が出てくるだろうこともマニュアルに書いてあったし、モーゼはそれも読んだ。問題はタイミングだったが、干潮の時間くらいはどうにか知ることができたので――そのあたりの住人に聞いただけだが――、またも演出に成功した。

 さて、このように演出が決まってしまうと、困るのはモーゼだった。いつのまにか祭り上げられ、崇められていた。モーゼ自身は、それらは絶対常識マニュアルに頼ったことだと知っていたので、なおさら困った。

 そんなわけで、モーゼはシナイ山の山頂近くで膝を抱えていた。正確には、絶対常識マニュアルと膝を抱えていた。

「いちいち、いろいろと聞かれるの、面倒くさい」

 モーゼはマニュアルと膝を抱えたまま呟き、溜息をついた。

「それに、みんな神を信じてないし」

 モーゼはまた溜息をついた。

「どうせ今頃、どんちゃんやってるだろうし」

 モーゼは三度溜息をついた。

「なんか、コレっていうの、ないかなぁ」

 そう呟き、最後に大きく溜息をついた。

 モーゼは知らなかったが、マニュアルに命令し息を吹きかけるというのは、マニュアルの人工知能を起動する操作だった。検索くらいは人工知能なしでやっているが、なにせ膨大な量の常識だ。いちいち閲覧するのも骨が折れるし、膨大な量の常識が関係する問題を解決するのだって簡単ではない。だから、マニュアルにはそういう機能もあった。

 ポーン。

 マニュアルから響いた音に驚き、モーゼは足を伸ばし、マニュアルを開いた。

「ご利用ありがとうございます。本絶対常識マニュアルのナビゲータです。アーヴィンとお呼びください」

 笑顔なんだろうなとはわかる絵が開いたマニュアルの左上に現れて、そう言った。正確には、人間の顔ではなかったし、笑顔だと判別できたわけでもなかったが、モーゼにはそう思えた。

「あなたはしゅですか?」

 モーゼは訊ねた。

「どっちかというと、あなたの方があるじですね、私の」

 そう言うと、アーヴィンは大きく笑った。なにが面白かったのかはモーゼにはわからなかったが、なにかがツボにはまったらしかった。

「えーと、それで、なに?」

 モーゼが訊ねた。

「あ、そうそう、お訊ねの件ですが、このようなものはどうでしょう?」

 アーヴィンがそう言うと、マニュアルに十個の文が表示された。

「私に記述されている常識と、ここで学習した結果から無難なものを作ったつもりですが」

 そう言ってアーヴィンはまた笑った。どこがアーヴィンの笑いのツボなのかは、モーゼにはやっぱりわからなかったし、もしかしたら笑うということをアーヴィンは間違って使っているのかもしれないとも思った。

「あ、いいかも……」

 十個の文を眺めたモーゼはそう呟き、マニュアルを閉じると、山を下りて行った。

 山を下りたモーゼが目にしたのは、どんちゃん騒ぎをしている民だった。

「あぁぁぁ! もう! やっぱり、やっぱり! 牡牛とか神じゃないし。てか、お前らまだエジプトにいるつもりなのかよ! エジプトなら牡牛も神だったりするけどさぁ! 俺らヘブライの民! わかってるでしょ? それに、山に登るとき言ったよね、偶像つくったりどんちゃん騒ぎしないでって! なのにさぁ、なんなのお前ら!」

 モーゼはそうまくしたてると、マニュアルを近くにあった岩に叩き付けた。なんど叩き付けたかわからないくらい叩き付けた。

 歴史だと、ここで十戒の石板が割れるのだが、実際に割れたのはマニュアルを叩き付けられた岩の方だったことはあまり知られていない。

 絶対常識マニュアル効果や、絶対常識マニュアル・フィールドは、先にも示したマニュアルのこの記述によるものなのだが。:

|   絶対常識マニュアルは、著作権者の許可なく複製、改竄、紛失、廃棄、汚損することはできない。


もちろんモーゼはそんなことを知るはずもなかった。正直なところ、、ルソダワZドオムケゴ‐AAZ2H274N‐A448EA95F宇宙の物理学者も、またマニュアル出版社も、そうだとは知らなかった。厳密にはこの記述だけによるものではないのだが、情報、つまりここではマニュアルにある記述とエネルギーの間には緊密な関係があった。この話はマックスウェルの悪魔の話を数段面倒にしたものなので、ここでは触れないでおこう。

 ともかく、マニュアルを岩に叩き付けたモーゼは、息を切らし、また山頂へと戻った。

「すこしみっともなかったかな……」

 マニュアルと膝を抱えてモーゼは呟いた。

 なんとか気持ちを落ち着かせ、モーゼは山を下りた。そこでは、人々はどんちゃん騒ぎをやめていた。もちろん、それはモーゼのキレ具合がマズいと思ったからだった。だが、モーゼは自分の注意が功を奏したと思い、マニュアルを広げ掲げた。

「神との契約である」

 マニュアルには先ほどの十個の文が表示されていた。

 人々は、ともかく呆然と、モーゼとマニュアルを見ていた。

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