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絶対常識マニュアル  作者: 宮沢弘
第三章: ソロモン王の指輪
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3−5: 紳士と別宇宙人2

 四人は屋上へと昇って行ったが、そこにはなにもなかった。アイザックはナックルを持って来るのも忘れてはいなかった。

「なにもありませんな」

 紳士は四方と上を見渡してから言った。

「見えたら騒ぎになるでしょう?」

 別宇宙人の背の低い方が答えた。

 紳士は耳に指を当て、何言かを言った。

「レーダーにも反応はないという報告ですが?」

「レーダーで見えても騒ぎになるでしょう?」

 別宇宙人の背の低い方が答えた。

「音響にも反応がないという報告ですが?」

「音響で見えても騒ぎになるでしょう?」

 別宇宙人の背の低い方が答えた。

 光学、音響、電波、その他になにか方法はあるのだろうかとアイザックは思った。つまり、このやりとりがあと何回続くのかと思ったのだった。

「そうそう、アイザック。君のマニュアルを返しておきましょう。最終的にどうするかはともかく、現状ではまだ君に貸与されている状態ですから。地球に戻ったような効果がここで現われても困りますし」

 その言葉に、背の高い方の別宇宙人がマニュアルの一冊をアイザックに差し出した。

 アイザックはそれを受け取ると、ふうと息をかけた。

「うひゃい。あ〜、アイザック、大丈夫、私ですよ」

 マニュアルからの返答に、アイザックはともかく安堵した。


「それはそうと、クローキングという言葉がよくなかったかな?」

 背の低い方の別宇宙人が、背の高い方に訊ねた。背の高い方は、しばらく無言で、それからうなずいた。

「42.24次元転移船と言いましたが、0.24次元という半端なのはなにかわかりますか?」

「次元の数そのものは整数値だと考えていますが」

 紳士が答えた。

「フラクタル次元!」

 アイザックが答えた。

「えぇ、フラクタル次元……えぇと、ちょっと待って下さい」背の低い方の別宇宙人は自分のマニュアルで確認した。「そう、フラクタル次元ですね。余剰次元を使うより、クローキングならこっちの方が簡単なので。次元転移船は、こう、このあたりに」背の低い方の別宇宙人が目の前に手を伸ばした。「あるわけなんですが、フラクタル次元に沿っているので、四次元やそれ以上からでないと、どうやっても見えないわけです」

 背の低い方の別宇宙人は手を引っこめると、背の高い方に向かってうなずいた。

「周囲に隔壁は設置しますが、次元転移船をここの次元に引っぱり出します」

 次元転移船が現われる様子はなんとも奇妙なものだった。内側と外側が奇妙な具合に折り畳まれたような様子から、直線は直線に、曲線は曲線にと変化し、そして次元転移船として目の前に現われた。正確ではないが、糸をそのあたりにくねくねと落とし、その両端を引っぱったら直線が現われる。そう考えるのが近いようにアイザックには思えた。

 次元転移船そのものは、たぶんこういうものにしては大きくはないのだろうとアイザックは思った。アパートメントの1フロアでお釣りがくる程度の面積なのだ。それとも、これは着陸船で、母艦は上にあるのだろうかとも思った。

「次元転移船であれ宇宙船であれ、ともかくここにはない技術を私たちは使っているというところはよろしいですか?」

 背の低い方の別宇宙人が訊ねた。

「あぁ、まぁ、その点は確かに」

 紳士は次元転移船を凝視していた。

 背の低い方の別宇宙人がうなづくと、次元転移船のハッチが開き、階段が現われた。

「どうぞ、中もご覧ください。とは言っても実際大したものはありませんが」

 二人の別宇宙人が先頭に立って次元転移船へと入って行き、アイザックと紳士もそれに続いた。


 次元転移船の中を見せられている間に、アイザックも紳士も正直に言って失望を隠せなかった。というのも、コクピットと機関部こそなんとなくそれらしくはあったのだが、他はただのアパートメントの、それも小さな部屋が並んでるだけに見えたからだった。

 そして機関部はと言えば結局いったいなんなのかわからなかったし、コクピットは飛行機のコクピットの方がそれらしいのではないかと思えたからだった。まぁ、飛行機のコクピットよりは広いのは確かだろうが。

「なんにせよ、次元転移船にせよ、私たちの宇宙での宇宙船にせよ、中核となるのは絶対常識マニュアルです」

 その言葉に、背の高い方の別宇宙人があちらのマニュアルを肩の高さまで持ち上げた。

「この航法の呼び方はいろいろありますが、一般的なのはマニュアル・ドライブでしょう。この惑星での適当な名前で呼ぶとしたら…… アーヴィン?」

「マーフィー・ドライブ」

 アイザックが抱えているマニュアルからアービンが答えた。

「だそうです。意味は、まぁ、お二人にはわかるわけでしょうが」

「基本的な原理は?」

 紳士が訊ねた。

「起こりうることは起こる。これに尽きますね。ここから何万光年離れた場所に跳ぶという場合でも、そこに跳びたいと思った人がそこに行っている可能性は0ではない。どれだけ小さい可能性でも、厳密に0ではない。つまり、それは起こりうることですから、起こるかもしれない。それが起こるようにする中核がマニュアルであり、絶対常識マニュアル効果です」

 紳士は訝し気な表情を浮かべていた。

「マニュアル効果があることはいいですよね?」アイザックが紳士に訊ねた。「それが、いまだにマニュアルがあなた方の手にない理由なんですから」

「ううむ……」紳士はその理由を受け入れたものかどうか、未だに思案していた。「仮にそうなのだとしたら、数千年を無駄にしてきたと?」

「無駄だったかどうかはわかりません。こうして穏やかに話しができているのですから」

 アイザックが答えた。

「双方のこれからの関係を考え直さなければならないことは確かでしょうな」

 その言葉を聞くと、アイザックは右手を紳士に差し出した。

「いや、それはまだとしておきましょう」

 紳士は別宇宙人に向き直った。

「せっかく宇宙船に乗ったのです。すこしばかり宇宙を見せてもらうことはできますかな?」

「もちろん」

 二人の別宇宙人はコクピットの席に着き、その間にマニュアルを置いた。

「アイザック、そっちのマニュアルをしっかり持っていてください。木星の続きにしばらく付き合ってもらいます」

 背の低い方の別宇宙人がそう言うと、コクピットの正面には木星が映っていた。


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