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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅱ 妖花~その38~

 帝国は危機的な状況にあった。

 各地から食糧不足を訴える悲鳴のような報告が寄せられ、その中には数千名単位での餓死者がでているという内容も含んでいた。その報告が数日後には民衆による暴動を告げるものへと変わっていった。

 その対応のすべてをワグナスが引き受けていた。ワグナスの裁量の範囲内で予算を割き、飢饉対策に回していたがそれも限界に近づいていた。

 『暴動を鎮圧せねばならん。しかし、領主達にそれを下達しても鎮圧できるだけの余力があるかどうか……』

 大きな暴動を帝国軍で潰し、それをもってして他の暴動への見せしめとする。ワグナスはそのように考えていたが、帝国軍を動員するにも金がかかってしまう。

 「新離宮の建築を一時中断するしかないか……」

 ワグナスはため息をついた。このことを上奏するだけでも心労が甚だしかった。食糧不足から飢饉が発生してこの方、ワグナスは不眠不休であった。体力的には疲労の限界にあり、それに伴って精神的にもワグナスは消耗していた。

 「ん……んん」

 軽い眩暈がしたワグナスは倒れそうになった。机に手を突いて転倒は辛うじて免れたが、息荒くしばらくは姿勢を正すことができなかった。

 「宰相閣下。大丈夫でありますか?」

 側近が駆け寄ってきた。

 「大丈夫だ……」

 「大変な時期ではありましょうが、少し休まれては……」

 「無用なことだ。飢えて苦しんでいる民衆がたくさんいる。私の疲労など大したことではない。それよりも陛下に上奏する旨がある。侍従に知らせてくれ」

 了解しました、と側近は不安そうな表情を改めることなくワグナスの命令に従った。


 ワグナスは報告書をもって取次の間で待った。しかし、一刻ばかり過ぎても侍従は訪れず、無為に時間だけが過ぎていった。

 『このようなことはこれまでなかったはずだ……』

 これまでロートン二世は、最大の趣味である絵画作成の時でも、ワグナスが面会を求めればそれを中止してワグナスに会ってくれていた。半刻も待つことなどなかった。

 『待つか……』

 所在なさ気に待っていると嫌なことを思い出した。昨晩のことである。久しぶりに皇宮を出て別邸で休息する時間を得たワグナスは、フィスを呼ぶことにした。しかし、フィスはなかなかやって来ず、結局ワグナスはフィスを抱くことなく皇宮からの呼び出しに応じ別邸を後にした。

 あの時フィスはどこにいたのだろうか。そういえば最近、フィスただ一人がロートン二世のお召しを受けることもあると聞く。フィスは皇宮にいたのではないだろうか。そして皇帝はフィスを……。

 『いや、それはあり得ん。フィスが私の愛妾であることは陛下も知っているはずだ。他人の愛妾を横取りされるような陛下ではあるまい』

 思考を巡らせている間にも時間は刻々と流れる。ワグナスの苛々は募るばかりであった。皇帝に会わねばならぬという焦燥感。そしてフィスとの関係。こうして今待たされているのもフィスと密会しているからではないのだろうか。ワグナスは席を立った。取次の間を出て皇帝の私室へと向かった。

 「宰相閣下。どちらへ?」

 「無論陛下の所だ」

 「でしたらしばしのお待ちを……」

 侍従が慌てた様子でワグナスの前に立ち塞がった。

 「うるさい!」

 ワグナスは侍従を押しのけ、皇帝の私室の扉を開けた。そこには画布を前にしているロートン二世とワグナスも顔を見知っている寵姫がいた。寵姫は半裸の状態であり、ワグナスが入ってくるとさっと布で胸を隠した。

 「これは……ご無礼しました」

 ワグナスはすぐさま膝をついた。フィスはどうやらいないらしい。

 「だれかと思えば宰相ではないか」

 ロートン二世は筆を止めた。

 「これはお楽しみのところ失礼しました」

 「よいよい。余と宰相の仲だ。余も宰相の来訪を聞いていたのだが、ついつい筆が走ってな。すまぬな」

 「いえ、私こそ。しかし、火急の用件でしたから」

 「ふむ。エガテリーヌ、はずせ」

 ロートン二世がそういうと、半裸であった寵姫が衣服を改めて部屋を出て行った。

 「で、火急の件とは?」

 ワグナスは帝国各地で起こっている飢饉と暴動について詳細に説明した。そのうえで新離宮の建築を中止すべきだと進言した。

 「そうよな。飢饉についても暴動についても早々になんとかせねばならんな。ふむ。宰相のよろしいように」

 気の抜けたような声であった。まるで飢饉にも暴動にも興味がないようであり、それら煩わしい問題を投げ出しているようでもあった。

 『それはそれでよい……』

 下手に異論を挟まれるよりはすべてを任してもらえるほうがありがたかった。しかし、そのせいでワグナスは思わぬ状況に巻き込まれることになった。レオンナルド討伐の大任も任されることとなったのである。

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