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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅱ 妖花~その33~

 帝暦七二一年。運命の年を迎えた。その運命に至るまでに、予兆のようなものは常に見え隠れしていた。

 ワグナスが進めてきた改革は一定の成果を見せ、帝都と地方の経済格差は数値上では縮まりつつあったが、ワグナスが期待した以上の成果は得られなかった。その原因はいくつかあり、最も大きかったのは帝国全体で農作物の収穫高が低迷したことであった。ワグナスの改革によって収穫高は飛躍的に伸びるはずであったのに、平均並みあるいは平均以下となってしまったのである。これはワグナスの改革が失敗したというわけではなく、単に天候不順が続いたからであった。

 『天候不順でこの作況指数だ。天候がよくなれば、かなりの取れ高が期待できる』

 ワグナスはそう公言した。自分の政策に自信を持っていたし、事態を楽観していた。そして他の閣僚達も領主達もワグナスとほぼ同様の認識であった。ただオルトスだけが、帝国の中で唯一と言っていいほど現状に危機感を抱いていた。

 『天候不順が回復すればそれでいい。しかし、しなかった時はどうするのか?』

 オルトスは過去の作況記録を取り寄せ丹念に調べた。帝国の歴史において、不作が続いた後に豊作に転じたことはなかった。寧ろ大飢饉へと発生した例ばかりであった。今回もそうであるとは思いたくなかったが、可能性は否定できなかった。

 『単に作況具合が落ち込んだだけならまだいい。ワグナスの政策によって内部留保を得た領主達はそれをまだ吐き出さず溜め込んでいる。一旦飢饉の兆しが見えた時、領主達はその内部留保で食料を買い漁る。そうなると食料の値段が上がり、飢饉に拍車がかかる』

 その点、第三皇帝直轄地は準備を進めていた。保存食料の備蓄は領民全てを半年養うだけはあるし、毛布や薬品なども充実している。万が一の時に拠出できる資金も豊富にある。それでもオルトスは不安であった。ダンクルを呼んだオルトスはさらなる食料の確保などを指示した。

 「アーゲイト様は慎重すぎますな」

 ダンクルは、オルトスの指示に応じながらも、そう言った。

 「我ながらそう思うよ。しかし、楽観では飯は食えない。慎重すぎて笑われるぐらいで丁度いい」

 承知しました、とダンクルはそれ以上感想らしきことを言わず去っていった。ダンクルが出て行った扉をぼっと眺めていたオルトスは、しばからく考え事をしていた。

 オルトスの政策によってもし飢饉が訪れたとしても第三肯定直轄地については当面耐え凌げる準備はできた。しかし、帝国全土はどうか。おそらくは一ヶ月も経たないうちに餓死者を出すであろう。オルトスの職責からすると、帝国全土のことを気にかける必要などなかったのだが、だからといって予測されている危機を目の前にして座視できるはずもなかった。

 『ワグナスに忠告の手紙でも出すか……』

 手元に紙とペンを引き寄せたオルトスは、あまりくどい内容ではワグナスの気分を損なうと考え、できるだけ簡潔に書くことにした。

 『ここ数年の作況具合がよろしくない。飢饉への対策を速やかに講じるべきではないか?』

 ワグナスであるならば、これで気がついてくれると思った。


 だが、ワグナスは別の大きな問題に直面していた。

 数ヶ月前、ワグナスはロートン二世から呼び出された。これはワグナスが宰相になってから初めてのことであった。ワグナスがロートン二世の姿を見るのは朝議か式典の時ぐらいで、政治への興味を失っているロートン二世が過去の皇帝達のように、宰相を個人的に呼び出して政治問題について諮問することもなかった。それだけにワグナスは嫌な予感しかしなかった。

 「国務卿を呼んだのは他ではない。実は離宮を新たに建造したいと思ってな」

 「離宮ですか……」

 皇帝には休息所とも言うべき離宮があった。現在、過去の皇帝達が建造した離宮が三つ、帝都の周辺にあった。ロートン二世はこれまでそれらを使用してきた。

 「南房宮が老朽化してきている。これまで財政状況が悪いようなので我慢して使ってきたが、国務卿のおかげで国庫も潤ってきている。そろそろ余のための離宮があってもよいと思うのだが……」

 朝議の時、閣僚からあがってくる事項について首を縦に振るだけかと思っていたが、ちゃんと中身を把握していたらしい。

 「左様でございますが、まだ不十分でございます。今は潤った国庫をもって改革を推し進め、さらに経済的な充実を図るべきなのです。離宮については今しばらくご辛抱いただければ……」

 「ふむ……」

 ロートン二世は納得していない様子であった。

 「国務卿、陛下のご希望であるぞ。無下にせず、閣僚と協議してはいかがかな」

 ロートン二世の背後に控えていたレソーンが口を挟んできた。ワグナスは、皇帝の影に寄り添うようなこの家宰が苦手であった。

 「国務卿の申し出、尤もであると思いますぞ。しかし、離宮の建設により労役や資材の運搬でさらに経済が潤うのではないですかな?」

 家宰が偉そうに……。ワグナスはその言葉が今にも口から飛び出しそうであった。それをぐっと堪えたのは、レソーンの意見にも理があるからであった。要するに離宮建造を一種の公共事業にしてしまおうと言うのだ。

 『確かに有効であるが……』

 莫大な予算がかかる。現在蓄えつつある資金では到底賄えるものではない。これを進めるには恒久的な経済的発展が約束されている必要がある。ワグナスはそのことに危険性を感じていた。

 「ならば一度、閣僚と協議いたします」

 ワグナスはそう言ってこの場を逃れた。

 その後、実際に閣僚達と協議をした。意見は百出し、なかなかまとまらなかったが、最終的にはワグナスを除く全ての閣僚が離宮建設に賛成をしたのだった。

 『改革によって陛下にもご辛抱いただいてきたのだ。離宮建設も経済を回す意味でも十分効果を期待できるだろう』

 彼らは口を揃えてそう言ったのだった。実はレソーンが閣僚達に根回しをした結果であり、ワグナスも薄々そのことに気がついていたが、自分を除く全ての閣僚が賛成したとあっては拒否することはできなかった。

 『悪い結果にならねばいいが……』

 通常の仕事だけではなく、新離宮の建設をも手がけることになったワグナスの心に、オルトスの訴えは届かなかった。

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