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天使と悪魔の伝説~外伝~  作者: 弥生遼
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外伝Ⅱ 妖花~その25~

 帝暦七一八年、若葉の月二日。翌日にベイマン家への勅使派遣が決定しており、帝都は緊張状態のまま夜を迎えた。その夜闇の中、松明の群れが緊張状態を煽るかのように帝都を駆け抜けていった。松明の群れが流れていく先は皇宮。ベイマン家の兵士約五百名が皇帝に訴えるべき旨があるとして皇宮に駆けつけたのである。尤もそれは表向きの理由であり、深夜に皇宮を襲撃し、ロートン二世を薬籠中にしようとしているのは明白であった。

 これを指揮にするのはジネア・ベイマン。マベラは邸宅にいて首尾を待っていた。ジネアが正門に達すると、馬も下りず声高に叫んだ。

 「我はジネア・ベイマン。皇帝陛下に言上することあり。開門されよ」

 これだけの軍勢を見せれば門兵は恐れて開門する。ジネアはそう考えていたが、門の前に立つ二人の兵士は緊張の面持ちながらも微動だにしなかった。

 「ジネア・ベイマンであるぞ!ここを開けよ!」

 「今は夜である!何人であろうとここを通ることはできない。言上すべきことがあるのなら夜が明けてから参られよ」

 五百に及ぶ兵士達と、ベイマン家の権威に対して恐れず気骨を見せたのはマカレーン・ベリックハイム。彼はこの時に名を上げ、さらには諸侯に名を連ねる大功を成すのだが、それは後の話としたい。

 「おのれ!」

 ジネアは剣を抜いて、マカレーンの鼻先に切っ先を突きつけた。しかし、マカレーンは毅然としてジネアを睨みつけた。

 「左様!ここを開けるわけにはいかぬ。ベイマン家には明日勅使が参る。申し開く旨があるのなら、勅使に致せ!」

 門の楼上から姿を見せて怒号を落としたのは司法局長ハーマンスであった。ジネアがこの時になってようやく、自分達の深夜の強襲が見抜かれていたことを悟った。

 「ここまでか……。ならば力づくでも罷り通る!者共!ここを通らねばベイマン家に未来はないと思え!」

 「逆賊ぞ!討ち取れ!」

 ハーマンスが命じると、門の脇に控えていた兵士達が現われ刀槍を構えた。楼上にも弓兵が姿を見せた。

 「かかれ!」

 ジネアの号令で、皇宮正門の戦いが始まった。


 戦いの趨勢は当初、数に勝るベイマン家が押していた。しかし、正門は巨大で堅牢であった。門の守備兵を蹴散らし、じりじりと門前に押し寄せるも、撃ち破ることができず一刻ほどが過ぎた。この時、すでに正門での変事は各所に伝えられ、それぞれに対応が求められた。

 帝都に居を構えるほとんどの諸侯は、

 『すわ!陛下の危機ぞ!」

 と手勢を繰り出して正門に駆けつけた。また、ベイマン家に誼を通じる者達も、武力を持って強訴に及んだことに対しては流石に支持する気になれなかった。それどころか下手をすれば自分達も反逆者にされかねないので、ほとんどの者が静観、あるいは手の平を返してベイマン家に敵対する者も少なくなかった。

 戦い開始から二刻ほど経ち、趨勢はほぼ決した。変事を聞いて駆けつけた諸侯達によって退路を塞がれたジネアは前後から猛攻を受け、ベイマン家の部隊は全滅。ジネア自身も幾つもの傷を負い、最終的には自刃して果てた。

 「終わりましたな……」

 ジネアの自刃を見届けたハーマンスは肩を落とした。司法局長としてこの終わり方は実に不本意であった。しかし、彼の隣で同じく戦闘を見守っていたワグナスにとっては、まさに期待どおりの終幕であった。

 「陛下にご報告申し上げてきます」

 「うむ。しかし、ベイマン邸へ向かっている部隊からはまだ何の報告もないが……」

 「大丈夫ですよ。義父上と義兄上は歴戦の勇者ですから」

 ワグナスは、笑いながら楼上から降りていった。


 同時刻。ワグナスの義父であるマハガットと義兄にあたるベネルが兵を率いてベイマン邸を強襲していた。勿論、これについてもロートン二世から勅許を得ており、当初からの計画どおりであった。

 邸宅を囲まれたことを知ったマベラは、ついに観念した。

 『自惚れがすべて後手に回ってしまった……』

 今までこのようなことはなかった。自分が老いてしまったからか、はたまた自分などよりも権謀術数に長けた者がいたのか。どちらにしろ後の祭りであった。

 『ジネアの言うとおり、ワグナス・ザーレンツが描いた絵図面であったとするなら、私はあの男を随分と甘く見ていたということになるだろうし、ジネアなどが敵う相手ではなかったということだ』

 邸宅を囲んでいるのがビルバネス家の手勢であることから、ワグナスが一連の騒動に絡んでいるのは間違いなかった。おそらくは皇宮正門に向かったジネアも、多くの敵兵に囲まれていることだろう。

 「どちらが先に行くか。まぁ、そう時間差はあるまい」

 マベラはすでに脱出を諦めていた。机にあったグラスを引き寄せると、お気に入りの蒸留酒を注ぎ、白い粉末を溶かした。

 「死ぬのはわし一人でいい。大人しく降伏することだ。しかし、わしは無残な姿を晒したくない。降伏は遺体を庭で焼いてからにしてくれ」

 マベラは集まった家臣達にそう宣言すると毒を仰いだ。苦しむことなくすぐに絶命したマベラの遺体は庭に運ばれそこで焼かれた。この時の煙で、マベラが屋敷に火を放ったと判断したビルバネス家の手勢が敷地内に突入した。わずかに混乱が生じたが、ベイマン家の家臣達はマベラの遺言を守りすぐに降伏した。その頃にはマベラの遺体はほぼ骨になっていた。

 こうして長年に渡り宰相を務めてきたベイマン家は一夜にして滅んだのである。

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